第1章7話:調和のトパーズ
リンペイはフレンドリーにカナエと会話した後、図書館を出てルナから引き続き次の施設の紹介を受ける。
球技を楽しんでいる生徒が多数いる賑やかな広い運動場を横切り、様々な花が咲き乱れ色鮮やかな中庭を抜けて、本棟の裏側にある小屋に到着した。
「ここはいったい?」
リンペイが首をかしげてルナに疑問を投げかける。
小屋は木でできており、表面の木材は長らく風雨にさらされていたのか痛み、表面のペンキでコーティングされた部分はところどころ剥げていた。
脇に建てられた立札には『許可無き者立ち入るべからず』と書かれている。
それを象徴するかのように扉にはたくさんの錠がかけられていた。
「ここは教材を置いてある倉庫だ。先ほどの実験室では取り扱えないような危険な薬品や、工作室で取り扱う貴重な鉱物や素材が置かれている。立札に書いてある通り一般の生徒は立ち入りは禁止だ。無断で入れば、わかっているな」
ルナはリンペイと俺と見つめながら、特に俺の方をよく見ながら説明した。
よっぽど信用がないらしい。
貴重なものがあるとなると略奪をするのではないか、と危惧をしているのであろう。
俺達オークが盗むのは食料が主であるというのに。
「へぇ。貴重なものが置いてあるという倉庫ね。僕達みたいな新参者には入りにくいだろうけど、君達、特にルナさんみたいな先生から信頼を置かれている生徒は立ち入ったりするのかい? お使いなどを頼まれそうだけど」
リンペイが尋ねるとルナは首を横に振った。
「いや、それが私も中に入ったことはないんだ。どのような生徒でも盗まれる可能性があるからということらしい。だから今回紹介したのは、興味本位で入ったりしないようという忠告のためだ」
生徒には一切立ち入らせないあたり中に入っているものは相当貴重なのであろう。
立ち入った場合の罰は重いものになるのであろうか。
だがそれほど貴重なものを入れているその小屋は、あまりにもおんぼろであるように見える。
おそらく力ずくで壁を破壊して中に立ち入ることは容易そうだ。
「ただ、それにしては建物が古そうだが」
「オークにしては鋭い質問だな。先生に尋ねたことがあるが、建て替える予定や工事をするなどの計画はないらしい。このままでは強い衝撃で壊れる可能性があるというのに」
リンペイは腕を組んで思案しその小屋を凝視した後、何か思いついたように口を開けた。
「何か動かせなかったり、中を見せたくない理由があるということだろうね。盗む盗まない以前の問題があるんだろう」
「長話は無用だ。それでは次の場所へ……」
ルナがそう言って立ち去ろうとした時、リンペイは大きな口元を緩めて、一瞬溜めた後ゆっくりかつはっきり抑揚をつけて言った。
「何か大事なものがあるってのは間違いない、と。例えば、あの『調和のトパーズ』。それがあるとか?」
ルナはその言葉を聞くと立ち止まり厳しい顔つきになって、リンペイを見つめる。
突風が吹き近くの木の小枝が揺れる音だけが響いた。
その後長い沈黙が流れた後、ルナが口を開く。
「そんなものはない。噂であり、まやかしだ」
「確かに噂くらいの信憑性の話さ。人間の世界における至宝の一つがあろうことか、リーベカメラード学園にあるなんて馬鹿げている。僕もそれくらいはわかっているさ」
リンペイはにやりと笑う。
「でもルナさんの反応を見る限り、大当たりってところだろうな。唇を強くかんでいる。どうやら君は嘘を吐くというそういう癖があるようだ」
「……場合によってはこの場で始末することになるが」
ルナが顔を暗くして厳しい口調で言う。
どこから取り出したかわからない短剣のようなものを握っていた。
何か怪しい動きでもすればそれでリンペイを刺すつもりなのだろうか。
「もちろん誰かに話したりはしないよ。僕だって自分の身を大事にしたいからね。もちろんダイゴにも黙っていてもらうつもりさ」
「何が目的だ。危険を感じるのであれば、そんなことそもそも聞かない方がよかったのではないか」
「目的なんてないよ。ただ、ある噂ってのがどれほど正しいかが気になっただけだよ。だけど情報を知っている君でも、中に入ったことがないってのは本当のようだね。そらそうだ。誰だって入れることはない」
「その噂の出どころは」
「さぁね。様々な人から伝わり、それが拡散して、もはや原型を留めなくなるほど広がるから噂になるんだ。荒唐無稽な噂にも真実は混じるってことだね」
話しが矢継ぎ早に進行し初めて聞いた単語のこともあって、俺は少々頭がこんがらがってきた。
『調和のトパーズ』とはなんだ。
一致それがどんなもので、なぜここまで深刻な空気にするのだろうか。
「……会ったばかりの君を信用するのはいささか軽薄だが、今は君の動向をしっかり見させてもらう。私の勘だが君は他に漏らしたりはしないし、この情報を何かに悪用する気はないんじゃないかと思う。だが念のためということだ」
「まぁその気になったらこの情報をお金に変換するけどね」
ルナの目つきが殺気を帯びたようにとても鋭くなり、それ以上言うとただでは済まない雰囲気がでていた。
「貴様……」
「冗談だよ。安心して。君の勘は正しい、それだけは言っておくよ。僕だって騒ぎを起こしたくないし、ダイゴにも迷惑がかかっちゃうからね」
リンペイは朗らかに笑って両手を上げて敵意はなく友好的な態度を取る。
「わかった。その言葉信じるぞ。それでは最後の場所、武道館を案内しよう」
ルナは早歩き気味にその場を立ち去った。
「なぁ、リンペイ。さっきお前が言っていた調和のトパーズのことだが」
俺はさっきの疑問をリンペイにぶつける。
リンペイはクスクス笑いながら、いつものように俺を見上げた。
特徴である細い目と高い鼻、そして中性的な声がミステリアスな雰囲気を醸し出す。
「僕達にはあまり知らなくていいことだよ。僕達が関わっちゃいけないってことだけを覚えた方がいい。敢えて答えるなら、この世の理すら変えることができる石だよ。ま、お伽話だから嘘っぱちだろうけど」
「おい、どういうことだよ」
リンペイは他にも何か知っている風だったが、これ以上話すことはなさそうだった。
あいつなりの配慮なのだろうが、俺だってこの話に深く立ち入ってややこしいことに巻き込まれたくない。
どういうものかは知らないが、なにやらとても大切なものということだけはわかる。
それにこの件は、オークやゴブリン、一般の生徒が関わるにはあまりにも重いことであるのは間違いないのだろう。