第1章6話:図書館での邂逅
俺達はルナに従うままに一旦学園を出て、本棟の次に大きな建物を通される。
「次は図書館だ。ここには世界各国の本が蔵書されている。リーベカメラード学園の自慢の場所だ。他の学園でもこれほどのものはないと聞く。有名な作家の物語から専門的な辞書、珍しい古書まで揃っている。ちなみに学園内には禁書もあるようだが詳しいことは私も知らない。教師しか立ち寄れないらしくてな。授業のレポートや試験勉強などに使うといい」
見渡す限り俺よりも背の高い本棚が所狭しと並べられており、ルナの言う通り世界中の本があると言われても納得だ。
学生だけでなく学者風な人物の姿も見ることができる。
どうやら図書館に入ることにおいて、身分や年齢などは問わないようだ。
「さすが、リーベカメラード学園だ。見たこともない本がたくさんある」
リンペイは辺りをきょろきょろ見渡して、目を輝かせながらうっとりしたように言う。
俺にはどれも同じにしか見えず、漫画はないのかとひんしゅくを買いそうな言葉が思わず口に出そうだったので、口を抑えて寸でのところで止めた。
「リンペイは本などを嗜むのか」
広い図書館を歩きながらルナの方から何気なく尋ねる。
「ああ、仲間とともに過ごした時も、時たま人里に降りて本を買って読んだものさ。暗い洞窟に住んでいたからわずかな明かりを頼りにね。本はいい。自分の知らないことを知り、それが気付きとなって生活の糧となる。考え方や発想の源泉は、本に眠っているとも過言ではないと思うね」
リンペイは腕を組んでうんうんと頷きながら答える。
俺の口からリンペイのような言葉はでないな、と思わず苦笑した。
自分から本を読むとなっても、きっと数ページも読まないうちに閉じてしまうだろう。
「やはり、ゴブリン族は我々人間と似通う部分があるのかもしれないな。ゴブリンにも書物を書き下すことはするのか」
「うーん。噂程度では聞いたことあるが、実物は見たことないね。でも記録を書き残した程度で大事な情報ってのはないのかもしれない。昨日の晩御飯はキノコと豚肉のシチューでした、くらいしかないんじゃないかな。それでも種族の文化や生活を知る手掛かりだとは思うけどね」
ルナの問いかけにリンペイが冗談を交えながら答える。
確かに頭のいいゴブリンなら何か書物を作っていそうだが、人間の世界にまで流通まではせず、あくまで自らの記録目的に留めているのだという。
ならばそんなものをいくら有名な図書館とは言え置いているはずがない。
図書館の奥には机がいくつも用意されており、そこが学生のたまり場であるようだった。
脇に大量の本を積み重ねており、視線を下に向けて一所懸命書いたかと思えば、すぐに必要な本を取り出して開くという動作を繰り返す。
なるほどレポートを作るというのはこういう作業を繰り返して行うものなのか。
ほとんど学校の宿題をやらなかった俺からすれば、その行為がひどく新鮮に見えた。
その連立している机の隅っこで、見覚えのある女が同様のことをしている。
ブレザーのボタンを外して胸の赤いネクタイもだらしなく下げて、制服を着崩していた。
空のように青い髪を垂らして、視線を下に向けて真剣な眼差しで何かを読んでおり、隣にはペンと絵の描かれたノートが置いてある。
「おや、カナエじゃないか。また読書か。相変わらずだな」
ルナが話しかけると、カナエは動きを止めて顔を上げる。
そして訝しげに視線を後方にいる俺達に向けた。
「何よ、ルナ。邪魔しないでって……って、なんで、あんた達がここにいるのよ!」
カナエは驚いたのか大きく口を開けて俺達を非難するようなことを言いかけたので、ルナが自分の口元へ静かに指を当てた。
「皆勉強中だ。静かにしたほうがいい」
「……それでなんであんた達はなんでこんなところにいるのよ」
カナエは俺達から視線をそらしてひどく不機嫌に言う。
「不良みたいな格好してるのに、勉強には熱心なのか。意外だ」
そして続けて人は見かけによらないな、と褒める調子で小さく言うとカナエは聞こえてきたのか、露骨に不愉快そうにしかめっ面をする。
「あんたねぇ……何が人は見かけによらないよ。あんたみたいな、説得力の欠片もない『化け物顔』に言われてみる身にもなってみなさい。それにこれはあたしなりの、おしゃれなの! そんなこともわからないなんて、本当に最悪」
静けさに包まれた図書館の雰囲気は、カナエの怒号によって引き裂かれた。
俺とカナエの間に険悪なムードが漂い一触即発な空気の中、リンペイが俺達の間に割って入りその場をなだめようとする。
「まぁまぁ、落ち着いて。そう言えば、僕達がここに来た理由だよね。それはルナさんに学校を案内してもらおうって思ってね。学校に来てまだ初日で右も左もわからない、なんならこういう文化的なところに来ることすら初めてなんだ。邪魔するつもりはないよ。ただどこに何があるのか、ってことを知る必要があるんだ」
リンペイがすらすらと答えるが、当のカナエはまだ納得していないようだ。
「あんたはいいのよ。なんとなくだけど危害とか加えそうにないし。何よりも弱っちそうだし。問題はあんたの隣よ」
カナエは俺の方を見ずに言うと、リンペイはやっぱりねと言いたげな顔で肩をすくめていた。
厳つい顔とでかい図体、そしてぶっきら棒になってしまった性格で得したことはほとんどない。
いつもこうやって必要以上に警戒され敵を作る羽目になる。
ましてや今は乱暴者の代名詞オークなのだ。
あまりにも今のこの空間と溶けあわない。
周りの利用者からの視線もやけに痛かった。
「学園の紹介が終わったら、すぐに帰るつもりだ。安心しろ。暴れたりしねえよ」
俺はちらりとルナの方を見ると、腕を組んできつい眼差しを保ったまま俺のことで目を光らせていた。
「そうかしら。さっきみたいな、デリカシーのない発言をする魔物の言うことなんてね。まぁ何かあったら私の炎の魔導で黒焦げにしちゃうんだけどね。ルナもその点は安心して。あんたの出る幕じゃないから」
カナエの俺を疑うような生意気な発言に俺はイラッとした。
何度も言っているように、無暗に暴れて混乱を巻き起こすつもりなんてないのだ。
一方で魔導という言葉が気になったので、リンペイに尋ねる。
「なぁ、魔導ってなんだ。炎とか何とか言っているが」
「ああ、そうだね。確かにオークにはあまり馴染みがないかもしれない。魔導っていうのはね、言ってしまえば超常現象さ。何もないところから炎を出したり風を巻き起こしたり、水を凍らせたりね。君も人間が使っているのを見たことがあるんじゃないかな」
リンペイの言う通り、同胞を人間達から救う時に、炎を出したりしていた人間がいた。
そんなに使う人間の数はいなかったが、人間達が駆除するとか何とか言いだして、同胞を狙ってきたのを覚えている。
その時は話し合いが通じないことが直感的にわかったので、操っている人間に向けて石を投げたり、ぶん殴って気絶させるなどして追い払ったはずだ。
「このゴブリンの言う通り。あんたには縁もゆかりもないことよ。せいぜい受ける側として頭に入れておくことね」
カナエはそっけなく言うと再び本へと視線を戻した。
カナエには特に何もしていないはずなのだが、必要以上に嫌われているようで居心地が悪い。
おそらく生理的に無理とかそういうやつだろう。
特に気にすることでもなかったが、以前学校でもそのような理不尽なことを言われた気がした。