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第1章5話:同食同胞

 今日は始業式ということもあり授業もほどほどで終わり、昼過ぎには解散していた。


 俺は立ち上がりけのびして周りを見渡すと、ユリとカナエはもう帰ってしまったのか、すでに教室にいない。

 特にカナエがいないため突っかかれる心配もなく、俺は少しだけ心に平静を取り戻す。


 前方の教壇から痩せこけた教師が、か細い声で俺とリンペイ、そしてルナを呼び出した。


「これで本日は終わりだが、ルナさん。あなたには班長として彼ら二人に学園を案内してもらえないかな」


 ルナは俺とリンペイに視線を交互に見やった。


「承知しました。彼らが学校に馴染めるように、私が案内してまいります」


 どこまで乗り気かわからないが、ルナにも立場があるせいか教師のいうことに反抗もせずに承諾した。


「決して暴れるんじゃないぞ。不審な行動をしたらすぐに取り押さえるぞ」


 ルナが俺の耳元で強い口調で囁く。


「わかってる。俺だって暴れるつもりなんてない。それよりもリンペイの方はいいのかよ」

「僕のことがどうかしたのかい」


 リンペイに聞こえたのか、顔を見上げて柔和な顔をしてルナを見上げる。


「彼はおそらく大丈夫だろう。さきほどのユリとの様子を見てそういう性格ではないことがわかった。一部のゴブリンが人社会に溶け込めるのもうなずける」


 俺はルナのその言い方に少しむっとした。

 まるでオークの俺なら何かやらかすかもしれないと言わんとしていたからだ。


「あのなぁ。さっきから言ってるだろ」


 思わず語尾を上げて突っかかるような物言いになる。

 だがルナは何か意味を含んだ言い方だ。


「そうではない、と思っている。万が一ということがあるだろう。もし貴様を自由にしたとして、一般生徒が怪我をするわけにはいかないのでな」

「万が一に俺が暴れるっていうのかよ。暴れても俺に何の得もないだろうが」


 つい熱くなってしまった俺にルナはうんざりと言った風にため息を漏らした。


「はぁ。まぁ直にわからせてやろう」


 ルナはぽつりと呟いて姿勢よくスタスタと教室を出ていった。


「ルナさんはよっぽど君のことが嫌いのようだね。洞窟の一件のことをよっぽど根に持っているんじゃないか」


 リンペイが見上げてクスクスと笑う。


「だろうな。あれだってあいつが勝手にやって来て、返り討ちにしただけなんだがな。ちゃんと忠告もした。それなのに聞かずにぶっ飛ばされたあいつが悪いだろ」

「そんなことを言っても聞くような人じゃないよ。君が気絶させたことを話したら、きっととても怒るんじゃないかと思う。まぁ、ルナさんにはお互い気を付けようじゃないか。専ら狙われるのは君だけだろうけど」

「簡単に言ってくれるぜ……」


 なぜか楽し気なリンペイに対し俺はどうも憂かなかった。


 オークであることを隠し、ただ体がでかい人間として静かに勉学に励むつもりが、後の問題を考えるとカミングアウトした方がいいと判断したのが間違いだった。

 それもルナと俺が以前に面識があり、あいつが俺を見て開口一番に因縁をつけてきたからだ。

 特に班長で権力を持ってそうなルナという女にマークされたのだから、これからの学園生活に不安を感じずにいられなかった。


「おい、二人とも何をやっている。さっさと行くぞ。私にだってこれからやることがあるんだ」


 ルナが外から苛立った声で俺達を呼びかけてきたので、仕方なく荷物を持って教室を出た。




 ルナの案内は雑に紹介するかと思われたが、存外丁寧であり俺は驚いた。

 教室毎にどのような用途で使われるとか、年間の行事にも関連させながら話す様子はとても流暢で、新入生への案内は慣れているという感じが伝わってくる。


 リーベカメラード学園は五階層で成り立っており、下は入り口や生徒が集まるための大きな部屋や食堂や倉庫がある。

 そこから上の二階層以降はそれぞれの学年教室と専門的な授業を行う部屋が設置されている。


 俺達の教室は三階層目、換算するとどうやら二年生のようである。

 教師が集まり授業の準備などを行う職員室や、学園を司る学園長室、そして学生の意志を統括し提言する生徒会室は、学園の最上階にあるようだ。

 現状特に立ち入る予定もなく、このシーズンは忙しく取り合ってもらえる時間もないとのことらしいので、簡単な紹介で済ませられた。


 ルナによると直近の年間行事にはクラスメイトと結束を高めるための旅行と、進級できるかどうかを問う期末試験があるようだ。

 俺達は最上階以外にある授業や学生生活に使用する部屋や施設の紹介を受けていく。


 四階層まで階段で上り、そこから下っていくようだ。


「まずここが実験室だ。薬を調合して作ったり、特別な作用が発生する薬品を作る実験をする。危険な結果にならないよう、置いてある薬品は比較的安全だ。だがどの教室も許可がなければ立ち入ることすらできない。無断での使用は厳しい罰が待っていることになる」


 部屋には大きな机と、様々な薬品が陳列しているガラス棚があるのみである。

 それぞれの入れ物には薬品名が書いており、それがどういうもので、どういう効果を及ぼすのかは皆目見当がつかない。


「やめろ。勝手に触るな」


 ルナが棚に手を伸ばす俺に対してぴしゃりと言い放つ。

 何もする気はなかったが、鍵がかかっているかどうかだけ知りたかっただけなのだ。

 リンペイの方は顎に手を当てて、棚の中にある無数の薬品をしげしげ眺めている。

 何か気になることがあるのであろうか。

 俺とはあまり縁のない部屋だなと思いながら、早々に切り上げて実験室を出る。


「ここは音楽室だ。淑女たるもの教養として音楽は必要不可欠だ。それに毎年に自らの芸術の成果を発表する祭りが秋に開催される。その時に工作室で造形物を作る代わりに、華麗な音色を奏でる者も多い」


 一回降りた先の音楽室には様々な楽器が並べられていた。

 伴奏用に使われるであろうピアノだけなく、ギターなどの弦楽器や太鼓などの打楽器、さらに管楽器まで並べられている。

 中学生の頃にバンドに憧れて、こっそり音楽室で練習して怒られたことを思い出す。


「へぇ。僕は笛くらいしか吹いたことないなぁ。また練習させてもらうとするよ。ダイゴは何かあるかい」

「……何もない。太鼓を叩くくらいだな」

「ふふっ。ダイゴらしいや。もし難しそうな楽器でも答えられたら困っていたよ」


 冗談半分でピアノとでも答えようかと思ったが、本当にさせられて笑われかねないので、ぶっきら棒に正直に言って正解だ。


「もういいか。では次へ向かうぞ」


 ルナは音楽室の外から楽器に興味津々なリンペイに向けて呼びかける。

 俺だけなら何も言わずに済ますところ、リンペイも同行しているため一緒の扱いというわけにはいかないようだ。

 ここはオークとゴブリンという差よりも、俺とリンペイという人格や行為の問題であろう。


「ところでルナさんは楽器とかするの? 僕はサックスなら多少は吹けるんだけど」

「……ピアノくらいなら少々」


 ルナが少し動揺し唇を噛んでいる。


「へぇ、そうなんだ。機会があったら聞かせてよ」

「そうやすやすと頼むな! 次へ行くぞ、次へ」


 ルナは少し慌てた様子で回答し、それ以上答えることはなかった。


「わかりやすいなぁ。できないならできないっていえばいいのに」


 リンペイはルナの後姿を見ながら顔をニヤつかせている。


 俺達はさらに下まで降りて、二階層へと向かう。


「ここは、工作室だ。美術の授業に使うのが主だ。簡単な武器の手入れや作成も行える。作成にしても設備や素材に関しては危険がないように、あまり専門的なことはできない。専ら芸術活動か簡単な手入れくらいしかできないと思え」


 工作室の脇には独創的で何と表現すればいいかわからないモニュメントが置かれている。

 上方には幻想的な風景画や人物画が飾られており、その中には凛々しい表情でこちらを睨みつけるルナの顔を描いている絵もあった。


「へぇ。ルナさんの肖像画があるじゃないか。きれいだから絵になっても映えるね。モデルとしての資格ばっちりだ」


 リンペイが何気なく褒めると、ルナは美人と言われることに慣れていないのか顔を赤らめて早口になる。


「な、なにを言っているんだ。ま、まぁ、私も強く正しい風紀委員長としてこの学園の規律を守る者だ。私になりたいと志願して風紀委員になりたいものはいるようだな。だがその活動ももはや今では学園だけでなく、地域活動の一環として魔物の討伐を行ったりもしている」


 ルナの方向からの視線を感じる。


「邪魔して悪かった。風紀委員長様」


 おそらくルナが俺達の洞窟に侵入してきて、返り討ちにあった話題を出されるかもしれないので事前に釘を刺しておく。

 頭を下げる俺にルナは何か言いたげであったが、リンペイが俺とルナの間に割り込んで、今にその火種をもみ消そうとする。


「まぁまぁ。お二人さん。ダイゴも謝っているんだ。これからは同じ学生として、過去のことはきれいに洗い流そう。な、ダイゴ?」

「俺は別にいいんだが、肝心のあっちがな」


 俺はルナの方を指さして肩をすくめる。

 あの件を引っ張り出されるとどうしても空気に緊張が走るため、俺としてはさっさと流してほしいのだが、ルナがそうしてくれないことには実現しない。


「貴様達が無駄に略奪や危害を加えなければ起きなかった問題だ。やはりオークという種族は野蛮だ」

「あのなぁ。俺は話し合いで解決しようと言ったはずだが。それでもかまわず攻撃したのはあんたのはずだが」

「だが、それで今後も略奪をやめないという保証はないはずだ」

「だから、言っただろ。俺の方からきつくいっておくって」

「言葉もわからぬ『オーク』にか? ははは。おかしいことを言う。オークという生き物は野蛮であるが、特に頭が悪いというらしいな。どうせ貴様の言いつけもすぐに忘れて同じことを繰り返すことになるのに。そもそもあんな野蛮な種族を統率するということ自体が愚かなのだ」


 ルナが俺をバカにしたように笑う。

 俺はもとより同胞をバカにしてきたので俺は強く拳を握りしめる。


 今この場でもう一度気絶させてやろうかという考えが頭に浮かんだ時、それを素早く察したのかリンペイが俺の腕を強く握って制止させた。


「だからさぁ、お二人さん。僕達は喧嘩するために来たんじゃないんだ。ダイゴもああ言われて武力行使したくなるのはわかるけど、ここはぐっと抑えてさ。初日から喧嘩起こして問題児として目をつけられたらもうおしまいだろ。君の言うような平穏な生活ってのはもう絶望的」


 リンペイのいうことは尤もで、俺は危うく自分から初日から問題を起こして自分の立場を危うくするところであった。

 そしてリンペイは次にルナの方に振り向く。


「ルナさんもダイゴと何があったのか詳しくは聞かないけどさ。同じ教室、それに同じ班にいるんだから仲良くやろうよ。それにダイゴの方もあまり問題を起こしたくないんだ。そんな煽るような言い方は慎んだ方がいいよ」

「貴様も同じ魔物だ。何かやらない保証はないはずだが」

「僕はダイゴと違って分別や友好的な態度はとれる。それに僕の方からダイゴのことはよく監視しておく」


 ルナはそれについては何も返事をせず、納得できないという表情で俺達から背を向けて工作室からでていく。


「まだ案内する場所はある。さっさと来い」


 ぶっきら棒な物言いにリンペイは深くため息を吐いた。


「ごめんね、ダイゴ。僕があんなことを話したせいで」

「別にいい。気にする必要はない」


 さっきの言い争いが物語る通り、俺とルナオークと人間という個人や種族による隔てられた違いや理解の相違は、高い壁として立ちはだかっているようだ。


 俺達は工作室から抜けて、一階まで降りる。

 踊り場ではルナが待っていたが俺の方を見ることはなく、俺の大きな足音が聞こえると否やついてこいと言わんばかりに歩いていった。


「この通路に医務室がある。怪我をしたときに世話になるだろう。貴様達も世話になりすぎないよう気を付けることだな。あとは……今やさぼる学生のたまり場であるがな」


 医務室で仮病を使ってさぼる学生がいるというのはどこの世界でも同じらしい。

 俺は学生生活に同様のことをしていたため、ぎくりとしながらも顔では平静した様子で取り繕った。


「そしてここは食堂だ。格安で満足できるようの料理が食える。味の方は問題ない」


 食堂はとても広く、百人くらい集まれるくらいの席はあった。

 今は食事時も終わったということで、奥で食器洗いや机を拭いたりなどして明日の準備をするおばさんが見受けられる。


「まぁ、僕達の味覚と会うかはわからないけどね。でも人間の料理はとても美味だったことを覚えている。少なくとも僕が食べているものよりはね」


 リンペイは細い目をさらに細めて冗談っぽく笑った。

 確かに俺達が本日持ってきた食事と言うのは、料理と言うにはあまりにも適当で雑なものである。


 俺は本日の昼食である肉を刻んで焼いたもので、リンペイはどんぐりのような木の実であることを思い出して苦笑した。

 そう言えば人間的な料理を食べたのはいつだっただろうか。

 オークの身になってから食べていないため、急速に人間の料理が恋しくなった。


「なぁ、どんなものがあるんだ」


 俺はルナから何か小言を言われるのを覚悟で聞いた。


「お前に人間の料理がわかるというのか。手で食べるのではない。ナイフとフォークを使って食べるのだ」


 食器の使い方くらいは覚えている。


「まぁいい。一つ教えてやる。塩コショウつけた肉を焼いてその上にソースをかける食べ物、ステーキというものがある。貴様の食べていた肉とは質も味も違う」


 ステーキという言葉を聞いて俺は口の中の唾液が分泌され、腹の虫が暴れだしそうになる。

 オークになってそのような言葉を聞いたのは初めてだし、人間の頃でもあまり食べた経験のない貴重な料理であったため、明日の食事として心が高ぶるのを感じた。


「リンペイ。いつか食いに行くぞ」

「へぇ、なんか乗り気だね。いいよ。僕も食べようと思っていたところなんだ。そうだ。ルナさん達も一緒に食べようよ。親睦を深めるせっかくのきっかけとしてね」


 リンペイはルナに提案し、ルナは少し思案した後頷いた。


「ダイゴと食事を共にするのは気が進まないが、カナエやユリとも顔を合わす場は必要だな。特にユリとはまだ私も打ち解けていない」


 俺と同じ食卓を囲むのはあまり乗り気ではないらしい。

 それをきっかけに仲良くなる、あるいは過去のことを流してくれれば、と淡い期待を抱いた。


 オークの間では『同じ食事を食べれば、どんなものでも同胞――同食同胞』という考えが根付いている。

 食事と性欲を満たすことは生きることに必要な欲求どころか、欲求を満たす行為そのものがオークの生活においては目的となっていた。

 要は欲求を満たすまでの過程や行為を重視しているのだ。

 俺はあまり性欲に関しては強くなかったが、食欲に関しては強く、貪欲に満たそうと狩猟に力を入れていたものだ。

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