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第2章16話:魔石の研究

 だが俺達が今いる場所は、リンペイの部屋ではなかった。


 広い応接間に通され、俺達が心地の良い椅子に腰かけて、固唾を呑んで見守る。

 大きな大理石のテーブルの上に置かれている、お菓子や飲み物には一切口をつけない。


 沈黙を続け、重い緊張が包み込む。


 その時扉の方から、軽くノックをする音が聞こえたので、俺達は一斉にそちらへ視線を注いだ。

 扉を開けたのは、淡い色のブラウスを着て、足首まで隠すロングスカートを履き、ゆったりとした所作を行う薄紫の髪の女――マリーだった。

 模擬戦を申し込んだ時のような勢いの良さは息をひそめており、どこか怯えた表情をしている。


 マリーの隣に立っている大柄でふくよかな体型をした、温厚そうな表情を浮かべている男性が立っていた。

 ふくよかな男性は長く伸びた薄紫色の前髪をかき上げた後、俺達へ柔和な笑顔を向けて、両手を広げてから口を開く。


「皆様、大変お忙しい中、我がグリーンロッド家に足をお運びいただきまして誠にありがとうございます。私、マリーの父であり、現当主であります、マクシミリアンと申します。マリーから事情の方は聞いております。皆様に大変ご迷惑をおかけして、この場を借りて深く謝罪申し上げます」


 マリーの父親であるマクシミリアンに怪訝な視線を向けてしまう。

 あまりにも胡散臭いのだ。

 身振りを大きく使う仰々しさ、芝居がかったような口調、俺達をここへ呼び出したこと、そして何よりも魔石の研究に一枚かんでいること。

 マクシミリアンはそんな俺の疑惑の目を敏感に感じ取ったのか、俺に一瞥する。


「いえ、ご迷惑だなんて、とんでもありません。あれは事故です。運が悪かった、というべきでしょうか」


 突然発せられたリンペイの言葉に、俺達はぎょっとして全員でリンペイを見やる。

 マクシミリアンは驚いたり怒ったりする様子を見せず、にこやかな表情で返答する。


「事故、ですか。確かに、一歩間違えれば大事故は免れなかったでしょう」

「そうです。もし事故でないとすれば、そんな危険なものを渡したことになりませんか。それを知ったうえで渡すなんて、親のやることじゃありません。ましてや名家で教養や常識以前に道徳の備わっているグリーンロッド家で行われていたのであれば、なんとも嘆かわしいことではありませんか」


 マクシミリアンの眉間に皺が寄った。

 笑顔が崩れて細目から不気味な瞳をのぞかせる。


 マリーの方を一瞥すると、知らんぷりしているように視線を下におろしたままだ。

 一触即発な緊張感が漂うが リンペイはさっきの厳しい物言いから、ゆっくりと優しい口調で言葉を続けた。


「ですが、そんな疑問は晴れました。わざわざ、僕達に対して、こういう場を提供して、謝罪までしてくれたではありませんか。一度マリーさんからも、謝罪の言葉をいただきましたが、改めて今度は当主が代りに謝るという姿勢。その誠意は紛れもないものである、と確信しております。名家グリーンロッド、ここにあり、です。それにこのような形で、グリーンロッド家ともお近づきの機会を賜るなんて、僕のような一介の魔物風情からすれば身に余る光栄です」

「そうです! このゴブリンの方のおっしゃる通りです。誰が、我が最愛の娘を魔石の実験台などにするものですか。いやー、グリーンロッド家のような由緒ある家柄に、魔導への貢献活動をダシにして妬む人間が後を絶たなかったものですから。ですので、様々な流言飛語が飛び交って、後始末に困ったものです。ははは」


 リンペイのおべっかに対し、マクシミリアンの表情が一転し朗らかに笑う。

 あまりにも単純なことで気を良くしたので、マクシミリアンという男に他意はないように思えるほどだ。

 リンペイが愛想笑いでもしているのかとちらりと見たら、笑っていることは笑っているが、ニヤりと長い口角を上げていた。


「さすがマリー。分別のわかる方々とお友達のようで、鼻が高い」


 上機嫌なマクシミリアンは俺達の顔を値踏みするように順番に見ていく。


「君は、そうか。そういうことか。ふふふ。これは面白いな」


 ユリの顔を見てマクシミリアンが呟き、口角を微かに上げる。

 リンペイが非常に訝しい目でマクシミリアンを見つめるが、当の本人は意に介さずじっとユリを見つめている。

 ユリ本人は困惑した表情できょろきょろと辺りを見つめ俺達に助け求めていた。


「当主、彼女は僕達の友人です。そうじっと見つめられて、本人も困ってしまいます」

「ああ、すまない、すまない。少しばかり無遠慮すぎたな。すまない」


 リンペイの物おじしない注意にマクシミリアンは意外にも自分の非を認めた。

 解放されたユリはリンペイに、頭を下げてほっと落ち着いた表情を見せる。


「お、そうだ。カナエさんとルナさん。君達のことは、マリーからよく聞いています。その年齢で魔導解放を扱えるのは、立派ですね。これからリッターとして台頭していくのは、きっとマリー含め君たちの世代でしょう」


 マクシミリアンは馴れ馴れしく、今度はルナとカナエの肩を優しく叩く。

 二人は顔を見合わせた後、反応に困ったように苦笑いをして、適当に相槌を打った。


「最年少のオリハルコンリッターの名を冠したレイカ氏の妹ということであれば、その才覚も納得です。レイカ氏は騎士であればその功績と強さに憧れるものですから、その血が繋がっているというだけ十分なステータスでしょう」


 カナエがマクシミリアンの言葉にむっとした表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。


「ルナさんもご両親が平民出身とお聞きしていますが、その貢献度は並みの騎士では比較になりません。我がグリーンロッドをも飲み込もうとする勢いではありませんか」

「いえ、滅相もないです。まだまだ貴族に上がりたてのイエローシールド家に、グリーンロッド様のような名家と渡り合う力はありません」

「ふふふ。ご謙遜を。今はなくともこれから、つまり私が当主ではなくなった時どうなるか。優秀なお父上のお力を受け継いでいる片鱗は、耳に入ってくる噂やマリーからのお話で聞きますので」

「お褒めいただきありがとうございます」


 一瞬マクシミリアンの眼光が不気味に光り、傍にいたマリーがなぜかたじろいだ。

 マクシミリアンが何を考えているのかわからないという風に、ルナは困った表情をしながらとりあえず礼を言った。


「そして君かね。グリーンロッド家が技術を提供し、開発した魔石を打ち破ったというオークは」

「ああ、そうだが。だがあんたも随分と大層なもんを作ってくれたな。おかげで大怪我一歩手前だ」


 相手がどれだけ偉かろうが関係ない。

 一目見た時からこいつからは胡散臭さしか感じないのだ。


「皮肉のつもりかね。ですがこれもご認識を改めていただく、良い機会です。あなたは魔石が暴走装置でお考えかもしれないが、そうではありません」



 両手を広げてマクシミリアンは力説し始める。

 長くなりそうな雰囲気を察し、俺は何とか欠伸を噛み殺す準備をした。


「そもそも魔石は使用者の力を高め、魔力を増幅させる作用があるが、その中身とは魔力を封じ込めて結晶化されたものです。これがあれば、誰でも魔導解放を扱えるようになり、また魔石に含まれた魔力を取り出すことによるリスクも負わないでしょう。それだけではありません。むしろ真骨頂は他の使い方にあるのです。長時間持続する灯りになったり、日照りが続いた地域に水を供給し続けることもでき、風向きを変えて貨物船での輸送を早め、大地を興して地盤を自由自在に操れる。今まで人の力を借りていたことを、全部魔石に任せることができるのです。極端な話、無限の可能性を秘めていると言っても過言ではありません。またこれは案の一つなのですが、魔導を介して遠方へ声や文字の伝達なども検討しています。まだ技術的にも程遠いですがね。どうですか、素晴らしいでしょう。夢のようでしょう」


 だがこいつの言っていることが実現すれば、便利になるに違いなかった。

 言わば転生前の世界で言うところの、電灯や水道など様々なものに代用できるのだ。

 今までは魔導を使う者の手を借りるところを、手間を最小限あるいは、一切借りる必要がなくなる。

 加えて電話などにも応用するとなると、この男がしようとしていることはとても立派だ。


「……でもそれって、魔導士の方々の仕事がなくなるってことですよね。いわゆる魔導を代理で行使してもらう魔導士が困っちゃうんじゃないでしょうか。私も、灯りのことや飲み水のことでお世話になったことがあります。それに、耕せるほど大きな土地を持ち農作物を売っている地主さんや、船や馬車で運搬する人は、専任の魔導士を雇っていますよね。そういう方はどうなるんでしょうか」


 ユリからマクシミリアンへ疑問が投げられた。

 俺はその疑問が的を得ているかどうかよりも、魔導を行使することを生業としている便利屋のような仕事があることに驚く。

 リンペイから聞いていたのかもしれないが、記憶から抜け落ちていたのだろうか。


「なるほど。君のような意見があるのももっともだ。思ったよりも君は知性があるようだ。しかしもはやその意見は古いのだと私は言いたい。人の手を介する必要のないことは、切り替えていくべきだと思うのだよ。我々が新たな一歩へと踏み出す。今よりも豊かで実りのある世界――大いなる夢のためのね。成就したあかつきには、グリーンロッド家は永遠に歴史に名を刻むだろう」


 マクシミリアンは両手を広げながら天を仰ぎ、うっとりした表情で自分の夢を語っていく。

 俺達の視線など一切気にせず語っていく様子になぜか背筋がぞっとした。


「我々はなぜ生まれたのだろうか。私はグリーンロッド家の長男として、当主になった時ずっと考えていました。立派な騎士となり功績を残すのが務めであると考えて、誰よりも魔導だけでなく学問を学び、誰よりも武器の扱いを修練したが、現実の実力差に打ちひしがれたものだよ。だから様々な人や、ひいては魔物とも交流した。誰かに答えを求めるようにね。そしてある結論に至ったのです。何かをなさねばならない。名を刻むほどの偉業を。それがこれまでの人々の営みを一変させる、魔石なのだよ」


 さっきから沈黙を貫いているマリーの方を見た。

 俯いていて表情を読み取ることができないが、微かに震えている。


「すべてはグリーンロッドのため。そうだろ、マリー? 私はお前のために、厳しい指導をしてきたが、全てはグリーンロッド家を継いでもらう為なのだ。魔石もお前の才能を開花するためにあるのだよ。わかってくれるかね?」

「……はい、お父上。不肖な娘へのご支援痛み入ります。グリーンロッドを継げるように父上の指示に従い、邁進していきます。すべてはグリーンロッドのために」


 感情のない機械の様な声で、マリーが俯いたまま答える。 


「ふふふ。いい子だ。さて、少し長話しすぎました。本日は皆様に謝罪申し上げるだけのつもりが、いささかヒートアップしすぎてしまいました。後ほど給仕よりもてなしをさせていただきます。それではごゆるりと」


 マクシミリアンがそう言うと、大ぶりで優雅な仕草で俺達を残して部屋から出ていく。

 マリーも浮かない表情のまま父についていった。


 結局マリーは俺達と目を合わせずにいて、あの時の威勢のよさは完全に消えうせていた。


 扉が閉まる音が広い応接室に響くと、俺達は緊張の糸がほどけたように深いため息をつく。

 全員に安堵の色が顔に浮かんでリラックスしており、後ほど邪魔者なしで本題へと入るのだろう。


 エクスクルージョンについての予定。

 そして俺の背負ってしまった運命について。


 『調和のトパーズ』について打ち明けようとすると、緊張のためか心臓の鼓動が強くなり、抑えるために何とか心を落ち着けようとする。

 カナエ達の雑談なぞ聞こえていないが、天井を見上げながらぽつんと呟いたリンペイの言葉が耳から離れなかった。


「謝罪だけなんて嘘だね」

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