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第2章15話:心に小さな灯

「あーっ! ダイゴっちー。おはようー! よかったー。無事だっただねっ。先生、君が学校にやってこないから、不安で不安で」


 俺が遅れて登校するとどうやら朝礼中のようて、教壇に立っているレイカが目を丸くして明るい声をかけてくる。

 明るいレイカとは裏腹に、リンペイ達以外の生徒の反応は冷ややかだった。


 サボっていた俺への非難と言うか、真面目に出席していない俺に対する軽蔑なのか。

 俺はそんな冷たい視線を無視しながら、レイカへ軽く会釈した後自席に戻った。


 そして辺りの生徒がいなくなった時に、レイカへ謝ろうと予定する。

 いきなり謝罪するのは、いささか異常すぎると思われるし、先日の晩の件は口外すべきことではないからだ。


 授業はいつも通り進んだ。

 相変わらず大柄で威圧感のあるバルガの授業だけは、教室中に緊張が走っており、必要以上の疲れを感じた気がするが。


 太陽が傾きかけようとしている時刻、終礼に連絡事項を伝え、生徒教師共々の元気のいい挨拶で締めくくる。

 この点はノテレクでは考えらなかったことで、俺の求めていた学校生活という風でどこかほっと落ち着く。


 生徒が下校したりクラブ活動をする時間になって、教室の生徒がいなくなるまで、俺とレイカは待っていた。

 リンペイとユリはルナ達によって、先に話し合いの場へと連れていかれたので、教室には俺とレイカ以外に人はいない。


「先生。すまん」


 俺はレイカの前へ進むや否や深々と頭を下げた。

 当の彼女は驚いた様子もなく、うんとだけ頷いて、下げられた頭を優しく摩った。


「君は悪くないんだよ。勝利への逸る気持ちを考えれば、輝石を使うのは推測出来たの」

「試されているっていう懸念はあったが、それ以上に負けっぱなしってのが悔しくてな。全部あんたの目論見通りってわけだ」

「正直、試す気持ちはあったよ。『調和のトパーズ』の使い手にして、その守り手。その力を見定める必要があったからね。でも暴走することは範疇になかったから、君に乱暴を加えてしまったの。そこは私の方が悪いよ」

「いや、そこは礼を言わせてほしいところだ。俺を助けてくれたんだから……色々なものを失う前に」


 斬られた傷はまだ疼くが、もし失った時の喪失感や胸の痛みに比べればはるかにましなのだろう。


「なんにせよ、俺はあんたに負けたし、迷惑をかけちまった。完敗だ。清々しいほどにな」

「負けを認めることができたんだね。いい成長だよっ」

「ああ、おかげさまでな。いい気分はしねえが、思ったより爽やかで自分でも不思議なくらいだ」


 俺は苦笑した。

 するとレイカが俺の顔を覗き込んで諭すような微笑みを見せる。


「ダイゴっち、いい? それが君を強くするの。それから原点に立ち返って、私達は何だったか、ってのを思い出すの。人間ってのは誰もが、心に小さな灯を持っているの。たった一つでは心許なく簡単に踏み消されるけど、それらが集まった時は簡単には消えない天をも焦がす業火となる。そして何よりも、真っ暗な闇で不安や恐れを抱いた時、小さな灯があれば人はそこに向かって歩けるんだよ」


 レイカの言葉は不思議と心に響いて、まるで乾いた大地に冷たい水が染みていくような感覚だ。


「君が魔に心を魅入られ、身を任せた時、荒療治だったけど、何とか君を止めることにしたの。でも、君が今こうやって逃げずに立ち向かっているのは、まぎれもなく胸の内に灯を燃やしているからにほからないんだよっ。まぁ、氷の魔導を使う私が言うのも、なんだか変なんだけどね」


 照れ隠しに頭を掻きながら照れた笑いを俺に見せる。

 その印象は間違いなく抜刀した時は違う、温かみのある者であり、その笑顔はカナエと大きく離れた姉というよりは、妹よりも無邪気で幼く見えた。


「心の灯か。人間ってあんたは言ったけど、それは誰にでもあるんだろうか。例えば魔物の俺でも」

「そうだよっ。みんな持ってる。だからみんな、その灯を消さないように頑張らないといけないの。灯が消えた時、心は闇に染まっちゃうから」


 闇に染まり凶暴化する自分を思い返しても、憎く、そして怖い。

 奥に眠る暴力的な衝動、目の前の困難から立ち向かわずに逃げようとした恐怖心が、暗い泥のような暗黒を呼び覚ましたのだろう。


 ともすれば『調和のトパーズ』とはなんなんだ。

 恐怖心が呼び起こす暴力本能を目覚めさせるだけなのか、いや違う。

 ノテレクを倒したときは、皆を守りたいという意志が呼び水となり、光で包まれ想像を超える圧倒的な力がみなぎってきた。

 もしかすると人の心を闇へと閉ざし凶暴な魔と変えたり、強い意志の力で心の灯を煌々とさせる、二律背反の力があるのだろうか。


 その相反する性質を兼ね備えたのが、輝石に眠る『魔人』の存在なのだろうか。

 ならばリンペイの話していた、魔石とは一体。


「なぁ、先生。『調和のトパーズ』ってなんなんだ。これがあるから狙われるんだろ。あんたは、俺の監視と敵の手に渡らないように、ここへ来たってことは知っている。教えてくれ。どんな些細なことでもいいから」

「ごめんだけど、それには答えられない」

「どうしてなんだ」


 レイカに問い詰めるが、口を閉ざして俺から視線を逸らす。

 教室を照らしていた陽光が雲にさえぎられたのか薄くなる。


「……私から話せることは何もないの。誰も使ったことのない力を、君は偶然選ばれて、手にした。それ以上のことは私は伝えられない。ただ、私のできることは、君を強くして、守ることくらいなの」

「なんだよそれ。わけわかんねえじゃねえか」


 俺は下げた拳を思わず握りしめ、怒気を強めて言い放つ。

 胸ぐらをつかむことができる間合いまで近づくが、そんなことをするつもりはない。


 言葉でいくら問いただしても無駄なら、それでもじっと見つめて、目で訴えて何とか情報を聞き出そうとする。

 本当に何も知らないはずはないと思っていたが、レイカはいよいよ詳しいことはわからないようだった。

 しかしレイカは、関係ないかもしれないけど、と前置きしてぽつりと語る。


「君が不安に思っている、力の暴走は、誰にでもある。君だけが例外じゃない。だけどその時こそ、自分を見失わないで。『調和のトパーズ』については何も知らないの。ごめんなさい。だけど、君が選ばれたことに少なくとも意味があるはず」


 そして最後に消え入るような、誰にも聞かせるつもりのない微かな声が続いた。

 微妙な唇の動きがあって、初めてレイカが発しているのだとわかる。


「私が、魔人に選ばれたように」

「え、何か言ったか?」


 俺が聞きなおすが、当のレイカは陰のあるような表情を切り替えて、太陽のような元の明るさへと戻る。


「さ、お話はこれまで。これからカナちゃん達と何やら話し合うんでしょ? いい友達を持ったようでいいね、いいねっ! でもどさくさに紛れて愛の告白はやめてね。私より先に抜け駆けなんて許さないよっ!」


 「そんなことしねーよ、あんたは何を心配してんだ」と喉元まででかけるが、寸でのところで飲み込む。

 レイカは教師として多忙だそうで、速足で事務処理を行う職員室へ向かっていく。

 少しひんやりとなった教室を出ようとした時、ふと俺の方へ振り向いて微笑んだ。


「もし何かあったら相談してね。私にできることは少ないかもしれないけど、君達を守ることくらいならできるから」


 そしてそのままヒールの足音が遠くなっていくのを聞き届けた俺は、言伝通りリンペイの部屋へと行くことにする。


 話すべきこと、決めるべきこと、そして明らかにすることが多いのだ。

 足取りは決して軽くはないが、悩み事を打ち明けることで、気持ちの重りは幾分なくなっていた。

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