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第2章14話:生きるという贖罪

 カナエの家は一般的に想像する一軒家とは大きく違っており、大きな門にその先に花が咲き誇る広い中庭が続き、奥には立派な屋敷が建っており、相当な金持ちであることが容易に分かった。


 日も暮れはじめ、建物全体を夕焼けが赤く照らす。

 レイカはまだ戻っていないだろうか、できれば鉢合わせしたくないという不安が頭によぎる。


 門の前には武器を構えた二人の守衛が待機しており、遠くからフードを被ってまじまじと屋敷を観察している俺を警戒している。

 このフードは俺のような魔物が外に出歩くときに、隠すために使うもので、カナエの家を知らない俺にリンペイが伝えるついでに持ってきてくれたものだ。

 無策で突っ走りすぎたものだと反省はするが、リンペイはこういう時にいつも俺のフォローをしてくれる。

 とても頼もしい奴だとしみじみと思う。


「貴様、さっきからなぜここばかりを見ている。用がないなら立ち去れ」

「そうだ。怪しい者であるならば、我々も通報せねばならない。貴様も面倒なことにはなりたくないだろう。我々も、そういうことは御免だ」


 二人の守衛の言葉を無視して、俺は門へと近づくと、守衛は手に持っている槍を俺につきつける。

 刃の先がギラっと赤く光るが、何も怖くなかった。

 その気になれば強行突破もできなくはないが、そんなことをするつもりは毛頭ない。


「顔を隠しては、わからん。正体を明かし、名を名乗れ。ならばそれ以上近づくものなら、痛い目を見ることになるぞ」


 守衛の言葉に従い、俺はゆっくりとフードを脱いで素顔を晒した。

 すると守衛はとても驚いた顔を示した後、明確な敵意を込めた表情を俺に向ける。


「そこの家のお嬢さん、カナエに用があるんだ。どいてくれないか」

「貴様、魔物か。魔物が何の用だ」

「さっきも言っただろう。あんたのお嬢さんに用があるんだ」

「カナエ様にか、貴様のようなオークの化け物がか。笑わせるな。ここは化け物が立ち寄る場所ではない」

「野蛮な魔物は、自分の巣へ帰れ。そして我々と関わるな。カナエ様に万が一のことがあれば、我々の責任になる」

「もし従わぬならば、力ずくでも。言っておくが我々は、貴様のような化け物なぞ、躊躇なく突き刺すぞ


 守衛が襲い掛かる直前、俺は両手を上げて無抵抗を貫くつもりだった。

 反撃をしようものなら間違いなく気絶させるだろうし、騒ぎになるからだ。

 槍先で傷つく覚悟はあったものの、その刃はある一声でピタっと止まる。


「何をしているのよ、あんた達。何か騒がしいと思ったら。さっさと持ち場に戻りなさい……ってあんたは……!」

「……カナエ」


 門の奥に立つ青い髪の少女は俺を見て、ひどく驚いた表情をして、何か言いたげな複雑な表情をした後、俺に向かって背中を向けた。


「……ついてきなさい。あんたとはじっくり話をしたかったところなの」


 俺は黙って従い、畏まりながら門を開く守衛をよそに中へと入っていく。

 そしてカナエが中庭の開けた場所で立つ人影も向かって呼びかける。


「ルナ、今日の訓練はおしまい。だけどもうちょっと付き合って。大事な話があるの」


 運動着姿で盾を装備したルナがこちらに向かって駆けていくが、俺の顔を見るや否や、怪訝そうに何も言わずに俺の顔を見つめる。


「あんたから、来てくれるなんて好都合だわ」


 前で俺達をリードするカナエが俺に話しかけてくるが、俺は曖昧な返事をするだけで、ルナは終始無言だった。


 いざ目の前にすると、謝るのがひどく難しいことのように思える。

 今は気丈に振る舞っても、心の底はどう思っているかわからないからだ。

 だからこそ、俺は約束をしに来た。

 何かあったら、殺してほしいという、決別の約束を。


 屋敷の中へ入り、階段を昇っていく。

 家内の人間はカナエを見るや否や畏まって深々と頭を下げており、カナエの方も当たり前と言わんばかりに気にしている様子はない。


「なぁ、レイカはいないのか」

「お姉ちゃんはまだお仕事。どうしても帰ってくるのは遅いわ」


 道すがら唐突に切り出した話にカナエは何食わぬ顔で返事をし、俺は内心ほっとした。

 だがその気持ちを悟られぬように、「そうか」とだけ頷いて会話は終わる。


 カナエの部屋へ到着した。

 広げられた雑誌や衣服などが散乱しておりあまり整理がされていないが、必要最低限の足の踏み場は用意されており、腰を下ろすことは難しくはない。

 模様が可愛らしいベッドに、しゃれたカーテン、小物が敷き詰められた勉強用の背の高い机、本棚には漫画本や雑誌など、どことなく年頃っぽさを感じさせた。


 俺はカナエに命じられるまま、その場で座り背が低く四角いテーブルを囲んだ。

 正面にはカナエ、隣には仏頂面のルナが腕を組んでいる。


「まぁ、最初はこれを聞いておくべきね。あんた、どうしてここへ来たの。それにどうやって、ここってわかったの」

「リンペイに教えてもらってな。もっともそれも、ユリからの情報だが」

「なるほどね」

「それで、ここへ来た目的だが。あんた達へ、謝りたいんだよ」


 俺の言葉にカナエは怪訝そうに俺を見つめ、ルナは変わらず仏頂面だ。


「謝りたい? へぇ、お姉ちゃんとあたしを殺すとまで、言い放ったあんたが?」


 カナエの辛辣な言葉が胸に刺さる。


「……本当にすまん」

「すまん、じゃないわよ!」


 カナエが怒気を込めながら静かに言った。

 おそらく怒りで爆発寸前のところを、なんとか抑え込んでいるのだろう。


「あの時のあんた、どれだけおかしかったか、わかってるの? あたし達に殺意全開に向けて来て。本当に殺されるって思ったのよ。でもそれ以上に怖いのは、いつものあんたじゃなくなって、このまま戻ってこないんじゃないかって。そう心配したら、殺すつもりで拳を振り上げてきて!」

「俺も覚えてはいる。確かにあれは、自分とは思えなかった。ただ力の為すがまま、振り回されていた。だけどそうなってしまったのは俺の弱さのせいだ。あんたを不安や怖がらせたのは、本当に悪かった、と思っている」


 俺は膝に手を置きながら深々と頭を下げて謝罪した。

 するとカナエの口調が柔らかくなる。


「でも、よかったわ。あんたがいつものように戻って。あの時のお姉ちゃん、もしかしたらあんたを斬り殺していたのかもしれなかったのよ。それだけは絶対に嫌だったわ。それこそ、なんとしても止める気持ちで。でも実際はみねうちだって言ってくれて、安心した。あんたが例え暴走しても、以前のあんたはあたしを身を呈して守ってくれた事実は変わらない。だから暴走した時のあんたは、何かの間違いだって思ったことも、お姉ちゃんには伝わったみたい」


 俺がとどめを刺される寸前にわずかに聞こえた叫びは、俺を呼び戻そうとする訴えだけではなく、レイカを止めるためにもあったようだ。


「……俺を許すのか」

「許すとか、許さないって話じゃないわ。あたしはあんたを信じていたわ。だから正気に戻って、あんたがここにいることが嬉しいの」


 俺は涙が頬を伝っていくのを感じ、胸には温かいものが広がっていた。

 そして小声でもう一度、念押しするように「悪かった」と呟く。


「もういいわよ。そんなこと。でも、これだけは約束して。あんたのあの力を、もう使わないでってこと。どうせマリーの言っていた、魔石ってやつのせいなんでしょ」


 その約束に俺はなんて返事をすればいいか、答えあぐねていた。


 のっぴきならない状況で輝石を使うかもしれないし、もしかすると頭がかっとなって発作的に頼る時もあるかもしれない。

 はっきり言って自分にはそれを抑える自信がなかった。

 仲間を守るために行使することもあるだろうし、使わずに見殺しにされて後悔なんてしたくない。


 『調和のトパーズ』を持っている限り、俺は悪意のあるものから狙われ続ける定めなのだから。


「……悪いが、約束はできない」

「はぁ!? どういう意味よそれ。また暴走するって言いたいの」

「そこまでは言っていない。ただ、頼らざるを得ない場面もあるはずだってことなんだ」

「いや、あんたね。それって今後もノテレクみたいな化け物と戦わざるを得ない、みたいな言い方じゃない。自分から飛び込まない限り、あんな奴と関わることなんてないでしょ」


 カナエの言う通りだったが、俺に背負わされた運命が否定する。

 しかし打ち明けるとこいつらも巻き込むことになってしまう。


「……ノテレクと出会った時は、偶然のようなものだが、それから死闘になったのは必然だ。また、同じ偶然が起きないとは言えない。そんなときは、頼らざるを得ないだろう」

「まぁ、それはそうだけど……」


 カナエが言葉に詰まる。


「だから、逆に俺の方からお願いだ。これを言いに来たと言っても過言じゃない。もし、次に俺がやむを得ず力を覚醒させ、暴走した時。暴れる前に俺を殺してくれ」


 俺が冷静に言い放つと、時が止まったように周りが凍てつく。

 カナエは信じられないというよに目を見開き、ルナの仏頂面が微かに歪んだ。


「俺はあんた達に迷惑をかけたくない。あんた達を、せっかくできた仲間、友人を失いたくはねえんだ」

「さっきから、聞いていれば。貴様、いささか身勝手すぎないか?」


 俺の訴えに反して口を開いたのは、さっきまで腕を組んで黙っていたルナだった。


「俺が身勝手?」

「そうだ。貴様ほど愚かしい奴は見たことがない。覚えているか? 私に諦めるな、って駆けつけてくれたあの時を。それなのに自分は状況が悪くなると、平気で殺せというのか。貴様は私達の手で殺めることが、どれだけ辛くて悲しいことなのかわかっているのか。カナエは我々の大事な友だぞ。それを傷つけようとした償いを、自分の命を持って清算するつもりか。それがどれだけ心の傷になるのか、わかったうえで話しているんだろうな? 言っておくが、好敵手として認めた貴様を、そんな形で決着をつけるなぞ絶対に許さん。貴様の口から参った、と言わせるまで絶対にそんなことはせん」


 さっきまでの仏頂面が消え、感情むき出しの様相だ。

 普段の落ち着いた様子の風紀委員長の面影はない。


「あの時身勝手で単身で戦いを挑んだ私を助けたのは、まぎれもなく貴様だ。その時貴様は言っていたよな。友を助けるのは理屈ではない、と。なのに我々が友を助けなければならない時に、友を殺せなんてよく言えるもんだな!」

「……いや、そんなつもりは……悪かった」

「謝ればいいという問題ではない! 私は自分に関わる人を、誰一人失いたくない。貴様もその一人だ」


 こんな化け物で、凶悪な姿へと変貌する俺を『人』と括ってくれたことに、ルナに申し訳なくなった。

 身も心もオークという魔物に染まって大切な友人を傷つけようとした俺を。


「私は嬉しかったのだ。命を助け、愚かな行為を許容し、そして素直になれと助言をくれた貴様に。だから今度は、私の番だ。貴様がどんな時でも、貴様を助ける。貴様が私を危機から救ったように、今度は私が危険な状態の貴様を受け止めて、救うのだ。だから信じてくれないか。私達を。仲間として友として」


 そしてルナは俺の両肩に手を置いて、深くうなだれて涙声で懇願する。


「だから、簡単に殺してくれなんて言わないでくれ。貴様は生きろ。生き続けろ。そのために、私達は協力する」

「……ああ、わかった。あんたの言う通りにする。あの力を使わないように、必死に足掻いてやる」

「約束だぞ……」


 ルナが俺の肩から手を離し、優しく握手を求めるように手を伸ばす。

 そして俺はルナと手を結んで約束した。

 優しく包み込むように、しかし硬く手をつないだ。


 俺は生きなければならない。

 信じてくれた友のために、こんな俺でも友と認めてくれたことに。


 だから今まで打ち明けられなかったことを話すことにした。


 俺の凶暴なまでの力の正体を、そして課せられている運命を、淡々と。

 国宝である『調和のトパーズ』を所有し、それが原因で危険な奴ら――ノテレクが所属していたニルヴァーナに狙われているということを、聞いた彼女らは絶句していた。


「学園の地下にある機密情報に触れ、そしてその力に選ばれた、ということか。『調和のトパーズ』は未知数だが、確かに異常な力を持っていてもおかしくはない」

「あたしが、あんたを連れ出したことが、こんなことにまでなっているなんて。ごめんなさい」

「謝られることじゃねえよ。俺もあの小屋に何があったのか、ちょっと気になっていたしな」


 俺は頭を掻きながら返事をする。


「国宝の『調和のトパーズ』を単純な意味で手に入れるだけではないだろうな。ニルヴァーナがおとぎ話と伝えられて存在すら曖昧なものを狙うのは、あまりにも非効率で、無意味に思える。おそらくだが、目的が明確で、そしてなおかつ実物が存在していると確証があったのだろう。そして強大な力を有していることも。だからノテレクを送り込んだのかもしれない」

「でも目的って一体」

「それはわからない。だが奴らに渡すわけにはいかない。ダイゴもそのことはわかっていたのだろう」

「ああ」

「危険性はわかっているも、それを明らかにしていく必要があるんじゃないか。何が、目的かを知らないと、対策を立てようがないだろう」

「でも知っている人なんているの」


 ルナへカナエは質問を投げかけるが、その心当たりのある人物とは、考えると一人思い当たるヤツがいた。


「……ニルヴァーナに所属していたリンペイに聞くのか」

「ああ。彼ならば多少事情なら知っているだろう。もちろん貴様も巻き込みたくない気持ちもわかるが、我々に話したということは、それも覚悟の上だろう。これは、全員で立ち向かう必要がある課題だ。それが貴様への、協力じゃないか」


 俺はしばらく考えた後、ゆっくり頷いた。

 確かにあの時、俺は言うつもりだったが、言えていなかったのだ。

 あいつらを巻き込んで、守りきる自信がなかった。


 だが今は状況が違う。

 いちど手合わせて共に戦ったため、実力を十分に知っているルナとカナエがいるならば、頼もしい。


「方針は決まったわね。もう一度集まって、ニルヴァーナの目的を推測するってことで!」


 カナエに仕切られるのは少々癪だが、次に何をするかが明らかになったのは大きい。

 きっと俺だけなら闇雲に、襲い掛かる敵を打ち払うだけだっただろう。

 もしある程度絞り込むことができれば、こちらとしても対策を立てたり、行動に移すことができるのだから。


「それに恒例の行事――エクスクルージョンもあるしね。課題も出されるだろうから、それをどうするかも一緒に決めましょうよ。ずーっと難しいことばかり考えてもしんどいだけだし。それに、せっかくなら遊びの予定も決めたいわ」

「エクスクルージョン?」

「あんた、何も覚えてないの? あの学園長の言っていた学年ごとの旅行のことよ。学園を離れての課外活動」


 カナエの言葉に俺は、はっと思いだした。

 懇親を目的とした学年ごとの旅行。

 いわゆる修学旅行と言うやつなのだろうか。

 宿泊するのかどうかもそもそも謎だが。


 ただ戦いに次ぐ戦いで疲れているのも事実だったので、しばらく休めそうなのはとてもありがたかった。


「ところで課題ってなんだ。旅行なのに、何かするのか」

「当たり前だろう。我々は学生だぞ。立派に世に役立てるよう、実力だけでなく知識も身につけなければならない。貴様も元は、我々のことをよく知るために来たのだろう」

「あ、ああ。そうだな」


 ろくに授業に参加できず、いつしかサボり癖が身についている頃合いだったため、水をぶっかけられて目が覚めたような気分だった。

 おかげ目が覚めたというか、当初の目的を思い出したのだが。


「恒例となっているエクスクルージョンは、名所を探索し、勉学に励みながら、互いの親交を図るのが狙いだ。もっとも課題を早々済ませたら、あとは遊ぶ者が大半だがな」


 そう言いながらルナはカナエをじろりと睨むが、カナエは視線があってしまうとすぐさまそらして他人の振りをして、誤魔化そうとする。


 真面目に勉学一辺倒・品行方正なルナと、遊びをモットーとして楽しいことが大好きなカナエとでは、目的も行先も合致しないのではないか、と不安になってしまう。

 それでも二人の関係というのは、カナエのわがままをルナが聞き入れ、ルナのいましめをカナエがきちんと受け入れる、という不思議なものだった。


「何はともあれ、話すことは山積みってわけ。いいから、明日も話し合うわよ。ルナもどうせ最近は暇なんだろうし」

「暇とは、なんだ。私は風紀委員長としてだな……」


 ルナががみがみと小言発し始めて、俺はとりあえず聞いているふりをすると、カナエが顔を近づけて耳元で囁く。


「あんた、とりあえず、明日くらいは来なさいよ。お姉ちゃんが心配してたんだから。本気を出した時は別人みたいに毅然とした物言いだったけど、今日の様子を確認したらいつもの様子でやりすぎちゃったかもって、言っていたから」

「……ああ」


 正直レイカと顔を合わせるのはひどく気まずい。


 しかし頼まれた以上は断りたくはないし、いずれは向き合わなければならないことなのは違いない。

 命の危険を晒してしまったため、勇気を出して向かい合い、深く謝るしかない。


 そして取り返しのつかないことを助けてくれたお礼もある。

 何かと貸しがあるのだ。

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