第2章13話:魔物の心、人の理性
俺はカーテンを閉め切って暗くなった自室で、ぼーっと天井を見つめていた。
隙間から除く光から日はもう高く、すでに学校へ行ってもおかしくない時間だ。
だが登校するなんて気分にはどうしてもなれない。
朝、いつものようにリンペイが俺を起こしに来たが、今日は休むという返事で、それでも食い下がってくるあいつの執拗な誘いを断っていた。
その後は同じ寮のユリが心配そうに声をかけてきたが、何も答えずに居留守を使い、無視を決め込む。
二人は観念してそれから二人だけで学校へ行ったに違いない。
俺は何かを確かめるように胸を触って、レイカに斬られた傷跡を確かめるが、そこは凍傷したように一筋の腫れができている。
完全に首を斬られたら今頃俺は死んでいるだろう。
だが今の俺はそれ以上に『殺された』気がした。
行動を起こすという気力が起きない以上、それは死んだよりも辛いように感じる。
カナエに連れられてレイカから特訓を受けることになったが、俺はレイカに負けたくない一心であの石――『調和のトパーズ』を使った。
その時の記憶は鮮明ではあるが、あの時の俺は、本当に俺じゃないのだろうか。
それがきっかけで俺は、俺のかけがえのない大切な物をたくさん失ったような。
俺がかつて――転生する前に欲しかったものを。
そしてただ昨日の出来事を反芻してしまう。
あの時の俺は最強であり無敵であると確信し、目の前のレイカを倒せば、それが証となるような気がしていた。
だがレイカは、そんな俺を圧倒してくる。
鋭い斬撃を繰り出すレイカに籠手で防御を行い、隙を見つけようと動きを分析するも、剣筋は変幻自在であり、連携を中断して隙が生じるはずの場面でも不思議と距離が離れており、反撃と転じることができない。
だから攻撃をぶち当てるには隙を無理やりこじ開けるほかなかった。
刀のリーチは長く、下手な空振りを誘う回避は刃の餌食になるだけだ。
奇妙に脈打つ自分の籠手で刀を弾き返し無防備な態勢を作らせることを画策する。
攻勢を仕掛けるレイカにも、大ぶりになっている攻撃がいくつかあり、そここそが絶好のタイミングだった。
その刃の軌跡を一瞬で読み切り、鋭利な刀を籠手で受け止めて強い力で反発する。
鉄の棒で硬い石を思い切り叩くと反動が腕に伝わるように、強い力の反発を受けると誰しも腕が痺れるものであり、レイカの持っていた刀が反動で宙を舞い、同時に彼女自身は硬直しており大きな隙を晒していた。
俺の勝ちだ。
俺は高笑いしそうになる気持ちを抑え、渾身の拳をレイカの腹にぶち込んで、二度と立てなくさせるはずだった。
しかしその拳がレイカの体を砕くことはなく、俺が砕いたのはまたしても氷の塊だ。
弾き返された一瞬で自分によく似た人型の氷像を作り、夜目ではっきりしない視界と勝利へ焦る気持ちが幻惑させた。
レイカの氷像が砕け、破片となった氷が月明かりに輝く。
拳を振り切るという膨大な隙と、出し抜かれ、ただの氷を砕いたという手応えをその場に残した。
俺は態勢を立て直しながら刀が飛んだ方向へ視線をやるが、そこに青々と光る刀はない。
代わりに別の視線を受けているのを感じる。
その元はカナエだった。
そうだ、不明瞭な視界や焦る気持ちが、勝利への一撃を曇らせたんじゃない。
さっきからじっと見つめている、あの視線が鬱陶しかったのだ。
ふつふつと怒りが沸き立ってくるのを感じ、カナエに向かって突っ込んでいく準備する。
あの鬱陶しく生意気な眼、華奢な体、そして姉に依存している弱弱しい心。
潰して、壊して、殺してやる。
「さっきからじろじろ見やがって、目障りだ! 邪魔をするんじゃねえ。貴様から殺す!」
一直線に拳を振りかぶって突進していき、あいつの怯えた表情が手に取りように分かる。
怖気づいて逃げれないのか、いい的だった。
だが一瞬俺を照らす月光が暗くなり、何事かと上を振り向く。
そこには見失ってからすっかり忘れていたレイカの姿があった。
「大事な妹へは手を出させない」
「お、お姉ちゃん……」
「どこから来やがった。どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって。どっちもぶっ殺してやる」
「無明へ落ちかけようとしているが、そうはさせない。『春の型・霾』」
「ぐっ!」
彼女は上空から俺に向かって刀を真っすぐに振り下ろしながら急降下してくる。
回避することができず刃を腕に受けてしまい、その衝撃で俺は吹き飛んでしまう。
だがそこでレイカの攻撃は終わりではなかった。
「痛いけど、我慢して。『夏の型・落蝉』」
「てめぇっ!」
中腰に構えて放たれた刃が一瞬にして急伸長し、、防御できないまま吹き飛んだ俺の体まで到達、追撃する。
まるで単調な軌道で飛び去ろうとする虫を撃ち落とすような的確で鋭い一撃。
体が落下する最中に風を切るような音が近づいてい来る。
猛烈な速さで何かが滑りながら近づいてくるが、それが誰であるかは明らかであり、実力の底知れなさに驚嘆した。
しかしそれはすぐに痛みへと変わるのだろう。
「誰だって強すぎる力に飲み込まれることはある。『秋の型・満月』」
仰向けに落下している俺の目に映っているのは、青く光る刀を持ち、月光を背に浴び大きく一回転しながら斬りつけるレイカの姿だった。
飛びかかって姿を現した時に表情は見えなかったが、回転して月に一瞬照らされて浮かび上がった横顔は、とても冷ややかで怖い位に無表情だ。
仰向けのまま体の弱点である縦に伸びた正中線を、一文字に斬りつけられる。
両断されたり、血こそはでないが、斬りつけられた痕が凍ったように冷たい。
負けたくない気持ちが体内で渦巻くが、体は意思に反して指一本動かせず、レイカの攻撃を一方的に受け続けるだけだった。
斬撃を受けて硬い地面に勢いよく叩きつけられると、反動を受けた俺の体はまるでゴムボールの様に跳ねる。
喉が固まって声が出ないし、呻き声すらも漏れない。
表情筋は苦痛にもだえる顔のまま固まってしまい、痛みや辛さのあまり涙を流してしまったが、溢れた瞬間に凍り付く。
だがレイカは止まらない。
防御の態勢を取ることもできず、俺に腕にあったはずの籠手はいつのまにか消え去っていた。
先に着地していたレイカは、まるで的の様に俺へと狙いを定めて剣先を突きつけ、辺りにより一層強力になった冷気を放っている。
「君は決して弱くはない。だけど負けた。その意味がわかってくれるよね? 間違った強さは、強さじゃないってことに。それじゃ、またね。『冬の型・飛雪』」
これまでと比べものにならない、とてつもない一撃が来る。
やめてくれ、これ以上はもう。
俺は声に出ない声で叫び、固まった表情に抗い精一杯情けない顔を浮かべようとするが、冷徹そのものになったレイカには何一つ届かない。
力を込めて体ごと貫くような鋭い突進突きを放つ。
レイカが俺の体を通り抜けたかと思えば、動いた軌跡から雪が舞い上がり、猛烈な勢いで襲い掛かってきた。
貫かれた激痛を感じる間もなく、雪が体を包んで飲み込んでいく。
冷たい雪に覆われ周囲の音が段々と聞こえなくなってきたが、遠くで見ていたカナエの叫び声が微かに響いたのを最後に、感覚を冷気に奪われて凍結されながら意識を失ってしまう。
ああ、わりぃ。
俺はあんたに、いやあんた達に。
思い返すと斬られた箇所が、刻みつけられたように痛む。
死んでいるわけではないので、レイカからは手心を受けた形だろう。
あの時、俺を圧倒していたレイカにはどう考えても生殺与奪の権利があった。
自分から戦いを挑み、忠告も聞かずに力を暴走させたにも関わらず、力の差を見せつけられた俺は深く恥じて、誰にも顔を出したくない。
そしてカナエに、あんなことを言ってしまい、終いには殺してしまおうとなどと考え、せっかくできた友人に対してなんてことを、と深くうなだれる。
起き上がりカーテンを開いて西日が差し込んでくる窓を見た。
うっすらと俺の顔がガラスに映し出され、その表情は紛れもなく負け犬の情けない顔だった。
何が、あいつらの迷惑をかけたくない、だ。
戻ろう。
もはやこの学園に居場所はないし、これ以上留まると迷惑になるだけだ。
オークの巣へ戻って、ゆっくり暮らそう。
あいつらもきっとその方が喜んでくれる。
そのような考えが去来した時、背後からドアがノックされる音がした。
誰かが俺を訪ねてきているが、今の俺は誰とも会う気がしないので、無視を決め込むが、しばらくするとガチャガチャと何か細工する音がした後、鍵は開けられてしまう。
そして扉が開かれて、そこに姿を見せたのは、橙色の肌をして、制服を身に着けて人間へと馴染んだといった感じの、背の低いゴブリンのリンペイだった。
「ごめんよ。こうでもしないと、君とは会えないから。朝から一向に返事がないなんておかしいからさ、大家さんに共通の鍵を借りたんだ。事情はちょっとだけ聞かせてもらったよ。尤も朝の時点から何かあるとは思っていたけどね」
リンペイの言葉に俺は何一つ返事せず、じっと何を考えているかわからないその細い目を睨んでいた。
「朝の授業が始まる前だよ。いつものようにユリちゃんと話しているときに、僕達の周りの変な違和感があったんだ。君がいないということだけじゃない。カナエさんが、ルナさんや僕達に突っかかったりせず、ひどく不安げに居ても立っても居られないという風に、膝を揺らしていたんだ。何かあったのかと聞こうとしたら、カナエさんは何か思いついたのか、すぐに立ち上がって教室を出ていったので、僕達も後をつけた」
俺はリンペイの語りに耳を傾けるふりをする。
もうあいつらがどうなろうと、俺がどう思われようと関係がない。
どうせ昨日の出来事を言いふらされただけだろう。
屈辱以外の何物でもない。
「その先は隣の教室、マリー達がいるアームオブロイヤルの元だった。そして昨日のテンペスタスの暴走について詰問していたんだ。激しい剣幕だったよ。叫びながら訴えるカナエさんの様子は、常軌を逸していた。それと重大な秘密を隠し持って黙りこくっているマリーは、怯えていたね。だから周りのアームオブロイヤルは、胸を掴みかかろうとするカナエさんを制止させるし、僕達も慌てて飛び込んださ」
カナエのその行動を聞いて、俺は少し腹が立つと同時に自分を恥じた。
あのサモンクリーチャーの暴走と、昨日の俺の振る舞いを同一視されたということだ
「そこで興奮していたカナエさんを冷静にさせ、何があったのかと聞くと、昨日のことについて話してくれたよ。君がレイカ先生と戦って君が理性を失い、暴れたことを」
「笑いたきゃ笑えよ」
「そういうことを言っているんじゃないんだ。いいかい。ひどい興奮状態へ陥っていた君は、カナエさんにひどい言葉を投げかけたそうじゃないか。でも彼女は、あんなのは君じゃない、まるで別人だったって言っていたんだ。だからその原因を探そうとしたんだ。そして夜中にここへ君を運び込んだのも彼女なんだ」
俺は絶句した。
あんなひどいことを言ってしまったのに、情けない姿をさらしたのに、あいつの姉を殺すとまで断言し、自分の身まで危険にさらされたというのに、どうしてあいつは、俺を。
「カナエさんは、君を信じていたんだよ。本当のダイゴは、決して野蛮で凶暴なだけのオークじゃないってね」
全身が紅潮し、目の奥から熱いものが流れ出してくるのを感じて、俺はすぐさま腕の包帯で目を拭った。
そして鼻水が垂れて、声も弱弱しいものになっているの感じ取ると、俺は恥ずかしさのあまりリンペイに顔を隠すように背を向けてしまう。
「情けねえ……情けねえよ……俺は、俺は……あんなものに、頼ってしまって……傷つけたっていうのに……」
「……ノテレクの時の石を使ったんだね」
俺は怯え切ったように力なく頷く。
「ダイゴは悪くないよ。強すぎる力を持ってしまった時、誰もがそれを行使せずにはいられないんだ。だけどその力が何なのかを確かめる必要がある。だからカナエさんは、マリーにテンペスタスを媒介とした石のことを聞いたんだ。そうすると彼女は、観念したように少しだけ口を割った。あの石は、魔石と呼ばれるもので、両親からいただいたものだったってね」
魔石とは、『調和のトパーズ』と違うのだろうが、本質的な点は似ているような気がする。
つまりどちらも危険なことに違いない。
「そして後からの調査で、マリーの両親について調べた。そうすると、彼女が名門――グリーンロッド家の出であるのは知っているね。グリーンロッド家は、棒術に優れており、騎士としても実績を積み重ねてはいるようだが、名門となった理由は決して武勇だけではないという。あの家は、魔導の研究にも積極的に支援しており、その功績が称えられているんだって。僕達の使った魔力で色の変わる紙も、その一つだって」
「……その成果が、魔石ってやつか」
「おそらくそうだろう。だが危険なものと広まれば、彼女の実家にも何かしら影響を受ける。危険な研究に協力していたとなれば、知っていようが知っていまいが懲罰対象だからね」
マリーが口を割らなかったのは、自分の家名を落とさないためだったという。
自分の家に誇りを持ち、それが彼女自身を形成しているのだろう。
「いわゆるその魔石と呼ばれるものは、まだ実験段階で世には出回っていないだろう。出回っていたら、もっと凄惨なことになっているだろうかね」
実用化されていたら魔物を狩るにしても、あれほど凶暴な力を使われていたら、俺の同胞たちは怯えて逃げ出すが、捕まってしまい抵抗もできずに無残な姿になるだろう。
我が身すら滅ぼしかねない悪魔の力を使った虐殺の光景が繰り広げられていたのだろう。
その可能性に背筋が凍ってしまう。
「そしてここで、本題だよ。ダイゴ。君は、その石をどこで手に入れたいんだい」
俺はドキリとしてリンペイへと向き直る。
相変わらず何を考えているかわからず、正直に答えようか悩んだ。
巻き込んでいいのか、どうか。
信じてくれるのか、どうか。
「ああ、この石は……」
俺が言いかけると扉が開き、いい匂いがたちこめてきたのですぐにそちらの方へ向きなおす。
そこにバスケット一杯にクッキーを焼いて持ってきたユリが遠慮がちに立っていた。
「ご、ごめんなさい。お邪魔でしたか?」
「……リンペイ、ユリも呼んだのか?」
「そうだね。何か問題でもあったのかい?」
「いや、相変わらずあんた達は仲がいいなと思ってな」
リンペイが手招くとユリは部屋へと入っていき、リンペイと俺の間に小さくかしこまって座る。
そしてクッキーが入ったバスケットを俺達の前へ置いた。
甘く香ばしい香りが俺の鼻孔を刺激し、寝ている子を起こしたような強烈な腹の音が響いたので、俺は思わず顔が赤くなる。
「もしかして、あれから何も食べていないのかい」
俺はゆっくり頷いて、クッキーへ視線を注ぐ。
「だったら好きなだけ食べたらいい。ユリちゃん、いいだろ?」
「そうですね。そのつもりで作ってきましたから」
俺は二人の許可をもらうと勢いよくクッキーを口の中へ放り込んでいく。
空腹を満たすためで、味わって咀嚼をする前に次々と飲み込んでいった。
「はははは。もうちょっと落ち着きなよ。そんな野蛮な魔物みたいに、がっついて食べなくても」
野蛮な魔物と言うリンペイの言葉を聞いて、俺はハッと我に返り、口の中の物をゆっくり咀嚼してから飲み込むことにした。
あの時の俺は、俺じゃない。
かといって誰かであることもないが、少なくともあの時の俺は、俺と認めない。
「ダイゴ、どうしたんだい。いきなり勢いを弱めるなんて」
「いや、俺は野蛮な魔物なのかなって思ってな」
俺は小さく返答すると、リンペイは何かに気づいたような表情の後、うなだれて謝罪した。
ユリは最初は何事かと思ったのだろうが、すぐに状況を把握したようだ。
「ち、違いますよ。ダイゴさんは、決して野蛮なんかじゃありません。あの時も私に優しく接してくれましたし。ほら、お花のブレスレットも作ってくれました」
そう言って腕に着けている大きな花が鮮やかに咲いているブレスレットを俺達へ見せつける。
その時の、カナエをやっつけた時の俺は、心に大きな余裕があったし、俺は強いという自信があった。
だから気をよくした、という側面もあったんじゃないだろうか。
だが今の俺は。
「だけど、俺の本心と言うか、中身はやっぱり化け物、オークのままだ。一旦強い力を解放したら、力の為すがまま、自分を忘れちまう。だから、俺はあんなことを。あの石を使いたくねえ、とは思ったが、なぜか使ってしまった。そう、それが俺の本質なんだ。だから、もう変わらない。変えられないんだ」
俺は誰かに罰してほしいという風に言葉を紡いだ。
彼らに懺悔して何になるのだろうか、辛辣な言葉が帰ってくるのがオチだろう。
情けない俺を叱ってくれ、そんな気持ちがどこかにあったのだろう。
だがそれを聞いた、ユリは全く別の返事をする。
「確かにその石は危険かもしれません。ですが、ダイゴさんならおなじことをすることなんてないはずです」
俺はどういうことかと問いただすようにユリを見つめ、何か興味深そうにリンペイが質問する。
「どうしてそう思うんだい?」
「どうしてって……それは、あの……ダイゴさんは強いからです。強いからまた同じようなことが起きても、きっとなんとかしてくれるはずです。そんな弱きだなんてダイゴさんらしくありませんよ。ダイゴさんは、だって」
「ぶっ、はっはっは。確かにそうだ。こいつは強いし、だからこそ僕達の想定を上回ってくれるんだ。どんな危険な状況も、もう駄目だって時も、やってくれる奴だよ。理論や推測なんて、そもそも考えるだけ無駄だったね。すべてはダイゴ自身にあるんだってね」
リンペイの笑い声にユリは顔を赤くして、「なんで笑うんですか」と問い詰める。
だがリンペイはなぜか、と話すつもりもないし、ユリも無意識のうちに気付いているのだろう。
俺は誰かの言葉で俺は励まされたかったのだと。
「やっぱ、いいな、友達っていうのは……こんな俺でも、信頼してくれるなんて」
「そうだよ。だからこそ、僕達だけじゃなくてみんなにも謝らなきゃ」
「そうですよ。ふふっ。ダイゴさん、さっきからさっぱりした風になっていますよ。たくましくて、心優しいいつものダイゴさんです」
「それでちょっと鈍くて、食い意地だけは張ってそうな、ね」
「おい、そっちは悪口だろ」
「ふっ、はははは」
「あはははは」
「はははは」
リンペイの噴出したような笑いで端を発して、愉快な笑い声が響く。
そしてこの学園を去りたくない、こいつらとずっといたいという気持ちが非常に強くなっていく、だとすれば俺がするべきことはただ一つ。
「リンペイ、ユリ。俺、カナエとレイカに謝ってくる。危険な目に合わせたって。また俺もどうなるかわからない。だけど俺は謝るしかねえんだと思うんだ。せっかくの友達に迷惑をかけちまった以上は」
「いいと思うよ。でもそれはきっと君にとって、辛い思いをするかもしれないし、かといって君への疑念が晴れるわけじゃない。それでもいいのかい」
「それはわかっている。でも俺は謝らなきゃいけない。というかそれくらいしか、できることがない」
「ダイゴさん……不安なら私達もついていきましょうか。私達は現場にいなかったけども、今のダイゴさんは紛れもなくいつものダイゴさんです。それを私達からも力説すれば」
「いや、そこまでしなくていい。俺だけで説明する。ひとつ、けじめをつけてえんだ」
リンペイ達を呼びたくないのは、別の理由があった。
もし次に俺がやむを得ず輝石の力を使い、暴走した時は、遠慮なく俺を殺してほしいってことも伝える。
きっとリンペイやユリに伝えても、反対されるだけで、実行にも移せないだろう。
だから戦闘能力の高いルナとカナエに頼む。
どこか吹っ切れてすがすがしい気持ちだった。
人間であった頃で既に死に、レイカの戦いにひん死まで追い込まれて、死への恐怖がマヒしたのだろうか。
俺はバスケットの中の最後のクッキーを口へ放り込むと、俺はリンペイとユリに礼を述べ、少しだけ留守してくれるよう頼んでから、部屋を出ていった。