第1章4話:ぎくしゃく5人組
それにしても現実世界の友人が林平なのに、こちらでもリンペイという名前は偶然であろうか。
一度そのことについてそれとなく聞いたことがあるが、頭をかしげられたのでおそらく他人なのであろう。
俺が思い更けているといつの間にか自己紹介は終わっていたようで、クラスメイトの名前をほとんど知らないまま俺はリンペイにつれられるまま席に着く。
どうやら席は決まっているようで俺が座る席は、不運なことにあの金髪の女が隣に座っているところであった。
俺はあまり関わりたくないという様子で、拳を震わせて睨みつけてくるその女の隣に座る。
「おい、これからは貴様のことは魔物とは呼ばない。クラスメイトの一員として、ダイゴと呼ばせてもらうぞ」
俺は厄介毎に巻き込まれたくないため、無視を決め込んでいた。
もし何か下手な発言をしたらどんな不愉快な気分になるかわからないのだ。
「聞いているのか! ダイゴ!」
俺は観念したようにその凛々しい声に反応することにした。
だが一方で前の座席に座っているリンペイの肩を叩いて助けを求める。
だがリンペイは肩を叩いても反応せず、振り向くことなく首を横に振る。
どうやら自分で何とかしろとのことらしい。
「なんだよ、女。また喧嘩なんて考えないでくれ。俺は平和で友好的にこちらに来たんだ」
「お、女だと!? 私の名前を覚えていないのか!? さっき自己紹介したばかりだろ」
「あー! やっぱりそのでかい体に反して頭の方は悪いんだー。人の言葉を話すからびっくりしたけど、そこはやっぱり下品なオークって感じね」
俺と女の会話に、背後の青髪の女が身を乗り出して茶々を入れだしてくる。
面倒なことになるからできるだけ女と話すのは避けてきたというのに。
「こら、カナエ。あまりクラスメイトを侮辱するな。これからダイゴは魔物とはいえ班員となるというのだぞ」
「そういえばそうだったわね。いくらオークとゴブリンとは言え、あたし達の班員だもんね。まぁあっちのゴブリンは話せば物分かりよさそうだけど、こいつはねぇ……」
カナエと呼ばれる長い青髪の女は俺を小馬鹿にしたように笑う。
「悪かったな、オークで。俺だって好きでこんなことをしているわけではない」
俺は皮肉っぽく言う。
事実この世界に生まれ変わってもオークな点や、現実でも学校は嫌だったのに行かざるを得ないのだ。
「まぁ、これ以上は深く言わないわよ。学ぶ者は拒まず、されど落ちる者は拾わず、絶えず向上心を持つのであれば受け入れるのが、リーベカメラード学園の信条なのよ」
そういえば学校名を聞くのが初耳であり、リーベカメラード学園と言う言葉を頭の復唱し記憶に結びつける。
誰でも受け入れる割に男性を受け入れないのは、矛盾しているようだが気にしないでおこう。
「でもねー。ここにはいつも寝ていて落第ギリギリのやつがいるのよね」
カナエの目線の先を見ると、黒いボブカットの女がいた。
黒いボブカットの女はカナエの言葉に驚いたのか、その拍子で机の上のペンなどを落としてしまい慌てて拾い始める。
ひどくおどおどした様子で、カナエに怯えているようであった。
コウモリのような形をした髪飾りに目が留まる。
「随分慌てているじゃないか。ちょっとびくつくすぎじゃないかい」
リンペイが席を立ち、黒いボブカットの女を助ける。
体が人間よりも小さい分、俺と比べるとそういう作業は慣れているのだろう。
「あ、あ、あ、ありがとうございます……」
黒いショートヘア―の女は全て拾い集めると、リンペイに対してどもりながらそしてか細い声で礼を言う。
「いいんだよ。ユリちゃん。今日から僕達も君達の仲間なんだから、これくらいのことなら助けになるよ」
リンペイが細い目をさらに細めて爽やかに笑い、社交的で親切な一面を垣間見せる。
ゴブリンである点を除けば、俺と違ってすぐにクラスになじめるのであろう。
ふと現実世界の林平の学校生活もこうだったのではないか、とりとめもない考えをする。
「それにしても君の髪飾りがとてもかわいいね。どこで買ったの? 人里なら売っているのかな?」
「えーっと、ここ、これは……」
リンペイとユリと呼ばれた黒いボブカットの女はすぐに打ち解けたように会話を始める。
ユリはもじもじしながら目線を下にしながら、リンペイの質問に答えていく。
ユリの言葉に相槌を打ったり大げさに驚いたりするリンペイの様子を見て、ゴブリンひいては魔物は案外人間と打ち解けることができるのではないか、と錯覚する。
振り返るとカナエは頬杖をついて不機嫌そうにその様子を眺めていた。
「……なによ。あたしの顔に何かついてるの。それともあんたもあいつらみたいにイチャイチャしたいの? オークだから下心ありまくりね。夢見てんじゃないわよ」
「そんなつもり少しもねーよ」
カナエの嫌味ったらしい言い方に、俺は素っ気なく返す。
こちらの世界の人間でもオークという魔物の印象は最悪のようだ。
カナエは舌打ちとともに俺から顔を背けて髪をいじりだした。
「ダイゴ、それでさっきの話の続きだが」
隣の金髪の女が話しかけてきて、話の続きを再開しようとする。
そういえばこいつの名前の話だったな。
「悪い。少し考え事をしていて、あんたの名前を聞いていなかった」
金髪の女は俺の言葉を聞いて、侮蔑するような目で俺を見る。
ここまで嫌われると逆に絡まれなくなって過ごしやすいかもしれない。
ちょうど俺が現実でも学校に行かなくなったように。
「私の名前はルナだ。リーベカメラード学園の風紀委員長をしている。ここのカナエとユリ、それに貴様たち二人を加えた班の班長を務めている」
ルナという名の金髪のポニーテイルの女は、友好の握手も求めず抑揚もなく言った。
「俺の方は言うまでもないな。まぁ勉強にしに来ただけだ」
ぶっきら棒に言ってこの辺で会話を終わらせる。
おそらくルナの方も話が膨らむことを望んでいないだろう。
リンペイを除いた班員とぎくしゃくしたような雰囲気のまま、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
教室にさっきの骸骨のように痩せこけた教師が力なく入っていき、覇気のない声で授業を開始する。
授業はこの世界における生物についてのようだ。
教師からはあまりにやる気を感じず、ただ教科書を朗読して誰にも指名せず淡々と授業を続けた。
俺も勉強をするために入学したと言うのに、あまりにも退屈すぎるため思わず寝てしまいそうになる。
だがカナエの落第するものには厳しいというリーベカメラード学園の校訓を思い出して、腕をつねって眠気を覚まし授業へ集中しようとした。
リンペイはまじめにノートを取って、黒板の方へ視線を注いでいる。
一方で隣のユリは気づけば涎をたらしながら爆睡していた。
教科書を開いて真面目に受けようとしている姿勢はわかるのだが、開始してすぐにここまで気持ちよさそうに寝ているとなると同情の余地はない。
「リンペイ、起こさなくていいのか」
俺が少しだけ机から身を乗り出して囁いた。
「いいんじゃないかな。こんな授業じゃ眠いのも仕方ないだろうし。ゆっくり寝かせてあげようよ。ダイゴの方こそ、しっかり勉強しなよ」
リンペイの言い方に少し引っかかることがあるが、確かにこの授業じゃ寝てしまうのも仕方がなく、他の生徒の様子を見ても真面目に授業を受けているのはあまりいなかった。
そもそも俺は他人の心配をしている場合じゃない。
せっかく入学したのに落第したら元も子もない、俺は慣れないノートをとるという作業に悪戦苦闘しながら授業を受ける。