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第2章11話:勝利への執念

 特訓という名目だったが、レイカとカナエのあまりの実力差で、果たして参考になるのだろうか。


 レイカは抱きかかえていたカナエをゆっくり下ろして、先ほど蹴り上げた箇所である背中をさする。

 だがカナエはその手を邪険そうに払って、代わりに自分の手でほぐすように叩いた。


「……自分のことくらい、自分でできるわよ。痛い箇所は、自分が一番分かってる」


 思わぬ反応にきょとんとしているレイカに、カナエが言い放つが、悔しそうな声色は隠しきれていない。

 心配していたレイカも察したのか、それ以上そのことには触れず、特訓の本題へと移る。


「カナちゃん、さっきの特訓の目的がわかった?」

「……あたしを、ぶちのめすこと」

「そう拗ねないのっ。もし本気でやっつけることを考えたら、もっと早くに決着をつけていたんだからね」


 なだめようとするレイカの返答に、カナエは子供っぽくブスっと頬を膨らましてうなだれる。

 実力差はそれほどまでにあった。

 そして小さな声でさっきの質問に、わからない、と返す。


「それじゃ、質問を変えるねっ。カナちゃんの自分の悪い癖、ってなんだと思う」

「弱いくせに突っ込んで、返り討ちにあうこと」

「んー。半分正解で半分間違いかな。まずカナちゃんは、自分が思うほど弱くはないんだよ。さっきの氷の剣を飛ばしてけん制したり、剣の連撃も悪くはないね。でも突っ込んで返り討ちに会う、ここがダメなところ。だったらどうすればいいと思うかな?」

「後ろの方で、援護に徹する」

「でも、それってカナちゃんがあまりしたくないことでしょ。ルナちんと一緒に前線で戦いたいんだもんね」


 カナエは強く頷き、別の答えを求めるように青い瞳で、顔を上げて同じ青い瞳のレイカをじっと見つめる。

 レイカが朗らかな表情で笑う。

 まるでそう強く見つめられることを望んでいたように。


「カナちゃんの悪い癖はね。動きは紋切り型、つまりワンパターンなの」

「あたしが、ワンパターン?」

「そう。私とのさっきの戦闘でも、そう。アッキーだっけ夕方の盾を使っていた子。あの子に攻撃を受け流されたときも、そう。あなたの動きが見えているから、手痛いを反撃を受けるんだよ」

「アッキーじゃなくて、小盾を装備したアキラのことね、でも、お姉ちゃん。さっき、隙が無いって」

「そう、一見隙はないのよ。迂闊に手を出せば、逆に怪我をする。でも、その隙の無い連携も、次の行動を読めているとしたら。そしてその行動がさっきから繰り返されると裏付けがあったら?」


 カナエははっとした顔をする。


「その次の動きに対して、予め回避の行動を準備して、実行するの。すると隙の無いと思われた連携を割り込める、膨大な隙が生まれるってわけ」


 レイカのいうことはとても的を得ていた。

 格闘ゲームでも同じ連携をしていては、ガードを固める相手は崩せないし、それどころか決まった連携を入れ込んで仕掛けている相手なら、すばやく回避行動で割り込んで、隙だらけなところに反撃を決めることができる。

 いわゆるガードキャンセル回避というやつで、対の選択肢として回避を狩る行動がないと、攻勢してても決して油断はできないのだ。

 そこまで話して、レイカのアドバイスが俺にもはっきりとわかってきた。


「つまり、同じ連携を繰り返してはダメ。敢えて隙を作る動きで、逃げる相手を誘ったり、いつもと違う動きを見せて的を絞らせないのが大事だよ。例えば、どこかで態勢を整えてから蹴りを入れたり、掴んだり、あるいは魔導で組みこんだりね。いっそのこと攻めを中断して間合いを取ること自体も悪くはないんだよ」


 レイカの話す駆け引き自体は格闘ゲームと同じだった。

 守る相手を崩すために攻めのバリエーションを増やしたり、あるいは比較的隙のない攻撃で止める事で、攻勢を維持したり回避されても反撃を受けないようにするなどである。


 レイカの教えに耳を傾けるカナエの顔は真剣であり、時折頷いてしっかり身に着けようとしているところだった。

 そして自分の中で合点がいったのか、レイカから距離を取って、素振りを始めて自分の中で様々な攻撃パターンを見つけようとする。

 姿勢を低くして足払いを組み込んだり、一歩下がって魔導を放つように片手をかざしたり、飛び上がって斬りかかったりと、バリエーションを増やそうとしていた。


 さっきまでの怪我はなかったかのように、生き生きと動いており、汗が月の灯りを受けて宝石の様に煌めく。

 真剣な表情の中にほのかに清々しい笑顔が見えていたのが印象的だ。


「これなら……よし! お姉ちゃん、もう一回」


 カナエが額の汗を拭って、微笑ましく見守っていたレイカに再戦を申し込むが、レイカは首を振った。


「えー! なんでよー! もう一回くらいいいじゃん」

「あと何回でもしてあげるよっ。でもね、さっきから戦いたい、っていう気配をひしひしと感じるんだよね。ねぇ、ダイゴっち」

「俺の方から申し出ようと思ったが、あんたの方から察してくれるなんてな。あんたの言う通り、戦いたくて、震えてたんだ」

「いいねっ、君。やる気満々で、気合十分。それでこそ特訓のし甲斐があるってもんだよ」


 俺は逸る気持ちを抑えながら、全身の震えを落ちつけようと深呼吸してから、前に歩み出てレイカと向かい合う。


 距離はまだ互いの間合い外。

 月光に照らされたレイカはひどく神秘的で、今にも儚げで消えてしまいそうな美しさがあった。

 だがその内には、とてつもない戦闘スキルを備えており、まだその全力を出してすらいない。


 スリットから垣間見えるタイツに覆われた細い足からは強烈な蹴りが。

 着物の袖から取り出される青い輝石からは、長い刀身を姿を現し、力任せではない鋭い斬撃が、細い腕をしならせて放たれる。

 一筋縄ではいかないのは明白であり、全力を出すのにも値するだろう。


 ポケットの中の『調和のトパーズ』を確かめる。

 できるだけ使いたくはないが、俺は全力を尽くしてでもレイカに勝ってみたかった。

 なぜ勝ちたいかはあやふやだが、特訓とはいえただ単に負けたくないから、ということかもしれない。


「ご教授、お願いしますってか。もっともそれだけじゃ、すまねえかもしれねえけどな!」


 レイカに向かって拳を振り上げながら駆けていく、レイカも俺に向かって走ってくる。

 このままいくと互いにぶつかり、間合い内へと突入していくだろう。

 そうなれば乱打戦だ。

 殴り合いなら自信があるし、パワーなら体格的に俺に分がある。

 そして何よりも俺が最も得意としている読み合いが最も生きる場面だ。


 俺の右ストレートとレイカのハイキックが交差し、強い衝撃波と眩しい閃光が巻き起こる。

 確かな手ごたえがあり、本来な足の骨が折れてもおかしくはないが、レイカは痛がるどころか、眼鏡の奥に笑みを満足そうに浮かべていた。


「うん。実際にぶつかってみると、予想を遥かに上回っているね。上出来、上出来」


 さっきの衝撃で距離が離れたレイカの拍手が響いた。

 さっきは全力でぶつけたはずだが、あの余裕な態度が俺にを火をつける。

 これ以上は遠慮をする必要はなさそうだった。


「やっぱり、あんたなら楽しめそうだ!」


 レイカに突っ込んでいき、再び接近戦へと持ち込もうとする。

 相手は百戦錬磨の強者と言えど、接近戦になれば五分以上の自信はあるため、決して無策というわけではなかった。


 受けの姿勢に回る以上、俺の動きを読んでくるに違いないため、決してワンパターンな攻めにならないように気を付ける。

 コンビネーションを叩きこむにしろ、大きな隙だけは晒さないように心掛けた。

 フックやジャブ、ボディなどを組み合わせて的を縛らせないように専念し、レイカは反撃できずに防戦一方だ。


 しかし攻撃をことごとく交わされ、まるで遊ばれているかのような感覚に陥り、次第に焦りを育ませる。


「勢いに任せたラッシュ。まるで反撃をさせたくないって感じだね。まるで何かに恐れているように。でもこのままじゃ、何も起きないよ」


 レイカの分析とも言えるような挑発に乗ったわけではないが、足払いを放って相手の防御を崩すことにした。

 少し危険だが勝負に出ないと勝負はつかないどころか、疲弊した俺を狙って手痛い一撃を受ける可能性がある。


 だが防御の意識は上半身に向けているため、ふたした足元への攻撃には、反応はしづらいはずで、万が一避けられてもしゃがんだ状態から、硬直を狙うアッパーカットも放つ準備をしていた。

 勝算は薄いどころか、かなり確率の高い有効打になるはずだ。


 レイカは防御を嫌ってその場で軽く跳躍する。


「おっと、危ないっ!」

「これを、待っていたぜ!」


 対空のアッパーカットを繰り出し、足払いを交わしたレイカを迎撃しようとする。

 完全に俺の読みが決まって俺は内心ほくそ笑んだ。


 しかし俺自信満々に繰り出したアッパーが叩いたのは、固い感触と何かが砕ける乾いた音、そして月明かりに輝く何かの破片。

 拳に伝わる冷たい感覚とともにわかる。

 それはレイカではなく、氷の板だった。


「悪くない読みだねっ。でも甘いよ、ダイゴっち。そんなんじゃ、私を捉えることなんて、できないだからっ」

「てめぇ!」


 見上げたその先にはレイカが飛んでおり、俺の身長よりも高い場所へと位置している。

 おそらくさっきの氷の板を踏み台にしてさらに飛んだということだろう。

 ゲーム的に解釈するなら二段ジャンプというところだ。


「くっ!」

「やっと、隙を出してくれたねっ! いっくよー!」


 俺が迎撃の姿勢を取る前に、レイカは空中にいたまま何かを蹴りだして勢いをつけてこちらに蹴りかかってくる。

 そのうっすらとした反射でわかったのは、宙に浮いて氷の塊を生成したということだった。

 足先を突き出してながら反動を伴った鋭い蹴りが迫りくる。

 レイカの勢いのついた急降下蹴りを、もろに顔に受けて俺は吹き飛び転がり回った。


「ち、ちくしょう……負けたくねえ……」


 地面に叩きつけられ、のたうち回りながら呻いた。

 凄まじい威力に立ち上がる気すら起きなくなる。


 そうだ、俺は今まで勝つことで何かを手にして、ここまで来たんだ。

 勝つことでオークキングという地位を、強さを誇示することでオークを従えてきた。

 格闘ゲームでも、俺は勝つことでしか満たされなかった。


 勝って周りから称賛され、分かち合うように友とハイタッチできた。

 勝たなけりゃ他の奴らに先を越される、むしろ負ければ俺の誇りや自信すらも奪われてしまう。

 勝って、勝って、勝ち続けて、初めて俺自身を規定できていた。

 いつからこんなことを考えていたのかは覚えていない。

 だが何にしても俺は、勝負事となれば勝つことに異常なこだわりを持っていた。


 この世界に来てから、気に食わない者、立ちはだかる者は全てぶっ飛ばしてきたし、あのいけ好かない学園長のアロガンシャールも俺が倒す。

 こんなところで立ち止まってはいられない。


 服に隠しこんでいた『調和のトパーズ』の場所を確かめる。

 自分から挑んだ戦いで、勝ち目があると思っていた勝負で、負けるのは……

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