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第2章8話:絶刀・流転四季

 ダイゴの前方よりマリー、そして不意打ちを仕掛けようと姿を消すテンペスタス。

 この一対が仕掛けてくる連携、僕ならどうするかと考えると一つしか思い浮かばない。


 僕の眼では捉えることのできない迫りくる猛烈な風そのもの。

 そして流れるような動きの棒術で畳みかけるマリー。


 マリーとテンペスタス。

 それを同時に相手しているダイゴ。


 狙うとすれば非常に有効かつ確実な戦法、挟み撃ちだ。

 まるで蛇のように棒を変幻自在に打ち込み、隙のない攻撃を繰り出しているマリーに、ダイゴは強引な攻勢にも転じることができない。


「思ったよりやるじゃねえか。へっぴり腰の棒叩きかと思いきや、しっかり技を使っていやがる」

「当たり前ですわ。わたくしは幼いころから、棒術の英才教育を受けてきましたのよ。棒の扱い方には自信がありますの」

「だが大して痛くもねえな。そんなひ弱な攻撃で俺を倒せると思ってるのか? 肉を叩いても骨までは折れねえぞ」

「さすがオーク、筋肉質な体で頑丈ですわ。おあいにく様、あなたを倒すのはわたくしではなくってよ。目には目を、歯には歯を、魔物には魔物を、ですわ」


 その瞬間にマリーが攻撃の手を止めて、何かを避けるように横へ小さく飛んだ。


「ダイゴさん後ろです!」

「なっ!」


 マリーに気を取られていたダイゴが、ユリちゃんの声に反応する。

 そして背後を振り返り回転しながら突っ込んでくるテンペスタスを腕で防いだ後、体ごとよじって自分の背後へと受け流した。

 しかし無傷では済まなかったようで、ダイゴの腕には切り傷から流血しており、先ほどの強烈な回転の破壊力が伺え、僕は思わず息を呑んでしまった。

 ダイゴやルナさんでなければ致命的な大怪我になっていただろう。


 心なしかテンペスタスの額の緑の輝きがどす黒く見え、何かに餓えているように目つきは鋭く、爪や牙が禍々しい曲がり方をしている。

 あまりにも度を超えた凶悪さだが、肝心の操り主であるマリーは気にも留めていない。


「さぁ、テンペスタス、もう一度ですわ。今度こそ」


 マリーがテンペスタスに命じると、額の輝きがさらに濁った色へと変わっていき、僕へさらなら違和感を作り不安をよぎらせる。

 すぐさまテンペスタスが反転して飛びかかった時事件は起きた。


「!? テンペスタス! わたくしじゃありませんわ。どうして!」

「お嬢様!」

「お嬢様……!」


 テンペスタスが狙った方向はダイゴではない。

 なぜか操り主であるマリーめがけて、反逆と言わんばかりに強烈な回転体当たりを仕掛けてきたのだ。


 唐突なしもべの反逆、主の命の危険を判断してか、アキラが場外から、ジュンはルナさんへの攻撃を止めて、援護へと駆けつける。

 だがジュンが全力でテンペスタスの行く手を阻もうと身を乗り出して守ろうとするが、強烈な回転の前に弾き飛ばされてしまう。


「ジュン! そんなっ!」


 マリーが悲鳴を上げて、上空まで打ち上げられ地面へ叩きつけられそうになるジュンを心配するが、テンペスタスの突進は止まることを知らない。

 そしてアキラもマリーの元までは間に合いそうもなかった。


 マリーが怯えてその場から動くことができず、その後の悲惨な光景を想像してしまい、僕は思わず目を瞑ってしまう。


 何かが抉れる音が聞こえたが、すぐさま荒い呼吸交じりの声が聞こえて、ゆっくりと目を開けて何があったのかを確認する。


「飼い主に反抗なんて感心しねえぞ。ちょっと痛い目を見て、ご退場願うぜ」

「そうだよっ。はしゃぐのはわかるけど、きつーいしつけも必要だね」

「……って!? あんたがどうして」

「生徒を守るのが先生の役目だよっ。あとは先生に任せてっ」


 両手では回転を受け止めるダイゴと、アキラよりも早く駆け付けその上から飛び蹴りを放とうとするレイカ先生の姿があった。

 テンペスタスの回転は次第に緩まり、着地してもとの四つん這いの態勢に戻ろうとする瞬間に、レイカ先生の飛び蹴りがどす黒い色を放つ額の石へ直撃する。


「フィナーレだよっ! ちょっとだけ本気を出してあげる」


 蹴り切ったレイカ先生が振り返り、指を鳴らすとテンペスタの体が氷漬けになり身動きが取れなくなっていた。


 そして腰を低くし氷の塊を鋭く見据え、胸元から綺麗な青色の石を取り出し強く握ると、石がたちまち剣の柄の形になり、その先から氷が伸びていき、鞘となってたちまち長い剣へと変わっていく。


「あれは……刀!?」

「『絶刀・流転四季(るてんしき)』さぁ、氷塊と砕け、残雪に溶けなさい。奥義」


 レイカ先生の声色が凍てついたように低くなる。

 腰元に構えて鞘をもう片方の手で固定し、目にもとまらぬ速さで鞘から刃を横一閃に抜き放つ。


「『冬の型・吹雪』!」


 氷が砕けて細かくなった無数の氷塊が宙を舞い、光りに照らされ煌びやかに輝く。

 同時に魔力で生成されたテンペスタスも消滅し、媒介としていたどす黒い輝きを放つ緑色の石だけが残った。


「すごい一撃だ。あの一瞬で氷を砕くなんて」

「いえ、一撃だけじゃありません。抜き放った瞬間、何度も斬りつけて、細かく砕いています。十回、いや十五回?」

「よく見てるけど、惜しいわね。十七回」


 レイカ先生がテンペスタスの媒介の石を拾ってまじまじと眺めながら訂正した。

 抑揚がなく何かが凍り付いたような冷淡な声だ。


「……なるほど。それが『真冬の向日葵』ってやつの実力か」


 ダイゴの問いかけにレイカ先生は何も言わず、刀身の部分を手で触れて溶かしていき、柄となっている青い石のみにすると胸元へ戻した。

 眼鏡の奥の溶けない氷のように冷たい目が柔らかい垂れ目となり、声もどこか抜けた明るい声へと戻り、さっきとはまるで別人のようになる。


「うーん。これくらいは当たり前かな。サモンの魔導の制御を誤って、暴走するなんてありえることだし、ちょっと強めの魔物って感じだねっ」


 朝飯前と言わんばかりに事も無げに言うと、関心は別の方へ向かっているようで、その緑色の石を不思議そうに見つめている。

 マリーがダイゴとレイカ先生の方へ歩み寄り、申し訳なさそうに頭を下げる。


「あの、先ほどは助けていただき、ありがとうございました。テンペスタスがあんな危険なサモンクリーチャーになってしまい、申し訳ございません。本当はあそこまでは乱暴ではないはずですが、わたくしの制御が未熟だったせいでわたくしのみならず、皆様にご迷惑をおかけして」

「まぁ、あんたが無事ならそれでいい。俺がこれくらいの怪我で済んだなら御の字だ。さっきのジュンの関節技の方が効いたぜ」

「……でもあなたはとても頑丈……もっといろんな技をかけたかった」

「上等だ。だったら俺の戦意ごと折ってみろ。骨が折られようが、俺の戦う意志を折れなきゃ、負けじゃねえんだ。あんたのその傷が癒えたら、次は全力で来い」


 ダイゴが自分の胸をとんとんと叩き、乏しい表情のままジュンはこっくりと頭を下げて会釈する。

 ジュンの近くにルナさんが傍にいるため、おそらくジュンの無防備な落下を拾ったのはルナさんなのだろう。


 僕とユリちゃん、カナエさんもすぐさまダイゴの元へ駆け寄って心配するが、ダイゴはどうってことないという風に腕を大きく回した。

 脇ではレイカ先生がまじまじと拾った緑石を見つめ、ルナさんは何が不思議なのかと質問する。


「いや、どうしてこんなものをあの子が持っていたのかなって」

「でもそれって普通の媒介じゃないんですか。サモンを行使するときの鉱石となんも変哲がなさそうですが」

「そう、見た目はね」


 レイカ先生は他に何か言いたげに答えた。

 何か知っているのか、それとも心当たりがあるかという風に。


「レ、レイカ先生。大変ご迷惑を犯しました。先ほどは助けていただき、ありがとうございました」

「君は、えーと」

「名門、グリーンロッド家のマリー・グリーンロッド・アハトですわ」

「マリちゃんね。えーと、私は」

「レイカ・ブルーエッジ・ドライ様ですわ。騎士姓を賜ってから三代目で、類まれなる剣術で史上最年少でオリハルコンリッターまで上り詰めた天才剣士として知らない者はいませんわ」

「あ、そっか。名乗るまでもなかったね」


 屈託のない笑顔で頭を掻くレイカ先生。

 その無邪気な様子からはとても剣の達人とは思えないし、先ほどの神速の一太刀の使い手であるなんて想像もできない。


「それで、マりちゃん。怪我とかは大丈夫? あと、体の様子がおかしかったりしない?」

「え? 特に何もありませんが」

「それじゃ、情緒が不安定になったり、変な想像をしたり、心が落ち着かない時があったりする?」

「いえ、それもあまり、ありません。ただ自覚症状がないだけかもしれませんが」

「あんたがいきなり勝負を仕掛けてくるのも、今に始まったことじゃないしね」

「あなたに言われたくありませんが、その点は否定できませんわ」


 ちょっかいを出してきたカナエさんを、マリーはやれやれといった様子でいなす。


「何も異変はないってことねっ。よかったー。それじゃ、最後に質問ね。その石は、どうやって手に入れたの」


 レイカ先生の問いかけに先ほどまで流ちょうに話していたマリーは固まってしまい、何かを言いあぐねている。


「言い出しにくいのはわかるよ。さっきのサモンクリーチャーの命令を効かなくったのも、これが原因なんだよね。模擬戦でも多少の怪我をしても仕方ないけども、あなたに反転して襲い掛かる時。あれは間違いなく人間を殺す時の、禍々しい魔力を纏っていたの。責めているつもりなんてないよ。でもこれだけは覚えておいて。強大な力には責任が伴うってこと」


 レイカの真剣な表情と強い口調が、先ほどの件の危険性を強調させる。

 あの時のテンペスタスは誰の目から見ても異様な変貌を遂げており、凶悪という言葉がぴったりだった。

 人間達が魔物に抱いているような邪悪さが滲み出ていたのだろう。

 略奪と襲撃を繰り返し、時には殺人や破壊活動を行うような、人間と対立する魔物を。


「そうですね……申し訳ございません。ですが、その石については話せません。それが約束なのですわ」

「ちょっと、あんた。せっかくお姉ちゃんに助けてもらったのに、話せないっていうの?」

「……それが約束なのですわ。魔力を増幅させる代わりに、出所については教えるな、と。その力はわたくしもわかっていましたわ。どれほど強大かというのを。ですが、出来心で、つい勝ちたくなりまして……申し訳ありません」


 マリーの言葉に熱がこもっていくが、ふと我に返り申し訳なさそうに深々と頭を下げて謝罪する。


「わたくしはまだまだ未熟ですわ。あなた達に少しでも追いつきたくて、こんなものを使ってしまった、甘えた自分が。騎士の風上にも、グリーンロッド家の長女として家名を貶めているようで恥ずかしい」

「おいおい。なんか湿っぽくなったな。騎士とか家名とかどうでもいいだろ。今度は正々堂々、自分の力で挑んで来いよ。あんたはカナエよりかは武術の心得はあるようだ。伊達に英才教育とやらを受けていないわけじゃねえようだ」

「……あなたみたいな化け物に褒められてもちっとも嬉しくありませんわ」


 いまいち褒めているのかどうかわからないダイゴの物言いだったが、大きな拳を向けてにかっと笑うその姿は飾りがないありのままと言う感じだ。

 マリーはダイゴに顔を背けて、ダイゴには聞こえないようにぽつりと呟いた。

 ちらっと見ると顔を少し赤らめている辺り、満更でもないのだろう。


「あたしよりこのお嬢様の方が筋がいいって言いたいの? どういう意味よ、それ! あたしの方がすごかったでしょ!」

「うーん。カナちゃんはまだまだかなー」

「お、お姉ちゃんまで……」

「でも今回の模擬戦を通してだけど、君達のいいところと悪いところってのがはっきりしたね。うんうん。これは収穫だよ」

「長所と、短所ですか? 私達とも手合わせもしていませんが、わかるものなのでしょうか」

「それほどわかりやすくて、単純なものってことだよっ」


 レイカ先生は子供っぽく笑い、ダイゴ達三人組がそれをいまいちわからないという風に首を傾げていた。

 実際に戦わずに見ただけでわかるということは、言う通りそれほど単純で基礎的なことなのだろうか。


「私達も出直しましょう、お嬢様。次こそは、強力なサモンクリーチャーを自由自在に使役できるようになってから。練習ならお供します」

「アキラ……」

「お嬢様……いつの間にそんな物騒なものを……私達が信じられないなら、そういえばよかったのに……」

「違いますわ! 決してそんなことでは。これは、その……」

「冗談……私達にも先に行かれると思ったんでしょ……でも、安心して……我々はお嬢様に、忠誠を誓った身……臣下として、学友として一緒についていく……」

「ジュン……」

「それに……あのオークを、倒したいと、思ったし……」


 ジュンの眠そうな目から放たれた鋭い視線に気づいたのか、ダイゴがその方向へ振り返る。

 やれやれダイゴもまた面倒なものを背負ってしまったようだ。


「ですが、わたくしはその力を、知らないまま行使してしまい、ご迷惑をおかけました。そしてその最後の後始末も、任せてしまうという体たらくですわ」


 だがアームオブロイヤルから励ましの言葉を受けながらも。マリーはどうもうかない顔であった。

 それに対してレイカ先生は頭を垂れているマリーの肩をぽんと優しく叩き、諭すように言葉を紡ぐ。


「間違いなんて誰でもあるんだよっ。というかそれこそが人は成長させるの。動いて、間違えて、迷って、反省して、ね。だから、もっと失敗しちゃいなよ。大丈夫。担任としては違うけど、面倒なら見てあげるから」

「レイカ先生の言う通りですよ。そんな風に落ち込むなんて、お嬢様らしくありません。どんな時でも堂々としているのが、私達にとってのお嬢様なのですから。ほら、いつも言っているではありませんか。負けは勝ちへの途中ですわって」

「そうだぜ。あまり気に病むなよ。俺としてはちょっとスリルがあって楽しかった。それに、みんな無事だし、マリーも反省しているんだ。これくらいのことなら水に流せる。なぁ?」


 ダイゴはルナさんの方へ一瞥し、同意を求めると、ルナさんは突然話を振られて一瞬固まった後、肩を竦めて軽い微笑みを浮かべた。


「皆が無事であることにこしたことはない。そこは同感だ。模擬戦では敵とはいえ、同じ学園の生徒だ。互いを高め合ういい経験になった。礼を言わせてもらおう」

「あたしが活躍できなかったのは納得できないけど。もしあんたが大怪我なんてして、アームオブロイヤルが解散なんてしたら、ますますつまらなくなるんだから。せいぜい今度は自分で操れるくらいになりなさいよね」

「わかっていると思うが、これがカナエなりに心配しているんだ」


 ルナさんの指摘は図星だったようで、腕を組んでいたカナエさんは痛いところを突かれたという風に、マリーからぷいと顔を背けた。


「皆さまのお心遣い、深く痛み入りますわ。まさか、あなた達、二人からもそんなことを言うとは思いもしませんでしたわ」

「あんたバカでしょ。そらこれまで小さいころからずっと競争して、遊んだ相手なら心配するに決まっているじゃない」

「ふっ。それもそうですわね。あなたにバカと言われるのは癪ですが、今回はわたくしの落ち度が大きいから不問にさせてあげますわ」


 マリーの尊大な物言いが戻って、挑発されて頭にきているカナエさん以外は、楽しそうな複数の笑い声が重なり和やかな雰囲気に包まれる。

 共におかしそうに笑い合って共感し、種族を越えて友情が育まれているのだろうという実感が、僕とダイゴの夢が実現不可じゃないことを確かにした。


 しかしあるしこりだけが残る。

 レイカ先生の使っていた柄の形をした長細い青色の石。

 そしてマリーの使っていたあの緑色の石。

 あれが事の発端であり、強大な力を与え、そして禍々しく輝き暴走する。


 ダイゴの持っていた輝石――ノテレクが口にした『調和のトパーズ』と似ているが、関連はあるのだろうか。

 もし関連があるのだとすれば入手経路はどうやってなのか。

 ノテレクとの戦いでダイゴの発揮した力と、さっきの暴走した力の関係は。

 宴の後片付けでの何気なくした質問では、ダイゴはそのことについて何一つ話さなかった。

 暴力的で危うい可能性をも秘めた『調和のトパーズ』をまだ持っているならば、ダイゴは……

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