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第2章7話:強襲、サモンクリーチャー

 ルナさんの制止を促す手を振り切り真っ先に突っ込んだのはカナエさんだった。

 剣を上段に構えて向かった先は、盾で防御する態勢を取り片手剣で迎撃の準備をしているアキラに向かう。

 どう見ても攻撃を誘い受け流して反撃をするというさっきと同じ戦法をとろうとしているのは明白。

 仕方がないと困った表情をしたルナさんは同様にカナエさんの隙を補う準備をしており、いつでも駆けだせるようだ。


「また来ますか。懲りませんね。何度も同じように対処されているはずなのですが」

「ええ、何度だって立ち向かってやるわよ。何度打ちのめされたって、諦めなければ絶対勝てるんだから」

「その心意気はいいでしょう。来なさい!」


 カナエさんが飛びかかって斬りかかるが、その剣先はの距離をどう見積もってもアキラには届かず地面に突き刺さてしまう。

 このままでは攻撃を受け流されるどころか自ら無防備に隙を曝け出すだけだ。


「破れかぶれとはこのことですね。確かに受け流されなければ、勝機はあったかもしれません。ですが剣が届かないというのはそもそも問題外です」

「剣が届く必要なんてないわ。あたしを誰だと思ってるのよ。目ん玉開いて見なさい。このあたしの妙技を!」


 するとカナエさんの剣が地面を叩きつけた瞬間、地面からキラキラと光りを受けて反射する氷柱がアキラに向かってせり上がっていく。

 よく見るとカナエさんの剣には冷たい霜の様なものを纏っていた。

 いきなり現れた氷柱に驚いたものの、アキラは反応して素早く飛びのき回避する。


「あんたなら交わすと思っていたわよ。誰もこんなんであんたを倒せるなんて思っていない。いくわよ! って――!」


 しかし大きくたくましい影が氷柱の脇から飛び出てくる。

 何でも壊しそうな、いや壊してきた右腕の狙う先。


「まずは、あんただ。その後じっくり時間を作ってからジュンと決着をつける」

「ちょっと、待ちなさーい! なんであんたが突っ込むのよ! 今からあたしがかっこよく決めるところだったのにー」


 カナエさんの叫びを背に、ダイゴの剛腕が隙だらけなアキラ吹き飛ばし場外を狙うその瞬間、今度は小さく疾い影がダイゴへと近づいていく。


「……させない。あなたとの相手は大変……だからここで」


 ジュンの両腕の爪はまるで獲物を狩るこの時を待っていたように光っている。

 事実ダイゴの目にはアキラにしか映っていないだろうから、狙うとすれば今が絶好の機会なのだ。


 しかしながらダイゴのすごいところは一度狙いを定めて、突っ込んだら止まらないことにある。

 ジュンに爪で斬られようが、掴まれて拘束でもされない限り、ダイゴの勢いをつけた突進は止まらない。


「……なんて頑丈……怯みもしないなんて」

「どきな。あとでゆっくり遊んでやる」


 そして避けきれないと判断したのか盾で防御の姿勢を取るアキラ。


「それが防御のつもりか? わりぃがそういう方がかえって好都合ってもんだ」


 突進の勢いそのままに速度を伴い、掌を握りしめて重量を加え、破壊力が増した拳はアキラの盾を格好の的であるかのように一直線に向かっていく。

 だがよく見るとアキラの姿勢はどうもただ攻撃を軽減するためとは思えない。


 腰を低くして一撃を受け止めるために備えるというよりは別の目的があるように思えて、僕ははっとした。

 思わず暗黙の了解を破って、ダイゴに対して助言を与えようとしてしまう。


「来なさい。その一撃が仇になることを知りながら、打ち込んでくるといいです」


 アキラの反撃の構えは一つだけではない。

 体の位置や流れから予測される次の攻撃及び武器の種類に応じて、様々な構えがあるのだ。

 そして拳を武器とするダイゴであろうと例外ではない


「じゃあ、お言葉に甘えて!」


 床が抉れるほど強く踏み込んでまさに獣のように体力に物を言わせて襲い掛かろうとするダイゴ。

 殴りかかる直前に身をよじって右腕に力を籠める。

 足元から強い衝撃波が生じ、ダイゴの太い腕に筋肉が浮き出て、その硬さはもはや鋼となっているだろう。

 その予兆と態勢から繰り出される一撃はもはや馴染みとなった、万象破砕(ギャラクティカインパクト)


「歯ぁを食いしばれよぉお!!」


 鋼となった拳と青銅の盾がぶつかる耳をつんざくような高い音。

 ダイゴの拳はアキラの盾に弾かれてなどおらず、つばぜり合いのように互いに力を押し付け合ってぶつかって硬直している。

 おそらくダイゴは打ち抜くように拳を突き出し、アキラは力ずくで弾いて隙を生じさせようとしているのだろう。


 そして一瞬の制止の後、その互いの力の激突の勝者が決まった。


「うわぁあああああっ!!」


 アキラが手に持った盾ごと吹き飛ばされ、線の外側を越え、膝をつきながら悔しそうに声を漏らした。


「くっ……化け物じみた力の前だと、技術を使おうが意味がないということですか……」

「化け物じみた力か。そもそも俺は化け物だ。魔物だ。そこらへんのごろつきや殴り屋じゃねえんだぜ」

「ふふふ。肝に銘じておきます。確かにあなたは、そこらへんのではありませんね」


 そしてマリーの方へ視線を向けて頭を下げる。


「申し訳ございません。時間は稼ぎました。お嬢様、あとは頼みました」

「ええ、アキラ、あなたの戦いは実に見事でしたわ。あとは私とジュンに任せてくださいな」


 胸を張って返答するマリーの横で、ジュンが眠そうな眼のまま抑揚のない声で突っ込む。


「かっこつけるのはいいけど……お嬢様……まだ詠唱は完了していないでしょ……」

「うっ……それは」

「わかってる……まだ時間を稼げばいいだけでしょ……それに」


 ジュンがダイゴの方へ視線を投げる。

 眠そうに閉じかけている眼が、鋭く強い目つきへと変わった。


「あいつに、傷をつけられっぱなしだし……」


 ジュンがダイゴに向かってゆっくりと歩み寄り、ダイゴは待ってましたと言わんばかりに満足気に笑みを浮かべる。

 その刹那ジュンがダイゴの目の前から消えた。


 僕は目を凝らして、その場から消失してしまうほどの速度で動くジュンを追おうとするが全く追いつかない。


「右へ、左、こんなに目まぐるしく動くジュンさんは初めて見ました。あ、今度は飛びました」

「ユリちゃんはあの動きが見えるのかい」

「はい。とても早いですけど、見失うほどじゃないです」


 こいつは驚いた。

 まさか消えてしまうほど高速移動し続けるジュンの動きに適応できるなんて。


 接近戦においてそれほど重要な素質を持っていながら、後方で支援に徹するのも悪くはないがもったいない。

 恵まれた素質を持ちながら騎士の花形である近距離での戦いをしないのは、優しい性格ゆえなのか、どんくさくて動きが鈍いせいなのか、それとも他にに理由があるからなのだろうか。


 ダイゴも僕同様に見失ったのか出かたを伺うように警戒している。

 だがダイゴは別の方法、自分の得意とするやり方でジュンからの攻撃を捌こうとしていた。

 それは。


「どこを狙うかなんて、わかり切っている。甘いぜ!」


 気配察知や意識配分、そして勘とも言える読みに裏付けされた反応だ。

 ジュンは立ち尽くしていたダイゴの、爆発的な破壊力を秘めた右腕を狙って飛びかかっていた。


 必ずしも右腕が狙われるとは限らないし、何なら頭部を殴打し戦闘不能させるという選択肢も取れていたはずだ。

 しかしジュンが頭部を狙わず、まずは右腕を狙ったのは、ダイゴなりの根拠があったのだろう。

 そうでなければあの早さからの襲撃を無傷に回避することなんてできないのだ。


 ダイゴは襲い掛かるジュンを腕で払ったが、ジュンの方はそれをまるでくぐるように交わして着地する。


「ここまで近づけば……私の範囲……」

「なんだと? これだけ接近されちゃ、むしろ俺の方が得意領域だ」

「違うぞ、ダイゴ! 離れろ!」


 ルナさんが大声で警告する。

 無表情のジュンは微かににやりと笑い、細い手足がダイゴの足元へと絡みついていく。

 その刹那ダイゴの足にジュンの足が絡みついて、均衡を失ったダイゴは大きな音とともに倒れた。


「悪あがきか!」

「これで終わりじゃない……ここからは、痛いよ……!」


 ジュンが器用に体を動かし、ダイゴの足先を両手で掴み、太ももで股を挟んでいる。

 足を掴んでいる両手に力を込めて引っ張ったその時、コキっという何かが外れる鈍く高い音が響いた後、ダイゴは絶叫した。

 その叫びに僕は思わず耳を塞ぎたくなる。


「いってぇええええ!! これって、もしや……関節技か!!」

「名前なんて、知らない……これは私の家に伝わる、殺人技……でも手加減している……安心して」

「手加減だと? 舐めた真似しやがって!」

「それじゃあ……本気で折るよ?」

「上等だ。やれるものなら、やってみやがれ」


 ジュンが力を込めて技を極め、ダイゴの関節から今度はミシミシと低い音が響いた。

 隣のユリちゃんは思わず目を覆っており、僕も目を反らそうとしても音はどうしても聞こえてくる。


「がぁぁあああっ!」

「ねぇ……本当に足が折れるよ?」

「何言ってやがる。こんなもんじゃ、折れはしねえよ。足は折れても、心まではな。あんた、魔物ってやつを甘く見過ぎだ。掴んだらいい、それだけ思っていたんだろう」

「……どうなっても……しらないよ……!」

「力の使い方ってやつを教えやる」


 ダイゴはそう言うと腕の筋肉を隆起させ、太い腕がさらに厚みを増してから力一杯に地面を叩いた。

 鈍い音とともに強い衝撃が足元から伝わる。

 床を伝わる衝撃にジュンが怯んでしまったのか、ダイゴの拘束を緩めてしまう。

 ダイゴはその間隙を付いて素早く振りほどいて脱出。

 立ち上がって技を極められていた足の調子を確かめていた。


「痛かったが、動けねえこともねえ。だったら仕切り直しだ」

「そんな足で……立てるの……?」

「俺に向かって心配か? あいにく俺は頑丈なんだ。あんた達とは根本的に違うんだよ」

「……ちょっと、面白いね……」


 ジュンがはっきりとわかるように満足そうな笑みを浮かべた。

 ダイゴもそれが伝わって拳を再び構え直す。


「かかってきな。あんたの出せる全力をぶつけてこい」

「いいね……と言いたいところ……でも残念……もう時間切れ」

「どういうつもりだ。決着を先延ばしにするつも……うぉぉっ!」


 ダイゴとジュンの間を遮るように吹き荒ぶ突風。

 突風から身を守るように腕で防御するダイゴ。


 そして風が旋風となって停滞し一時的に拡大した後、すぐさま何かを形作るように収束していく。

 旋風が止んだ場所を見ると、大きな獅子のような四足歩行の獣が威嚇するように吠えていた。

 目を凝らすと獣の周りには空気の流れが絶えず循環しており、まるで鎧の様に身に纏っているようだ。

 額には緑色の小さな石が埋め込まれており、鈍い光を放っている。


「なんだぁ、こいつは?」

「へぇ、あんた。見ない間に結構大きい獣をサモンを出せるようになったじゃない」

「と、当然ですわ。昔みたいに、小さいものしかサモンできないわけじゃありませんわよ。さ、これで戦力差は五分となりましたわ」

「これからって時に水を差しやがって。邪魔者が一匹混ざったくらいで調子に乗ってんじゃねえ」


 ダイゴがマリーの呼び出した獣に拳を震わせて立ち向かおうとするが、横からカナエさんが押しのけて前に出る。


「いーや、待ちなさい。こいつを倒すのはあたしよ。何のためにマリーの詠唱を待っていたと思っていたの。やっぱ舞台が整わなきゃ楽しくないでしょ。あたしが本気を出せるこの瞬間を」

「はぁ……そういうことか。だからわざわざ狙いをマリーにしなかったのか。カナエに合わせた私がバカ者だった」

「あら、わたくしを狙ったとしても、あなたの太刀筋くらい余裕でいなしてやりましたのに」


 後悔や愚かしさを嘆くルナさんのため息と、頬を手の甲を付けて高らかに笑うマリーに対し、カナエさんは顔を凛凛と輝かせて喜んでいる。


「やっぱ戦うかっこいいヒロインには、それなりの見せ場が必要ってことよね。あんたの出した風のサモンクリーチャーなら相手にとって不足なしよ」


 カナエさんがマリーの召喚した風を纏った獣に突っ込んでいく。

 獣は誰かに襲い掛かるということもなく、ここはどこだと言わんばかりに辺りを見渡しており、カナエさんの足音に気付いたのか、その方へ凶暴な眼を向け鋭い牙が生えた大きな口を開けて威嚇する。


 だがその獣の威嚇はもはや何の意味もなさなかった。

 すでにカナエさんの剣は獣の額の緑の石に向かって勢いよく振り下ろされており、直撃は免れない。

 ノテレクの呼び出したエンシェントゴーレムのように、額に埋め込まれた石が、サモンクリーチャーの動力であり命なのだ。


「ちょっとは歯ごたえがありそうだと思ったのに、見掛け倒しね。あたしの剣にひれ伏しなさい!」


 勝負あり、もったいぶられたわりにはあっけない幕切れに少々物足りなさを覚えるが、これがダイゴ達の個々の実力なのだと誇らしく思うのだった。


「確かな手応え……! デカ物ばっかにいい格好はさせないんだから。さ、残すはあの生意気お嬢様よ。あいつ、自分の切札が簡単にやられちゃって残念ね」

「まぁ、あんたにしては上出来じゃねえのか」

「ふふーん。あたしを誰だと思ってるのよ。相手が悪かったのよ。相手が」


 だがその矢先、ユリちゃんが叫んだ。


「カナエさん! まだ終わりじゃありません! さっきの獣は! カナエさんが斬ったのは」


 僕はすぐに切り裂かれた獣がいた場所に目をやった。

 確かにそこは大きな口を開けて目を見開いて威嚇するサモンクリーチャーの姿があったが、獣の形をしていたそれは次第に風となり空気と同化し消えていく。

 額にあった緑の石の輝きのみを軌跡として残していた。

 その場に幻影を残して獣はどこかへ駆けたということなのだろうか。

 ならばその本体は。


 ユリちゃんの目を見ると、何かを追いかけるように視線が四方八方へ飛んでいた。


「わかるのかい?」

「はい。大変ですけど、今どこを高速で駆けているかはわかります。そして襲い掛かるチャンスをずっと狙っているように」


 どこを狙うか、それは大よそ見当がついていた。

 相手は三人、互いに背を合わせても正面三方向しか見ることができない。

 つまり死角とは。

 マリーが使役し陣形の弱点を突くのであれば。


「上、だね」


 僕はぽつりと呟いて、ダイゴ達の頭上を見た。

 風を切り裂く音に反応してダイゴ達も見上げる。

 しかしサモンクリーチャーはきりもみ回転をしながら垂直に落下。

 落下地点はダイゴ達の誰かではなく、そのちょうど中心。


「もしかして、これって」

「ああ、全員まとめて、だね……」


 獣が地面に激突したと同時に猛烈な風が吹き荒び、烈風が辺りを包み込む。

 僕達も吹き飛ばされないように姿勢を低くして腕で防御し、しっかりと踏みとどまろうとした。


 だがそれ以上に耐えることに大変なのは、猛烈な嵐の中心部にいるダイゴ達だろう。

 巻き起こる風に舞うダイゴ、ルナさん、カナエさんの千切れていく衣服。

 風に飛ばされまいと必死に耐えるダイゴ達の表情は苦痛に歪んでいた。


 突風をまき散らす獣に近づくどころか、防戦一方故に後ずさりを強いられてしまい、このままでは吹き飛ばされるのは時間の問題だ。

 嵐は収まる気配がなく、強さを一定に保ったまま切り裂くような音を鳴らし続ける。

 獣の背後では指示をしているのか、マリーが目を瞑り集中した顔つきで武器である棒を握って強く祈っていた。

 今の彼女は無防備であるのは間違いないが、この風を突っ切って到達するのはほとんど不可能だろう。


 まさに完全に詰み、手も足も出ない状況だ。

 いくら僕がどれだけダイゴを信用していようとこの状況を打破できるとは思えなかった。

 そしてカナエさんの悲鳴が響いた。


「きゃああぁぁぁあっ! もう……ダメ……」


 猛烈な風に吹き飛ばされて線を越えた先で、受け身も取れずに叩きつけられうつ伏せに倒れるカナエさん。

 僕とユリちゃんは心配になり急いでその方向へ駆けつけた。

 僕達が大丈夫、と尋ねようとした時、カナエさんは倒れたまま悔しそうに泣きじゃくる。


「くそぉ……くそぉ……どうしてなの! どうして上手くいかないの!? あいつらは最後まで戦って、必至にやり遂げるのに……こんなんじゃ誰からも認めてもらえない……あたしなりに頑張っているのに……またお姉ちゃんと比べられて……」

「でも、カナエさんも頑張ったと思うよ」

「そうですよ! 嵐の中であれだけ耐えたのは十分立派です。それに魔導解放も使っていません。本気を出せば……」

「でもカナちゃん、負けは、負けだよ。全力を出していなかった、なんてそんなの気休めにすぎないって思わない? 模擬戦だったからいいけど、実際の戦いでも同じことを言うつもり? 敵は待ってくれない。悔しいって言っている間に、刃が首元を突き刺すんだよ」


 レイカ先生のそれまでの無邪気な性格からは想像できない辛辣な言葉に僕は眉をひそめた。

 彼女は実の妹に気遣うつもりもないのだろうか。


「レイカ先生。そんな言い方は。カナエさんは、先生の妹なんですよ。心配じゃないですか」

「それはもちろん心配だよ。でも厳しい言葉を投げかけたのも理由がないわけじゃないの。これはカナちゃんが選んだ道なんだ。大変なことになるってのはカナちゃん自身がよくわかっているの。カナちゃんは、守られる側じゃなくて誰かを守りたいの。昔には戻りたくないでしょ?」

「……お姉ちゃんに言われるまでもないわよ。あたしは、あの時から……」

「うんっ! わかればよろしいっ!」


 カナエさんが倒れたまま顔を上げて涙目の上目遣いでレイカ先生をじっと見つめる。

 その潤んだ瞳に揺れているのは一体何なのだろうか。

 レイカ先生は微笑みを絶やさないまま腰を下ろして、カナエさんの頭を自分の胸元へ運び優しく包み込むように抱いた。


 カナエさんの過去に何があったのか詮索する僕に再び強い風が吹き付けられ、はっと気が付く。

 まだ戦いは終わっていない。

 あの猛烈な風の中にはルナさん、そしてダイゴがいるのだから。


「す、す、凄まじい力ですわ……まずはカナエですわね。他の方も、すぐに場外へと送ってやりますわ」


 マリーの号令とともに風が一層強まり、びゅーびゅーと空気を切り裂く音がはっきりと聞こえ、僕はユリちゃんに身を寄せ合って吹き飛ばされないように支え合う。


「リ、リ、リンペイ君!? ち、近いです」

「いきなりごめんよ。こうでもしなきゃ、僕の方が風に飛ばされちゃうんだ。それに君にだったら身を預けてもいいかな、って。まるで柔らかい雲に包まれたようだ」

「リリ、リ、リ、リンペイ君……そんな……」


 ごめんよ。

 ここまで当惑させるつもりはなく、ただ本心で述べただけなのに。

 そこまで顔を赤くさせる必要もないのに。

 ただ僕はダイゴ達の戦いの行く末を見届けたいだけなんだ。


 異常とも言えるほど勢いを増した風は、ダイゴだけじゃなく僕達にも影響を及ぼしていた。


 そんな中ダイゴも何か思いついたのか、その強烈な風の渦の中で風に飛ばされまいと身を屈めながら中心で風を操る獣に向かっていく。


「もしかして、君は、あの風の中を!」


 僕は驚き目を見開いて叫んだ。


 そして中心付近へと到達するとダイゴはゆっくりと立ち上がって、獣を掴もうと腕を伸ばそうとするが、獣は反応して後ろに飛びのいて回避すことになり、辺りを包んでいた嵐のような風の渦も消滅した。


「それにしてもダイゴさんはどうして、あの渦の中心部で立ち上がれたのでしょうか。あれだけサモンクリーチャーに近いのに、風が一番強いんじゃ」

「いや、逆に一番風が弱い箇所が、サモンクリーチャーの周りなんだよ」

「え、どういうことですか」

「確かにあの風だと中心に行けば行くほど勢いは強いと思うのは無理もないよ。特にサモンクリーチャーの周りは特にね。でも実際は中心であるサモンクリーチャーの近くでは風は吹いていない。自身を巻き込まないようにね。その中心の周りで猛烈な風を巻き起こしているに過ぎないんだ。簡単に言えばドーナツのような形さ。そこで真ん中の空洞は無風になっている、とダイゴは気付いたんだ」

「でもどうして、ダイゴさんはそれを。どうして前に進もうだなんて」

「さぁ? それはわからないよ。サモンクリーチャーがなぜ自分の風に巻き込まれていないのか、っていうところに疑問を持ったからかもしれないし、とりあえずぶん殴りたくて仕方がなかったのかもしれない」


 僕はユリちゃんの問いに苦笑交じりに答えた。

 おそらく後者の方だと推察するが。


「風の抵抗を弱めているとはいえ、あの風へ真っ向から立ち向かうなんてね。本当に恐れ入るよ。すごいよ、あいつは」 


 この果敢に立ち向かう行動こそがダイゴの真骨頂だ。

 彼ならば火の海だろうが、槍の雨だろうと突っ込んで解決していくのだろう。


 それが頼もしくもあり同時に危うげにも感じてしまうのは、僕が心配性なせいからだろうか。

 ダイゴがサモンクリーチャーとにらみ合っていた。

 胸元で拳を構えいつでも踏み込める態勢で、サモンクリーチャーも四本の足の爪をしっかり地面に食い込ませ姿勢を低くして唸っている。

 今まさに飛びかかって跨り、無防備となったところを牙と爪で傷つけ、実戦ならばそのまま命を奪い去ってしまう。

 対してダイゴはその場で一歩も動かず、サモンクリーチャーの様子を伺っていることを察するに、迎撃の態勢を取っている。


「くっ……相変わらずしつこいな、貴様は。纏わりつくような動きを」

「だったら早く防御を解けば楽になるよ……攻勢にでれば、ちょっとは変わるかも……」

「断る。貴様の攻撃を全て耐えて見せる。反撃するのはそれからだ」


 一方で風の牢獄から解放されたルナさんはジュンと交戦しており、自慢の大盾でジュンの爪を防ぎ、接近され掴まれそうになると盾で振り払っていた。

 互いに決定打と撃てない状況であり、ダイゴへの援護も難しそうだ。


「さぁ、最後の詰めですわ。テンペスタスと同時に、わたくしも前に出ますわよ」


 先ほどまで後方でテンペスタスと呼ばれたサモンクリーチャーを操っていたマリーが、長い棒を持ってついにダイゴに戦闘を仕掛けてきた。

 だがそれはすなわち、一体二という数的不利な構図を意味をしている。


 実力は未知数だがマリーなら、おそらくダイゴにとっては赤子の手をひねるようなものだろうが、テンペスタスと同時に戦うとなれば厄介なことこの上ないだろう。

 ましてやダイゴはテンペスタスの迎撃に集中しており、不意打ちを受ける確率は跳ね上がっている。


「ダイゴ、君ならできるのか。この圧倒的に不利な状況を、打開することが」

「いくらなんでも、ダイゴさんでも無茶ですよ。今までは一対一だから、優勢に進めていたのに」

「でも、ダイゴは諦めていないよ。あの顔、なぜか楽しんでいるようだ」


 マリーとテンペスタスと対峙しているダイゴの表情は、うっすらと笑みを浮かべていた。


「乱入者登場ってか。上等だ。俺の大事な服を、またボロボロにされたんだ。そのお返しに、ちょっとは楽しくしてもらわねえとな!」


 ダイゴはシャツを勢いよく投げ捨てて言い放つ。


「こんな状況でも、まだそんな減らず口を。自分の置かれた状況をご確認なさっては? わたくし達の勝利は揺るぎませんのよ」

「何言ってやがる。俺が倒れねえ限り、負けじゃねえ」

「わかりましたわ。では、テンペスタス行きますわよ!」


 突如としてテンペスタスの姿が消えた。

 どうやら先ほどと同じように、風と同化しているような猛烈な速度で駆けまわっているのだろう。


「まとめてかかってきな。俺はつええからよ!」


 同時に襲い掛かるマリーとテンペスタス。

 マリーはダイゴの正面から、姿の消えたテンペスタスは縦横無尽に駆け周りかく乱した後でダイゴに攻め入るのだろう。

 そして不動に待ち構える笑みを浮かべるダイゴ。

 次の交差、それが決着への一撃になることを、僕は直感した。

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