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第2章5話:模擬戦

 本堂を出て武道場へと入っていった俺達とアームオブロイヤルだったが、そこには待っているはずのレイカの姿がなかった。


 放課後からは時間も大きく過ぎており、教室に残っている学生もそこまで多くない。

 少なくともこの時間に武道場を利用する者は俺達以外にはいないのだろう。


 今残っている生徒は教室で自習に励む者や外で体を動かしている者くらいしかおらず、下校した生徒は明日が休みということもあって遊ぶ計画でも練っているのだろうか。

 あまり登校していなかった俺が言うのもなんだが、こういう時は真っ先にゲームセンターへと向かったものだ。


「あれーっ!? みんな、もう着いてるのっ!? ごめーん、おっまたせーっ!」


 武道場の中央で俺達が待っていると、勢いよく開く扉の音が鳴り響き、溌剌とした声が聞こえてきた。

 その声の方向へ振り向いた俺達とアームオブロイヤルの目に飛び込んだのは、スリットの入った着物のような服を身に纏ったレイカの姿だった。


 露出して谷間を見せる胸元や、タイツに覆われてすらっとした太ももを見せつけるようなスリットのある大胆な衣装には、白いスーツの時とは違う蠱惑的な魅力がある。

 花と氷の結晶の模様がちりばめられた賑やかな衣装は今から祭りでも行くのだろうかと、首を傾げずにははいられず、そんな俺の疑問を察してかリンペイが俺に語りかける。


「まさか、噂に聞くレイカ先生のあの姿を見るとはね」

「有名なのか」

「ああ、『真冬の向日葵』という彼女の異名といえば、あの格好なんだよ。数々の功績と輝かしい戦闘実績を残して、僕達の前に新聞や本などを通して知らされるときはあの格好をしているんだ。特徴的な異国な格好だよ」

「へぇ、なるほど。やる気満々のようだが、得物らしきものが見当たらないな」

「そうだね。極寒の冬の様な容赦ない剣技と言う割には、その武器が見当たらないね。だけどダイゴならなんとなく察しているんじゃないのかな。今はなくてもいいってことに」

「当たり前のように魔導解放を使うってことか。いきなり武器が出てきてもおかしくない」

「そういうこと。ただその強さは、カナエさんやルナさんとはきっと比べものにならないはずだよ。もっとも君が戦うのは別の相手だけどね」

「ああ、そうだな」


 俺は頭を掻きながら返事をして、俺達と少し距離を置いているアームオブロイヤルの面々を見た。

 今日の相手は高飛車なお嬢様のマリーと、そのお目付け役のアキラ、そしてダウナーで眠そうに目を細めているジュンの三人組なのだ。

 実力は未知数だがやるからには全力で勝ちに行くつもりだ。


 俺がそんな風に意気込んでいる傍らで、ルナとカナエとマリーがレイカに事情を説明している。


「ルナちん、ところでそこの女の子は、一体誰なの」

「……レイカ先生、彼女たちは私達の友人で、アームオブロイヤルと名乗っている我らと同じ騎士候補生達です。五人で来るように言われましたが、連れてまいりました」

「そうなのよ、お姉ちゃ……先生。こいつらがあたし達に喧嘩を売って来て、最初は断ったんだけど、しつこすぎるから結局受けちゃったの」

「カナエ、よろしいですか? 最初に決闘を申し込んだのはわたくしですが、断るどころか火に油を注いだのはあなたのほうですわ。そのままですと、まるでわたくし達が野蛮な集団と誤解されてしまいますわ」

「最初に喧嘩を売ってきた時点で、十分野蛮よ。それにやっぱ戦うからにはもっとバチバチさせた方が、盛り上がるってもんでしょ? それにここなら決戦に持って来いよ。見なさい、この舞台を! 今から戦いあたし達に相応しいわ」

「……た、確かにそうですけど。こ、この場所を選んだのは、ま、まぁ良しとしますわ」


 カナエが得意気に腕を広げて顔を仰いで、武道場の広さに満足気な表情をしている。

 マリーの方はどこか歯がゆい表情をしており、手持無沙汰気味にしきに薄紫の髪をいじっていた。


「それで勝手で悪いんだけど、これからあたしとルナとあのデカ物と、あいつら三人組で模擬戦をするの。そこでお姉ちゃんはその模擬戦を立ち会ってほしいんだけど」


 カナエが交渉して頼むと、レイカは人差し指で自分の顎を支えながら深く唸る。

 そして大きく頷いて、ぱぁっと笑顔を輝かせた。


「なるほどねっ。事情も分かったよ。本当なら一人ずつ実力を測ろうと思ったけど、せっかくなら友達と遊んだ方が楽しいよねっ。よーし! 立会人やるわよー。それにしてもカナちゃんもルナちんも面白そうなお友達を持っているんだね。そういう人は大事にした方がいいよ。ねっ」


 レイカはルナとカナエの方を見ながらうんうんと頷いた後に、マリーの方へ顔を向けてウィンクをした。

 それを見たマリーは少し照れたのか顔を赤くしている。


「はいっ! 頑張らさせていただきますわ。オリハルコンリッターの目にも映るような、立派な戦いをお見せ致します」

「うんうんっ! オリハルコンリッターがいるなんて気張らなくてもいいんだよっ。でもやる気があるのはいいことだねっ。やる気があればなんでもできる! 今日のやる気最強は、明日の世界最強だらかねっ! でも怪我だけはしないように! 模擬戦とはいえ戦いは戦い。危なくなったら先生が止めるからねっ」


 レイカに励まされてマリーはどこか張り切っており、アームオブロイヤルの取り巻きに指示をしていく。


「それじゃ、アキラ、ジュン、準備はよろしくて? 作戦はいつも通りやりますわ。わたくし達の連携をもってすれば、あんな連中ひと捻りですわ。勝ちますわよ」

「お嬢様は、我々も全力を尽くしますが、お怪我だけはなさいませんように」

「でもお嬢様……あいつらは、魔導解放を使えるんだよ……なめてかかる相手じゃない……その驕りが、負けに繋がるかも……」

「二人とも、それくらいわかっておりますわ。わたくしも接近戦の心得はありますわ。少なくとも、あの口だけの妹みたいな剣を振り回すだけではありませんわ。わたくしのライバルのルナにも負けない自信がありますの」

「そうやって。何度ぼこぼこにされて帰ってきたんだか……承知いたしました。基本は作戦通りですが、もしも怪我をするほどの、危険が迫れば私達が援護に回ります」

「……やっぱり、全然わかってない……驕りに驕ってる……でも、そこがお嬢様らしい……」

「ほら、ジュンもお嬢様に、もしものことがないように」

「了解……私達がいないと、危なっかしいしね……傷一つつけさせない……」


 俺達から見て逆サイドにアームオブロイヤルの面々が歩いていき、壁にかかった武具を手に取った後、陣形を組んで相対する。


 一番手前に両手に大きな爪を装備したジュン、その奥に小さな盾と長剣を持つアキラ、そして最奥には長い棒を持って構えているマリーがいた。

 徒党を組んで魔物討伐を行う人間が見せたスタンダードな陣形だ。

 これまでは相手があまり強くなかったため一人でゲリラ戦、あるいは群れをなして追い払うことができたが、今度は事情が違う。

 気を引き締めないと情けない敗北を喫してしまうおそれがあるのだ。


「さぁ、わたくし達は準備万端整いましたわ! いつでもかかってくるといいですわ」


 陣形の一番奥で武器を構えているマリーの声が響く。


「あっちはノリノリなようね。あたし達も準備するわよ」

「待て、カナエ。作戦はあるのか。今度は後方援護役のユリがいないんだぞ」

「そんなの全員で突っ込んで、めちゃくちゃにすれば大丈夫よ。なにせこっちには大暴れが大得意の、デカ物がいるんだからね」

「あんたも似たようなことをするくせに、よく言うぜ。力任せに剣を振り回すのと、俺の鍛え上げられた拳とを一緒にしないでほしいもんだ」

「はぁ!? あんたの方こそ、バカ力に物言わせて、ぶん殴っているじゃない。それにあたしの剣にも型はあるの。れっきとした剣術なの」


 俺とカナエの些細な言い争いの最中、頭を抱えたルナのため息が聞こえてきた。


「……やはり、なにも考えていなかったか。うすうす感じてはいたが……カナエ、君はもう少し思慮を身に着けた方がいい」

「こんな時にもお説教? 言わせてもらうけど、そんなこと言っている割にはルナも、ノテレクの時は単身突っ込んで危なかったでしょ」

「ま、まぁ、それもそうだが……」

「だけどあたし達の協力があってなんとか切り抜けれたわけ。今回も同じよ。あたし達が手を組みさえすれば、どんなことも上手くいくって」

「しかし、あの時と今回とでは、形式が違う。相手や状況が常に同じとは限らない。だがあらかじめ私達で計画を立て、戦略を組み込めば……」

「あー、うるさい! 魔導解放を扱える天才のあたしとあんた、それにそれと対等に渡り合えるあのデカ物。真っ向勝負なら、絶対負けないわ。つべこべ言わず、決着をつけるわよ」


 説教臭く聞こえたためか、カナエは大声で叫んでルナの言葉を遮った。

 ルナの顔はまだ何か言いたそうに不満げに口を歪ませており、話を再開しようとしたところに俺とリンペイが割って入る。


「まぁ、作戦があろうがなかろうがはっきり言って負ける気はしないんだぜ。なんなら三対一でもかかってこいって思うくらいにはな」

「バカなことを言うな。カナエがいくら無策でも、私はあらかじめ作戦くらいは立てている。今回は模擬戦だ。訓練のつもりで戦えるなら、なおさら真剣に取り組もう」

「成り行きで決まった決闘とはいえ、準備くらいはしていたってことだね。でもそれを素直に聞き入れるかはわからない話だ。特にダイゴの方はね」

「おい、それってどういう意味だ」

「考えるより体が動いてしまう。もちろんいい意味だよ。なにせ僕は君と長年一緒にいるんだ。一たび戦闘となると、君は戦略を度外視した突拍子もないことをしてくれる。戦略なんて立てるだけ無駄だし、君の持ち味を生かすなら自由に戦わせた方がいいんだ」

「……なんだか褒めてるのか、バカにされているのかわからねえな」

「はぁ……貴様達といると疲れるな。カナエだけでも大変だというのに」


 ルナがため息とともに、カナエ、俺、リンペイの順に視線を合わせて、最後にユリの方を見た。


「君だけだよ。私の作戦の指示に従ってくれるのは」

「ええ!? そんな、私も指示通りじゃ……」


 話を振られたユリは、否定しようとしたがそこで言いとどまる。

 こいつも自分の独断でノテレクに立ち向かったのだ。

 姿や種族を変えて、俺を除いて誰の目にもわからないように。


「ううん。ルナさんの指示は的確ですし、私のできることを存分に生かせますので。ルナさんの戦略があってこそだと思います」

「君の後方支援と我々前線への援護は大変助かっていた。センの件でも君が素早く安全を確保してくれた。君がいるから安心して戦えるんだ」

「ですけど、私は……」

「いいんだ。あの時の状況は逃げだしたくなるほど怖いっていうのはわかる。君はよくやったよ。だがそう言う時こそ、我々が勇敢に立ち向かうんだ」


 ルナが優しい顔で言い終わると、俺とカナエの方へ真剣な眼差しを向ける。


「さて、貴様らには作戦を言い渡そうと思ったが、どうせ無駄なのだろう。つまり、各々自由に戦う。だが勘違いするな。互いの連携や援護をしなくていいと言っているんじゃない。それくらいは当然という貴様達の実力を判断しての指示だ。やるからはには勝つぞ」

「俺一人でも十分なんだがな。気が向いたら援護くらいはしてやる」

「あたしも別に援護なんかいらないんだけどね。あんたらからの援護なんて頼まれないくらい、華麗な戦いをしてやるわよ。あんた達はむしろそんなあたしの助けを受ける前提で、大船に乗ったつもりで戦いなさい」

「はぁ……貴様ら、と言う奴らは……」


 そして俺はアームオブロイヤル達から見て対角線上の位置まで歩き、拳を構えて相手との距離を測る。

 ざっと見て50メートル程の距離があり、その足元には赤い線が真横に敷かれていた。

 赤い線はまるでリングのように正方形上に形作られており、おそらくその範囲の中で俺達は戦うのだろう。

 50メートルの正方形のリングに高い天井と頑丈そうな白い床、遮蔽物もなく真っ向勝負なら適した環境だ。


 俺が周囲の状況を確認していたら、細身の模造剣を持ったカナエが近づいてきた。


「あんた、もう準備完了したのね。武器が拳なら素手でいいものね」

「手を覆うグローブとかも身に着けた方がいいか? 怪我でもしたら大変だろ」

「その点は大丈夫よ。負けを認めた者にとどめを刺そうと、致命傷でも与えない限りね。それに模擬戦だから使う武器も殺傷力を抑えたものを使っているわ。私の剣ならほとんど切れ味がないようにされているわ」

「素手でいいんなら、このままでやらせてもらうが、一件だけやらかしたことがあるからな」

「やらかした、とは一体何のことだ」


 声がした方向へ振り向くと、白銀の鎧を身に纏い身の丈ほどの大盾を持ちながら引きつった表情のルナがいた。

 ルナの個人的な再戦の時と非常に似た姿で、掴んでからの頭突きで倒したときの記憶がよみがえる。


「いや、なんだ。あんたにいきなり決闘を申し込まれて、ちょっと本気を出しちまって怪我をさせてしまっただろう。そのことがな」

「まだそんなことを考えていたのか。あの敗北、そして『それから』をきっかけに自分の甘さを知った」

「『それから』?」


 俺がどういう意味かと純粋に尋ねると、ルナは少し照れたように顔をほんのりと赤らめて、一度咳払いをする。


「しゃべりすぎた。と、とにかくだ。あのことは忘れろ。それにあんなことで勝利と思うな」

「確かに、あんたはまだ本気じゃねえ。魔導解放をまだ使っていないんだよな。俺はいつでもいいんだぜ」

「バカ者。普通の魔導なら問題はないが、むやみやたらに魔導解放を使って、もしもの時に使えなくなったらどうするんだ。それは今回の模擬戦も同じだ。互いに余力があれば、魔導解放を用いた模擬戦も上位の騎士の間ではあるが、今回はそもそも条件が公平ではない。加えて今回は倒すだけじゃなくて、線をはみ出してもその者の負けとなる規則だ」

「えっ! 使っちゃダメなの!?」


 カナエは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして驚く。

 おそらく使う気が満々だったのだろう。


 だがルナの口からは別の大事なことも聞けた。

 必ずしも戦闘不能になるだけではなく、場外でも負けるということだ。

 つい戦いに熱中しすぎてうっかり線を越えないようにしなくては。


「当たり前だろう。向こうはまだ使えないんだぞ。命の危険もある実戦ならともかくだがな」

「むぅ~。せっかくあたしの本気を出せると思ったのに~」

「あんたが本気を出しても、俺に勝てなかっただろ」

「なんか言った?」


 小言を挟むとカナエがひどく不機嫌になった声で聞き返されたので、俺は知らん顔をして無視を貫いた。


「両方とも、準備の方は大丈夫かなぁ? それじゃあ、互いに見合ってー、模擬戦いってみよ~」


 俺達とアームオブロイヤルのちょうど間にレイカが立ち、両者とも戦闘態勢の構えを取っていることを確認すると、かざした右手を勢いよく振り下ろし開戦を告げる声が響いた。

 その声の後レイカは後ろに大きく跳躍し、線の後ろ側で立会人として見届けるようだ。


「さぁ、いくわよ! あんた達、あたしに続きなさい!」


 真っ先にカナエが飛び出していき、俺とルナはそれに追随する形で突っ込んでいく。

 狙いは最後方のマリーだ。

 杖を回して何か集中している顔つきで、何かもやの様なものが揺らめいて、それがアキラとジュンの方向へと伸びている。

 だが最前線のジュンが爪を突き立てて、素早い動きで俺達に真っ向からぶつかってくる。


「お嬢様には、近づけさせない……」

「悪いが、どいてもらうぜ!」


 ジュンのか細いながらも芯の強い声を、俺の叫びがかき消し、俺の太い腕とジュンの爪先が交差する。

 中々の手応えであり、これは楽しめそうだと俺は頬を緩めて喜んだのだった。

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