第2章3話:アームオブロイヤルとの邂逅
レイカが過ぎ去ってから授業が始まるが、俺は珍しくまじめにノートを取り授業を受けた。
いくらまじめに授業へ参加しようが教師の言葉をその時では理解しても、知識として定着するのはごく一部なのは変わらないのだが。
試験前になったらわからないことを解明するためにリンペイに頼むとしよう。
まぁリーベカメラード学園で学んだことを魔物の世界、少なくとも俺達オークの群れに有用な知識は忘れないつもりだが。
この世界のおける成り立ちや歴史、過去の作家が描いた文学、魔力の構造やはたらきなど、独特なものが多かった。
もっとも転生前でもろくに勉強もしておらず、オークになってからも人間の言葉の読み書きくらいしかリンペイに習わなかったので、新しく覚える知識の全てが新鮮ではある。
そんな俺にとって実りがあるのかどうかわからないが、とりあえず満足のいく授業を終えて、長い鐘の音が鳴り俺は立ち上がって背伸びをした。
「あー、腹が減った。リンペイ、飯食いに行くぞ。朝早くから登校で、なにも食ってないんだ」
「それは君が寝坊寸前だったからだろう。まぁ、昼休みだし行こうか。それじゃユリちゃんも一緒にどう?」
「いいんですか。それじゃご一緒に……」
「ちょっと、あたしも連れていきなさいよ。あんた達だけで固まるなんて許さないわ。ねぇ、ルナも一緒に行くわよ」
カナエが呼びかけてもルナは険しい顔で、椅子に座ったままぼーっと先ほどの授業のノートを見つめている。
「もしもーし? あたしの声聞こえてる? そんな難しい顔してたら、顔にしわができるわよ」
「なっ!? 何がしわが増えるだ。ちゃんと聞こえてるぞ」
カナエがしわの部分をわざとらしく強調すると、ルナはむきになって振り返って否定する。
「あっ、気が付いた。お腹減ったでしょ? ご飯行くわよ」
「聞こえているが、まだ私は貴様達と同い年だぞ。そんな老けたみたいな言い方しないでくれ」
「あーごめんって。あんたがそんなに気にするなんて思わなかったのよ。そういうの無頓着そうだし」
「なっ!? 私とは小さいころからの付き合いだろ。私だってそういう一面はあることくらい」
「だからごめんって。まぁ、そうよね。あんたの部屋って……」
カナエが何かを言いかけると、ルナは声を上ずらせながら叱る。
ルナの顔は紅潮しており、すぐに話題を切り替えたがっているところから察するに、いささか不自然さすら覚えた。
「バカ者! それ以上言うな! さぁ、こんなところで駄弁っていたら時間もなくなってしまう。さっさと昼食を済ませるぞ。それと貴様達、さっきのカナエの言葉は忘れろ」
ルナがそういうと飯を食いに行こうと言った俺よりも前に出て、すたすたと教室から出ていった。
「なんだかルナさん、怒っていませんか? さっき部屋がどうのって言っていましたが」
「確かに。まぁ、大体想像できるけどねぇ」
「そうなんですか、リンペイさん? 普段から真面目で勉強を怠らないルナさんのことですから、きっと難しそうな本で埋まっていたり、鍛錬のための道具が揃っていそうですが」
「さぁ、どうだろうね。案外そういう人に限って」
リンペイもまた何か言いかけると、先に行っていたはずのルナはすぐに反応して話へ割り込んでくる。
その表情はにこやかに取り繕っているが、その声色や雰囲気から決して穏やかではないことをはっきりと感じ取れた。
「おい、ゴブリン。聞こえているぞ。貴様も、私の万物穿貫で貫いてやろうか?」
「おお、こわいこわい」
リンペイはわざとらしく大袈裟にのけぞって、俺の裏に隠れるように動いた。
まったく俺の大きな体は都合のいい盾や、隠れるのに適した場所と言うわけではないのだが。
「なんでもいいが、さっさと飯へ行くぞ。こんなところで無駄に力を使いたくねえ」
朝に何も食べておらず、空腹の限界が近づいているから、一刻も早く何かを胃に詰め込みたいのだ。
くだらないいさかいには意にも介さずその場を早歩きで立ち去り、早歩きで教室を抜け食堂の方向へと向かっていった。
食堂に到着した俺達を待っていたのは、 他生徒からの痛い視線だった。
それは同じ教室のクラスメイトからより、きつく痛々しいものだ。
俺達を見ると不審そうに内緒話や、俺達が席を探して歩いていると食器を運びながら露骨に避けようとする動きが散見する。
そんな扱いをされて気分がいいはずもないが、俺は気にしていないという表情で昼食を注文した。
「ランチからいきなりステーキ定食、ひとつ」
注文した料理が出てくるまで、俺は席で待機しようかと思ったが、おばちゃんが俺を呼び止める。
「あんたらなのかい。なんでも暴れ回って学園をむちゃくちゃにしようだとか」
噂が巡り巡って俺達が犯人扱いへとなっているようだ。
しかしながらノテレクを止めるために、ここを荒らしたのは事実であるため、事情に詳しくない人にとってはどっちもどっちである。
「……まぁ、現にむちゃくちゃになったしな」
「だけどあたしゃ信じるよ。あんたはそんなことしないって」
「……と言っても俺がむちゃくちゃにしたのは事実なんだぜ」
「そうじゃないよ。あたしは詳しい事情は知らないし、噂を小耳にはさむしかしないけどね、あんたがそんなことをするとは思えないんだ。その目を見ればわかる。飯を食う時と同じような、自分に忠実な真っすぐな目だよ」
「おばちゃん……」
「さぁ、あんたのが早速出来上がったようだよ。今回は特別大盛サービスだ」
「おばちゃん、ありがとう」
俺は食堂のおばちゃんに感謝の言葉を言わずにはいれれなかった。
何も事情を知らず、ただ巻き込まれて働く場所が急になくなりそうだったというのに、それでも俺達を信じてくれたのだ。
じっくりと焼かれた大きな肉の塊と、山盛りのライスとサラダがセットとしてトレイに置かれて提供される。
俺はそれを大切に自分の席へと運んでいく。
「ダイゴさん、すごい量ですね。いいなぁ」
「特別サービスだとよ。これなら腹いっぱいになれそうだ」
ユリが肉の詰まったハンバーガーを両手で持ちながら、俺のいきなりステーキセットを見つめて羨ましそうに漏らす。
「あんたもこいつもそんなに食うから太るのよ。ちょっとは抑えて、見てくれくらいはよくしなさいよ」
そう苦言を呈すカナエはサラダだけであり、量的に見ると全く満足できるものではなかった。
確かに栄養はいいかもしれないが逆に体調を崩すんじゃないだろうか。
「まぁまぁ。ダイゴやユリちゃんは量を重視するんだ。まだまだ食べ盛りなんだよ。ダイゴなんて見ればわかるだろ」
「ええ、肉ダルマね」
「そうだな。まさに肉ダルマだ」
リンペイの制止で丸く収まるかと思えば、途端に俺への非難が集まり俺はなんとなく納得がいかなかった。
事実であり否定ができないため俺は渋々認めざるを得ない。
自他共認めるパワー系なのだ。
「悪かったな。肉ダルマで。だがそんな肉ダルマだからこそ、とんでもない破壊力を生み出すってもんだぜ」
「そうですよ。カナエさんの魔導解放をした剣も受け止めましたし、オリハルコンでできたコアにもひびをいれるくらいですから」
「なっ……あんた、恥ずかしいことを……ま、まぁ、あれがあたしの本気なわけないし、ちょっと試すつもりだったわけだしね」
ルナのフォローは思ったよりカナエに効いたようで、その強がりが痛々しい。
どう考えても庭で俺とカナエがぶつかった時は、本気であっただろうと突っ込まざるを得ない。
「まぁ、貴様の破壊力そのものに文句を言うつもりはないが」
ルナはこの中で唯一俺の万象破砕を受けたのだから、その破壊力を身を以て知っているはずだ。
直撃はもちろん、防御しようが貫通して強烈なダメージを受けるのは言うまでもない。
俺はそんな力を発揮する英気を養うように、肉の塊を噛みちぎりゆっくりと咀嚼した。
「うーむ。あんたは肉ダルマでいいとして、こいつはちんちくりんにますます磨きがかかるだけよ。そんなんだから戦闘の訓練でも、肝心の接近戦がからっきしで、遠くからのナイフ投げくらいしか取柄がないのよ」
「あはは、そ、そうですね……カナエさんの言う通りです」
ユリは苦笑いしながらカナエの指摘に頷いた。
確かに普段からはマイペースでとろいイメージのあるユリだが、その実はサキュバスで宙を舞うと、目で追うのが困難なほど俊敏な動きをするなんて想像できるはずがない。
「カナエさん、言葉がきついよ。ユリちゃんは戦うことがそれほど得意でもないんだしさ。カナエさんだって苦手なことはあるだろ」
「……まぁ、あたしも得意不得意くらいはあるけど。それはあたしが本気を出してないだけなんだから」
「はいはい。そうだね。どっちにしろ全員それぞれ違う個性なんだから、無理に合わせる必要なんてないんだ。僕達は互いが互いでどこかが良くて、どこかがダメなんだ。なにせ僕も戦闘は得意じゃないしね」
「ちょっと、あたしの話、聞いてないでしょ!」
コーヒーをすすりながらリンペイに諭されているカナエはどこか不服そうに頬を膨らませている。
「さぁ、そんな説教垂れるつもりなんてないからさ。不快に思ったのならごめんよ」
俺はリンペイ達に構わず肉を豪快に咬みちぎる。
「貴様のその破壊力は認めるが、自信過剰なところがあるぞ。真っ先にエンシェントゴーレムに挑んだり、レイカ先生に勝てるだなんて、いくらなんでも身勝手すぎるぞ」
俺が噛みちぎった肉をじっくり味わって噛んでいるところ、諫めるような物言いで話しかけてくる。
俺は肉を飲み込んでから答えた。
「やってみなきゃわからないだろ」
「それはそうだが、多少は力量を測って慎重にならないと、自分の身を滅ぼすことになるぞ」
「あんたが、俺を心配してくれているのか?」
「ち、違うぞ。貴様が無茶なことをして勝手に死なれては困ると言っているんだ。貴様への借りも返していないからな」
「そうかよ。さっさと返してくれた方が、俺も動きやすいんだがな」
俺が何の気もなしにそう言うと、ルナは観察してフンとそっぽを向いた素振りを見せて、自分の料理に視線を落として食事を再開する。
食材に偏りがなく健康的で栄養価の高そうなメニューだった。
肉類が多くカロリーの高そうな俺のものと比べると、堅物なルナらしくつまらなく感じる。
俺がぼんやりと肉を噛みながらそう考えると、ルナが今度はちょうど野菜を口へ運ぶ途中のカナエの方に話しかけた。
「そ、それにしてもカナエ。お前は失礼な言い方が増えたな。私が少し考え事をしていて、険しい顔をしていただけでしわが増えるなんてな」
「さぁ? あたしはいつもの通りよ。まぁ、誰かさんの影響と言えば、少しはあるかもしれないけど」
カナエがそう言いながら俺の方へ視線を一瞬だけ移し、すぐに元に戻ったが、その行為を意味していることを俺はあまり理解できなかった。
そうこう他愛のない会話を繰り返して時間は過ぎていく。
俺達は昼食を終え、午後からの授業へ取り組むため教室に戻ろうとする。
食器を返却するときに俺は忙しそうにしている食堂のおばちゃんに向けて軽く会釈を行うのだった。
午後の授業は『種族文化学』
大柄で睨まれると圧されるような大きな目を持つ、男性教師のバルカが担当する。
軍人だとか魔物の狩人だとか様々な噂が飛び交う来歴は、教壇に立って淡々と授業を進めるバルカの雰囲気から、全員が直感的に導き出したのだろう。
「このように独自の文字の発展と記述、および衣食住などの誕生と伝承が魔物にあることが観測されている。そこである学説においては、人間と魔物とは近しい存在であると考えることもある。人間が独自の文化発展を遂げたのであれば、魔物もまたそれぞれ違う形で文化的な発展をしたという点に共通点を見出したゆえだ。ただ宗教的な側面において、人間は神より賜れた地上の使者と言う思想がある。もし人間と魔物が近いものであれば、魔物もまた神より賜れた使者であるという発想もできるのだ」
静かに授業をこなしているはずなのに、凄みのある風貌と厳格さを帯びる低音の声が、俺達に異様な緊張感を与える。
怒らせたら怖い、という本能が叫んでいた。
「巷をにぎわすニルヴァーナという組織は、人間と魔物は共存すべきであるという思想に基づいている。今では共存すべきであるという思想が肥大化、婉曲化され魔物が人間に攻撃を加えている。対等な存在であるはずだが、抑圧を受けてきたという反動が原動力ではないか、と俺は考える」
バルカの授業となると、退屈そうに私語をするカナエは真剣になり、居眠りをするユリは背筋を伸ばして受講している。
俺ももちろん授業を受けているのだが、どうしてもこいつも強いのだろうか、と内容とは関係ない全く別の思考をしてしまうのだ。
武器は使うのだろうか、どんな戦い方をするのだろうか、来歴から様々なことを空想していくうちに、授業が終わり放課後の鐘が鳴った。
途中からノートをとることをやめていたため、授業の内容が全く頭に入っていない。
試験前などはおそらくリンペイの世話になるだろう。
これも得意不得意がある者同士の助け合いだ。
「では全員さっさと帰りの支度をして、レイカ先生の元へ向かうぞ」
ルナがカバンを持って立ち上がり、俺達へ呼びかける。
支度を手早く済ませ俺達はルナについていき、教室を後にして武道館へと向かうのだった。
その道中の廊下で俺達は相も変わらず他愛もない会話を続けており、周りの様子などもはや気にしなくなっている。
「あら、問題児の皆様のご一行ではありませんか。こんなところでばったりお会いになりますとは」
その時俺達を呼びかける声が前方より聞こえた。
後輩のセンでもレイカでもない、気品のある声だ。
しかしその話し方は俺達を小馬鹿にしており、カナエが舌打ちをして露骨に嫌がり、ルナもまた苦虫を潰したような不快な顔をしている。
「貴様達か……悪いが、構っている暇はない」
「ちっ……なんでこいつらが」
事情の知らない俺とリンペイは互いに顔を見合わせて、面倒なことに巻き込まれそうだと呟いた。
そしてリンペイはユリに目の前の偉そうな女とその取り巻き二人の、計三人の女について聞く。
「この人達は……隣のクラスの、ルナさんとカナエさんのライバル、『アームオブロイヤル』の方々です」
アームオブロイヤルのリーダーらしき女とルナとカナエの間に、激しい火花の様なものが散りそうな因縁を感じる。
互いに敵意を向けて睨みつけるその様子は、ルナが俺に向ける視線と同じ。
間違いなく面倒なことになるため避けたいところだが、この場面に直面しほんの少しどこか心が躍っていた。
この二者の間に戦闘が起きそうな気配に、そしてそれが回避できそうにないということに。