第1章3話:あだ名はオーク
次に俺がなぜオークになってしまったのかということを回想する。
俺は日本に住んでいた体の大きな高校生だった。
名前を大久保 大吾という。
生まれついての厳つい表情やその巨体から、クラスメイトは俺を恐れて誰も仲良くしようとしてくれない。
それでついたあだ名が俺を化け物の見立てた、『オーク』だ。
入学からほどなくして俺は学校へ通う頻度が減っていった。
そんなクラスでの状況に加え、家がそもそも裕福ではなく、かといって学校へはあまり行かず、力が要求されるようなバイトをして過ごしていた。
進路なんてものは就職以外ありえず、一刻も早く俺はこの生活を抜け出しと一心だ。
一方でバイトし続けるのも疲れる。
だが机に向かって勉強するのもあまり好きではなかった俺は、暇を見つけてはゲームセンターへ通っていた。
そこは弱肉強食な胸躍る場所で、俺の家計と現実を忘れさせるのにちょうどいい。
うまくやれば小さな小遣いで長く遊ぶことができて、非常に得な時間つぶしであると感じていた。
まぁ、それができるまでに大量のバイト代をつぎ込んでいたが。
そこで出会ったのがクラスメイトの五分崎 林平だ。
顔は塩系の薄い顔で鼻が高く整っており、体も小さく運動神経もよかった。
女子からの人気は高く、勉強もできるということもあって俺と対極の人間であると認識していたのだ。
ただそいつのあだ名が『ゴブリン』ということを知った時は、謎の親近感がわいたのを覚えている。
それがある日のことだった。
「君、強いねー。まさかそんな切り返し方をしてくるなんてね。確かに盲点だったよ。しかも僕のガード崩しを全部受け流すなんてね」
俺と林平はある対戦格闘ゲームで出会った。
あいつが乱入してきたので、俺は持ち前の勘ともいえる動きで封殺し、生来からの反射神経の良さで相手の動きを対応しきっただけなのだ。
「知らねーよ。そんなこと。俺は俺の思ったように動くだけだ」
「ふふふ。君は面白いね。ワクワクさせる。もう一回やろうよ」
そのように対戦を重ねて俺と林平はどんどんと仲良くなっていった。
林平がいやらしい攻めで相手を翻弄するのなら、俺は外すと敗北してしまうようなリスキーな選択肢をどんどんと通していく力ずくの戦法であった。
途方もない数を林平と対戦したが、悔しいが勝率は林平の方が上だったと思う。
「いやー。大吾のラルーフは本当に恐ろしい。いつ、あの強烈な無敵ラリアットを繰り出すかわからないからね。隙を見せられないよ」
「何言ってんだよ。お前のそのテコンドー野郎もいつ終わるかわからねえ攻めをしやがって。面倒くせーから一発で沈めた方がいいんだよ」
「力に任せたパワーキャラで固めてくるからこっちも、それ相応の動きをしないとね」
「ま、多少はわかってきたぜ。こっちにも対抗策はある。再戦だ。席に着け」
「と言って、またよくわからないところでぶっ放すんでしょ。まぁ、なぜか当たっちゃうから何とも言えないんだけどさ」
バイトを終えると学校をさぼり、ゲーセンに籠って、学校帰りの林平を待った。
その日々がとても充実していて楽しかったのを覚えている。
そして林平と交流からはや三年目となり、互いに漠然とした将来を見据えた時期となる。
就職一筋だった俺は、受験勉強の息抜きをしたがっていた林平を連れて、対戦格闘ゲームの新作稼働日に、胸を躍らせながら、朝一番にゲーセンに足を踏み入れた。
その時の朝はあいにくの大雨で足元が悪く、じめじめとした湿気で不快だった。
だがその対価としてゲーセンはとても空いており、俺達からすれば願ってもないことだ。
キャラクターの変更点や新技、そして新キャラなどをあらかた触りあっという間に時間は過ぎていった。
気が付くと周りにぞろぞろと人だかりができ始め、順番待ちの列ができるほどになっている。
「てめえ、汚ねえぞ! そんな技用意しやがって、隙だらけで反撃したら、そんなカウンターありかよ!」
「でも君だって新技でコンボが伸びてるじゃないか。それさえ決まれば僕の負けだったよ」
俺が林平の汚いハメ技に負けて筐体越しに叫んだあと、席を譲ろうとするとすぐ後ろで背の小さい黒いショートカットの女が待機していた。
俺は目を合わせてその席に座るよう視線を振る。
だが女はもじもじして座ろうとしないので、俺は少し苛立って無理やり座らせた。
「あ、あ、あの、でも私、これやったことなくて」
「だけど遊びたいんだろ。だったら100円入れてスタートボタン押せ。難しいこと考えるな。これが弱いパンチ、キック、それでこっちが強いパンチとだけ覚えておけ。コマンドは適当に覚えろ。後はこのボタン連打すれば勝手にコンボができる」
女は小さなポーチから財布を取り出して、緊張しながら100円を入れてキャラクターを選ぶ。
俺は林平のところへ行って、耳打ちする。
「手加減してやれ。どう見ても初心者だ」
「へぇ、君がそんな気を使うなんて驚いたよ。どういう風の吹き回しだい」
「よえー奴を狩って楽しむなんて、そんなだせーことはするなってことだよ。少しでも長く遊ばせた方があっちも満足するだろう」
「ふーん。でも相手のチーム、かなり強いキャラで揃えているね。これはちょっとねー。僕の美学に反するっていうか」
「バカ野郎。よく見ろ。ピョンピョン飛んでて、コンボどころかコマンドすらおぼつかねえ。どう見てもイケメンだけを選びましたって感じだ」
向こうを様子見ると女が一生懸命にレバーをガチャガチャして楽しそうに遊んでいる。
キャラクターが動いているだけで楽しいのだろう。
それはそれでゲームとしてのいい楽しみ方であろうと、考えながらその試合を観戦して順番を待っていた。
女が負けて席を立つと、小さい体を俺に向けて頭を下げる。
「さ、さっきはありがとうございました。遊びたかったんですけど、どうも勇気が出なくて」
「……今度は空いている時間を選べ。朝方とかならあまり人はいない」
俺は不愛想に言って女に背を向けて、俺を呼ぶ林平の方へ向かう。
「あれ? あれってうちの制服だよ。目立たない子だけど、えーっと名前は、そうだ。佐久間 友里だ」
「同じクラスメイトか?」
「同じって、大吾も一緒じゃないか」
林平の呆れた声ではっとした。
最近学校に行っていないのですっかりクラスメイトのことが記憶から抜け落ちているのだ。
対戦していくうちに準備していた金もなくなり、財布はすかすかとなっていた。
それで俺は林平と時間潰しに賑やかなゲーセンの中を散策する。
そこで青みを帯びた髪の女が何やら複雑そうなゲームをしていた。
他行の制服を着崩しており俺が言うのもなんだが育ちはあまりよくなさそうである。
姿勢も悪く、ぶつぶつと独り言を言っていて不気味だ。
プレイしている姿を見るとペンのようなものを持ちそれを操ってキャラクターが攻撃を仕掛けている。
脇のゲームプレイを映し出すモニターへ視線を移すと。キャラクターの上部には自分の本名なのか、『阿形 叶恵』と書いてあった。
大会に参加するときなど本名をプレイヤーネームにすることは多いが、フルネームとなると珍しい。
おそらくは、あなたの名前は? と聞かれて馬鹿正直に答えたのだろう。
戦況は有利かわからないが、相手を撃破する派手な演出や目まぐるしく画面が切り替わり、ついに勝利という文字が出ると女は大きな声を上げガッツポーズをして喜びを表現していた。
「変なやつがいるな」
様々なゲームの音が鳴り響くゲームセンター内で俺の声を拾ったのか、我に返った素行の悪そうな青髪の女が俺の方を振り向き睨みつけてくる。
「なんなのよ、あたしのこと、じろじろ見て」
まるで勝利の余韻に浸らせろ、邪魔をするなと言わんばかりに。
「あまり気にしないでおこう。彼女なりの楽しみ方があるってことさ」
「それにしてもああいう女が、ああいう難しそうなゲームをやるなんてな。少し意外だ」
「興味でもあるのかい」
「あんな変なやつこっちから関わりたくねーよ。ただ珍しいと思っただけだ」
俺達はその女その近く、もとい遊ばないであろうそのゲームからそそくさと逃げ出した。
そしてゲームセンターから去ろうと階段を下りようとすると、林平が苦虫を潰したような顔をして俺の袖を引っ張る。
「あいつは……峰 瑠那かよ。どうしてこういう時にこんなところにいるのか……」
その視線の先には金髪を後ろ結っている偉そうな女が入り口できょろきょろと辺りを見渡して、誰かを探しているように映る。
「誰だよ、あの女。お前の連れか?」
「おいおい。さすがに風紀委員長くらいのことは覚えておいてくれよ。しかも同じクラスの」
もはや俺の覚えているクラスメイトは林平くらいしかいないのだ。
それ以外には蚊ほどにも興味がない。
「参ったな。確かに最近は僕も自習の時間を抜け出すことが多いから、目をつけられたってことかな。一度捕まるとうるさいんだよなぁ。何かと進路だの言い出すし」
「自習には出ないのか」
「当たり前だろ。そんな時間より君と格ゲーをした方が楽しいに決まってる」
林平が目を輝かせて俺を見上げる。
「わかった。だったら俺の後ろに隠れてそのまま出ていく。そのチビの姿なら隠し通せるだろう。俺が何か言われても無視する」
「こういう時にチビで助かったよ。それに君がオークであることにね」
林平が皮肉っぽく笑う。
思い返せば俺もこんなでかい図体して得するよりも損の方が多い気がした。
「おい、貴様。大久保か」
凛々しい声が俺の耳を抜けるが、気にせず聞こえないふりをしてそのまま立ち去ろうとする。
「おい、聞いているのか」
金髪の女、瑠那が俺の手を引っ張るが、俺はそれを乱暴に払いのける。
「大久保なんて知らねえ。悪いが人違いだ。じゃあな」
俺は瑠那を睨みつけてぶっきら棒に言うと、林平が隠れたままゲームセンターを出た。
外はまだ雨が降っており、来たときより雨脚が強くなっている。
俺達は仕方なしに近くのコンビニで雨宿りすることになった。
中のイートインスペースで主にゲームの話で雑談をしながら、ふと外を眺めるとゲームセンターにいた黒髪の初心者の女、友里を見かけた。
その時は何とも思わず雑談を再開しようとしたが、あろうことか赤信号なのに不用意に横断しようとしていたのだ。
おそらく信号などに注意が向いておらず、手に持っている大きな袋を見て何か楽し気な表情から察するにそっちに頭がいっぱいなのだろう。
しかも不運なことにトラックが水しぶきを上げながら走って来ていたのだ。
「だ、大吾!? どうしたんだよ」
俺はいてもたってもいられず林平の制止する声にも答えずに、コンビニを抜け出して雨の中、友里の元へ傘も持たずに駆けていった。
今日知り合ったばかりで今後も会うとはわからないのに、なぜか助けなければという使命感が燃えていたのだ。
「ぼーっとしてんじゃねえ! あぶねえだろ!!」
「え、あなたはさっきの……」
俺が友里を押し出してトラックの車線から逃がした時、俺は次第に大きくなっていくクラクションの鳴り響く方を見て悟った。
これは死んだと。
それから痛みを感じるまでもなく眠りについたらしく、目が覚めたらよくわからない洞穴で目覚めたのだ。
体を見たり触ると毛むくじゃらで、周りも同じく毛むくじゃらで衣服などろくに身に着けていなかった。
ここが天国か地獄かわからなかったが、ただはっきりしたことは、オークと呼ばれた俺が姿形ともにオークとなって生まれ変わったということだったのだ。
最初こそは気が動転して出される食事などは口にできず、生前の世界とのギャップに気が狂いそうになる。
だが現実も現実でゲーム以外楽しいことがなかったため、これはこれでリセットされてありかもしれないと仕方なしにポジティブに過ごそうとするのであった。