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第2章1話:新たな担任

 武道館の中は大量の生徒で埋め尽くされており、ルナから再戦を申し込まれた時はとても広く感じていたが、その実それほどの大きさではないということを実感する。

 というか全校生徒が一斉に集まるのだから、狭くなるのは当然なのだ。


 生徒同士の話し声で武道館の中はざわめいており、ひどく耳障りであった。

 それは俺の周りでも同様だ。


「ったく。こんな早くに全校朝礼だなんて、もっと寝させろよ」


 朝焼けが眩しく、登校中鳥の鳴き声が出迎える時間に生徒が呼び出されていたのだ。

 始業時間ならまだまだ先で、なんなら二度寝しても間に合う時間だ。


 それなのになぜ周りの奴らはこんなに目覚めよく、楽しそうにおしゃべりなんかしている。

 眠ったふりをしてもどうしても耳に入り込んできて、睡眠の邪魔をしてくるのだ。

 俺がぼーっとしていると、天然パーマがかった髪質の、小さなオレンジがかった皮膚の男性、というかゴブリンのリンペイが振り向いて話しかけてきた。


「眠そうだね、ダイゴ。さっきからずっと欠伸をしているよ」

「仕方ねえだろ。こんな朝早くなんだ。こいつらが元気にしているのが、俺からしたら信じられないな。こいつらは鶏か何かか。こんな時間に呼び出すなんて、いよいよあの学園長さんもどうかしている」

「ははは。仕方ないよ。だって朝一にやってくるってことらしいからね」

「やってくる? 誰がだ?」

「あんた、何も知らないのね」


 俺が眠そうな目を擦りながらリンペイに尋ねると、呆れた声が俺の背後から割り込む。

 面倒くさそうに振り向くと、ウェーブのかかった青い長髪を持ち、気の強そうな吊り目で生意気に腕を組みながら俺を見つめるカナエがいた。


 朝一番にこいつから何かと言われると思うと、俺はうんざりする。

 カナエは平常通り元気そうだが、あまり寝ていなくて不機嫌気味な俺からすると、その声がガンガンと頭に響いていき次第に目障りに映ってきた。


「その質問、仕方ないから、不真面目なあんたに、あたしが直々に答えてあげるわ」

「……」

「返事は!?」

「……さっさとしろ」

「なんなの!? その返事! あったまくるわね。それが教えてもらう側の態度なの!?」

「ああ……はいはい、悪かった。だからさっさと手短に教えろ。俺は眠くて仕方がねえんだ」


 ノテレクの死闘から二週間ほど経過し、その時の傷は癒えて疲れも取れたはずなのだが、ぐっすり眠りにつくことができなかった。


 どれだけ『調和のトパーズ』のことを思考の隅に追いやっても、その影がどうしてもちらつき不安にさせる。


 クップファーリッターが倒れたノテレクを確保したのだが、身柄を拘束されていたはずのノテレクがどこかへ消え去ったという情報を、学園長から数日前に聞かされたのだ。


 ノテレクは生きている。


 完治しているかどうかもわからないが、存在そのものを知らされた時、俺は大きく息を飲んていたことを覚えている。

 そしてあいつが今度は何を企んでいるのかと思うと、不安で仕方がなかった。

 ニルヴァーナが総力をかけて襲撃を考えている可能性もあるが、それ以上にノテレクが再び『調和のトパーズ』を狙って復讐してくるだろう。

 そうなった時、こいつらを巻き込まないように、俺の手で守り抜いてやる。


「ちょっと、あんた、また寝てんの。あたしの話聞く気ある?」

「ああ……わりぃ。考え事をしていた」


 不安材料のためカナエ達ははじめ、リンペイ達にも一切このことについては話していなかった。

 話すと無用な心配をかけ、かえって危険にさらす可能性がある。

 いっそのこと学園を去ることも考えたが、それでは当初の目的とかい離してしまうため、この学園に席を置きながら迎え撃つことにしたのだ。

 その方があのいけ好かない学園長の監視もあって、単独行動よりかはリスクは低いだろう。


「またあんた、ぼーっとしてる。何考えてんのよ? もしかして恋とか? あんたみたいなオークには千年は早いっての」

「ちげーよ」

「それじゃご飯のこと? また肉が食べたいって。それとも今爆睡中のちんちくりんの料理のこととか」

「まぁ、確かに腹は減っているが、そうじゃない。すまん、話を再開してくれ」

「はぁ、あんたみたいな脳みそも肉で出来てそうな化け物でも悩みはするのね」


 なにも考えずに毎日楽しそうなことに首を突っ込みたがるカナエに言われたくない、と言おうとしたが寸でのとこで言いとどまった。


「今日、新しい担任が来るのよ。あの骸骨ノテレクに代わってね」


 ああ、そのことか、と学園長の言葉を思い出した。

 俺を、というか『調和のトパーズ』を守る、表向きは教師でも、裏では専属のボディガードと言う立場だろうか。

 凄腕と言うのは聞いているがいったいどれほどかは検討もつかない。

 というかそもそも人間かどうかすらも確証がないのだ。


「なんか、反応が薄いわね。担任が変わるのよ。それに噂によると若い女性ってことらしいわ。若くして担任まで持つんだから、きっと優秀な人に違いないわ」

「俺からすれば、いきなり襲い掛かったりしないだけで、十分合格点だがな」

「……まぁ、人間に化けて攻撃してきたケースもあるから、僕も手放しに喜べるとは言えないね。また怪しい奴なら、その時僕らもまた危険にさらされるんだ」


 リンペイがこれから姿を現す担任に対して不安を吐露した。

 確かに俺も学園長からいくら言われてもリンペイのように、新しい担任に対してはとても懐疑的だ。

 新しい担任に対し警戒を怠ってはいけないという認識を、俺とリンペイの間では共有しているに違いない。


「なんで来る前から、そんな文句ばっかり言うわけ」

「それじゃ、カナエさんは、次に来る担任がノテレクみたいなやつじゃないと言い切れるのかい。あいつが魔物と全校生徒に知れ渡って以来、僕達の立場はひどく怪しいものになっているんだ。それも君は感じているんだろう」

「うっ……まぁそうだけど」


 ノテレクが騒ぎの原因であり、魔物であると知れ渡ると同時に、周りからの俺達の視線はより一層厳しく、そして誰も近寄りたがることはなかった。


 オークである俺やゴブリンであるリンペイだけでなく、事件の渦中にいた同じ班員のルナとカナエとユリも周りから一線を引かれている。

 風紀委員長であるルナも同様の扱いであり、後輩のセンを除いてかつてのような慕われ方はしなくなった。


「とにかく! こういう状況でも楽しまなきゃ損ってものよ。学園ではただでさえつまらないことばかり繰り返しているのに。他のクラスメイトに話しかけても反応が素っ気ないしね」

「まぁ、こうなってしまった以上仕方ないね。僕らの名誉挽回の機会や、誤解を解いてもらうようなことが起きてくれれば話は早いんだけど。その担任が気の利いたことをやってくれるのかな」

「期待しすぎるのはよくないぜ。そもそも俺達には興味のないかもしれないしな。ノテレクのように」


 新しく来る担任は『調和のトパーズ』を守るお目付け役の様な役割を与えられると聞いた。

 つまりクラスメイトや友人だけでなく、場合によっては俺のことを犠牲にしても『調和のトパーズ』を守りに来るかもしれない。

 そんな奴に先生と呼びたくはないだろう。


「だーかーらー! なんであんたはそうひねくれてんのよ。口を開いたらネガティブなことばっか。ちょっとは前向きになりなさいよ。まぁ、あたしもそら、もしかしてって思うことはあるけど、今はわくわくして待つ時。不安になってもしょうがないじゃない」


 カナエの怒鳴り声が響いて、全校生徒が俺達の班に振り向いた後、ひそひそと内緒話を行い全体が不穏などよめき方をする。

 これが今の俺達の扱いなのだと思うと、俺は深いため息が漏れてしまった。


 ノテレクの計画した脅威よりも、俺達への猜疑心の方が強いのだ。


「うるさいぞ、貴様達。少しは私語を慎め」


 苛立った様子で隣のルナが俺達を鋭い目で睨みつけて注意する。


「……はぁい」


 ルナの一喝でカナエはしゅんとして黙りこむが、頬を膨らましてそっぽを向いている。


「おいおい。また拗ねちまったぞ、こいつ」

「あんな大きな声を出すからだ。ちょっとは協調性くらいは身に着けてほしいくのだがな。こうでもしないとわからないだろう」

「まぁ、おかげで周りからの俺達への痛々しい視線は収まってくれがな。あんな風に注目を浴びるとどうも気分が悪い」

「元をたどればその原因は貴様とカナエにあるのだがな」

「悪かったな」

「だが私も自分からその戦いへと飛び込んでいった。守るための決断としては後悔はしていない。乗り掛かった舟だ。貴様の名誉の回復くらいは手伝ってやる」

「お、随分と気が利くな」

「貴様が居心地を悪く感じて元の場所へと帰られると、私は納得できんのだ。貴様とは絶対に再戦する。そして勝利する。私と真剣に戦うまで、貴様は絶対に逃がさん」

「それまでに、俺の拳に耐えられるくらい強くなってくれねえか? 張り合いがねえと勝負にならねえだろ。まぁ、まだあんたの全力と戦ったこともないが、がっかりさせるなよ?」

「言ってくれるな。貴様、その言葉忘れるなよ」


 俺とルナは互いに目を合わせ、その間に火花の様なものが静かに散っていた。

 俺を見つめるルナの顔は稀に見せた純粋な笑顔ではなく、きりっと凛とした勇ましい騎士風の顔つきだ。


 煌びやかに輝く上品な金のポニーテイルが揺れ、強気そうな目が俺を穿とうと見つめてくる。

 俺と共に戦った仲間、同じ釜の飯を食った友人であり、俺を倒すことを誓ったライバル。


 どうあれこいつとはそのうち再戦する機会がでてくるのだろう。

 その時は全力でその隠しきれぬ闘志ごと受け止めてやろう、と俺は考えた。


「皆さん静粛に」


 音響を通して低音の重みのある声が武道館の中に響き渡ると、たちまちざわめきや物音がまるでこの世から存在を一時的に隔離したように消え去った。


 顔を上げて声のする方向へ視線を向けると、そこには学園長――アロガンシャールがマイクのようなものを握りしめ、メガネのレンズとスキンヘッドを反射させながら立っている。

 遠目でありレンズの反射でどんな目つきをしているかは一切読み取ることができず、痩せ気味の体でありながら凄まじい力を持つ、ある意味で一番得体の知れない人物だ。


「生徒諸君をお呼びしたのは言うまでもありません。新任のノテレク教員が、我々を脅かす強大な魔物であったということは諸君の耳にも届いているかと思います。それをルナさんを始め同級生の力で撃退したのです。皆さん拍手を」


 拍手はまばらであった。

 一部を除いて俺達を褒め称えたりするムードでないのは明らかだ。


 もしも俺とリンペイがいなければ拍手喝采だったかもしれないが、協力した俺達も魔物である以上脅威と認識されても仕方ないのである。

 むしろ今回の事件はいかに魔物という存在が人間にとって敵であるか、を強調したに過ぎなかったのだ。


「なーんか気に食わないわね。あたし達のおかげってこともっと知らせた方がいいわよ。じゃなきゃ今頃こんな学園、跡形もなく崩れていたわ」

「確かにそうだね。この手の問題は僕の認識以上に根は深いところにありそうだ。まぁ、その認識を改めるためにこれから僕達は頑張るんだけどね」

「地道な活動だがやるしかねえな。まぁ、ルナ達とも話せるレベルになったんだし、そのうちいけるだろ」

「な、私はそこまで貴様と馴れ馴れしくするつもりはないぞ。あくまで貴様とは好敵手だ。その気になれば白黒はっきりつけてやる! 負けるまで私はやめないぞ」

「……ま、こんな形もあるわな」


 俺達が小声で話している間にも、学園長の話は続き、ユリは黒のボブカットを不規則に上下運動させながら気持ちよさそうに爆睡している。

 時折能天気そうな寝息が聞こえ、そのたびに俺は脱力してしまう。


 学園長の話は長ったらしいもので、俺はあくびを噛み殺しながら、内容を聞き流していた。

 勉学に励めや、技を磨いて騎士になれ、だの月並みな言葉ばかりを講釈を垂れる。

 だがその話の中で気になる単語があった。


 学年ごとに生徒間の懇親を目的とした旅行があるというのだ。


 俺の班を除いた生徒は不信感を抱いているのは事実だが、学園長の話したイベントとは願ってもない他の生徒と交流できる機会だ。

 その不信感を払しょくし魔物への認識を改めることもできるかもしれない。


 そして今回の機会を友好関係の第一歩とするのだ。

 必ずしも魔物は人間と傷つけあうような争いを望んではいないということを。


「そこで今回は、我が学園に新しく赴任した教諭を紹介しよう。君達の中で彼女を知らない者はいないだろう。リーベカメラード学園始まって以来の天才。様々な伝説を残し、逸話を異郷の風より便りにした卒業生。帰ってきたのだ」


 学園長が腕を広げ天を仰ぐ姿はとても大袈裟で、教師が赴任することくらいでわざわざこんな口上がいるのか、と俺は白けた目をした。

 生徒がどよめきとともに新しい教師の登場を期待の眼差しで見守っている。


 だがリンペイは何が起きるのかと目を細めてステージに視線を注ぎ、ユリは寝起きの後で何があるのかを把握していないのか、ただぼんやりとしていた。


「えっ!? もしかして、そんなわけない。いや、ありえるはずがないわ。でも、もしかして……ううん、そんなことって」


 声のする方へ振り返ると、カナエだけが下を向いて何かぶつぶつを呟いており、認めたくないという風にステージへ顔を向けようとしない。


 ステージの脇からカツンカツンとヒールの高い音が武道館に響き、袖から新しい担任の長身の影が伸びて、次第にその姿が照明に照らされながら学園長のいる方向へと向かっていく。


 すらりと伸びた身長と豊満な胸。

 白いスーツに身を包んだスレンダーな姿でくっきりと強調される。

 短い青髪はカナエのものととても似た色をしていた。

 知的そうな赤いメガネをかけており、その奥の垂れ目がミステリアスな雰囲気をかもしだす。


 ただ歩いている姿にすら魅了するような美しさを感じ、同時にただものではないはことを、全身を纏っている冷気に似た魔力を肌に感じて直感的に悟った。

 戦闘態勢でもないのに今放っている魔力が、カナエの使った魔導解放の時よりも数段上位のものだろう。


「あれ? おっかしいなぁ。確かにいるはずなんだけど」


 ステージの上から能天気なぼやき声が聞こえる。

 首を傾げた彼女はステージの中央に立つと、生徒側に体を向けてその視線を何かを探しているかのようにきょろきょろと泳がせていた。


「あっ! いたいた! おーい! カナちゃーん! って、なんで俯いているのー!? おーい、せっかく帰ってきたんだぞー!」


 新しい担任がこちらの方向に手を振りながら大きな声で呼びかける。

 見た目のイメージに似合わずはつらつとした明るい声だった。

 新しい担任の呼びかけで周りの生徒が一斉に俺達の方へ、カナエのほうへ視線を注ぐ。

 だが当のカナエはうつむいたままプルプルと震えて、そしてその後勢いよく顔を上げて叫んだ。


「なんで、お姉ちゃんが来たのよーーっ!!」


 驚きに満ちたその叫びは武道館中に響き、ステージの上のカナエの姉はそれを聞いて白い歯を見せながら満面な笑みを浮かべている。

 新しい担任がカナエの姉となると、これはまた何かが起きそうだと予感せざるを得なかった。

 いや、もはやそうなる運命なのかもしれない。

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