第1章最終話:ダイゴの進む道
夜も更けていき皆がそれぞれの場所へ帰宅し始めるが、同じ寮に住んでいる俺はリンペイと一緒に片づけや掃除を手伝った。
酔いつぶれたルナはカナエが肩を担いで送り届けるらしい。
ユリは持ち込んだ料理を入れたバスケットを持って帰らせた。
当の本人は後片付けまで一緒にしたいと申し出たのだが、わざわざ手作りの料理を持ち込んだ上に、片付けの手伝いまでしてもらうのはどうも気が引けたのだ。
そのためリンペイの部屋には俺とリンペイの二人しかいない。
「ところでダイゴさ。アロガンシャールと何を話していたんだい」
「アロガンシャール? 誰だ」
俺が何もわからないという風に尋ねると、リンペイは作業を止め、呆れたように目を細めて顔で俺を見る。
「学園長のことだよ。いくら上の空だったからってさすがに覚えていないってのはまずいよ」
「まさか世話になるなんて思わなかったからな。呼び出されるなんて想定外だったんだ」
「そのことだよ。あの時何の話をしていたんだい」
リンペイが皿を丁寧に重ねて、テーブルを拭きながら尋ねる。
俺は本当のことを打ち明けようかと迷ったが、いけすかない学園長との約束があるのだ。
簡単に違えるわけにはいかない。
「なんでもねーよ。お手柄だったが、無茶するなってよ。あと担任が変わるってくらいだ」
「そうかい……ノテレクがあんなことをしたんだから、アロガンシャール学園長も管理責任のようなものを負われるべきだと思わないかい」
「ああ、そうだな」
リンペイの問いかけに俺は適当に返事をした。
別に今更、学園長がどうなろうが関係ない。
ただ力比べで負けてしまったのがひどく悔やまれるため、この借りはいつ返したいとだけは思う。
負けっぱなしでは終われない。
その時は互いの身分なんて関係なしに、対等にどっちが強いかを比べるだけなのだ。
そして守れと言われた『調和のトパーズ』のことでこいつらを巻き込むわけにはいかないのだ。
リンペイが気付いていないことに祈りながら、ノテレクを倒した時の力についてははぐらかしておこうと決めた。
「ねぇ。それにしても新しい担任ってどんな人なんだろうね」
「さぁな。俺にはわからねえ。またノテレクみたいな胡散臭い野郎だと、困るがな。まぁ、その辺は配慮してくれているだろう」
「そうだといいけどね……」
なぜなら俺の持っている輝石を俺とともに守ってくれるからだ。
とんでもなく強いということだけはなんとなくわかる。
「……一つ聞いていいかい。あの時の君の力は、こう言っちゃなんだけど常識から著しく逸脱していたんだ。僕らが束になっても倒せそうになかったノテレクを圧倒した。僕達は満身創痍で戦局は絶望的。そんな状況を覆したんだ」
「言っているだろう。俺は何も知らない。だが俺が本気を出したらあれくらい余裕ってことだ」
俺は偽るように明るく振る舞って笑顔で答える。
「そうかい……何かあったら、僕にも相談してよ」
リンペイの声のトーンが数段低くなった。
いつも俺を心配するときの声色よりも暗い。
「ねぇ、確認だけど、僕達ってこれからもずっと友達だよね」
「ああ。当たり前だろ。変なこと聞くなよ。俺もリンペイも、そしてユリやカナエ、ルナも。全員友達だろ」
何かを打ち消すように変わらず明るい声で返事をする。
だが俺の中で大きく揺れ動いていた。
俺に命じられた使命を話して真実を語るべきか、それとも危険な目を合わせないように沈黙を貫くか。
「なんでそんなことをいまさら聞いてきたんだ。オークの間じゃ飯を食えば友達って何度も言っているだろ」
「いや、そうなんだけどさ。今後もノテレクみたいなとんでもない奴に襲われた時、僕達が力を合わせればきっと不可能なことはないはずだって確認。もし何かあったら気兼ねなく相談して、対処法を考えようってこと。まぁ、もちろん杞憂だとは思うけどさ」
「なんだ、そんなことかよ。安心しろよ。何かやばいことがあったら、俺が全部叩き潰してやるからよ」
「それをやめようって言っているんだけどね」
リンペイが苦笑いで答え、すぐに顔を戻してはにかんだ笑顔へと変わる。
「でもそれがダイゴの頼りになるところでもあるんだ。僕達の無理な要求を、何が何でもやりのけてくれるってね」
「よせよ。そんなこと冗談でも照れるだろうが」
顔が紅潮しているのを隠すように、皿を片付ける手を早め、さっさと台所へと逃げるように入っていった。
だが心臓の鼓動が早くなり喉の奥がひりつき、俺は強い罪悪感に苛まれた。
正直に話せば楽になる。
手遅れにならないうちに、真実を打ち明けよう。
リンペイの言う通り、こいつらといればどんな困難も乗り越えられるだろう。
この世界を揺るがすかもしれない大いなる力の争いすらも、あるいは。
「なぁ、リンペ……」
「ちょっと待ってダイゴ。誰かがまたきたようだ。ちょっとまってくださーい」
俺の声を遮ってリンペイが部屋の入口へと駆けていく。
「あれ、君は。お酒を飲んで眠っていたんじゃ」
「すまない。邪魔をする。水を飲んで酔いは醒めた。ダイゴはどこだ。今回はあいつに用がある」
入口の奥から聞こえる凛々しい声。
なぜかルナがやってきたようだ。
ずかずかと上がり込む足音が大きくなっていき、台所から顔を出している俺を見つけて、深々と頭を下げた。
「一体何の用だ。喚き散らした今度は俺をぶん殴りに来たか」
「すまない。あの時キスを奪ったなどとお前を非難したが、よく考えれば、貴様の助けがなければ私は今この世にいなかったかもしれない。それなのに貴様に対して非礼をしたそうじゃないか。カナエに担がれながらそのことを聞いて私はいてもたってもいられなくなってな」
「案外素直なんだな。俺からもあの時はああするしかなかった。悪かったな」
「謝るのはこっちのほうだ。すまない」
「お、もしかして一件落着と言うやつかい。これからはダイゴとルナさんは友達ってことだね」
「まぁ、そういうことにしてやるが、今度は下等な生き物ではなく、貴様を我が最大の好敵手として認定する。私が敗れた借りはいずれ返す。そして貴様に助けられた恩こそは必ず返す」
気まずい関係からは解消されたので、俺はほっとした。
そしてこんな素直なやつを巻き込むわけにはいかない、と考えてしまう。
あの時の本当に申し訳なさそうな顔と、俺への礼を述べる言葉に、実直でひたむきなルナの本質を垣間見たのだから。
こいつに話したらきっと進んで危険に向かって飛び込んでしまうだろう。
「……やれやれ。好敵手なんて面倒な奴が増えたもんだ。俺は目の前の皿を片付けるのに忙しいっていうのによ」
「む? 片付け中か? ならば私にも手伝わさせろ」
「いやいや。ルナさんはまだ体が治ったばかりだから、無理はしない方が」
「心配するな。私はこう見えても家事くらいはしたことがある。任せてくれ」
自信満々に胸を張るルナをよそに、リンペイは早口になって焦っていた。
俺がどうしてか聞こうとする顔を察すると、リンペイはさっと俺の方へと近づき耳元で囁こうとするので、俺は作業を中断して身を屈めて耳を傾けた。
「さっきルナさんが、箱入りだって言っただろう。きっとああ言いながらも」
リンペイが話す最中、地面に何かが勢いよく割れる音が部屋中に響く。
その方向を見るとルナが苦笑いを浮かべながら俺達に目を合わせた後、すぐに足元に散らばった皿の破片を集め始めた。
俺達二人は心配が的中して、同じタイミングでため息が漏れてしまう。
「……あまりそんな顔で見るな。恥ずかしい。次こそは上手くやる。見ておけよ……」
ルナは視線を地面へとむけて破片を拾いながら呟いた。
「……あまり素手で触るなよ。あんたのきれいな手だと傷がつきやすいだろう。こういう時は俺のような分厚い化け物の手の方がいい」
「またしても私に情けをかけるつもりか。自分の失敗くらい自分で償える」
「そんなんじゃねーよ。あんたは危なっかしいって言っているんだ」
「私が、危なっかしい……だと」
「まぁ、これまでの行いに胸を当ててよく考えろ。あんたと出会ってまだまだ日も浅いが、あのバカっぽいカナエよりも気が置けねえよ」
ルナは何も言わず俺を見つめて、目で何かを訴えてくる。
本人には自分の行動について心当たりがないのだろうか。
その瞳はひどく無垢に輝き、汚れがなかった。
「まぁ、わかりやすく言うと、もっと自分を大切にしろってことだ。あんたが優秀でいろいろ任せられるのはわかったからよ。こういうのもなんだが、あんたも俺もまだまだガキなんだ。もう少し我侭でいいと思うぜ」
「カナエみたいになれ、ということか」
「ふっ」
ルナの問いに俺は思わず噴き出してしまい、ルナはその様子に動揺する。
「な、なにかおかしいことを言ったか?」
「いや、ルナが、カナエみたいに自由奔放やられたらと思うと、おかしくて。いよいよをもって誰も止められねえってな。あんな我侭なやつは一人で十分だ」
「……なんだ、そういうことか」
「言い方が悪かったかもな。我侭っていうか、もっと自分に素直になれってことだな。多少やんちゃな方が、かわいいってもんだろ」
「……貴様のような魔物に悟らされるとはな……だが礼を言うぞ……なぜかとても安らいだ。ありがとう」
澄ました顔でフッと笑ったその後に、吹っ切れたように明るい笑顔を見せた。
初めて顔を合わせた時の敵意むき出しの表情や、学園内で他の生徒に見せつけるような大人びた雰囲気、そのどれとも違う純粋な少女の笑顔だ。
「やっぱりあんたは、そういう笑顔の方が似合っている」
「なっ……か、か、勘違いするな。今後貴様に二度とも見せるつもりはない。今度貴様に笑顔を見せる時は、正真正銘貴様に勝った時だからな」
ルナが顔を赤くして否定し、すぐに地面に散らばった破片の回収作業を再開する。
この調子では素直になるのはもう少し先になりそうだ。
「やれやれ。怪我しても知らねえぞ」
そう言って俺も破片拾いに加勢し、見落としてしまいそうな小さな破片もきれいに取り除いていく。
ほんの小さい破片でも先端は鋭利であり、リンペイやルナが踏んで怪我なんてしたら大変だからだ。
その後もルナは不器用ながらも一生懸命に皿を水洗いしていく。
再び皿を落とすようなことはなかったが、隣にいた俺は皿を拭きながら、いつか落とすんじゃないかとヒヤヒヤしながら見守っていた。
「ふぅ、これで全部か」
「そうだね。ありがとう。ダイゴにルナさん。わざわざ面倒な後片付けをやってもらってさ。でもまぁ、ルナさんが最初皿を割られた時はどうなるかと思ったけどね」
「あ……すまない。わざとじゃないんだ」
「わかっているよ。皿の一枚くらい大したことないよ。というより手伝ってくれたって気持ちだけで、こっちは感謝してもしきれないよ」
リンペイがルナを見上げて白い歯を見せながら笑う。
さっぱりしており悪意もない眩しいくらいの笑顔だった。
そして俺達それぞれに向かって、ねぎらうように頭を下げる。
あまりにも人間の様な振る舞いをするため、たまにリンペイはゴブリンではなく実は人間なのではないかと邪推することがある。
「さて、邪魔して悪かったな。私はこの辺で戻るとしよう。楽しい集まりを開催してくれてありがとう」
「みんなが集まる機会なんて、あまりなかったことだし。定期的に開いていきたいね。ダイゴとルナさんも多少は親睦を深めたようだし、いいことだよ」
「い、いや、あいつとは親睦を深めたわけではないぞ。あ、あ、あくまで討伐対象から好敵手になっただけだ」
リンペイの一言でルナは早口になり、どう見ても動揺していた。
俺と話す分には堂々としていたが、周りから言われるとなると気恥ずかしくなるのだろうか。
もっとも俺としては単純に親睦を深めてくれる方が、何事もなくて安心するのではあり、少なくとも好敵手なんていう関係よりはよっぽど平和である。
「それではな。さらば。また学園で」
「それじゃあねー」
「ああ、またな」
ルナが部屋を出て暗くなった廊下を歩いていく。
床を踏むを高い音がどんどん遠くなっていき、階段を下り切った頃にはもうその音は聞こえてこなかった。
「俺もこの辺で、帰って寝る。じゃあな。おやすみ」
「おやすみ。ダイゴ。またみんなで集まってこういうことしたいね」
「ああ、そうだな」
とても楽しい宴が終わり、俺は満足感に包まれたまま自室へと戻った。
散らばった衣服や散乱しているゴミ、勉強している姿が想像できないほどきれいに整った机、いつもの部屋がそこにあった。
明日もまた変わらぬ日常が帰ってくるのだろう。
そして今日の様な賑やかで楽しい日もやってくる。
そのはずだったが、俺はポケットから大事にしまい込んでいる輝石を取り出し、鈍く反射するその様子をじっと見つめた。
この石が持つ平穏を破壊する可能性。
ひょんなことに巻き込まれて、魔人と呼ばれる顔も知らない人物に選ばれなければこんな使命を背負うこともなかったが、課せられたものは仕方がない。
悪意を持った奴に渡すわけにはいかないし、かといって誰かに渡すこともできないため、俺が自分で守るしかない。
こんなはずでは、と『調和のトパーズ』に聞こえもしない愚痴を言ってため息を吐いた。
神々しい輝きはひそめ、今やただ鈍重に表面が光るだけで、もはやただの石ころであり何の遜色もない。
様々な謎が深まり、手掛かりも薄いまま考えてもらちが明かなかった。
窓から差す月明かりに照らされた輝石に混濁した俺の瞳が反射する。
俺は複雑なことは考えまいと、一旦思考を水に流すようにリセットした。
単純なことに俺でも理解していることは、奪いに襲い掛かってくるであろう敵を、打倒していくということなのだ。
それが新たにできた友人や、これまでの同胞を守ることに必ずや繋がるだろう。
戦いは避けられない。
いや避けるというよりは立ち向かわなくてはならないのだ。
だがそれだけ考えるとなぜか心が楽になった。
もしかすると俺はこういう展開こそ望んでいるのだろうか。
決して楽ではない道のりだというのに。
これで第一部は完結を迎えました。
文章もかなり多くなり想定外のボリュームとなりましたが、ここまで読んでいただいた読者様、誠にありがとうございました。
自分の書きたかったシーンなどを書けて満足です。
特にルナが盾で突き刺してパイルバンカーの要領で突き崩す、『万物穿貫』のあたりは、書いていてもノリノリでした。
今回のモンスターハンターワールドのスラッシュアックスも丁度、相手を突き刺して爆発させるアクションがあって、かっこいいなぁ、と嘆息しながら使っています。
物語はまだ続きますが、マイペースに更新させていただきます。
ありがとうございました。