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第1章26話:輝石の秘密

 翌日に俺達は登校して、荒れ果てた校庭を通って校舎へ入っていく。

 昨日の戦いから疲労が抜けきっておらず、全身が縛り付けられどんよりとした怠さに支配されていた。

 事情を知らない生徒はその惨状を見てひどく不思議がり、戦いの痕を物語る地面の裂け目やクレーターに目をやっていたのが印象的だ。


 ゴーレムの残骸はクップファーリッターオルデンが片付けたのかわからないが、痕跡も残さずなくなっている。


 教室の中での班員はルナを除いて揃っていた。


 ルナは昨日の戦いで体の内外問わず、猛烈に酷使していたので何日かは療養が必要とのことらしい。

 相変わらず無茶なことばかりしているな、と隣の空いた席を見ながら考える。


 しかしながらルナ以外の面々も無傷とは言えず、カナエは打撲個所を包帯で巻いていたり、ユリは時折打ち身の個所を手で抑えて痛みを悟られまいと笑顔を必死に作っている。


 ノテレクは担任としてはもういないので、臨時の教師がホームルームを終えると、学園長が俺を呼んでいる旨を伝えてきた。


 他の友人は関係なくただ俺だけへの指名らしい。

 おそらくは昨晩のことが何かしら耳に入って、事情を聴こうというのであろう。


 階段を上っていき入学以来初めてとなる、学園長の執務室へ緊張した面持ちで入る。


「失礼します」


 荘厳な大きな扉を開け、目の前に広がる執務室の奥には、細身でありながら分厚いローブを身に纏うスキンヘッドの男である学園長が窓の外を眺めていた。


 そして俺の入室に気が付くとこちらへ振り返り、入口近くのソファーに座るようメガネをかけた仏頂面で視線を配らせる。

 俺がソファーに腰を下ろすとその対面に学園長も腰を下ろして、表情を一切変えずに俺の顔を見た。


 ひどく長い沈黙が流れ、防音となっているのか執務室に外部の音が聞こえることはないため、その沈黙はより一層重いものに感じられる。


「昨晩の騒ぎについて俺を呼んだんですか」


 俺は勇気を出して話題を切り出した。


「その通りだ。クップファーリッターから聞いた。昨日の騒ぎは君達の活躍によるものであるとね」


 学園長が威厳に満ちた低い声で答えた。


「でしたら、なぜ俺だけを呼んだんですか。他の班員も聞くべきじゃあないか?」

「君が特に重要な参考人だからだ。君達とノテレク先生の戦いは、この部屋から拝見させてもらった」


 俺は学園長が事も無げに発せられた言葉に耳を疑った。

 生徒と教師の戦いを見届けていたというのだ。


 そしてその生徒があの戦いでは死にかけていたのに、この学園長は何もせずただ見ていたというのである。

 ふつふつと怒りがわいてきた。


「もしかしてあんた、生徒を見殺しにするつもりだったのか。ノテレクが呼び出した巨人に握り潰されたり、ノテレクの魔導で俺達が泥に飲み込まれる瞬間でも」

「そのようなつもりはない。ただ君達の可能性なら、あの程度ならば打開してくれると信じていたのだから。ただ万が一には備えていたが」


「見ていたくせにそんな他人事のような感想で通るかよ。もしかしたら六人全員殺されていた。勝ったからいいという話じゃねえ。ルナは、二度も魔導解放を行って体に大きな負担をかけて、しばらくは休む必要があるんだ」

「彼女は騎士として大成するだろう。いずれは英雄と呼ばれるほどに。それほどの器の者ならば、二度の魔導解放くらい乗り越えてくれるだろうと信じていた。そして見事やり切った。これは素晴らしいことだ」


「そういう話じゃねえ! 謝れよ。ルナに。あいつは生きたかったんだ。そして俺達を守りたかった。だからあんな無茶をしたんだ。あんた、それがわかっているのか!?」


 学園長のルナをまるで道具のように扱う発言に苛立ちは最高潮に達し、目の前の相手がこの学園のトップであることを忘れて叫んだ。


「これは失礼した。改めて君の友人である彼女に謝罪させてもらう」


 学園長は俺に対して深々と頭を下げた。

 未だ釈然としないがこれ以上物申してもおそらく返事は変わらないだろう。


 改めて俺だけが呼び出されたことについて尋ねた。


「……さっき重要な参考人と言ったが、どういうことなんだ」

「そのことを話す前に一つ確認したいことがある。君の懐にあるんだろう。『至宝』が」

「やはり見ていたんだな。これが光を放って、俺の傷が癒えてとてつもない力が沸き起こった。そして俺の腕に何か奇妙な籠手ができたんだ。あんたは何か知っているのか」


 俺は懐から『調和のトパーズ』を取り出して学園長に見せると、学園長は仏頂面を変えてほくそ笑んだ。


「『調和のトパーズ』は人間界の至宝。それくらいはわかっているな」

「ああ。だが名前くらいしか知らない。あとは実はこの学園の地下に安置されていたというくらいだ」

「その認識で結構だ。正確には名前だけが知れ渡り、存在自体はないとされているがな」


 重い沈黙が再び俺と学園長の間から広がり、執務室全体へと覆っていく。

 俺はただ学園長の次の言葉を待った。


「『調和のトパーズ』には遥か昔に封印された怪物が眠っている。魔を宿し人を越えた怪物。人間でも魔物でも精霊でもない。我々はそれを魔人と呼んでいる。その魔人が持つ理を捻じ曲げるような強大な力が『調和のトパーズ』には備わっている」

「魔人……」


 あの絶体絶命の危機の時、俺を呼びかけたラルーフと名付けた声の主は、その魔人という生き物らしい。

 姿形もわからなければ、目的もわからない声の主。

 ただ圧倒的な力を手にする以外は謎だらけなのだ。


「私も魔人がいかなるものか、というのは知らない。過去に数々の優秀な騎士あるいは生徒を使い、魔人の覚醒を試みた。いつか君の同級生のルナ君でも試すつもりだったのだが、君はなぜか魔人の力を手に入れた」

「俺だってなぜあの力を借りたのかはわからない。ただ変な声に耳を貸して返事をしただけだ」

「なるほど。単に魔人が永い眠りから目覚めて、君を呼びかけた偶然によるものか。それとも魔物である君が『調和のトパーズ』を手に入れたことから、運命はいや魔人は君を選んだのかもしれないな」


 学園長は俯いて愉快そうに抑えた笑い声を漏らした。

 一体何を考えているのだろうか。

 ひどく不気味に思える。

 あのメガネの奥に宿る瞳には何が映っているのだろうか。


「何、恐れることはない。私は君を歓迎し、祝福しているのだよ。魔人の力を手に入れた君をね」

「……何か企んでいるのか」


 俺は我慢できずに俺が一体何に利用されるのかを聞いた。


「まぁ、企んでいないと言えば嘘になる。力を貸してほしいのだ。もちろん特別なことなど一切する必要はない。ただその『調和のトパーズ』を君が所持して守るだけでいい」


 学園長から発せられたのは依頼と言う名の、俺の手に持っているこの輝石を死守することだった。

 だがさっき感じた感じ取った不気味さがこのことであると思うと少々安心した。


 ただなぜわざわざ俺にそんな役目を押しつけるのか、もっと確実な方法があるんじゃないかと別の疑問がわき始める。


「ノテレクにとられそうになったのに、随分と都合がいいな。もっと安全なところ置くべきだぜ」

「数百年前に地下を掘り起こしたとき、奇妙な祭壇と輝石が置かれている台座を見つけたのだ。その時はそれがどういうものかはわからなかったが、調べるうちにそれが伝説と思われた『調和のトパーズ』であることが明らかになった。だがその輝石を取り外して動かして持ち運ぶことはできなかった。とてつもない魔力で触ろうとすると弾かれてしまうのだ。それで仕方なく『調和のトパーズ』の存在を秘匿し、この学園を設立した。優秀な戦士の育成し、適応者を探す目的でな」


「だが内部から裏切り者がでてきて、奪われそうになるなんてな」

「全ては誤算だった。新任のノテレクが適応者かあるかどうか試した時、『調和のトパーズ』が今までにない反応を見せた。近づいても弾かれなかったのだ。その時ある可能性に辿りついた。魔物という条件を試していなかった、と。だが彼がニルヴァーナの一員であるということは想定外だった」

「あいつが、ニルヴァーナの一員だと」


「ニルヴァーナについに感づかれたということだ。そこで試しに尖兵を送って試したのだろう。幸いノテレクという男が私利私欲の強い魔物であったため、連絡はニルヴァーナ本体へは届いていないようだがな。もしこれがあちら側に気づかれたかと思うと、寒気が走る」


 学園長の発言に何かが引っ掛かった。

 それが一体どういうものか、ということを俺ははっきり口にできない。

 様々な予感の種がそこに埋められているような気がしたのだ。


「ということは、もしかしたらノテレクが本当に持ち去る可能性があったということか」

「だがそんな時、人の言葉を話せる魔物の君達はこの学園に編入してくれた。そして『調和のトパーズ』の魔人は君を選んだ。これは嬉しい誤算だよ」

「俺にとってはこんなことに巻き込まれて迷惑極まりないがな」

「だがそれが力を持ってしまった者の、責任というものだよ」


 俺は大きくため息を吐いた。

 どうやらこの場から逃げることすら敵わず、この選ばれてしまったという運命を受け入れざるを得なさそうなのだ。


「君にもわかるだろう。魔人の力がどれほどのものか、ということを。均衡や理を崩す圧倒的な破壊力を秘めていることを」


 『調和のトパーズ』が相当曰く付きな代物なのはわかったし、これを悪意のあるものへ渡すわけにはいかない。

 それにノテレクのような奴が所属するニルヴァーナという連中が狙っているとなると、なおさら渡したくないのだ。


 もしあの連中が悪用した時、きっととんでもないことが起こる。

 人間の襲撃などが可愛らしく見える残酷なことが。


 だが大人しく従うということはどうしても釈然としなかった。

 こいつは俺の友達をあんな風な物言いをしたのだ。

 しかも学園長からしたら優秀な生徒であると言っているにも関わらずにだ。


「なぁ、俺はもともとこの学園に入学した理由ってのが、人間のことをもっと勉強して、それを他のオークに伝えていくってことなんだ。それであいつらの生活がもっと安全で豊かになればいいってことだけを考えていた。つまりあんたの依頼と俺の目的は全く合致していない」

「……断る、と言いたいのか?」


「だがそうもいかねえんだろ? 何やら重大な責務を成り行きで背負っちまったみたいだからな。平凡に過ごしたかったのに、ってぼやきたいだけだ。それに部屋の外からの殺気が尋常じゃない」

「……ほう、敏感だな」

「あんたら人間に散々付け回されてるからな」


 嫌味の一つでも言わないと気が済まなかった。


 最初にルナと出会ったのも元はと言えば人間と魔物の対立であり、一方的な討伐に対する自己防衛によるものなのだ。

 その出会いが幸か不幸かはさておき、少なくとも魔物側全体にとっては今の環境は住みやすいとは言い難い。

 街に買い物へ出るには変装をしないといけないし、何か略奪が起きれば真っ先に魔物が疑われる。

 事件があればまず捜査されるのは魔物であり、魔物との戦闘に備えて討伐隊も後ろに控えるほどだ。

 昔からのしきたりではあるが魔物と人間の間には溝があり、俺達がルナやカナエなどの人間と交流できているのは、ほぼ奇跡と言ってもいい。


「受け入れざるを得ないってのは、薄々と感じていた。俺がいないと今以上にややこしいことになるし、最悪の場合だと平和な生活を送ることすら難しくなるんだろ。そうなってくると俺だけの問題じゃねえ。仲間のオークに俺の友達。そんな奴らに迷惑をかけられねえよ」

「決めてくれたようだな。心から祝福する。あと言い忘れていたが、このことはくれぐれも内密にな。誰にも話してはいけない。私と君の秘密だ」


 学園長がにこやかに微笑み、立ち上がって俺に向かって手を差し出した。

 友好を示す握手でもするつもりなのだろうか。

 おとなしく従いたくないが事を荒立てるわけにもいかないので、俺はその握手を強く握り返すという方法で反抗して見せた。


 どうもこの男が気に食わないのだ。


 果実くらいなら握りつぶせるほどの握力だが、学園長は痛がる素振りをするどころか、笑顔のまま俺の力よりもさらに強く握り返してきた。


「……ぐっ……」

「おや、どうした。何か苦しそうだが」

「くっ……てめぇ……」


 力比べで負けることになったのはこれまでで一度としてなかった。

 俺はムキになって、ノテレクを倒した時と同じ力を発揮すればこんな奴に、と思い輝石に強く念じたが反応を示さない。


 あの時頭の中に響いた声が一切聞こえてこないのだ。


 その時の言葉を思い出してはっとした。


 『あっぱれだ。人の子よ、いや魔の物よ。その覚悟と意地、そして逆境にも挫けぬ心。汝の命を散らすのは惜しい。戦う力を、万象破砕ばんしょうはさいの力を授けよう』


 ラルーフは俺の覚悟や意地、挫けぬ心を見て力を貸したのだ。

 むやみやたらに行使できる力ではないということだろうか。


「……ああ、わかった。あんたの言いなりになるのは不本意だがな。輝石は俺が守る。それだけでいいんだろう」


 俺は観念して握る手を弱めた。


「それで結構だとも。君だけでは不安だ。一人だけ監視をつけさせてもらう。ちょうど君のクラスの担任の教師が不在となったことだしね」

「また怪しい奴じゃねえだろうな。また実は魔物だったってことも」


 俺は学園長の失敗に毒づいた。

 学園長に対して不信感が募ってきているのだ。


「今度は信頼を置ける人物を配置する。もちろん実力も折り紙付きだ。というか、彼女に勝てる人物などこの世には数えるくらいしかいないがね」


 その後にククク、と笑う。

 ご丁寧にも俺が狙われていても守ってくれる頼もしい誰かを用意するとのことだ。


 自分の身は自分で守れる自信はあるため、そんなことしなくてもいいと断ろうとしたが、担任のことや事態の重大さを考えると甘んじて受け入れた方がいいのだろう。

 俺はゆっくりと頷いて納得した風に見せた。


「話は以上だ。では、君は同族のために勉学に励みたまえ。これから困ったことがあれば相談するといい。君のことを悪くはしない」


 学園長は立ち上がってドアノブに手を伸ばす。

 俺は特にこれ以上質問もなかったため、すっと立ち上がって形式的な一礼をした後、学園長の部屋を出た。


 廊下に誰もいなかったのが不思議だった。

 外から溢れ出る殺気のようなものは紛れもない物で、勘違いでは決してない。

 辺りを見渡しても人影はない。

 もう既に去ってしまったのだろうか、部屋から突き刺すような気配が確かにあったはずなのだが。


 考え事をするもふと別のことに気が付いた。

 時は既に一限目の授業の真っただ中であり、慌てて階段を駆け下りて自分の教室へ向かうのであった。


「なんだよ、あのおっさん。勉学に励めとか言う癖に、もっと時間を考えやがれ」


 俺は走りながらまたあの学園長に毒づく。

遅くなりましたが、

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

今後もスローペースで更新を続けていきたいと思います。

感想などがありましたらお気軽にご投稿ください。

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