第1章25話:一抹の不安
壮絶な戦いの痕を連想させるような荒れ果てた校庭に数人の騎士が詰めかけてくる。
もう戦う余力も残されていない俺達は、それぞれ顔を見合わせて狼狽えてしまう。
「な、な、なによ、こいつら」
「新たな敵ってわけか? 勘弁してほしいところだな」
「む? いや、違う。彼らはこの一帯を管轄する騎士団――クップファーリッターオルデンだ」
ルナが身構えると俺達に向かって叫ぶと、その声を聞いた一人の立派な装いの騎士が他の騎士に剣を下げるよう手で合図を送って、自らの剣もしまってこちらへと歩み寄ってきた。
「ルナ殿、ご苦労様です。この学園の方面に猛烈な光が立ち上るのが見えまして、何事かと思い様子を確認しに参りました。ですが、この状況、一体どういうことか説明していただけますでしょうか」
「そのことですが、ノテレクというリーベカメラード学園に赴任した教師が、私達に襲ってきたのでそれを迎え撃つ形で交戦しておりました」
「襲ってきたわりには、この惨状。ただの小競り合いにしては、少々やり過ぎかと」
「その教師の本性が、凶暴な魔物だったのです。人肉を食して人間へと化け、あちこちで起こっていた行方不明事件に関連があるかと思われます」
淡々とした報告にリーダーと思われる端正な顔つきの騎士が、興味深そうな顔をする。
そしてさらに情報を聞き出そうと辺りを見渡して、その視線は俺とリンペイに注がれることになった。
「ふむ。まだ、魔物が紛れ込んでいるようですが。この者も関係者、というわけではないのですか。見たところオークとゴブリンのようですが、そういえばあなたは以前にオークに敗れて逃げ帰ったという経験がおありですね。今度はそのオークに力を借りた、ということですかな。名誉騎士候補がたかがオークに敗北を喫し、その助力を受けるとは。いやはや」
端正な顔つきの男性が肩をすくめて見下したような言い方をすると、他の騎士達もつられてルナのことを嘲った。
その言動にムッとしてして俺は飛び出ようと前かがみになろうとすると、リンペイがその動きを制して首を横に振って俺の方を見やった。
そんなことをしても、何も変わらない、と訴えているようだった。
「……なんなのよ、あんた達。さっきから聞いていればルナをバカにして。あんた達みたいな田舎騎士にルナのことを悪く言う権利なんてないわよ。どれだけ必死で戦ったか、どれだけ傷ついたかわかってないくせに!」
「カナエ様もご一緒でしたか。ご苦労様です。いえいえ、そんなつもりは毛頭もございません。ただ魔物を倒すためだけのことを、騎士だけの力で完遂できないことに、いささか技量の方を疑ってしまっただけです。もしカナエ様が姉上様と同じ天賦の才をお持ちでしたら、このようなことには」
「!? そうやって、お姉ちゃん、お姉ちゃんって……本当にあんた達、なんなのよ!」
カナエが姉と言う言葉に強い嫌悪感を示したようにわなわなと震えて、発言主の騎士を強く睨みつける。
こいつに姉がいるというのは初耳だった。
誰もそのようなことを話していなかったのだ。
脇に立っている騎士が端正な顔つきの騎士へ耳打ちで何かを話す。
その後端正な顔つきの騎士は何か納得したようにゆっくりと頷いて深々とカナエに頭を下げた。
「失礼いたしました」
「この者達は恥ずかしながら微力な私に力を貸してくれた友人です。それにカナエとは幼いころよりの幼馴染。これ以上私の友人に対する侮辱することは、騎士の先輩とは言え見過ごせないものがございます」
ルナが毅然として言い放つ。
騎士は少々不服そうな表情を一瞬だけした後、すぐににこやかな顔となり話題を変える。
「ご友人でしたか。それはそれは失礼いたしました。さて本題へと戻りましょう。その争いの元凶であるノテレクという男はどこですか」
「あの方向です」
不愛想なルナはその騎士の言われるがまま、ノテレクが吹き飛んだ先を指差して方向を伝えた。
騎士はそれを見ると小さく会釈したのち、その方向へ騎士達が歩み寄っていく。
「先輩、よかったんですか」
「……」
「あのクップファーリッターオルデンは先輩が志す騎士団のはずなのに。どうしてわざわざあのような発言をしたのですか」
「愚問だな。友人を見下されて黙っていられなくてな。何も知らぬ者に口出しされる権利などないのだから」
「先輩……」
「気にするな。私としてもあのような騎士団で収まりたくないのだからな」
センがルナに声をかけて心配そうにするが、ルナは気丈に振る舞っているかどうかわからないが、安心させるような言葉で返す。
そしてルナが俺達の方向へ振り向いて、まるで感謝の意を伝えるように優しい微笑みを浮かべる。
リンペイが大トカゲのボンゲに跨って騎士達が向かったノテレクとは別方向へと踵を返す。
「おい、リンペイどこへ行くんだよ」
「決まってるさ、帰るんだよ。ここから先は僕達じゃなくて、騎士さんの仕事だ。僕達の出番はないようなものだよ。しばらくゆっくりしようよ」
「だが、あのまま放っておくっていうのか。ノテレクが何かを企んでいる恐れもある」
「その点は問題ないよ。あんな偉そうなことを言うような人達だし、万全な状態だ。後れを取るようなことはないと思う。あとは彼らに任せようよ。まぁ、僕はあんな偉そうな連中には従いたくないからだけどね」
リンペイは珍しく私情を挟み込んで、彼らに対して露骨に嫌がった。
確かに俺達がノテレクがどうなっているかを確認したところで、何もできないし騎士に連行するくらいしかできなかっただろう。
こちらから任せることを全て行ってくれるだけ、手間が省けたというかその方が確実である。
ただ言葉にできない不安の様なものがくすぶっていた。
「というかそもそもみんな疲れ切っているに違いないんだ。あんな戦いを繰り広げて、ある程度自然に癒えたとは言え、もう体力的に限界のはずだよ」
確かに全員の顔に疲弊の色は隠しきれておらず、夜遅くとなっていることもあり欠伸を噛み殺して、眠気と抗っているようにも見える。
特に魔導解放を行使したルナとカナエは、今でこそ強がっているだろうがいつ急に倒れたりするかわからない。
「へっくち! ああ、冷えてきましたね……早くあったかいお風呂に入りたいです……」
「そら、あんたはあんな格好で倒れてたもの。言わんこっちゃない。そら体も冷えるわよ」
ユリがくしゃみをして鼻をすすって体を温めるように自分の腕をさすりながら呟く。
「でもリンペイ先輩の言うことはもっともです。ここは体を休めるのが先決ではないでしょうか」
「あたしも賛成。正直今すぐにでもふかふかのベッドに飛び込んで、眠りたいのに。あたし達に用がなかったら、もう帰りたいくらいよ」
「私も早く戻って、寝たいです……」
「あんたはさっきぐっすり寝てたでしょ……」
現状ルナと俺を除いてリンペイの言う通り帰宅に全面同意のようだ。
「私は……」
口々に寮へ戻りたがる面々の後にルナは口ごもって言いにくそうにする。
他人には言いにくい複雑な感情が混ざり合っているのだろうか。
「なんだ、何か言いたげだな」
「……私は、クップファーリッターオルデンの調査に参加する。ノテレクが何者か、確認する必要がある……と思うからだ」
「いや、今のあんたが一番安静にすべきじゃないのか。顔が青ざめていて、足も震えているぞ」
「そうよ。あんた、何無理してんのよ。『魔導解放』を立て続けに二回もして、あたしの忠告も無視するし、本当に心配してたのよ」
「いや、しかし……」
「あんたが一番お疲れなのよ。ゆっくりしなさいって。あんたの心配事はあの騎士様が全部やってくれるわよ」
留まろうとするルナをカナエが強引に帰らそうとする。
そして仕方ないといった風に頭を下げて、消え入りそうな微かなルナの声が聞こえた。
その時垣間見せた表情はどこか安心したようだった。
「何か言ったか?」
「いや、何も言ってないんだ」
「そうか。それじゃあ、帰るか。やれやれ、軟弱なやつらばかりだぜ。俺はまだまだ連戦だろうが構わねえけどな」
「はぁ!? 何調子のったこと言ってるのよ。あの時の借り、今こそ……」
カナエが殴りかかろうとするその拳は全然力と勢いがなく、俺は楽々と交わした。
「まぁ、というのは冗談だ。俺も疲れが完全に取れてるわけじゃない。確かにこんな状態でこの場に留まるより、休んだ方が合理的だろうな」
「もう! なんなのよー! あたしが、本調子なら~」
「カナエさんもへとへとじゃないですか。大人しく休みましょうよ」
「そうだね。早く帰った方が得策だ。それに僕らが調べて下手なことになるよりも、誰かに任せた方がずっと効率的さ。何よりも僕達が話すよりも名誉ある騎士様の方が説得力がある」
確かに騎士の力量はないわけではないだろうし、少なくとも能力的にも何よりも体調のことを考えると、あの騎士達の方が適しているのは間違いない。
ノテレクが万が一に罠を仕掛けていても対処できるだろう。
しかし俺の抱える不安と言うのはそこにあるわけではなく、何か別の、ノテレクとの戦いが終わった後から受けている視線があるのである。
それが決して誰のものであるのかというのははっきりすることはできず、もしかしたらノテレクが虚ろな目でこちらを見ていただけかもしれない。
俺は不安を隠蔽するようにそう自分に言い聞かせることにした。
遠くのノテレクの倒れた方向から騎士達が嬉しそうに騒いでいる。
よく聞き取ることができなかったが、おそらく彼らにとっては思いがけない発見があったのだろうか。
その結果はリンペイの言う通り新聞等で見ることとしよう。
そう考えると緊張の糸がほどけたのか、疲れが今までせき止めてきたものが流れるようにどっと押し寄せてきた。
体調自体はこの輝石の光を受けてから癒えているため、どちらかという精神的な疲れの方だ。