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第1章24話:死闘の果てに

 ノテレクの熾烈を極める死闘は終わった。

 しかしノテレクならここからまた蘇るという可能性はあると思い、警戒を決して緩めることはなく、ノテレクが吹き飛んだ先を見つめる。

 黙々と上がっている土煙から人影が立ち上がることはなく、石の壁が砕けて破片が落ちる音以外は何も聞こえなかった。


「ダイゴ―! 勝ったんだね」


 リンペイが立ちすくむ俺に向かって駆けながら声をかけてくる。


「ああ」

「びっくりしたよ。君がいきなり光に包まれたかと思ったら、立ち上がってあのノテレクを圧倒したんだよ。それで、その力は一体どうしたんだい」

「わからない」

「うーん。全然納得できないよ。だって君が発揮した力なんだよ」

「だがわからないものは、わからないとしか言えん」


 そこで会話は終わった。

 俺も何も説明できないのだ。

 いつの間にか有機質に蠢く籠手は、俺が知覚しないうちに、まるで体の一部として取り込まれたかのように消えていった。


 ラルーフと名付けた声の主はこの『調和のトパーズ』に封じ込められていて、それが急に目覚めてなぜか俺に力を分け与えた。

 そしてその力が絶望的な状況を打破したということしか俺には認知できなかった。

 これが『調和のトパーズ』という輝石の力なのだりうか。

 ノテレクはこの超越的な力を求めていたのだろうか。


「いや、俺の心配はいい。他のあいつらは」


 俺は辺りを見渡して、ルナたちがいた場所に目をやる。

 力を使い果たして気絶しているルナを、センが必死に支えて身をかばうように背を向けて震えていた。

 ユリが倒れた先には先ほどのサキュバスの姿が解けてしまったのか全裸のまま横たわって呻いており、その上にカナエがうーんと唸りながら覆いかぶさっている。


 校庭だった場所はまるで戦争が終わった後を想像させる。

 衝撃によって生じたクレーターや不自然に隆起した地面、完全に機能を停止した巨人、バラバラに散らばった亡者の骨、無数の血痕。

 破壊の痕跡がその戦いのすさまじさを想起させた。


「みんなどこかへ消えたりはしていないようだね。それにしてもユリちゃんが裸なのは、よくわからないけど。とりえあず何か隠せるものを」

「ああ、そうだな」


 リンペイの疑問に俺は適当に返事をした。

 俺しかあのサキュバスの正体はわかっておらず、リンペイは気付いてもいないようだ。

 リンペイがボンゲに何か布を取ってくるようにと指示をして、何かを探すように間抜けな顔を上げて鼻をかいでいるような動作をしながら闇の中へと消えていった。


 俺はルナをかばっているセンの元へと歩み寄り、優しく声をかけて安心させる。

 その震えている背中から自分を押し殺して、必死に耐えぬこうとしている姿にその覚悟と愛おしさが伝わる。


「もう大丈夫だぞ」


 センが俺の声に気づいて振り返って、俺の顔をじっと見つめている。

 呆然とした顔で、一体何が起きたのか、そして自分たちはどうなるのか、という疑問を視線として投げかけていた。


「とりあえず危険は去った。ルナの顔を見せてくれ」

「でもさっきから全く意識がなくて……」

「あいつは、そんなことで死ぬようなやつじゃねえよ。じゃなきゃあんな顔するはずがねえ」


 巨人の拳に叩き潰れそうになった時、唇をかみしめて必死に耐えようとするが、強く目を瞑って何かを願うような姿が俺の目に焼き付いていた。

 どんだけ血を吐こうが傷付こうが、立ち上がっては自分の意地を曲げないような奴なのはわかる。

 だからこんなところで果てさせるわけにはいかない。

 そもそも俺の攻撃を受けて何度も耐えてきた初めての女だ。

 俺はルナのことを高く評価していた。


 俺はルナの脈を測ると、非常にゆっくりなリズムで刻んでいる。

 だが意識が回復する見込みもなく、こうなれば人工呼吸での意識を取り戻す可能性にかけた。


「ちょっと、ダイゴ!? 一体何をするんだい」

「まぁ、できないことはないだろう。昔免許を取るときにやっていた」

「え、免許? どういうこと……」


 ルナを地面に優しく寝かしつけると、血でまみれた顔を拭いた。

 そしてボロボロに痛んだシャツを脱がせて、誰にも見せることはないルナのきれいな肌を露わにさせた。


 月光に照らされたルナの体は、全体が鍛えられたように筋肉質で硬くなっており、自分にストイックに課題を出して日々の鍛錬の証を垣間見る。

 そしてユリほどではないが膨らんだ胸に耳を近づけて、心臓の鼓動を確かめると、非常に遅いペースで脈を打っていた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。せ、せ、せせ先輩の肌を、あ、あなたのような、魔物に見せるなんて、見過ごせません」

「……落ち着くのは君の方だよ。僕も何をするかわからないが、ダイゴを信じてくれないかい。彼はきっとおかしいことを犯したりはしないよ」


 早とちり気味に焦るセンの声をリンペイが引き留めた。

 ルナがまだ生きていることを明確に感じる。


 こういう時は心臓マッサージをせずに、やるべきことは呼吸の手助けとしての人工呼吸だ。

 瞳を閉じ眉一つ動かさず息も立てないルナに顔を近づけ、まるで囚われたように開かない口と俺の口を合わせていく。


「えええぇ~~っ!? な、なにをしているんですか!?」

「ダ、ダ、ダイゴ!? まさかそんな!? なんて大胆なことを! オークだから犯すのならわかるけど、キスだなんて!? ロマンチックすぎないかい!?」


 外野の声が騒がしいが気にせず、口づけを合わせたまま呼吸を送り続けた。

 肺活量には自信があり丁寧に長く吹き込み、ルナの胸が膨らむことを確認し、気道が確保はされているようだ。


 そしてもう一度息を吹き込んだ。

 するとルナの方から息が送り返されるような生暖かい風を感じる。

 俺は口を離してルナの口元から移った血を吐き出して、リンペイ達に目を合わせた。

 リンペイとセンはひどく慌てた様子で、何が起きていたのか説明を求めているように見える。


「まぁ、ルナは生き返る。それだけでいいだろ」


 仰向けに倒れたルナは苦しそうに呼吸を繰り返した後、起き上がって必死に呼吸を整えながら自分の掌をじっと見つめて、顔を上げて俺に視線を合わせる。


「お目覚めみたいだな。お姫さん。お疲れさんだ。すべては終わった」

「ん……こ、ここは……終わった? エンシェントゴーレムも、ノテレクもか?」

「ああ。その通りだ。お前のおかげでもある」

「そうか……怪我人は?」

「向こうで寝ている連中だな。あんたが一番ひどかったんだぜ」

「私だと? 貴様の間違いであろう。あれだけ握り潰されたんだ。こっちまで痛くなるような音がしたんだぞ」

「ははは、違いねえな。まぁ、どっちも向こう見ずなことをしていたわけだ」


 俺は冗談で笑い飛ばすと、ルナもつられたように笑った。

 まだ目覚めて間もなく弱弱しい声だったが、精一杯明るく微笑むかのように顔を歪める。


「先輩! よかった! 目覚めたんですね」


 センがまだ体を起こしているだけのルナに喜びのあまり抱擁し、目から一筋の涙を流しながらルナの名を叫んだ。


「ああ、心配をかけたな。あれからずっと君が私を支えてくれたんだろう。礼を言う」

「頭を下げる必要なんてありません! 私は私のできることをしただけです! 何よりも無事だったことが嬉しいんです!」

「それでも逃げ出さずに私のことを支えてくれたことは、立派だ。簡単にできることじゃない。もっと誇りを持っていいと思うぞ。頼もしくなったな、セン」

「……はい! ありがとうございます!」


 センが溌剌とした元気な声で返事をし、ルナが満足そうに目を瞑って何かを噛みしめているかのように頷いていた。


「う……うーん。何の声よ……こんな夜に……ってなんでこいつが裸で寝てるのよ! 起きなさい! 風邪ひくわよ!!」


 ノテレクの作った泥から解放されたカナエが目覚めて、カナエの下敷きとなっているユリを見て素っ頓狂な声を上げる。

 顔を何度も軽くはたき、ユリを揺すって目覚めさせようとしていた。

 直にまるで長い間眠っていたかのように、大きな欠伸とともに腕を伸ばした後、目元を擦ってカナエの方に顔を向ける。

 その目覚めた時の姿は居眠りを終えた姿となんら変わりはなかった。


「んん……あ、カナエさん、おはようございます」

「はぁ……あんた能天気ね。真っ先にどっかいったと思ったら、どうしていつの間にかこんな姿で戻ってくるわけ? 本当にあんたってよくわかんないわ。マイペースどころか正体不明よ」


 カナエが妙に核心づいたことを言って、ユリは照れたように笑いながら頭を掻く。

 その後自分が全裸であることに今更気付いたのか、すぐに両手で押さえたり、足を曲げることによって恥部を隠して、顔を赤くして俯いた。


「え? あああっ! なんですか、これ! は、は、は、恥ずかしいです……こんな姿見せたくなかったのに!」


 ユリが恥ずかしさのあまり涙声となって助けを求めるように叫んでいる。


「あはは。もうちょっと待ちなよ。ボンゲがきっと持ってくれるからさ」

「だったらいいんですけど、ちょっと肌寒いですし、それに恥ずかしいんです。最近太ったかなって思ってたのに……」


 ユリの体は小柄でありながらも肉付きが健康的によく、普段の制服姿では露わにしにくい胸の大きさを目の前に晒していた。

 俺がその姿をまじまじ見てると、他所から視線を感じたので、振り向くとカナエがジト目で俺の顔を見ている。


「ふーん。あんたってああいう子が好きなんだ。鼻の下なんか伸ばして、いやらしいことでも考えてるんでしょ。オークだから」

「おいおい。俺のことをオークじゃなくて友達とか言ったのに、ひどいこと言ってくれるな」

「友達は続けてあげるけど、鼻の下を伸ばしたのは否定しないんでしょ。あのちんちくりんの方が好みって」

「生意気な女よりは大人しくて美味い飯をつくる女の方が好みとだけ言ってやる」

「もう! なんなのよ、その言い方。あたしみたいなのは生意気じゃなくて、積極的で社交的って言ってほしいわ。わざわざあんたに話しかけてるのよ」

「はいはい、そうかよ」


 俺は突っかかってくる平常運転となったカナエを面倒くさそうにいなした。

 ユリの裸に興味と言うよりは、あのサキュバス姿へはどうやってなったのか、そしていつの間にか髪の色が変わったり角や翼が戻っていることに不思議と思ったのだ。


 人間もあのように魔物のような姿になるのであろうか。

 ノテレクが骸骨姿から人を食らうことで人間に化けて潜り込んだように。


「なんでもいいですから、誰か服をください~」


 ユリが再び叫ぶと、奥の闇からのっそりした足を引きずる音が聞こえてきた。

 その大股で緩慢な動き、時折首から間抜けな音が鳴る、その姿の主はボンゲだ。

 口元にはユリの着ていた動きやすそうな短パンとパーカーのようなものを咥えていた。


「なんだかんだ言って鼻は利くんだよね。どうせお菓子の甘い匂いにつられたからだと思うけどさ」

「ありがとうございます。このままでしたら一歩も動けないまま、騎士の人に補導されて、捕まるところでしたよ」

「大袈裟だなぁ。その気になったらダイゴが運んでくれるよ」


 リンペイがボンゲを褒めているのか褒めていないのかよくわからない物言いで評し、ボンゲはそれに全く気にせずのんびりとユリの元まで動き、口元をくいっとあげて衣服を手渡す。

 ユリは嬉しそうに受け取ると、急いで着替えていった。


「それにしてもあのいきなり現れたサキュバスは一体何者だったのよ。助けてくれたからいいけど、いきなり来てくれて人助けだなんてあまりにもお人よしすぎるわ」

「そうだな。そもそもサキュバス自体、夜に活動する珍しい魔物だが、なぜこんなところへいたんだろうか」

「まぁ、あいつが妙に強かったおかげで、あのデカ物も倒せたし、ノテレクにもぎゃふんと言わせたんだからね」


 カナエとルナの間に交わされるサキュバスについての話題になると、ユリは体が反射的にびくついて反応を示していた。

 現状は俺だけがあの正体に気づいており、この場で打ち明けることも可能ではあるが、こういうことは俺が口を出すのではなくユリの口から話すことの方が大事なのだ。

 だが一方でユリは一向に口を開けようとせず、会話についていく振りで愛想笑いで相槌を打っているだけだった。


「まぁ、結果オーライってことだね。敵として出会わないだけよかったよ。きっとたまたま僕達のような心優しい魔物が手助けに来てくれただけだよ。活動として夜空を遊泳をするって聞くし、精気を吸おうとして探す中でたまたま通りすがっただけだろう」


 リンペイがそれらしい理由をつけてその話を閉めようとした。

 今回の真実についてはあまり話すべきではないので、適当に話を切り上げてくれるのは俺にとってもユリにとっても好都合だ。

 俺だといつうっかり口を滑らすかわからないのだ。


「まぁ、それより大事なことあるだろ。あいつだ」


 俺がノテレクが吹き飛んだ先を指差した。

 すでに土煙は止んでおり何かが動いた後もなく、おそらくノテレクはずっとあそこで蹲っているのだろう。

 俺達が様子を確認しようと足元が不安定となった校庭の上を歩いていく。

 不意打ちなどが万が一あるかもしれないため、警戒を怠らず慎重に歩いていった。

 先ほどから何者から彼の視線を感じるのだ。


 すると校門の方より無数の足音が響き、鎧を着こみ兜を被り顔を見せない騎士達が学園内へと入ってきて、瞬く間に俺達を取り囲んできた。

 騎士の様な男たちは何も言わずに物騒に剣を構えたと思ったらすぐに剣先を向けてくる。

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