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第1章21話:ユリの決意

 私達がルナさん達と合流してから、ノテレクとの決戦は熾烈を極めると直感的に理解していました。

 なにせルナさんは手負いで満足に力を発揮できず、ノテレクの後ろには数か所体がへこんでいるものの構わず立ち上がって、腕を振り上げこちらを威嚇している巨人がいるのです。

 戦いはこれからだ、と言わんばかりに。


 ですがこちらには頼もしいダイゴさんとカナエさんに私達を指揮しているリンペイさんがいるのです。

 数的にも有利で決して不利ではないと、私はどこか安心していました。

 戦いが始まるとダイゴさんは一目散に巨人の元へ駆け寄っていきます。


「まずは、あいつを倒せばいいんだろ。なら問題ねえ」

「そいつの弱点は額の光る石だ! それを壊せばあいつの制御が止まる!」


 巨人に向かって走り出すダイゴさんに、ルナさんがあの頭部を指差して叫びました。


「さぁて、僕達はあの巨人を攻撃するダイゴを援護といこうかい」

「ええ、あたしの本気を少し見せてやるときが来たようね!」


 ダイゴさんを援護すべく氷の大剣を構えたカナエさんと、大トカゲのボンゲに乗りながら身の丈以上の槍を構えているリンペイさんが加勢します。


「邪魔はさせん! お前達の相手はこいつらだ! いでよ、亡者どもよ」


 ノテレクが魔導陣を描いてそこから、少しずつノテレクの様な骸骨姿の兵隊が姿を現して、次第に大量の軍勢となっていきます。

 これから骸骨の群れに飲み込まれてしまうと思い、私はセンさんを抱きしめて思わず叫びました。


「おっと、それ以上は近づけさせない。少しばかり黙っていてもらうよ」


 ですが襲い来る軍勢をリンペイさんが、機敏に大トカゲのボンゲを操りながら、槍を自由自在に操って召喚される骸骨を倒していきます。

 剣を振りかぶる前に骸骨の弱点である胸の部分をを突き刺し、槍を戻している隙とも言えるタイミングでは、ボンゲを操ることで蹴散らして隙を帳消しにしていました。


「隙なんて作ると必ず相手は差し込んでくる。逆に言えば、その時こそが狙い目なんだ」


 リンペイさんの槍捌きと、ボンゲを操る技術はまさに他の騎士とも引けをとりませんでした。

 槍を器用に振り回してリンペイさんに向かってくる骸骨は、切り傷一つ与えることができず力なき骸へと戻っていきますが、一向にその勢いが消える兆候がありません。


「なんなのよ、こいつら! 倒してもきりがないじゃない!」


 カナエさんが氷の大剣を振り回して襲い来る骸骨を蹴散らしながら文句を垂れています。

 軽々と無数の骸骨を相手にしていますが、その表情には苛立ちが浮かんでいました。


「行使しているノテレクを倒さないといけないけど、そう簡単に上手くいきそうもない」

「そのようね。倒したと思った躯がすぐに蘇るもの。あいつの意識を別の方向で逸らすしかないわ」


 そう言って私達は巨人に立ち向かったダイゴさんを見ました。

 くるぶしの方まで近づきましたが、それより上に行く方法が見つからず、襲い来る邪魔な骸骨を相手しています。


「クソ! こんなところで足止めかよ。巨人も隙をさらさねえ」

「物量にものを言わせての消耗戦か。最初からこうすればよかったんじゃないかい」


 ダイゴさんの悔しそうな声が響き渡ると、リンペイが舌打ちの後に挑発しますが、ノテレクは愉快そうに笑っていました。


「単体ならまだしも、お前達をまとめて倒すのであれば、数で押し切った方が確実だからな。証拠などお前達を葬った後に消し去ればいい。それにこの亡者どもを相手にどれだけ、お前達がどれだけ耐えられるかも見ものだからな」

「へぇ。なかなか狡いことを考えるんだね。もっと面倒くさがって学園ごと一網打尽にするかと思った」

「あいにく私は大がかりなことはしたくない性分でね。最優先すべきは任務。邪魔者は骸にして還せ、だ。与えられた任務を忠実に、その意向に従うまでだ」

「任務? いったいどういう」

「おいおい。そんなこと心配している場合か? 大事なお友達の危機だぞ?」


 リンペイさんの尋ねようとする声がノテレクの大仰なしゃべりにかき消されました。

 その視線の先には今に骸骨の群れに囲まれてしまい、埋もれてしまいそうなダイゴさんが必死に抵抗しています。


「くっ! 卑怯な! ダイゴの戦いに水を差さないでくれ!」

「勝つためなら、目的のためならどんな犠牲も手段を使うのだよ。自分の身ばかり心配しているからこうなるのだよ」


 リンペイさんは返事する間もなく襲い掛かる無数の骸骨を対処していきます。

 ですがさすがに大量の敵を倒していたため、疲労の顔と焦りの色を隠せていません。


 こんな時に私に力になれることがあれば、立ち向かう勇気があれば、少しは役に立てるのにと自分の無力さを嘆くしかないのです。

 ただ不安そうに怯えるセンさんを抱きしめながら、安全なところでリンペイさん達が戦っている様子を見守るだけでした。


「カナエ! あれだ! あの足場をつくれるか!?」

「そういうことね! わかったわ」


 ダイゴさんの呼びかけにカナエさんははっと気づいたように頷いて、骸骨を処理した一瞬の隙でダイゴさんの方に魔導陣を展開します。

 するとダイゴさんの上空に宙に浮く氷の足場が段差のように連なって生成され、その先には巨人の顔面へと続いていました。


 ダイゴさんはカナエさんの方向に一瞬だけ振り向き、ぐっと親指を立ててカナエさんが意図に気づいてくれたことに感謝を示します。

 そしてその場でぐっと屈めたあと、亡者を跳ね除けながら体をばねのようにして上空の足場へと向かっていきます。


「そうか。これでダイゴはあの巨人の元へ!」

「あたしのおかげで、これでなんとか上へと昇っていけるってわけ。いいところを持っていくのは、感心しないけど。やるからにはガツンとぶちかましなさい!」


 リンペイさんが足場を飛び乗っていくダイゴさんを見て歓声を上げる。


「あ、危ない! リンペイさん! 後ろです」

「なっ……」


 私はダイゴさんに気を取られてよそ見をしている隙を狙い、不意打ちを仕掛ける亡者の一体であるスケルトンを見て叫びました。

 このままだと手に持っている鋭利な曲刀の餌食になりかねないのです。

 私は思わず目を瞑ってリンペイさんから目を逸らしてしまいした。


 ごめんなさい。

 私が見ていながら、何も出来なくて。


 大きな打撃音がして何かが弾ける音がしましたので、私はゆっくりと目を開けてその様子を確かめます。

 罪悪感や自分の無力さから目を背けずに。


 そこには臆病な大トカゲのボンゲが中腰で立ち上がり、喉元を震わせて亡者の群れを爬虫類独特の縦長の瞳で威嚇していたのです。

 足元にはばらばらに砕け散ったリンペイさんを仕留めようとした骨が散らばっていました。


「さすがの尻尾だよ。一発で粉砕するなんてね。最初から本気を出してくれれば苦労しないんだけどね」


 リンペイさんが二足歩行で立ち上がった大トカゲのボンゲの首元にある手綱に捕まりながら、冗談っぽく嫌味を言うとボンゲはリンペイさんの方に首を回してげっぷをして見せました。

 すると前に見た緊張感のない間抜けな顔へと戻っていました。


「やれやれ。相変わらず可愛くないね。だけどたまに思いもよらぬことをしでかすから、相棒なんだ」


 リンペイさんは微笑みを浮かべてボンゲの鱗に覆われた肌を優しく撫でます。

 するとボンゲは嬉しそうに甲高い声を上げて飛んだりしてはしゃぎだしました。

 私はほっと胸をなでおろします。


 同時に怖いものにも敢然に立ち向かうボンゲの小さな勇気に励まされたような気がしました。

 そして接近を阻もうとする巨人の攻撃を交わしながら、器用に足場に飛び移って少しずつ近づいているダイゴさんを見ながら、あの時の廊下で言われた言葉を思い出します。


『その立ち向かう勇気、相手を思いやる優しさ。それがお前のいいところだって言ってるんだよ。どんなに頭いいやつでも、運動が抜群にできるやつでも持ってるとは限らないあんたの良さだ』


 あの時料理以外に何の取柄もない、そして嫌いな自分自身の中にある他の長所を見つけてくれて、私は不思議な気持ちになったのです。

 心が満たされていくような、萎れてしまった草花に優しく水が注がれて元のつやを取り戻したように。


 私はダイゴさんからもらったことになっている、腕に身に着けている花のブレスレットを見つめました。


「それは何なのですか。大きな花のブレスレットのようですが。きれいですね」


 センさんが私に不思議そうな眼差しを向けて、疑問を投げかけます。

 私は微笑みをもって応えます。


「はい。誰よりも優しい人からの贈り物なのです」

「ユリさん、でしたっけ。それを作った人は、心のこもった優しそうな人なんだって思います」


 センさんの言葉に私は思わずきょとんとしてしまいました。


「どうして、そう思ったんですか?」

「いえ、なんとなくです。ただ、丁寧に作ってあるなって。その不愛想なまでに大きな黄色い花がそれとなく主張するんです。その脇の小さな白い花を守ってやるぞって」


 私はセンさんの何気ない評価に、はっとしてダイゴさんの方へ見上げました。

 ダイゴさんは私達を守ろうと必死に危険を顧みず、怖いことに恐れないふりをして立ち向かっているんです。


「ダイゴさん……」


 私はそっと呟いて胸の前で両手を組んで、祈るように応援をしました。

 がんばれ、と届いているかどうかわかりませんがエールを送ります。


 巨人の薙ぎ払う手で足場が粉々に砕けちってしまいますが、氷の破片が顔を掠めながらも、ダイゴさんはいつもギリギリで回避をしてしました。

 そして次の足場へと飛び移って、危険を冒しながら、少しずつですが着実に目標へと近づきます。


 それを見るのがとても怖いです。

 でも本人はもっと怖いのに、私達のために巨人をやっつけるために、失敗が許されない中最良の判断を下していたのです。


「小賢しいやつだ。人間以上に小賢しい。それ以上ちょろちょろするな。おとなしくしていろ」

「ま、まずい! ノテレクを止めろ」


 ルナさんが叫んだ時には遅かったです。

 ノテレクは手から紫色の光弾をダイゴさんが次に飛び移ろうとする足場に向けて放ちます。

 足場は完全に砕けず、元の形の半分ほどの大きさの断片として浮いてはいるが、足場としての機能を失ってしまい着地することはまず不可能なようでした。


 ですが胸の高さまで到着したというのに、次への移動先がないという状況で、ダイゴさんは足場の上で立ち尽くします。


「ちっ! あと一歩だというのに!」

「ハハハハ! それだ! あと少し、もう少しというところで希望が断ち切られる! その表情が見たかったんだ!」


 悔しそうに叫ぶダイゴさんに向かって、ノテレクがダイゴさんの方向を指差して心底嬉しそうに嘲ります。

 巨人が好機とばかりに行く手を失ったダイゴさんを、足場毎叩きつぶそうと大きな掌が降りかかります。


 ここから降りるにしては大怪我免れない高さまであり、次にここまでの高さを上ることが難しいのではないかと思えば思うほど、歯がゆさを覚えてしまうのでした。

 せっかくここまで頑張ってくれたのに。


 私はやりきれない気持ちになり、そんな苦労を叩きつぶすことを良しとする、ノテレクという男に心底腹が立ちました。

 でも私がノテレクに立ち向かったところで、どうにかなる問題でもないことを、大した戦闘能力もない自分自身がよく知っているのです。


「カナエさん! 足場の生成は!?」

「無理よ。あいつの位置が高すぎるわ。足場を生成するにしても時間がかかる。さっきから勢いを増してこいつらがずっと邪魔をしてくるの」


 カナエさんが必死に襲い掛かる骸骨を倒しながら、隙を伺っていたようですが、どうにも難しい状況のようです。

 リンペイさんの方を見ようともせず、前方の魔物に集中していました。

 一方でリンペイさんもボンゲとともに魔物を倒すのに、手が離せないという状態です。


「くそっ! 私にもっと力があれば、戦いに加わることができるというのに……」

「ルナ、あんたはそこで静かにしていなさい。それ以上魔力を解放すると、あんたの命の保証がないもの」

「そうはいっても……」

「言ったでしょ。あんたの方から先に失うなんて、あたしが承知しないって。何とかしてやるわよ。あたしだってこんなところで仲良く死にたくないわよ」


 ルナさんの悔しそうな声がこだまします。

 怪我もあり、そして先ほどの魔導解放の影響で体に負担がかかっていたようで、戦闘に参加するのは困難そうでした。


「やぁぁああああああ! こいつらどれだけしつこいのよ。このままじゃ埒が明かないわ」


 カナエさんが咆哮とともに氷の大剣を振り回して倒していくものの、倒されても蘇る不死者の軍勢との相手は私達では分が悪いことが見ているだけの私でもはっきりと伝わります。


「こうなったら、一か八かだ! 信じてるよ、ダイゴ! 受け取れ!」


 リンペイさんが気合十分の声とともに手に持っている槍をダイゴさんのいる方向へ投げました。

 ダイゴさんは槍を受け取ることができず、槍はさらに上空へと飛んでいきます。


「ハハハハ! 無駄な抵抗はよせ。貴様達には我がエンシェントゴーレムの額に辿りつくことすらできんのだよ。さぁ、堕ちろ。地面で絶望の軍勢に囲まれて果てるがいい」


 ノテレクがリンペイさんを見下しながら笑い、ダイゴさんは今まさに巨人の掌によって足場を失ってしまうところでした。

 ですがリンペイさんも顔を俯かせてまた笑っていました。


「自分の小賢しい考えが空回りに終わった自嘲か? 所詮は貴様らの戦略も友情とやらも、全ては無力なようだな」


 しかしよく見るとリンペイさんの顔は大きな口を歪ませて、舌を出している笑っています。

 それはダイゴさんとカナエさんが生還し、ノテレクを倒す作戦を話したときと同じ顔でした。


「クックック。まだ気づいていないようだね。魔物でありながら、魔物の本当の可能性を知らないようだ。いいかい。乱暴事に無茶なことはダイゴの得意とするところさ!」


 リンペイさんが誇らしく言い放つと、上を指差します。

 ダイゴさんの乗っている足場は巨人の腕の払いによって砕け散り、回避のためにダイゴさんはさらに上へと跳躍します。

 しかし飛び移ろうとした先には足場がノテレクによって崩されたはずで、巨人の攻撃を回避しても地面への落下は避けられないという状況でした。


「まったく、いつも無茶なことをやらされる。期待に応えようとするのも大変なんだが」


 ダイゴさんが飛んだ先は思いもよらぬものがありました。

 足場としての機能が不全してただの宙に浮く氷の破片に、リンペイさんの投げた槍が突き刺さっていたのです。

 でもそれがあるから、何ができるのかその時の私は想像できませんでした。

 突き刺さった槍の上に乗ることはとてもじゃないが不可能なのです。


「おらよっと!」

「す、すごい……! そんなことが……」


 私は視線の先にダイゴさんがしていることに驚きを隠せませんでした。

 ダイゴさんは突き刺さった槍を掴んで、振り子のように体を反らせたあと、反動を利用してさらに上空へ。


 あの巨人の弱点である巨人の額の石より上へと飛んだのです。

 緩慢な巨人はただ自分より上に位置しているダイゴさんを見上げているだけでした。

 腕を元の位置に戻してから再びダイゴさんをはたくには時間がかかりそうで、これが最初で最後の絶好な攻撃の機会であると私は確信しました。


「砕けちまいな! ラルーフ謹製、レイディングダイブ!」


 ダイゴさんは空中で回転して態勢を整えた後、巨人の制御装置である石を狙って拳を突き出して、急速に突っ込んでいきます。

 普通に落下するよりも早く、そして勢いをつけて巨人の額に拳が激突しました。


「くっ……すごい風圧だな……」

「あいつ、こんなこともできたのね……」


 凄まじい音がして上空からダイゴさんの拳と頑丈そうな石がぶつかった衝撃で、凄まじい風圧が私達の方へと届いたので身を屈めて耐えようとしました。

 リンペイさんたちと戦っている再生を繰り返した脆い骸骨は、その風圧でバラバラになったり吹き飛ばされたりして、再生が困難となっていました。


「それで、ダイゴは!? あの巨人をやっつけたのかい!?」


 リンペイさんが一目散に顔を見上げて、私達もつられる様にダイゴさんの行方を見ました。

 ダイゴさんの拳は額の黄色い石にひっついたまま硬直しており、巨人もダイゴさんも少しも動きませんでした。


 一瞬でありながら永遠ともいえる時間のように沈黙を感じました。


「もしかして、やったのね!?」


 カナエさんが思わず嬉しそうな声を上げて喜びます。

 しかしルナさんは冷静に叫びました。


「いや、違う。これはまずいことになった」


 巨人は制御を失うどころか、腕を動かして落ちようとしているダイゴさんを掴みました。


「ちくしょう! 渾身の一発でぶん殴ったっていうのに、砕けねえのかよ!」


 目を凝らしてよく見ると巨人の額の黄色く光る石にはひびが入ったくらいで、まだ動けることから察するに、巨人を倒してなどいなかったのです。


「無駄だ! 無駄なんだよ! わかったか! 私のエンシェントゴーレムの額の石はオリハルコン。お前達がいくらどうやっても砕けることはないのだ。少しひびがはいったくらいでは、止まらん! まぁ魔導の耐性は落ちてしまうが、気にすることはない。もはやお前達に止めるすべはないのだからな!」


 ノテレクが勝ち誇って、私たち一人ずつに現実を、非情なまでの力の差を見せつけていきました。

 巨人は硬直で動けなくなったダイゴさんを掴むとぐっと握りこみました。


「しまった! ぐぅぅあああああああ!! うぅぅああああああっ!!!」


 巨人の握りこぶしから低く籠った音が響きました。

 体が握りつぶされポキポキと折れていく鈍い音、そしてダイゴさんの激痛を耐えようとして漏れてしまう悲鳴が響きました。


 それらの音を聞くだけで、私は臆病にも震えあがり、体をギュッと握りました。

 自分の体までもが折れてしまっているように錯覚してしまったのです。


「くそぉぉお! ダイゴを放せ!!」


 リンペイさんが咆哮とともにボンゲを駆り出して、武器も持たずにノテレクへと突撃していきます。

 ボンゲがリンペイさんの指示で勢いよく尻尾を回してぶつけようとしても、ノテレクは溶けるかのように消えていき、しばらくするとダイゴさんを握っている巨人の手とは反対側の掌から声がしました。


「私に攻撃しようとしても無駄だ。エンシェントゴーレムを倒すことも無駄。そもそも、お前達に勝ち目などなかったのだよ。さぁ、そこで大人しく聞くがいい。リズミカルに骨が砕け、希望が砕け散り醜い悲鳴が奏でる旋律を!」

「うぅぅぁああああああああああっ!!! がぁああぁあああああああっ!!!」


 ノテレクの合図でダイゴさんを握る巨人の手は、さらに力を籠め始めていき、骨の砕ける大きな音、痛そうな叫びが聞こえてきました。

 リンペイさんは半ば狂乱状態で、我を失ったかのように巨人へ特攻を始めて、ボンゲの尻尾での叩きつけや大きな体躯を使った突進をし始めました。


「放せ! 放せよ! ダイゴを放せよ!! その汚い手から放せよ!!」

「ハハハッ! 愉快だ! 無駄な抵抗だ! 最高に見苦しい!」

「許さない! 絶対に許さない! 復讐してやる。散々叩き潰してめった刺しにして、命乞いしようが構うものか。この世から消し去ってやる!!」


 リンペイさんは怒りに身を任せ、普段の理性的で友好的な態度を変えていました。

 もはやその心は魔物に染まり切っており、深い悲しみと燃え盛る怒りに突き動かされるまま、巨人に攻撃を繰り返しているように見えました。


「ちょっとあんた、やめなさいよ。そんなあんたをダイゴが見たいと思ってるの!?」

「うるさい!! 僕はね、人の言葉を話すゴブリンだから群れから遠ざけられ、こんな肌だから差別もされた! 彼はその時からの友達だったんだ!! ダイゴは僕に優しくしてくれて、僕のいいところを見抜いてくれて! それで!!」

「でも、少しは落ち着きなさいよ! 力任せにやってもこいつにはびくともしていないじゃない」


 カナエさんが止めようと割って入るが、リンペイさんはひどく落胆した表情をこちらに向けて攻撃する手を止めてから言い返す。


「だったら君は何かあるのかい!? ダイゴですら倒せないんだ。君ならできるのかい。でももう無理なんだよ。誰もあそこまでたどり着けないんだ。辿りつけても誰も壊せないんだ!」

「……確かに、あいつのバカ力でも壊せなかったら、あたしでも……」


 カナエさんは何も言い返せず納得して黙り込んでしまう。

 重苦しい空気が絶望となって包み込みました。

 そしてルナさんが決意に満ちた表情で重い口を開く。


「リンペイ、落ち着け……私なら『砕く』ことができる」

「あんた!? その体でまたやるの!? 二度連続の魔導解放は体に負担がかかるってわかるでしょ。全身の魔力が抜けきって、後遺症だってできるかもしれない。最悪死ぬのよ!」

「だが、私はあいつに助けてもらった! 借りがある。もう駄目だ、でも生きたいと、思って強く念じたら、あいつが来たんだ。私を助けに。騎士でもないのに、魔物のはずなのに! 自分の身を顧みずに私を!」


 ルナさんは一瞬俯いて、顔を上げてさらに強い決意を秘めた表情を私達に見せました。


「私は死ぬかもしれない。でも、あいつはもっと苦しいんだ。あいつもきっと諦めてない。皆を守るのが、私の騎士道だ。黙って見殺しなんて、できない。だから、この身に代えても」

「……わかったわよ。ちょっと悔しいけど、あんたがそこまで言うなら止めはしないわ。絶対砕いて、そして絶対生きて!」


 カナエさんの心が折れたのか強い叱咤激励とともに、ルナさんを送り出そうとします。


「美しいねぇ! 苦しんでいる友達を助けるために命を投げ出す。でも肝心なことを忘れている。どうやって、ここまでたどり着くんだ? また、強く念じるか? 私を倒したい、って! 哀れな姿を見せてくれよ!」


 ノテレクが遥か上空から挑発してくるが、その言う通りであった。

 ボロボロのルナさんの体ではあの巨人を上ることもできず、かといってカナエさんも上りやすいように丁寧に足場を作るのにも時間がかかる。


「あいつの言う通りだ……あの巨人が一時的に制御を失って、倒れこみでもしない限り、ルナさんの攻撃を叩きこむなんてできないんだ」

「何よ! んじゃどうすればいいのよ! このまま黙ってあいつが握りつぶされるのを待つしかないっていうの!?」


 巨人が倒れこむ、制御を失う。

 リンペイさんの話す絶対条件を聞いて、私はその場から逃げ出すように去りました。


「ユリちゃん!?」

「ハハハハッ! 所詮この程度だ。友情なんてものはな! 怖くて逃げだすことは悪いことではない。大事なお友達が死ぬ瞬間なんて見たくないだろうからな! こんな絶望的な状況だ。我が身可愛さに逃げるのは当たり前だ」


 リンペイさんの呼び止める声を聞かず、ノテレクの私達を蔑むような声に耳を塞いで駆けだして、闇の中へと消えていきました。


 みんながダイゴさんを助けたい一心で、感情を剥きだして命を投げ捨てる覚悟に突き動かされて、恐怖ですくんでいた私の足を奮い立たせて走ることができました。


 私は恐怖を押し殺して、みんなの役に立つ時が来たと自覚したのです。

 私の勇気を、ダイゴさん達の役に立つ時が。

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