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第1章20話:その野望を潰せ

 定例会は長い時間続いた。

 当初は茜さす教室がすっかり日が暮れて、光りの魔導による灯りで照らしながら話し合いや報告は行われる。

 暗い教室を本来明るく照らす月は雲によって隠れてしまっていた。


 私の立つ傍でノテレクは積極的に現状の質問をしたり、些細なことを確認したりして積極的に会議に参加している。

 真面目な態度がかえって不気味に感じ、小さな金の瞳が注ぐ視線から名状しがたいプレッシャーを感じてしまう。

 その時は机の下に片手を隠して、黄色いカードを強く握って皆に絶え間なく信号を送った。

 早くその重圧から解放されたいがの一心で。


「それでは定例会は以上で解散とする。次回もそれぞれの報告を期待させてもらう。全てはリーベカメラードのために!」

「リーベカメラードのために!」


 我が学園の忠誠を誓う掛け声とともに、定例会は閉会となる。

 学生は続々と会議室を出て帰路へとついていく様子を見つめていた。

 思ったより時間がかかってしまったと思いながら、何事もなく終わったことで私は安心して、ノテレクとの接触を報告する黄色いカードに力を籠めるのをやめた。


「お疲れ様です。先輩。素晴らしい司会でした」

「なに、私は書いてあることをただ読んだだけだ」

「違いますよ。委員同士がぶつかるのを事前に、先輩が譲歩策を提案して防いでいたのです。だから何事もなく終わったのではないでしょうか」

「ははは。無駄な争いは避けなくてはいけないからな。大事なのは一致団結だ」


 笑いながら余裕そうに言っておきながら、自分はそれができなかったことを想起する。

 ダイゴとの衝突は果たして必要だったのだろうか、我々は団結できているのであろうか。

 私は思わず俯いて考え込んでしまう。


「どうしたんですか。さっきから暗い顔して考え込んでばかりですか」

「ああ、いや、何でもないんだ。心配かけてすまない」


 センの気にかけてくる声で私は引き戻されるようにはっとした。

 後輩に心配されるとは恥ずかしいものだ。


 彼女にとっての模範となるべきなのに、みっともない姿を見せるわけにはいかない。

 私は気丈に振る舞おうと顔を上げて微笑みを浮かべる。


「それでは、夕飯といこうか。センもお腹が減ったところだろう」

「お気遣いありがとうございます。それではさっそく行きましょう。まだ閉まっている時間じゃないはずです」

「ああ、案内を頼む。私も楽しみだ」


 うきうきした仕草で足早に部屋を出ようとするセンを見るとこちらまで楽しい気分となる。

 こんないい後輩に恵まれて私は幸せかもしれないと、思わず口に出そうとなるが、それを話すのはセンがもう少し頼もしくなってからだと自制する。

 教室を出ようとしたその時に低い声が私達を引き留める。


「センさん。君は私と少し話がある。少しだけ待ってくれないか」


 振り返るまでもなくその声の主がノテレクであることを把握する。

 心臓が高鳴り、緊張していく。


 センは申し訳なさそうに私に謝ったあと、ノテレクの元へと歩み寄っていった。

 そして何か話した後、会議室を出ていこうとし、去り際にセンが私に伝言する。


「すみません。大事な話があるそうです。先輩は一階で待っていただけませんか」

「私が聞いてはいけないことなのか」

「これはセンさんにとって大事な話だ。すぐに終わるから待ちたまえ」


 ノテレクが話に割り込んでセンとの会話は終わってしまう。

 そのまま二人は会議室を出て、暗くなってしまった廊下を不気味な足音を立てながらノテレクが灯す光を頼りに進んでいった。


 二人の背中を胸が締め付けられる緊張の中見送り、ふと嫌な予感が体中を駆け巡っていく。

 不快な汗がシャツを湿らせて背中に張り付いた。

 私はいてもたってもいられず二人に気づかれないようにこっそりと後をつけて、様子を伺うことにした。


 先の見えない闇に包まれた暗い廊下を壁伝いに歩いていき、二人の足音を頼りにどこへ向かうのかを確かめていく。

 足音は後者を出て、砂を踏む音から草を踏む音へと変わっていった。

 たどり着いたのはかつてダイゴとカナエが戦ったという中庭だった。

 昼頃の明るい中庭と打って変わって、漆黒に染まった静まり返った夜の中庭は、何かが出てきそうな薄気味悪さを演出している。


 ノテレクの灯りが二人の顔をぼうっと照らしながら中庭の奥へと進んでいった。

 憮然とした表情のないノテレクと打って変わって、センはとても不安そうな顔をしながら黙ってノテレクについていく。


 そして灯りは中庭にある大きな木の下で止まった。

 行方不明となったダイゴとカナエが寝ているところを、夜になってユリが見つけたと言われる場所だ。


 緊張が走る。

 一体何が始まるのだろうか、何が目的なのだろうか。

 私はいつでも飛び出せる準備をして二人の灯りを固唾をのんで注意深く見守った。


「あっ!」


 私は思わず声を漏らした。

 ノテレクの灯りが唐突に消えて、辺りは光の全くのない何もかもを吸い込まれてしまいそうな暗闇へと包まれた。


「きゃぁぁあああああ!!」


 センの悲鳴が闇の奥から響いて私の元へと届いた。

 嫌な予感は的中した。

 私はすぐに掌に強い灯りを魔導で生成して、すぐさまセンの叫び声のした方向へ、暗闇の元凶であるノテレクの方へ走っていく。


 灯りが照らした先の光景に私は言葉を失った。

 ノテレクの後姿の向こう側には、黒い泥の様なもので手足の自由を奪われ口を塞がれて、木に貼り付けられながら必死に身をよじって抵抗しているセンの姿があった。


「遅かったじゃないか。ルナさん。やはりお前は来てくれた。それでこいつは、最近できた大事な後輩だっけかな」

「ノテレク……貴様」


 ノテレクが杖の先でセンを突きながら、楽しそうに呼びかける。

 顔は既に人の物ではなく、ダイゴの話通り髑髏となっており、金色に光る小さな瞳が闇夜にはっきりと浮かび上がっていた。

 魔物へと戻ったノテレクを相手に私は睨みつけながら正対する。


「すぐさま、センを解放しろ。さもなくば」

「さもなくば? どうしたんだ。こんな大事な後輩がこんな状態だぞ? 助けなくていいのか」


 ノテレクは余裕そうに歯を鳴らしながら笑う。

 その不愉快な笑みと卑怯な手段に私の怒りは頂点に達した。


「いい顔だ。その魔力の高ぶりは、食するのに値する。人の姿を維持するのに普段の街の人間だけでは飽きていたところだった」

「なんだと……人を食べる……?」

「ああ、食べるんだよ。ノテレク先生と言う姿は、人間の血肉と私の魔力によって形を作っている。でもお前達を丸のみってのはできない。だから標的が弱ったところを、この闇泥で固めて丸めて、それから小さく刻んで食べるんだ。絶品だよ。特に頭がね、あと今の季節なら腸も捨てがたい」


 私はその言葉を聞いて言葉を失ってしまい呆然と立ち尽くす。

 猟奇的で危険な魔物であることが判明して、ここで止めないといけないという使命感が燃え始めた。


「貴様は、ここで倒す。貴様の様な邪悪な存在は許しておけない。罪もない人々の犠牲をこれ以上増やすわけにはいかないのでな」

「……いい言葉だ。私の見込み通りお前はおいしそうだ。さぁ、女騎士の弱きを助ける正義の心を見せてくれ。そういう心をへし折って、蹂躙し、もう立ち上がれなくなったときに、じっくり味わうのが好きなんだ。君の大事な後輩君は、君を食べ終えてからにしよう」


「最初から全力でいく。魔導解放!」

「お手並み拝見といこう。さぁ、来てみろ。その全力がどこまで通用するかな?」


 私が身を屈めて地面に両手を触れると、私を中心に魔導陣が展開されていき、複雑な模様を描きながら次第に拡大していく。

 全身に魔力が高速で循環するのを感じて、どこからともなく力が沸き上がり体が羽になったように軽くなる。


「乾いた大地から出ずる者よ、地を砕き岩壁を大盾とする者よ、力強き堅牢な体躯を防壁とする者よ、我に親愛なる者を守護する力を与えよ。汝の名はゴライアス。我に力を与え給え」


 私が使役する精霊であるゴライアスに呼びかける詠唱を終えると、魔導陣が放つ眩い光が私を包み込んでいく。

 そのゴライアスの魔力の結晶が脛当(すねあて)となり、腕を覆う手甲となり、心臓を守る胸当てとなり、脳天を防御する兜となる。

 そして手には分厚く鋭い杭を内部に仕込んだ巨大な盾を装備した。

 魔力の鎧を身に纏ってノテレクへ対峙すると、ノテレクは見事と言わんばかりに拍手をする。


「ほう。魔力を鎧と盾に変えたか。白銀に輝く鎧に装飾を施した盾。しばしば見る貴様達、人間の頼もしい騎士と言う奴だな。忌々しいまでに美しい」

「どうした、来ないのか?」

「ならば私もその姿に相応しいもので相手してやろう。その自信を叩きつぶすのにぴったりなものをな」


 ノテレクが指を鳴らすと、それを合図に地面が揺れ校庭の方から地響きがし始める。

 重く低い音とともに何かが現れていくような気配がして、その音は次第に中庭の木々を揺らすほど大きくなっていく。


「この音の主がお前の相手だ。せいぜい頑張りたまえ」


 ノテレクはセンを抱えて、暗い闇に溶けるように消えていった。

 そしてその音のする方向へ駆けていき私はその音の正体を確認する。


 群雲から抜けた月光がその全長を反射し、私は見上げるほどの大きさの正体をじっくり見据えた。

 それは校舎五階ほどの大きさであり、全身が鋼鉄で構成された巨人であった。


「これは……」

「こいつは私が召喚したエンシェントゴーレムだ。今のお前には少々物足りない相手かな?」


 私はこの巨大なエンシェントゴーレムを相手にどうやって戦うか考えていた。

 想像以上の大きさに少々気圧されたが、今は魔導解放でゴライアスの力そのものと言う強大な力を手に入れている。

 勝てない相手ではないはずだ、と自分に言い聞かせた。


「困っているようだな。特別にこのエンシェントゴーレムの弱点を教えてあげよう。額に光る黄色い石があるだろう。あれがゴーレムの動きを制御している」

「なぜそのようなことをする」

「なぜって正々堂々戦うのが騎士と聞いた。私もお前に合わせて正々堂々戦いたくなってね。それに、そっちの方が心の折り甲斐があるというもので……クックックック」


 ノテレクはエンシェントゴーレムの足元で、自分の額を指差しながら不気味に笑う。

 その後ろには凝固した泥の様なもので貼り付けられて気を失っているセンがいた。


 先にノテレクに攻撃を仕掛けようとすると、無防備になった私をエンシェントゴーレムが邪魔してくるのは明白だ。

 だがいくら私が強固な鎧を身に纏っているとは言え、あの巨体から繰り出される一撃を受けるのは危険である。


 エンシェントゴーレムを倒すにはなんとかしてこの盾に備わっている太く鋭い、数多の物質を貫いてきた杭を、弱点である額の妖しく輝く黄色い石に打ち込むしかない。

 センのことが気がかりで一刻も争う事態だが、まずはエンシェントゴーレムの動きを止めて、それからノテレクからセンの救出を試みることにした。


「まずは、近づかなくては……」


 私はゴーレムに向けて勢いよく駆けだした。

 ゴーレムは私の接近を食い止めるように姿勢を低くして大きな手で薙ぎ払うが、私はそれに気づいて盾で防御する。


「くっ、うぉおおおおおお!」


 強烈な一撃であり身体を魔導で強化した上に大きなで盾で防ぐことで、食いしばりながらもなんとか踏みとどまることに成功した。


「くらえええええっ!」


 そして手の動きの勢いが弱まったところで、手の甲を力いっぱい盾で叩きつける。

 エンシェントゴーレムは声こそ発さないが、ダメージが通っていたのか怯んで腕を引っ込ませた。


 今がチャンスだ。

 行く手を遮る巨人が動きを止めている間にすぐさまノテレクの元に盾を構えて突っ込んでいく。


「せっかく弱点を教えてやったのに、それでは興ざめだ」


 ノテレクはため息とともにセンと一緒にさっきと同じように闇に溶けて消えていった。


「どこだ! どこへ逃げた」

「こっちだ。女騎士」


 ノテレクは逆側へ瞬間移動しており挑発するようにこっちへ手招いている。

 私が再びノテレクめがけて走り出そうとするが、上から大きな影を感じてとっさに避けた。

 大きな影はエンシェントゴーレムの拳であり、鈍い音とともに地面をえぐって砂の欠片が辺りに飛び散る。

 どうあれあの巨大なノテレクの護衛を倒さないと話は進まないようであった。


「おいおいおい。せっかく弱点を教えたのに、正々堂々勝負してくれないか?」

「待っていろ。こいつを倒したらすぐに貴様を倒して、センを救い出す」

「うーん。威勢がいい。まだまだ闘志は燃えているといったところだな」


 私は再び巨人に駆け寄って、再びエンシェントゴーレムの薙ぎ払いが来る前に足の甲に飛び乗った。

 ここならばエンシェントゴーレムの攻撃が来ることはない。


 すぐさま軽くなった体で跳躍し、エンシェントゴーレムの脛を大盾でぶん殴ると、鈍い音とともに殴った個所の鋼がへこむ。

 人間が受けると大怪我が免れないような会心の一撃を与えたためだったのか、エンシェントゴーレムが膝をついて弱点である額を下げている。


「この距離なら! この必殺の一撃を!」


 私はこれが好機だとすぐさま片膝に飛び乗ることで、近距離から大盾の杭を打ち込むことを計画した。

 これなら万物穿貫(ばんぶつせんがん)の一撃、パイルスティンガーを打ち込むことができる。

 そして私が計画通り膝に飛び乗ろうとした時、私は心のどこかで勝利を確信していた。


 しかし盾を装備していない片腕に爆発が巻き起こり、強烈な痛みが全身を駆け巡る。

 私はエンシェントゴーレムの膝に着地することもかなわず地面へと落下した。


「うわぁあ! き、貴様……」

「ふむ。あのオークの言う通りどうやら私は動く的へ当てるのは苦手だな。腹を狙ったはずだが、腕になるとは。まぁ、当たっただけよしとしよう」


 地面に倒れたまま苦痛をこらえながらノテレクの方を睨みつけた。

 ノテレクはまだ不満そうに首を傾げて、さきほど私を狙った魔導の発射について考え込んでいる。


 後ろで目を覚ましたセンが声を上げないものの、目を見開いて口を封じられたまま何かを叫んでいるようであった。


 まだかろうじて撃たれた方の腕が動く。

 ゴライアスの力で作った籠手がなければ腕が吹っ飛んでいたのは間違いない。


「卑怯……だぞ……二対一なんて……」

「私が攻撃しないなんて話はしていない。少し冷静に考えれば私からの攻撃なんて思いつくんじゃないのか? 正々堂々なんてするわけがないだろう。遊びじゃないんだ」

「騎士を……愚弄するとは……貴様だけは……」


 最後にあった時のリンペイの冷静になれという言葉がなぜか去来した。

 確かにノテレクの不意打ちは想定できることだったのだ、と私は痛みをこらえて悔しそうにノテレクをさらに強く睨みつける。


 そしてもう一度と立ち上がろうと力を振り絞って片膝を立てた時に、ノテレクの方から紫色の紐の様なものが伸びて、私を強く締め付け始めた。


「うわあぁあああああっ!!」

「いいぞ、いい魔力だ。まだまだ吸える。うますぎるぞ。お前にして正解だった!」


 魔導解放で得た魔力がどんどん吸い取られていき、全身の力が抜けていくのを感じる。

 振りほどこうと抵抗するも一向に力が弱まることはなく、むしろ締め付ける力が強くなっていた。


 魔導解放で得た防具が光の粒となって消えていき、いつもの制服姿に戻っていく。

 ノテレクが楽しそうに鼻歌交じりにゆっくりと歩いてこちらに近づいてきた。

 縛り付ける力はその頃には弱まっていたが、もう抵抗する力が残されておらず、なんとか呼吸を整え跪きながら顔を上げるのが精いっぱいだ。


「お前には聞きたいことがあるんだ。質問に素直に応えてもらおうか」


 私は返事をしなかった。


「カナエといったっけ、お前と仲の良かった女だ。あいつがある時から消えてしまってな。『担任』として知りたいのだよ。何か知っているか」

「何が……担任だ……貴様に、答える……義理は……ない」

「なるほど。頑なに口を割らないか」


 ノテレクは少し考え込んだ風に腕を組む。


「あの女について、吐け。交渉だ。だったら死者として生きることを許してやる」

「カナエに……センにも……手を出すな」


 私は聞き取れるか曖昧な掠れたような声で必死に言葉で反抗する。


「なるほど。十分だ」


 ノテレクはパンと手を叩いて喜んで、私に顔を近づける。

 髑髏の奥底の黄色い瞳がうっすらとしてきた。


「おそらくあの女は生きている。そしてあのオークも。私の予想は大正解だったというわけだ。よかったよ。お前達を少しずつ始末する計画が無駄にならなくて」


 全てはリンペイの予想通りだった。

 ノテレクはやはり私達を少しずつ殺して、痕跡を残さないようにしていたのだ。


 だが今となってはそんなことは遅い。

 今になって皆に連絡をしようとしたことを忘れていた。

 センの前でつい意地になり、冷静になれず、緊急事態用の連絡を忘れていたのだ。

 今となっては私が必死に守ろうとした誇りがちっぽけに感じる。


「それだけわかれば十分だ。次のターゲット、あのリンペイとかいうゴブリンを殺す計画を考えなくてはな。それでは、エンシェントゴーレムに潰されるといい。お前のその絶望しきった顔を思い出しながら、あの後輩の失意に染まった顔を見ながら、ゆっくり味わいながらお前を食うのは実に美味だろうな。我が血肉となって生きろ」


 ノテレクが私から背を向けて離れていき、目の前の巨大な兵士に合図を送る。

 エンシェントゴーレムは狙いをこちらに定めて、拳を振り下ろそうと構えている。


「先輩! 避けてください! このままですと、先輩が!」


 センが声を取り戻したのか必死の叫びで私に呼びかけるが、あいにくもう避けるどころか立ち上がる気力すらない。

 後輩の期待を潰してしまって申し訳ないと、俯いて心の中で謝罪する。


 鋼鉄の拳が振り下ろされ風を切る音が聞こえた。

 か弱い人間を粉砕する悪魔の鉄槌。

 処刑される瞬間はここまで静かなのだと、痛感した。


 カナエの言うことをきかない生意気な顔が頭をよぎる。

 ユリの無邪気な笑顔が頭をかすめる。

 リンペイの何か思慮しているような顔が頭に思い浮かぶ。

 そしてオーク、ダイゴの不愛想な顔が最後に思い出された。


 私は唇を強く噛んで、死から逃れられないものの、誇りだけは捨てまいとする。

 だが悔しくて悲しくて苦しくて、そしてまだまだ生きたくて、唇を噛む強さが増していき、血が唇から流れていく。

 私は強く願うように目を瞑った。


「ハッハッハッハ! 歯向かったことを後悔しろ! ゲームオーバーだ! 勝利だ、私の勝利だぁ!!」


 みんな、すまない。

 私はこれまでだ。


「諦めるんじゃねえ! 体力がドットでもまだ終わりじゃねえんだ」


 聞き慣れたような、ないような。

 頼りにしているようで、頼りたくないような。

 そんな力強い怒号が私の耳に入っていく。


 刹那、拳がぶつかり合うことで生じる凄まじい衝撃波を、鋼のひしゃげる音ともに全身に受ける。


「ふぅ。思ったより腕が痺れてしまうな」

「な、なんで、貴様が……これは正々堂々した戦いだ。邪魔をするな」

「今更何言ってやがる。助けてくれって顔をしていたのによ。リンペイが言っていただろう。友達を助け合うのは理屈じゃないってな。それにあんたと一緒に飯を食いたいと思っていたところだ」


 顔を上げてその姿を確認する。

 制服ではなく普段着の様なシャツに頑丈そうなズボン。

 目の前に立っていたのは、私が追い出そうとしたオークという魔物の転入生、ダイゴが振り返って私の方を見つめていた姿だった。


「あんたにばかりいい格好はさせないわよ。やぁああああああ!」

「グゥウオアアアァアアアッ!! 腕が! 腕がぁ!」


 すると少し離れたところから勇ましい聞き慣れた声の後に、ノテレクの叫び声がした。

 その声の先には自分の体ほどの氷の大剣を持ったカナエが、ノテレクの腕を斬り落としており、ノテレクは斬られた箇所を押さえながら後ずさりしている。


「そうよ。かけがえのない大事な友達を失いたくなんかないわよ。あたしより先に死んじゃうなんて、承知しないわよ」


 カナエが私の方向を見て言い放つ。

 すまない、と私は頭を下げて目を擦りながら謝った。


 悲しくて泣いているのではない。

 なぜか嬉しくて泣いているのだ。


「リンペイさん! センさんを確保しました! もう大丈夫ですよ」


 ノテレクの後ろから元気な声で報告する声がした。

 ユリは制服ではなく動きやすそうな太ももまでの長さの裾のズボンを履き、首の根元にフードのある服を着ていおり、私の見えないところでセンの救出に動いていた。

 ユリがノテレクの束縛から解放されたセンを助け出して、逃げているのだ。


 また私はすまないと謝った。


 自分の不甲斐なさではない。

 困った時に危険を顧みずに助けてくれた友に感謝をしているのだ。


「遅くなってごめんよ。本来はここまで遅れる予定はなかったんだ。君のことを遠くから見守っていたんだ。今回ならきっとノテレクから仕掛けてくるってね」


 後ろから中性的な声が何かのっそりした地面を引き摺る音とともに聞こえてきた。

 ブレザーの内ポケットがほのかに赤く発光していることに気づく。


「そうだぜ。やっぱカナエの化粧のせいだろ。その癖にそんな寝間着みたいなの着てきやがって。上に着てるのはジャージかよそれ」

「しょうがないでしょ! 急に緊急招集の報告が来たんだから。スカート履いて、カチューシャつけたりしてるからいいでしょ。本当ならもっと可愛らしい服でやって来て、親友のピンチに見参! さすがカナエだ! って言われたかったの!」

「あははは。でもなんとか間に合ってよかったです。ルナさん、大丈夫ですか。いや、すごい怪我です。誰か手当てをお願いします!」


 ユリに質問されて爆発を受けた腕の様子を確かめる。

 魔導解放の防具のおかげで致命傷にはならず、まだ痛むものの少しずつだが痛みが引いていっているのを感じた。


「ああ、だがまだ……戦える」

「さすが、ルナさんだよ。それでこそ後輩から慕われる立派な先輩だ。だけど大人しくした方がいい。ここは僕達に任せてもらうよ」


 リンペイが大きなトカゲの様なものに乗りながら、笑顔のまま冗談っぽく言う。

 その姿は分厚い上着を羽織り、頭に帽子をかぶっていた。


「先輩! 大丈夫ですか! 申し訳ありません。こんなことに巻き込んでしまい」

「いや、いいんだ。私の方こそ、不用心だった……助かる」


 センが駆け寄りカバンから包帯を取り出して、私の傷跡にまだまだ不慣れながらも一生懸命巻いていく。


「お前達! お前達ぃ! よくも! よくもぉおお! この腕の再生にどれだけの時間と血肉が必要か……だがここで集まったのならまとめて葬ってやる。手間が省けたというやつだ! 全員残らず、食ってやる。血肉となるのだ」


 ノテレクがゆらゆらとこちらを睨みつけて怒りに満ちた口調で、斬られた箇所を押さえながら私達に向かって叫ぶ。

 後ろでエンシェントゴーレムが再び立ち上がり、力を開放するように片足を強く地面を踏んだ。

 地響きが巻き起こり立っている者は少しよろめいていた。


「おっかないやつだ」

「でも、ダイゴなら勝ち目があるんだろ?」

「あんたがやるの? 本当に? せっかくならあたしにやらせてもいいのよ」

「でもダイゴさんならきっと、きっとやってくれる気がします」

「当たり前だ。こういう乱暴なことはオークに任せろ」


 ダイゴをはじめ私の友達がノテレクとエンシェントゴーレムという巨大な敵に相対する。

 乱暴者と罵って蔑んだダイゴの背中がとても頼もしく見え始めた。


 そしてダイゴが私に手を伸ばしてきたので、私は少しだけ照れながらその手に捕まって立ち上がる。

 優しく注ぐ月光が不細工ながらも勇ましい顔をはっきりと照らす。


「さぁ、第二ラウンドだ。叩き潰してやろうぜ。あいつの悪意と野望をな!」

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