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第1章15話:ダイゴ、サボる

 俺は起床していつも通りリンペイを起こして、一緒に登校する。

 連日の晴れ渡る青空に俺の気分もうきうきしてきた。


 他愛のない雑談を交わしながらあっという間に教室に到着する。

 自分の席に向かおうとすると、俺の隣には昨日学校を休んでいたルナが目に移った。


 俺は挨拶を形式的な挨拶を済ませて、自分の席へ座り壁にかかっている時計を見る。

 まだ朝礼までは時間があり、班員は俺とリンペイの到着をもって全員集合であった。


 怪我をさせたルナが隣におり、関わらないと決めた手前だが非常に気まずい。

 ちらりとルナの憮然とした顔を見ると、俺が頭突きをした箇所に湿布のような物を貼っていた。


「その、先日は悪かったな」


 俺はどうしても黙りとおすことができず、ついルナに話しかけてしまう。


「ん? なんの話だ」


 ルナが俺の方を見ずにただ真っすぐ正面に声を発した。


「いや、そのさ。あんたが怪我したことについてだけど」

「ああ、そのことか。あれは私の失態だ。なにせ君達を案内している最中、階段を踏み外して頭を打ってしまったのだからな」

「あ……ああ、そうだな」


 ルナのあまりにも棒読み気味な抑揚のない言い方に、俺は思わず気圧されてしまい曖昧な返事をする。

 気まずい時間が流れ、後ろから視線を感じた。


 振り返るとカナエがしてやったりと言った顔で俺を見ている。

 俺はカナエに顔を近づけて、耳元で内緒話を始めた。


「あんたが、話したのかよ」

「そうよ。あんたの代わりにあたしが説明してあげたの」

「それで、反応は」

「まぁ、特に目立ったこともなく、そうかってだけよ」


 俺はルナがカナエとの会話で発した時と同じような意味合いで「そうか」とだけ言った。


「それよりも、こっちは大変だったのよ」

「一体何がだよ」


 俺達は顔を離していつものように会話を始める。

 カナエは眉を下げて残念そうに肩をすくめた。


「魔導解放をしたことを話したのよ」


 なんだそんなことか、と俺は興味なさそうな態度をとるが、カナエはそれを敏感に察知して俺の顔をじっと見つめる。

 どうやら思ったより深刻なことらしい。


「魔導解放ってのは強力な力を得る代わりに、猛烈な勢いで魔力を消耗しちゃうから、私の場合はしばらく魔導の行使はできなくなるのよ。副作用はそれぞれで、体が負担がかかったり、精神的に異常をきたすこともあるわ」

「だったらどうして、俺との戦いで使ったんだよ」

「しょうがないじゃない。ああしないと、勝てないと思ったんだもの」


 それでも勝てなかったが、と言いかけたが俺は寸でのところで言い留まる。

 だが使ってしまったことが、なぜそこまで深刻そうにするのか俺には皆目見当がつかなかった。

 なにせ緊急で魔導を使う場面なぞほとんどないと考えているからである。

 あっても授業程度だろうが、所詮座学中心であればほとんど関係ないはずだ。


「ルナにこっぴどく怒られたのよ。やれ、君は優秀な魔導士としての自覚がない、だの。やれ、君は緊急の時に何かあったら対応できるのか、だの。本当に困っちゃうわ」


 そしてカナエはツンとした表情のルナを軽く指さした。


「それっきり、あの感じ。口をきいてくれなくて暇なのよ」

「カナエ。聞こえてるぞ。また叱られたいのか?」


 ルナがカナエの声のする方向へ振り向き、厳しい口調で返答する。

 カナエはそれを聞いて、悪びれた様子もなく両手を自分の後頭部で組んで、天井を見つめながら「反省してまーす」とだけ言った。


「お前、ガキかよ。そんなことで拗ねるな」


 俺はカナエの態度に思わず口が出てしまった。


「うっさいわねー。そもそもあんただって、ガキでしょ」

「まぁ後先考えず、とんでもない力をぶっ放すほどガキじゃねえけどな」

「ああ、もう! あんたまでそういうこと言うのね! いいでしょ、あたしの勝手なんだから」


 これ以上は時間潰し以上に不毛な言い争いになるな、と感じて俺は前の席のリンペイとユリに視線をやる。


 二人は何か楽しそうに笑顔で会話をしており、時折リンペイが教科書を見せながら何かをユリに教えていた。

 勉強の予習、復習であろうか。

 ユリは普段寝ている授業中とは考えられないように、リンペイの話に真剣に耳を傾けて、頷いたり質問をしていた。


 少しあの二人が羨ましく感じ始める。

 隣のルナとは相性最悪、後ろのカナエとは相手をすると疲れるのだ。




 担任のノテレク先生の面倒くさそうなやる気のないホームルームを終えて、何か急いでいるかのように教室から出ていくのを見届けると、俺達は授業教室である実験室へと向かう。


 魔導解放できる素質を開花させる学園の方針だが、それ以外の者にもしっかり適性のある分野を学ばせるという計らいであろうか。

 これからの授業である薬品の科学実験もおそらくその一つなのであろう。


 俺としては全く興味のない分野であり、いくら学んでも理解が追いつかなさそうであり、図らずも授業に参加できないのではないかという不安があった。

 だが俺の不安は別の形で実現することとなる。


 授業自体は俺の想定通り、何か聞きなれない薬品の名前や、それらを掛け合わせた現象のことばかりである。

 教壇で話すボサボサ頭の丸渕メガネの白衣の教諭が、身振り手振りを交えながら授業と言うよりも熱く語っている。

 その教師の指示に従い実際に実験してみると変な泡がでたり、それによって鉄が溶けるという瞬間を見ることになるが、いまいち興味がわかなかった。


 リンペイは細い目を見開いて興味深く観察してはその様子をノートに書き込み、ユリもまた同様にわくわくしながら、胸に両手を当てて現象を観察している。

 普段なら寝ているであろうユリもなぜか楽しそうに授業に参加していた。


「はぁ、とても退屈ね。あいつの授業つまんないのよね」


 机に突っ伏していたカナエが顔を上げてぼやく。


「今は授業中だ。真剣に受けないと落第するんだろ」

「でも、あんたはこの授業のことをよくわかっていないんでしょ」

「ま、まぁそうだな……」


 カナエに言われたことは図星であるため、俺は思わず言いよどんでしまう。

 さっきから早く終わってくれないか、と実験の様子ではなく窓の外を見ながら考えていたのだ。

 そしてカナエは俺に顔を近づけて、近くにいる授業を熱心に聞いているルナに聞こえないように囁く。


「あたし、ちょっと医務室で休憩するわ。昨日の疲れがまだ取れてないし」

「ああ、勝手にしろよ」


 熱弁している教師に見えるようカナエが弱弱しく手を伸ばし、頭を押さえながら青い髪の毛を揺らしてふらふらと立ち上がる。

 そしていかにも辛そうな顔をして教師に訴えようとする。


「どうしたのかね。カナエ君。質問かね」

「いえ、先生。昨日から、ちょっと熱があるみたいで」

「なんということだ。私の授業に熱が入りすぎて、君に熱でも移ってしまったのかね」


 教師の一声でにわかに笑い声が起きたが、カナエは一瞬だけ俯いて聞こえないように舌打ちをする。


「それで少し医務室で休憩してもいいですか」

「ああ、構わないが。一人で大丈夫かね」

「ええ、大丈夫です」

「いや、その様子は大丈夫ではない! ずっと頭を押さえて辛そうな顔。それで階段を踏み外して怪我でもしたらどうするのだね」


 生徒全員がルナの方向に視線が集中する。

 ルナは非常に困った顔をして、かといって怒鳴り返すようなこともせず、ただ苦笑いで曖昧に受け流した。


「引率が必要だ。私が行きたいところだが、授業を離れるわけにはいかない。そこで、適任な者は」


 教師が見渡すと丸渕メガネの奥の瞳が俺を捉えたのか、視線が俺のところで止まり、勢いよく指を指して宣言する。


「げぇ、もしかして」

「そこの新入生の君だ! 体も大きくて、がっちりたくましそうで、お姫様を抱えるようにすればこける心配もないだろう。君に決めた」

「何がお姫様よ。あいつ……」


 カナエがひどく不機嫌そうに毒づいたあと、


「それじゃ、ダイゴ君。お願い。医務室までつれてって」


 カナエが甘えるような声で、切れ長の目を使い上目遣いで頼んでくる。

 唇が赤色で艶めき、第三ボタンまで閉めていないシャツから発育のいい胸が浮き出ており、スレンダーな体型がしっかりと現れている。


 俺はその態度に表面上では反応を示さず、カナエの手を取って早くその場から抜け出そうとした。

 教室からでると俺は深いため息を吐いて、満足そうに腕を広げて気持ちよさそうにしているカナエを見る。


「なんだよ、さっきの態度。引率だなんて、ツいてねえ」

「いいでしょ、ちょっとくらい遊んでも。ねぇ、ところでさっきのあたし可愛くなかった?」

「普段可愛げがなくて鬱陶しいから、プラスマイナスゼロだ」

「なんなのよ、それ。可愛いって言いなさいよ」


 廊下の上で俺は引き留めようとするカナエの言葉には耳を貸さず、一階にある医務室へとカナエを連れていこうとする。

 カナエの足取りは軽快なステップを踏んでおり、この姿を白衣の教師に見られた場合は何を言われるかわからない。

 というか授業をサボっている姿を他の教師に出も見られたら大変だ。

 カナエの引率とは言え傍から見ればそういう言葉は通じない。


 入学して三日でサボっているとレッテルを張られたくはないので、さっさと俺はカナエを医務室まで送り届けて授業に戻りたいのだ。

 授業時間の真っただ中の学校は、授業の音以外は聞こえないほど静かで、足音は俺とカナエの分しかなかった。


「なぁ、授業をサボるのは初めてなのか」


 俺は鼻歌交じりで上機嫌になっているカナエに尋ねる。


「初めてなわけないでしょ。つまんないものを無理に受けるのって時間の無駄って思わない?」

「まぁ、わからなくもないがな……」


 カナエは足取りを変えずに得意げな顔をして返事をする。


「それに、こういう時間って自由で何でもできて、まるで自分がとてもすごくなったって思えるのよ」

「大変お幸せなお考えをお持ちのようで」


 両腕を広げて回り嬉しそうに語るカナエを俺は適当にあしらった。

 確かに学校にも行かずに遊びに行くことはとても自由で開放的であることには同意するが、自分がすごくなったと言い出すのはさすがに錯覚だ。


「そういや前に、あんたが図書館で勉強していたけど、一体何をしていたんだ。勉強か?」

「え? え、ええ。そ、そうよ。悪い?」

「いや、別に」


 俺の何気ない質問に、カナエは妙に歯切れの悪い回答をする。

 確かノートに何か絵のような物が書いてあったが、あれも何か勉強の一環なのかと、俺はどうでもいいことを考える。


 会話が続かず沈黙が続き階段を降り始めたその時、俺達以外の別の早歩き気味の足音が下の階からするのを聞こえる。

 特段不思議ではなくカナエ以外にもサボる奴がいるのか、と俺は考えた。

 下の方へ見下ろすとその姿を確認する。

 どうせカナエみたいな奴だろうと、高をくくっていたがどうもそうではなかった。


 誰かに見られていないかときょろきょろと辺りを見渡しそそくさと駆けていくその後姿、ひょろひょろで気弱そうでリンペイ曰く陰険な教師、ノテレクである。

 何か焦っている様子であり、他の教室の授業へ行く様子とは思えない。

 かといって教員室へ行くのとは方向が逆であり、ノテレクの向かっている先は校舎の出入り口であった。


「ねぇ、あれって」


 カナエがノテレクを指さして呟き、俺の顔を見上げた。

 切れ長の目がキラキラと輝いており、何かを期待しているように俺を見つめている。


「ちょっと後を追ってみない? あいつがあんな様子を見せるなんてきっと何か隠し事があるのよ」

「医務室へ行くんじゃなかったのか?」

「そんなことは、もういいの。予定変更よ。あいつを追うわ。こんな授業中にこそこそするなんて、あたし達に言えない何かがあるのよ。あたしの勘的にはきっと秘密の休憩場所よ。あいつのことを知るいい機会よ。これは面白いわ」

「あ、ちょっと待てよ……」


 カナエが俺の元を離れて一階へと進んでいく。

 俺が手を伸ばして引き留めようとするが、すでにカナエは下に降りており、俺は渋々カナエについていく形で追うことになる。

 どうせちょっと様子を見ても特に何も起きず、そのまま飽きてしまって、医務室で休憩でもしてもらうことを期待した。


 物陰に隠れながらノテレクを尾行する。

 常に辺りを見渡して状況を確認しているノテレクの行動は明らかに不審であり、校舎の外に出てもそれは一切変わることはなかった。

 ノテレクは校舎沿いに進み、中庭のことなどまるで興味なしと言うぐらいに抜けていく。


 そして生徒の立ち入りができないという小屋の前に立ち止まり、一層警戒を強めて辺りを見渡していた。

 骸骨のようにやせ細った顔のやけに老けた細い目で周りを確認しており、長細い杖の先端を動かしている。


「ねぇ、あそこって、もしかして」


 カナエが不用意に声を漏らすとノテレクがハッとした顔で、こちらの方向に杖を向けてそのまま静止している。

 俺はカナエを物陰に引き戻して慌ててノテレクから見られないようにして、カナエの口を大きな手で塞いだ。


「バカか。あいつにばれたらどうするんだ。あの様子は尋常じゃない」

「むぐぐ、むぐ」


 カナエがもがきながらじたばたしているので必死に抑える。

 すると俺達から少し離れたところにある茂みがガサガサと揺れる音がした。

 そこに紫色の鋭い矢のようなものがノテレクの方向から放たれて、茂みへと突き刺さり禍々しい煙を上げ始める。


 俺はその様子を見て戦慄して思わずカナエを掴んでいる手を放し、解き放たれたカナエも何か喚くかと思ったが静かにその煙を見つめていた。


「チッ。どっかの獣か。驚かせやがって」


 ノテレクが機嫌悪そうに舌打ちをする。

 俺達は神経質なノテレクのこれからの行動を静かに、そしてこちらに気づかれないよう気配を消して見守った。


 ノテレクは小屋にかけらている無数の錠をいじっており、しばらくすると鍵が全て外れたのか扉を開けてその中へと入っていく。


「あんた、あの中に入ったことある?」

「いや、入ったことない。というか生徒は立ち入り禁止なんだろう」

「ええ、そうよ。というか教員でも滅多なことがないと入らないらしいわ」


 俺はふとリンペイの言葉を思い出した。


 『調和のトパーズ』という人間の世界の至宝。

 そんな大切そうなものがこの学園にあるということがまず理に適っていない。

 あの時のルナの態度から察するにごく少数の人間には知らされており、場合によっては狙っている者がいてもおかしくないのだ。


 『調和のトパーズ』がどれほど大事なものか、もしくはそれを手に入れたところで何が起きるのかはわからない。

 そもそもなぜリーベカメラード学園に置かれているのだろうか。


 一方で教師が何かをやらかすなんて俄かには信じないと楽観的に考え、厄介毎に巻き込まれる前にその場を立ち去ろうとした。

 それまでの異常な警戒や、先ほどの神経質すぎる態度は確かに気になるが、ここから先は生徒が立ち入る領域ではないのだ。


「チャンス! ねぇ、せっかくなら行ってみましょうよ。あたし、あの小屋に何があるのか気になっていたのよ」

「何も知らないのか?」

「当たり前でしょ。とりあえず近づくな、としか聞かされていないんだし」


 俺は『調和のトパーズ』のことについて聞こうとしたが、寸でのところで思いとどまった。

 カナエに言った場合、炎が枯草に燃え移りあっという間に火事になるように、噂が拡散して大変な事態になることが想像できるからだ。


「ああ、一体何があるのか気になってくるわ。金銀財宝なら嬉しいんだけど。もしそうならどうすればいいのかしら。あんたに山分けをしてやってもいいけど」

「まぁ、とりあえずやめておこうぜ。こっからは俺達の関わるべきじゃない。それに見つかったらどうするんだよ」

「はぁ!? 何言っているのよ。臆病風に吹かれたっていうの? いいわよ、あたしだけでも行くから。見つかったらそのときよ。それにあの中に何があるかなんて気になるじゃない。扉が開いていたので気になって入りましたって言うわよ」


 カナエは物陰から飛び出して小屋へと走り、その扉を開けて中へと入っていく。

 俺は見過ごそうかと思ったが、カナエの身に何か起きたら大変だと思い、仕方なしについていくことにした。


「また、あいつに振り回されるのかよ」


 大きく予定が狂ってしまい、思わず大きなため息が漏れてしまった。

 そしてカナエを見失わないようにに小屋の中へ入っていく。

 その小屋に何が待ち受けているのか、そして何が広がっているのかも知らずに。

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