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第1章14話:戦いを終えて

 リンペイの整然とした部屋に到着し、俺達はカナエが目覚めるまでしばらく休憩する。

 俺達全員がリラックスしており、時折空の美しい夕暮れを見ると安心した気持ちになった。


 しばらくするとカナエが目覚め、眠そうに目を擦ったあと、すぐにはっとした顔で大きな声を上げる。


「ちょ、ちょ、ちょっと。ここはどこよ! なんであんた達の部屋なんかにいるのよ!」

「そんな驚くことかよ。せっかくここまで担いできたのに。風邪でも引きたかったのか」


 カナエが眉を吊り上げて怒った顔で俺を見つめる。


「だって、あんた達のところにいたら、何されるかわからないでしょ! あたしをどうする気なの!? どこかへ売り飛ばす気!?」

「だから、そういうことはしねーっての。そもそも売り飛ばすってなんだよ」


 またか、という風に呆れた顔でまたため息を吐いた。

 そんな俺とカナエの関係を執り成すようにリンペイがにこやかな顔で割り込んで、事情を話す。

 俺からは気の利いたことができるはずがないので、リンペイが寄ってきたのは助かっていた。


「ふーん。なるほどね。やっぱ魔導解放をしちゃうと、疲れて眠っちゃうのね。それであんた達がここまで運んできてくれたと。まぁ、その点は感謝してあげるわ」

「そうだよ。魔導解放みたいな力をむやみやたらに使うってのが、ばれちゃうと大変だからね」

「まぁ、あたしもむきになっちゃったところもあったからね」


 カナエがテーブルに腕を肘を立てて頬杖をつきながら切れ長の目で俺をじろじろ見た。

 時折口を尖らして何か言いたげである。


「どうした。何か顔についているのか」

「それにしても、あたしの全力をあんな風に受け止められると、ちょっとショックだなーって。あんたをやっつけるつもりだったのに」

「だけどなぁ、限度ってのがあるだろ。受け止めきれず大怪我でもさせたらどうするつもりだったんだよ」

「そ、それは……あ、あはは、はは……」


 カナエが口ごもり、すぐに愛想笑いをして誤魔化した。

 後先考えない無責任な態度に魔導解放よろしく場が凍り付いて沈黙する。

 そんな空気を打開しようと、ユリが立ち上がる。


「昨日のクッキーを持ってきます。まだ残っていますので。それに何か食べた方が、きっといいです」

「あ、あんたもいたのね。さっきはごめん。ひどいことを言いすぎたわ」


 カナエがユリの方を見上げて、申し訳なさそうに謝る。

 それを聞いてユリは驚いた様子で腕を振って遠慮した。


「え、い、いいんですよ。カナエさん。あまり気にしなくても。いつものことですし。それよりも一緒に食べましょうよ」

「それはいいね。ね、ダイゴ」


 リンペイが俺に同意を求めてきたので俺は頷いた。

 確かに腹が減ったところなのだ。


 ユリがクッキーのバスケットを取りに出ていくと、俺とリンペイとカナエだけが取り残された。

 何か不用意な発言をするとまた何かややこしいことになりそうなので俺は口をつぐんでいる。

 リンペイも同様であったので、またしても沈黙が辺りを支配し始めた。


 一方のカナエはひどく退屈そうで、リンペイの部屋をきょろきょろと眺め、本棚に目がいっている。

 その時リンペイのベッドの下に何かが擦れる音がした。

 カナエはそれに反応して、姿勢を崩してそのベッドの下を覗き込もうとすると、リンペイが珍しく取り乱して叫んだ。


「あ、そこは」


 ベッドの下から二つの目が光り、次第にその姿を現した。


「おいおい、リンペイはこんなものを連れてきたのかよ」


 表面をぬめったした鱗に包まれ、何でも噛んでしまいそうな大きな口をしている。

 顔にはぎょろっとした瞳があるが、何かに怯えたように弱気な目をしていた。

 おそるおそる俺達に近づいたリンペイより少し大きなその生き物は、リンペイの相棒ともいえる大トカゲのボンゲだった。


「仕方ないだろ。ずっと僕が不在のまま放っておくわけにもいかないだ。幸い、こいつは臆病だから見回りが来ても怯えて出てこないと思ったけど、ちょうど目を覚ましたタイミングだったんだ」


 リンペイが観念したように説明する。

 ボンゲのことははリンペイの乗り物としてや、重いものを運んでいる時くらいでしか見たことがなかった。

 俺と一緒に入学するときは連れていく素振りを見せなかったが、いつ運んでいたのだろうか見当がつかない。


 そして俺はカナエの様子を確認する。

 驚いてまた騒ぎ立てると思ったが、その反応は予想外なものであった。


「わ~。かわいい! ねぇ、こいつってリンペイのペットなの!? いいなぁ、かわいいなぁ。ねぇ、何か芸とかできるの?」


 カナエは目を輝かせてボンゲの表面を触り、リンペイに質問を投げかけまくる。

 ボンゲの方が驚いており、間抜けそうな表情でおろおろとしていた。

 ボンゲ再びベッドの下に逃げ隠れようとすると、カナエはその体を抱いて逃げられないように掴んだ。


「えーと、特に芸とかはないんだけどさ。とりあえずそいつボンゲっていうんだけど、辛そうだから離してくれないかい」

「あ、ごめん。ちょっとはしゃぎすぎちゃった」


 カナエが舌を出して謝った。

 ボンゲは弱弱しい声が唸るだけで、ベッド下に逃げ込むことはなく、カナエの懐で大人しくしている。


 扉がノックされたのでユリが戻ってきたようだ。

 ユリが扉を開けると、大トカゲのボンゲが視界に移ったのか、クッキーの入ったバスケットを落として両手で口を押さえて驚いていた。

 ボンゲはすぐさまその甘い香りに導かれて、カナエの懐から素早く移動してクッキーを一枚乱暴に口に入れると嬉しそうに唸る。


「え、え、え、え、なんなんですか。このトカゲは」


 ユリはひどく狼狽した様子で、リンペイはやれやれといった風に首を振った後、バスケットに口を突っ込んだボンゲを引き摺りながら説明した。

 一方でそれを聞いたユリは心配そうなことを言う。


「で、で、でも、ここの寮って本来動物の飼育は禁止ですよ。も、もし見つかったら少なくとも出ていくハメになりますよ」

「そこら辺は承知の上だよ。かといってこいつを一人ぼっちにもしたくなかったんだ」


 ボンゲを撫でながら柔らかい表情リンペイが話す。


「まぁ、あたしもこんなにかわいい子をを放っておくわけにもいかないもの。ん~、かわいいなぁ」


 カナエがボンゲを撫でまわし、ボンゲの方は怯えているのかか弱い声で唸っていた。

 ユリがバスケットを拾ってテーブルの上に置き、俺達は中のクッキーを摘まみながら談笑する。

 カナエが何気なくユリのクッキーを口に放り込んで咀嚼をすると、つまらなそうな表情から一転目を見開いた。


「ん? 美味しいもの作るじゃない。ちんちくりんが作ったなんて信じられないわ。そんな特技どこで覚えたのよ」

「えーっと。そ、それは」

「いいじゃないの。教えなさいよ」

「お、お母さんのお手伝いして、それで……」


 ユリの声が段々と小さくなり、最後の方はほとんど聞こえなくなっていた。

 心なしかそのことについてはあまり触れたがらないように見える。


「へぇ、あんたにこんな美味しいものをつくる母親がいるのね。あたしにも教えてくれるかしら」


 カナエが指についたクッキーのカスを舐めながら発した何気ない言葉に対して、ユリは小さく「きっと教えてくれますよ」と俯きながら、もはや独り言のように言った。

 一方のカナエはその呟きが聞こえたかどうかわからないが、ただ次から次へクッキーを口に運んでいく。


 俺はバスケットの方に視線を移す。

 すると元々数が少なかったのか、もう残りの数があまりなく、俺は内心慌ててしまう。


「おい、食いすぎだろ、カナエ。ちゃんと俺の分も残しとけよ」

「えー!? あたしはとっても疲れたのよ。それにお腹もペコペコ。それにボンゲちゃんも食べたいって言っているの。あんたの分なんて、これだけあれば十分よ」


 カナエはバスケットに端にあったクッキーの小さな破片を指さした。

 もしかしてこの残りカスを食えと言っているのだろうか。

 俺は握り拳をカナエに見せつける。


「今度こそぶっ飛ばされたいのか?」

「出た! オーク特有の暴力解決。暴力反対! 暴力反対! こんなか弱い女の子を殴るっていうの!? 信じられないわ」

「はぁ、あんたの相手は疲れる。はいはい。好きなだけ食っていいぞ」

「やったー! んじゃ残りはいただくわね。あんたに礼を言ってあげるわ。その控えめな感じ、少しくらいは認めてあげるわ」


 俺は諦めたように言うが、内心少し拗ねてしまう。

 カナエは顔をにんまりして、嬉しそうに残りのクッキーをゆっくり味わうように咀嚼する。

 まるで見せつけてくるかのような態度に、こめかみが引くついてしまう。


 俺はカナエの言われた通り、クッキーの破片をまとめて口に入れて、ぼりぼりと野蛮そうに食べて見せた。

 空きっ腹にはその小さな破片すらとてもありがたかったが、やはり大きめの方を食べたいと思うのである。


「なんか、そう食べている方が君っぽいね。なんか荒っぽいっていうか」

「オークっぽいの間違いだろうが」

「ははは。違いないね」


 リンペイのおかしそうに茶化す言葉に、俺はあえて不機嫌そうに突っ込んだ。

 爽やかなリンペイの笑いに、自然に俺も笑みがこぼれた。


「ふふふ。なんかこっちまで楽しくなりますね」


 つられてユリが口元を手で隠して楽しそうに笑う。


「あははは。確かにオークっぽいわね。っていうかオークだったわね」


 そしてカナエも笑うが、それはどちらかという俺をバカにしたような意味合いを含んでいた。


「ああ、悪かったな。オークで。あとで覚えておけよ」


 俺がふざけて悪態をついて拳を見せつけてわなわなと震わせると、カナエが調子よく乗っかってくる。


「やれるもんならやってみなさいよ。次は油断しないわ。あんたの動きは大体わかったから、負ける気がしないわ」

「言ったな、この野郎。だけど今日は勘弁してくれ。俺も疲れた」

「奇遇ね。あたしも眠たくなってきたところなの」

「ふっ、はははは」

「あははは」


 さらに賑やかな笑いが巻き起こる。

 結局また戦う気なんて俺とカナエ、どっちもないのだ。


 あいつの実力はある程度察したので、次はどちらも無傷と言うわけにはいかないので、俺としても戦いたくない。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、日が落ちて代わりに月が顔を出す。

 カナエはやはり悪い奴ではないのだが、どうも変わっているというか、気分屋で感情的、享楽的な一面が強い。

 さっきの中庭での一幕のことはもはや忘れているのかもしれない。

 魔物とか人間とかそういうことには感心は薄く、面白ければそれでいいのだろう。

 それはそれで楽しい生き方であり、心のどこかではそれをとても羨ましく感じるのであった。


 そしてルナともこんな風にともに笑うことができれば、と願ってしまう。

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