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第1章13話:双花のブレスレット

 カナエをこのまま中庭で放置すると、おそらく風邪を引いてしまうだろう。

 中庭の草は俺達が踏み荒らしたり、土が小さなクレーターのように抉れていたり、凍って萎れてしまった花でさんさんたる状況であった。

 これはひどいことになってしまい、庭の手入れをする時間を設けなければと考えていると、その前に大事なことを忘れていることに気づく。

 それで後ろで俺達の戦いを見守っていたユリに話しかける。


「そうだ、プレゼントだっけか」


 さっきの激闘で忘れていたが、ここに来た理由はユリから何か贈り物があるためなのだ。

 しかしユリは頑なに俺に渡そうとせず、その正体を隠そうとする。


「まだ、未完成なので、見せられません」

「少しくらいいいんじゃねえか」


 俺が強引にその中身を確認しようとしてその手を掴む。

 ユリはそれでも見せまいとするが、いい加減観念したらしく手提げカバンから取り出して俺に見せた。


「これは」


 その中身は中庭に生えている白い花のブレスレットであった。

 まだリング状にはなっておらず、確かに未完成である。


「さっきのカナエさんの魔導で、これもしおれちゃいました」


 花は冷気により憔悴しきったように萎びれており、至る所に魔導解放で巻き起こした衝撃で痛んでいた。


「ダイゴさんへの贈り物も満足に作れないんですね……もっと動作がテキパキしていたら、もう作れたんですが」


 ユリが残念そうに視線を下に向けて作りかけのブレスレットを見つめる。


「どうして、それを俺に渡そうとしたんだ」


 俺はユリに目を合わせることなく、その萎れたブレスレットに視線を注いだまま話す。


「ダイゴさんって、みんなに怖がられているじゃないですか。みんなから避けられていると言いますか」


 想像以上にストレートな物言いをされると、事実とはいえ心に来るものがある。

 もう少し言葉を選んでほしいと言いたかったが、静かに次の言葉を待つ。


「だから少しでも、それを和らげたくて、みんなから実は優しいんだって思わせたくて、こんなものを」


 俺はその言葉を噛みしめていた。

 昨日会ったばかりなのにここまで気を遣われるとは嬉しいようで悲しいような。

 ただその慈愛ともいえるような優しさに、俺の心が乾いた大地に水が降り注ぐように染みていき潤っていく。


「まぁ、嬉しい申し出だが、それは素直に受け取れないな」


 俺はぐちゃぐちゃになった中庭に視線を変えた。


「こうなる原因を作ってしまったのは魔物の俺達だ。もし俺が人間であったならこんなことは起きなかったんだろう。もし起きても話し合いである程度は穏便に済んだはずだ」


 俺はズボンのポケットに手を突っ込み、澄み切った青空を見上げる。


「結局俺は魔物だ。人間にとっちゃ駆除の対象。いくら外見を取り繕っても不格好なだけだ。身に着けるのはこの窮屈な制服だけで十分だ。俺はオークとしてここの学園を過ごすって決めている。まぁ確かに居心地は良くないけどな。喧嘩続きで大変だ」

「でも、それって」

「そもそも、そんな可愛らしい物が俺に似合うわけないだろ。お前が付けた方がいい。その気持ちだけで十分だ」


 ユリは口をとがらせてそれでも納得しない様子だった。


「仕方ない。ちょっと貸してみろ」


 未完成の花のブレスレットを差し出すように手を伸ばし、ユリの反応を待つ。

 ユリは一旦首をかしげたが、しばらくしてから渡した。


 大の字で寝ているカナエを横を通って、比較的被害の少ない箇所へ移動する。

 そこはまだ黄色い花が冷気の露を浴びているものの、花弁を開かせてたくましく咲いていた。


「これにするか」


 その中で比較的大きく目立つものを選んで摘み取る。

 足元の近くの植物から丈夫そうな長い茎を持つ植物を選んで、茎を二重にして頑丈なものにしていった。

 先ほどユリから受け取った未完成のブレスレットに先ほどの茎を器用に結わせて、水に濡れて湿った茎をしならせて次第に円へと形を成していく。

 最後に白い花の傍に先ほどの黄色い花を括りつけると、本来想定していたものと少し違うと思うが花のブレスレットは完成した。


「ほら、やるよ。俺が身に着けるよりもユリの方が似合うだろ」


 俺はユリ掌の上に先ほどブレスレットをそっと置いた。


「で、でもこれって、ダイゴさんのために」

「これは俺が作ったものだ。それに俺はこんなもの恥ずかしくて腕につけたくねえ。腕の太さも全然違うしな。言ってしまえば俺からのプレゼントだ。これならいいだろ」


 呆然とした様子でユリは小さい掌にあるブレスレットを見つめている。


「あの言葉へのお返しがそれだ。これで貸し借りはなしだ。わかったな」


 俺の言葉を聞いてユリが顔を上げて、頭を掻いている俺の方を向いた。

 そして微笑みを浮かべ小さな口を開く。

 形を崩さないように優しくブレスレットを腕に身に着けて、大事そうにそれを見つめた後、俺の方へ大きな丸い目を向けた。


「本当に、ダイゴさんっていい人なんですね。ありがたく受け取ります。ありがとう、ダイゴさん」


 俺は少し照れて再びズボンのポケットに手を突っ込み、ユリから視線を逸らす。

 しばらく気まずい時間が流れていたが、遠くから聞きなれた中性的な女性にしては低すぎ、男性にしては高すぎる声が聞こえてきた。


「ダイゴ~。ここにいたのかい。ずっと探したんだよ。教室にはいないし、寮に帰ってもいない。それで少し騒ぎがしたから、もしやと思えば大当たりだよ。カナエさんから延々話を聞かされるし、急に寒くなってくるし散々だ」


 声の主であるリンペイが校門からへとへとになりながらこちらに走ってきた。

 カナエとの特別授業の相手かそれとも寮と往復したからだろうか、俺の元に辿りつくと腰を落として疲れ切った表情でへたりこんでいる。


「わりぃな。 ちょっとゴタゴタがあってな」

「それってもしかして、あそこで倒れているカナエさんのことかい」


 リンペイがカナエに指差して、疑わしい目で俺の顔を見つめる。


「それもあるっちゃ、あるが。俺の方では何もぶっ飛ばしたりはしてねえ」


 俺はカナエが倒れた経緯、及びカナエが発動した魔導解放について説明した。

 騒ぎの顛末や急に辺りがひんやりした理由を話す。


 事の発端は口論であること。

 そのカナエの魔導解放による想像を絶する力。

 そしてそれを俺が凌いだことがリンペイにとっては信じられないという様子で聞いていた。


「百人力の力を制すなんて、本当、君の力には恐れ入るよ。はっきり言って死んだっておかしくないじゃないか」

「まぁ、これくらいの危機は乗り越えないとな」


 事実俺は一度死んでいたのだ。

 カナエの方に殺意があったかどうかは定かではないが、特に最後の大剣の一撃を受けたら大怪我では済まないだろう。

 人間が受けたら間違いなく即死の威力であり、俺はあの時の強烈な力を思い出してぞっとした。


「それにしても厄介毎ばかり君には降りかかるね。そもそも危険な橋をわざわざ渡る必要があったのかい。いくらユリちゃんのためとは言えさ」

「でもダイゴさんは私のためにその身を賭して戦ってくれたんです。しかもカナエさんを怪我させることなしにです」


 俺に向けて冗談半分で皮肉るリンペイへユリが訴えている。

 ユリを助けたのも俺なりの理由があったし、何よりもあんなに言い寄られていたユリが気の毒に感じたのだ。

 そういうわけで俺は俺なりの助けた理由として、オークの風習である『同食同胞』を持ち出すのであった。


「ユリとは同じ飯を食った仲間だ。少しは助けになりたいって思うのが情だろ。結果としてはこの有様だが」

「まったく、ダイゴ、君はさぁ」


 リンペイがため息を吐いて呆れた物言いをするが、すぐに何かを思い出したように話題が変わる。


「って、そうじゃなかった。きっともうすぐここに先生がやってくる。さっき校舎内が少し慌ただしかったし、校内の放送がしたんだ。さっきの騒ぎを知る者は最上階へ来いってさ。もしこの様子を見られたらきっと今以上に目をつけられてしまうよ」

「だったら、大変だな。でもこいつはどうするんだよ」


 俺はカナエの方に顎をしゃくった。

 カナエは変わらず気持ちよさそうに眠っている。

 こっちはこいつの面倒を見ないといけないと思うのに、完全に力の抜けきった顔で寝息を立てているのを見ると、腹が立つ前にため息が漏れた。


「とりあえずカナエさんがどこに住んでいるのかがわからない以上、僕達の寮へと連れて行って目覚めてから考えることにしよう。この場所にいると風邪を引いちゃうだろうし」


 リンペイの提案に俺は納得頷いて、カナエのスレンダーな体を抱えた。

 想像以上に軽く、こんな華奢な体にあんな力が宿ることが信じられない。


「あ、カバンは私が持ちますね」

「ああ、助かる」


 ユリがカバンを持って、リンペイの先導の元、自分たちの寮へ向かう。

 幸い教師とすれ違うことはなく、時折通行している学生から不思議な目で見られていたが、何も気にせず悠々と歩いたのであった。

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