花と花屋
「なんで彼氏できないのかな~?」
「そりゃ、学歴高い女子はそんなにモテないわよ。それに自分で稼げる女は、婚活必死じゃないでしょ?」
友達に言われて、確かに、と思った。彼氏は欲しいけど、でも、それよりも、私はいい薬剤師になりたいから。しょうがないのかなあ。
☆☆☆☆☆☆☆
私には、五つ上の兄がひとりいる。
兄の職業は検事であり、結婚していて、
義姉はお花屋さんだ。
というか、義姉の実家がお花屋さんで、
結婚を期に引き継いだ感じだ。
義姉のご両親は、隠居と言って、
田舎に引っ越してしまった。
ちなみにお花屋さんは大学にも
3駅で着くので、私も居候させてもらっている。
義姉はとても暖かい人で、
“おねえちゃん”のいなかった私は、
一緒に買い物に行ったり、
カフェ巡りしたりして、
義姉は、私の幼少期からのちょっとした憧れを、
叶えてくれた。
ある小春日和に、義姉とお茶をしていた。
「学歴高い女子はモテないらしいの。」
「そうかしら?そのままのティナを好きになってくれる人が、そのうち現れるわよ。」
「男だったらおねいちゃんと結婚したのに。」
「あら?私はティナの男版と結婚したわよ。」
「おにいちゃんとは似てないと思うけどなあ。」
「中身はそっくりよ。ねえ、ティナ、そんなことより、いいニュースがあるのよ。」
「なあに??あ、おねいちゃん、もしかして……」
私は義姉のお腹に目を移す。
「ふふふ、そのもしかしてよ。」
「おめでとう!早くベビーに会いたい~」
「気が早いんだから、もう。後7ヶ月もあるわよ。」
「そうね、ちゃんと育って生まれてもらわなきゃ!」
そんなことだから、
義姉の出産が間近になり、
私は夏休み限定で、お花屋さんになった。
義姉は今、彼女の両親のところにいる。
私は義姉の指示が書いてあるノートを見ながら、
(ところどころ、ティナ頑張って!とか、書いてある。)
今日もお店を開ける。
今日は業者さんの来る日だ。
店の裏から、
「おはようございます。あれ、ティナちゃん、リリーちゃんは?」
と、花卉業者である初老の男性が声をかけてきた。(以前にも私は義姉の手伝いをしたことがあるので、知り合いである。)
「おはようございます。ゴーンさん!義姉は、今、出産のため、彼女の両親のもとに行っています。なので、代わりに店の番をしばらく私がします。よろしくお願いします。」
「ああ、そういえば、リリーちゃんがそんなこと言ってたね。薔薇はここの中でいいかい?ガーベラは何本か外かな?それから……」
「はい、ありがとうございます。でも、自分でできますよー、えっと、その辺りにまとめて置いといてください。」
ゴーンさんが帰り、花を店頭にならべた。
今日は注文された花束を五つ、作る。義姉に習っていたから、
私にも何とかできる。
その一週間後。私は同じように業者さんを迎えた。
「おはようございます~、お花届けに来ましたよ~!」
「おはようございます、あれ、ゴーンさんはどうされたのですか?」
「おじさんのこと?今は旅行中ですよ。一応俺もゴーンですが。お花置いとくね。店の中まで持って行かなくていいですか?」
「若いゴーンさん、ティナっていいます。あ、ここでいいですよ~」
「ちなみに、ルークっていうんですけどね。しばらく俺が運んできますんで、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
そんな感じで、月日は流れた。
「おねいちゃん、おめでとう!この花束、そんなに上手じゃないけれど、一生懸命作ったよ。だから、受け取ってください!」
「あら、今まで貰った花束のなかで、飛び抜けて素敵よ!ありがとう。」
「そして、おねいちゃんの赤ちゃん、始めまして。なんてかわいらしいの!世界で一番かわいい!赤ちゃんの名前は何にするの?」
「ふふ、ローズよ。」
「ローズ、ローズ、かわいい、ロージー!!そういえば、退院はいつなの?」
「そうねえ、しばらく後になるわ。ティナ、もうしばらくお店頼める?」
「もちろん!まだ夏休みあと一ヶ月あるし。」
「お願いね。もう、ティナもすっかりお花屋さんね。ほんとうにありがとう。」
「将来、薬剤師なんだけどなあ………」
「薬剤師で花屋。いいじゃない。」
☆☆☆☆☆☆☆
「へえ、無事に生まれてよかったです。」
「ほんと、もう、ちょーかわいんです!」
相変わらず、ルークがお花を運んできていた。なんでも、ゴーンさんは旅行中にぎっくり腰になって仕事ができないらしい。
「そういえば、来週の金曜日、花束を作ってくださいませんか?友達がピアニストで、コンサートを開くんですよ。」
「わかりました、どのくらいの大きさにしますか?それにしても、いいいなあ、私もピアノ好きです~。」
「じゃあ、ティナも一緒にどう?たくさん宣伝しといてって言われてるんですよ。」
「いいんですか!?いくらですか?」
「3000円だけど、代わりにそのくらいの花束お願いしてもいいですか?」
「了解です!」
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「彼のピアノ、とっても素敵でした!今日のコンサートの中でベートーベンのソナタの8番が一番、気に入りました~。第2楽章が有名ですけど、私は第1楽章の方が好きなんです。」
「俺はよくわからないけど、楽しんでもらえてよかったです。きれいな花束ありがとね。」
その時、電話が鳴った。
「おにいちゃん、どうしたの?」
「追って説明するから、とりあえず、至急これからメールする病院に来て。今日中に。言わなきゃいけないことがあるんだ。」
「ローズになにか!?」
「いや、ローズは元気だ。」
「おねえちゃんは?」
電話は切れた。いつもの冷静な兄の声じゃなかった。ものすごく不安になった。メールに書いてあった病院は、有名な、癌の専門病院。
「大丈夫?」
「至急病院に来いって………」
「真っ青だよ。どこの病院?車で送るよ。」
「遠いですよ。車で3時間はかかると思います。高速バスで行きます。」
「送ります。急いでるでしょ、今から俺の車で直行しよう。よくわからないけど、俺もリリーさんとは、幼なじみなんだ。どこの病院?」
「ここです。」
「ここか……わかった。行こう。」
ルークが運転してる間、私たちは一言もしゃべらなかった。しゃべれなかった。明るい洋楽のラジオが虚しかった。彼もそれを感じたのか、ラジオの局をかえた。そうしたら、奇しくも、ベートーベンピアノソナタ8番が流れていた。
爆発。甘美。追われるような最期。私の中で8番が、この時、『悲愴』って曲に変わった。
病院に着いた。予想はあたっていた。おねえちゃんは、人工呼吸器をつけていて、もう話せなかった。まだこんなに美しいのに?まだローズが生まれたばっかだよ。どうして、どうして。おにいちゃん、もっと早く呼んでよ。もっとおねえちゃんと話したかった、出掛けたかったよ。でも、もっと悲しいであろう兄を今攻めるなんて、私にはできない。
ローズを産むために癌治療をしなかった。でも、治療しても、長くはなかったらしい。
それからのことはあんまり覚えていない。事実が認められなくて、泣けなかった。でも、義姉がいない。
でも、お葬式から、しばらくたって、ローズを抱っこしてたら、急に涙が出てきた。義姉が残したかったのは、この子なんだ。おねえちゃん、最期まで優しかった、強かった。もう一度あの、笑顔が見たい。
☆☆☆☆☆☆☆
「この間まで、ものすごくちっちゃな悩みで悩んでいた気がするの。失って、大切なものに気づいて、私はなんて馬鹿なの?でも、生きてかなきゃいけなくて。もう、大切な人を失いたくない。」
彼は何も言わず抱きしめてくれた。
彼は後に花卉業者兼花屋になった。