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放課後セレナーデ  作者: 美郷鳥羽絵
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コーヒーとカルピス


メラビアンの法則――人は容姿から55%の情報を得ると言われてる。残り38%は口調などの聴覚情報。7%は話の内容などの言語情報という内訳らしい。


私は高校では殆ど口を開かないから、同級生や先生は私の情報を得ようとした場合、55%の視覚情報に頼るほかない。私の見た目から得られる情報というと、短髪で金髪であるということ。スカートの丈が長いこと。くらいだと思う。


そのような情報を得た人は私に「遊んでそう」「ヤンキー」等の感想を抱くのだろう。いい子ちゃんが集まるこの進学校で私は確実にプカプカと浮いている存在だ。他の45%の情報も見て欲しい、なんて我が儘は言わない。こちらからその情報を提示するつもりはないし、逆に提示して欲しいとも思わない。


何の役にも立たない理屈をこねて、こねて、もっちもっちのぺったんぺったんだ。いくらこねて哲学者を気取っても結局のところ私は女子高生。ごく「普通」のね。





私はコーヒーが好きじゃない。嫌い。何故かと言うと、苦いから。味覚がお子ちゃまだと馬鹿にしないで。ワサビ、辛子は大好きです。


男の人はよくコーヒーを飲んでいる。飲みたがる。朝昼晩、常日頃、一日中。

私は父、母、兄、私の四人家族で、特に父と兄のコーヒー消費量が尋常ではない。お陰で家にコーヒーの香りがいつも漂っている。勘弁してほしいよ。全く。私は香りもあまり好きになれない。


それだけコーヒーを飲む人が近くにいるものだから、「そんなにコーヒーって美味しいのかしらん」と興味を持つのは無理もない話だと思う。

中学生の頃、家に私一人だったときに冷蔵庫からこっそり缶コーヒーを飲んだことがある。

うげー。苦い。飲んだ瞬間、顔をしかめて残りのコーヒーを流し台に捨てる。


「これの何が美味しいのだろう」


シンクに茶色い液体が流れ、リビングは一気にコーヒー特有の何かが焦げたような香りが立ち込める。

あーやだやだ。コーヒーを飲んだことをバレたくなかった私は慌ててリビング中にファブリーズをかける。


帰宅してきた兄に私は問いかけた。


「コーヒーって美味しいの?」


「コーヒー?うーん・・・そんな美味しくねえなあ」


「じゃあ何で飲んでるのさ」


「そりゃあアレだよ。カフェイン剤みてーなもんだ。徹夜するときとかに飲むんだよ」


「エナジードリンクじゃ駄目なの?」


私の問いかけに兄はきまりが悪そうに頭をポリポリと掻いた。


「駄目っつーかなんつーか・・・。まあコーヒーを飲んでる奴の殆どはカッコつけ、だと思うぜ?大人の男を気取りたいのかな。でもさ、あんな苦いだけの液体を旨いって言う奴の気がしれねえな。俺は」





この言葉に確証を持ったのは二年後、高校一年生のときだった。

高校に入学してから私には彼氏ができた。名前は新戸くん。硬式テニス部で勉強も真面目に取り組んでいて、努力が上手な人だった。私とは違って友達が多く、人格者と言える。


新戸くんが言うには一目惚れ、だったらしい。正直そうやって言われて嬉しかった。容姿を褒められるのは他の何かを褒められるよりも、嬉しい。


私は新戸くんのことを何も知らなかった。勿論好きでもなかった。けれど告白されて悪い気はしないし、なんとなく、断りづらさを感じたのだ。


新戸くんとの初めてのデートは映画館だった。提案したのは私。観たい映画があったのと、約二時間の間会話をしなくてもいい、という点で都合が良かった。


映画館の帰りは喫茶店に行き、お茶をした。


「何にしようかな・・・」


新戸くんは何を注文するか迷っていた。私は既にオレンジジュースを頼むことを心に決めている。美味しいもんね。オレンジジュース。


「お次のお客様どうぞー」


「えっと、か、かる・・・あ、やっぱりアイスコーヒー下さい」


か、かる・・・?新戸くんは少し奇妙な噛み方をした。

ふっとメニューを見てみると『カルピス』の表示が見える。

・・・本当はカルピスを頼もうとしたのかな?


それぞれ飲み物を受け取った私たちは空いていたカウンターの席に腰掛ける。


「今日は楽しかったね」

見たかった映画を観て、好きなジュースを飲んで。とても良い日だったな。今日は。


「そうだね。今度はどこに行こっか」


新戸くんは注文したコーヒーを何やら恐る恐る口にしている。

そして飲んだ瞬間、明らかに顔色が悪くなっていくのがわかる。流石に心配になってきた。


「ちょっとごめん」


そう言い残した新戸くんは席を立ち、カウンターに行った。

どうしたのかな。私がカウンターの方に振り向くと、新戸くんはすぐに席に戻ってきた。

手にガムシロップを三つ持っているのがわかった。

そしておもむろに全てのガムシロップを自分のコーヒーに入れ始める。


このとき私は兄の言葉を思い出していた。


「コーヒーを飲んでる奴の殆どはカッコつけ、だと思うぜ?」


この言葉が頭の中で大きく、響いてこだまする。

そして私の中で「何か」が冷めていくのがわかる。


カッコつけるなら、最後までカッコつけてよ。


平静を保とうとしてオレンジジュースを口にする。でもそれはオレンジ色の酸っぱい水にしか感じない。美味しくない。不味い。


色がすっかり薄くなったコーヒーを飲んで安堵したような溜息をついた新戸くん。


・・・カッコ悪い。新戸くん、カッコ悪いなあ。





映画館に行った一ヶ月後、私たちは別れた。


私から別れを切り出した。突然のことで新戸くんは驚いていた。「わかった。ありがとう」とだけ言い残して屋上を去っていった新戸くんを、初めて私はカッコいいと思えたかもしれない。


この日以来私は孤立を深めた。


「なんでアイツは新戸を振るんだ」


「一方的に『別れよう』って言われたらしいぜ」





孤立を憂いてもしょうがない。私は一人を楽しむ術を色々と編み出していた。読書が趣味になったし、料理も上手になったし、手芸もお手の物だ。


勉強はあまりしていない。無理して入った進学校だからついていけなくなるのも早かった。すっかり私も落ちこぼれだ。


でも。


私の青春はここから始まった。


火曜日・木曜日・土曜日の21時に1話ずつ更新します。

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