サーラス国の魔物
「魔物ですか?」
テレステスは怪訝な顔をした。
「そうじゃ、むしろ野盗よりも手間取っておる。野盗討伐も重要なことだが、現在我々の軍のほとんどは魔物退治の任についておる。」
そういってサーラス王は眉にしわを寄せた。
「いまサーラスは、さきのイオアスとの戦で兵力を消耗しておる。いまサーラスの兵力ではその魔物どもを殲滅することは難しいのだ。奴らは闇に生きる恐ろしい者たちだ。」
「闇?」
「本来であればサミアとサーラス間にある野盗も問題であったが、サーラスの作物を狙っている者がいるのだ。そやつらは闇に紛れ朝とともに消え失せるのだ。これまで何度も討伐に向かったがいたずらに兵を失うばかりでの。」
「姿も見たことはないのですか?」
「サーラス内の風聞と兵士たちの報告によると風貌は全身毛で覆われており口は顎まで避けており大きな耳があるとのことだ。奴らは動きが素早く、追いかけたものもいるそうだが、あっと言う間に姿が見えなくなるとのことだ。」
「そうですか..」
”ふむ、その話が本当なら討伐などすれば、こちらの兵力も打撃を受けてしまう。だが後々サーラスは兵糧の重要な拠点になる。ここは恩をうっておくべきか”テレステスは黙考した。
「なにも全滅しろという訳ではない少しばかりお主らの武勇を借りたいのだ。」
「サーラス王、魔物討伐は我々に命じたはずでは?」
そういってテレステスから見て大柄な男が大広間へと入ってきた。身長は175cmで褐色の肌で黒髪の男が長槍を携えていた。鉄製の板金鎧を着ていることから身分の高い者だということは確認できた。
「うむ、お前たちもよい働きをしておる、しかし外部の者に力を借りることもよいだろうと思ってな。」
「サーラス王、我々は正規軍ですぞ!傭兵ごときに奴らを狩れるとは思えません。」
「私はテレステスと申します。失礼とは思いますがお名前を伺いたい。」
「おれの名はケイオス・レサス。サーラス王国正規軍の将軍よ。」
「これ以上我が王国の兵を失うわけにもいくまい。ケイオスよお主らの軍はイオアス国ドメティウス軍との戦いの消耗もある。この者たちに力を借りてはどうかな?」
「...かしこまりました。それが王の望みであれば..」
「一つ質問したいのですが、その魔物とやらはいつからサーラス領内にいることがわかったのですか?」
テレステスはケイオスに質問した。
「我々の兵が領内の警備をしていたとき恐ろしい獣のあまり先制攻撃をしたのだ。やっかいなやつらでな。とてもではないが君らでは相手にならんよ。」
そういってケイオスはサーラス王にお辞儀をすると後ろも振り返らず去っていった。
「将軍の無礼を許してほしい。やつらはサーラス国の農地や兵糧庫に夜襲をかけては食糧などを奪うのだ。魔物討伐を頼めるだろうか?」
「かしこまりました。まずは傭兵らにも確認して参りますので返答については後程でもよろしいですか?」
「うむ、よい返答を待っているぞ。」
王とやり取りをした後にテレステスは城を後にした。
テレステスは傭兵団の野営に戻るとローレンとレイオスに説明した。
「せっかく一仕事が終わったていうのに、ダメだ!」
ローレンは嫌そうな顔で答えた。
「これは輸送が目的ってことで傭兵を貸したんだ。これ以上はだめだ。しかも正規軍が手間取っている相手なら、尚更だ。」
テレステスはローレンがそう答えることはわかっていた。
”サーラスに恩を売ることも考えたが、<あれ>が相手では大した調練をしていない傭兵ではおそらく歯がたたないだろう”
「いや<あれ>は今後も必要だ。なんとしても欲しい。」
「なんだグランは知っているのか。」
「そうだな。昔ヴァラーナ北東へ向かったときにな。」
「おまえヴァラーナに行ったことがあったのか?ところで魔物っていうがそんなにヤバいやつらなのか?」
「うむ、敵にはしたくはないところだな。しかし奴らをサーラスから追い出すことはできる。」
「なに!?そんな方法があるのか?」
”レイオス様は己の強さを過信しすぎている。おそらく現時点の兵力では勝つことなどできん”
テレステスは黙考していたがレイオスを諫めようとしたときだった。
「テレステス、お前の力があれば<あれ>を追い出せるだろう。」
「?...私がですか!?」
テレステスはレイオスが何を言っているかわからなかった。
「グ、グラン様ご冗談がすぎます。私になにをしろと?」
「通常<あれ>がここにいること自体がおかしい、その原因はわかっているのだろう?」
「....」
”原因が私の考えているものなら、おそらくサーラスから追い出すこともできるが、そもそも相手の拠点の特定が必要だが<あれ>の拠点は常に移動する、そう簡単には拠点を見つけだせるとは思えないが”
「...それには私の力だけでは難しいです。せめて護衛が必要です。」
「そうか、なら俺が共に行こう。」
そういってグランはテレステスに笑いかけた。
「グラン様がいれば心強いです。ローレン殿には迷惑はかけませんのでご安心を。」
「勘違いするなよ、俺は傭兵を貸さないとはいっただけだ。俺も手を貸すぜ。」
ローレンは仕方なさそうにいった。
「ローレン殿、感謝します。しかし今回はあくまで護衛です。戦おうとは思わぬことです。」
「わかったよ。今回もお前の指示に従ってやるよ。」
そういってローレンは承諾した。
その晩テレステスは木造の看板に文字を書き、それらを森の複数箇所に設置するようにローレンとレイオスに指示をした。
そして次の日、看板の設置だけならと傭兵らにも森中に看板の設置させた。全ての看板を設置したローレンとテレステスは馬に乗りサーラス国の周辺にある、傭兵拠点に戻る準備をしていた。その頃には夕暮れ時になっていた。
「こんな方法で本当に大丈夫なのか?」
ローレンはテレステスにだるそうに尋ねる。
「おそらく彼らの現在の状況なら誘いにのってくるでしょう。しかし問題は誘いにのってきた後ですが。」
「まぁそれは俺の仕事じゃねぇからな。そういえば前から気になっていたんだがお前らはどこの出身なんだ?おまえらの外見だと、どこぞの貴族のようだが。」
”やはりか、親しくなってくれば色々聞いてくるとは思っていたが”
「ああ私たちは貴族の出身でな、私はグラン様の従者として従っているのだ。」
「貴族の遊歴ってことか。お前も大変だな。無茶な注文いわれてよ。」
そういってローレンはケタケタ笑っている。
「しかしそれはグラン様に信頼されているということです。だから私は信頼を裏切らぬような働きをしなければならないのです。」
「テレステスは固いなー。所詮人間なんぞ状況が変われば敵味方変わるし、互いの利害が一致しているときだけさ仲間でいられるのはよ。まぁお前らとは今後ともいい関係でいたいねぇ。」
そういってローレンは先に馬を走らせた。
”今現在ローレンは我々がイオアスの王族と知っていないからこそ協力しているが、今までの奴の行動をみていると感情を優先して行動している。傭兵どもの中にいる者がイオアス軍の被害者がいた場合、ローレンは我々を...それは今考えることではないな”
テレステスもまたローレンを追いかけて馬を走らせた。
拠点へ戻ってきたテレステスとローレンはレイオスと合流した。
「グラン様。すでに看板の設置は済んでおりましたか。」
「ああ設置自体は完了した。では3日後の夜に湖にいかねばならんな。」
次の朝テレステスはサーラス王の城へ参内した。
テレステスはサーラス城へと参内するとサーラス王は大広間で待っていた。
「この間の件だが返事は決まったかな?」
「その件であれば承ります。しかし一つだけ条件があるのです。」
「そうか!では条件とは?」
「ええ、2日後の夜までは森に兵を送り込まぬようお願い申し上げます。」
「ふむ、それはわかった。では我々はサーラス国に侵入されぬように守りを固めておこう。」
「ありがとうございます。それでは私はこれにて失礼いたします。」
テレステスはサーラス城を後にした。
それから2日後が経ち夕方になっていた。
「そろそろ出発しなければ、グラン様、ローレン殿護衛をお願い致します。」
「まかせろ!」
「せいぜいローレン殿は無駄死にせぬようにな」
そういってレイオスはローレンを嘲笑した。
「グラン殿も<あれ>とやらにやられぬようにな。」
3人は湖まで馬を走らせ湖に着くころには夜中になっていた。
この国には大小の湖があり、6万k㎡の湖のナハギ湖と3万k㎡の湖のイシル湖とそれぞれあったが現在レイオスらがいた湖はサーラスからちかくに存在するナハギ湖にいた。
「では看板の約束通りに狼煙をしましょう」
テレステスは狼煙の準備を始めた。
「しかしこれが湖かよ、でかすぎて海みたいだな。」
「海かそれは知らんな。なんだそれは?」
「なんだグランは海をしらねぇのか。おれは元々ヒットミアの出身でな。よく昔は親父と漁にでてたもんだ。」
「聞いたことがない国だな。祖国には帰らんのか。」
「...俺の国はテルタイアに滅ぼされたよ。スルギウス家の将軍にな。」
ローレンの顔が真顔になった。
「そうか、スルギウスか。相当の手練れでなければかなわんだろうな。」
”そうか、あのときガルダ・スルギウスの話をしたときに激高したのはそれが理由か”
テレステスはローレンと交渉したときのことを思い出した。
「10年前の話だがヒットミアにテルタイアが侵攻し男は皆殺し、女は兵士の慰み者になった。そして俺は漁師をやめて傭兵になった。」
「そうだったか。漁師はなぜ辞めたんだ?」
「その周辺で残った奴らは奴隷になったしな。俺は奴隷になるぐらいならと祖国を飛び出し流れ着いた先が傭兵団だっただけさ。」
「....」
レイオスは黙り込んだ。
「まぁ貴族には関係ない話さ。」
「見ろ来たようだぞ。」
ローレンが月夜に照らされた人影が5人現れた。
正確には人ではなく獣だった。顎まで裂けた口と体中は黒い毛で覆われており、体系は細身で姿勢は猫背であり身長は170cmと思われる。顔はまるで狼のようであった。
「なんだこいつらは!?」
ローレンは驚きを隠せずにいる。
「こいつらはジャイグ人だ。いわゆる獣人と言われている。」
「獣人?聞いたことがないぞ。」
「ジャイグ人はヴァラーナ、パルーダ、イオアスの中間にある熱帯乾燥地帯のアルマ地帯で主に生活しているが、ここのサーラスの噂で聞いていた風貌でジャイグ人だと分かったのだ。」
レイオスはローレンに説明した。
「看板に我々のことを書かれている内容拝見した。我々のことをよく理解しているようだな。あなたがたは。」
低い声でリーダーと思われる男が話し出す。
テレステスは看板にジャイグ人のことを書き記し、ナハギ湖に狼煙を合図に3日後に来るように記していた。
「私の名前はテレステスと申します。ここまでお越しいただき感謝します。」
「いや我々も話合いの機会が欲しかったのだ。私は長をしているセスと申す。この国だけではないが、サーラスの連中は話し合いにも応じなかった。」
「そもそも、あなたがたは主にアルマ地帯で生活しているはずでは?」
「ふむ、かつてはそうだった。しかし現在はヴァラーナが侵攻を始めていてな、現在は我々の住処もなくなってしまった。我々以外のグループもどこかに流れ着いているようだが。」
「そうか。ヴァラーナも領土拡大を継続していたか。」
レイオスは呟いた。
「セス殿はこのサーラスで永住されるおつもりか?」
「とんでもない。我々は流れ着きここにいるが、現在はサーラス軍の包囲網があり突破できずにいるのだ。さらに食糧もないため仕方なくサーラスの兵糧庫や農地を襲撃しているのだ。」
「いまからでも私が仲介しあなたがたを攻撃せぬようサーラス王を説得します。」
「それは無理だ。奴らは我々を見て、すぐに攻撃してきおった。交渉など不可能だ。」
”そうか、やはり、この戦いのきっかけはサーラスにあるのか。ジャイグ人は我々が設置した看板を見て疑いもせず来たことから純粋な人種なのだろう。しかしこの風貌では恐れられるのも無理はない。”
「あなたがたを包囲していた包囲網は既に解除されています。」
「なんと!それは本当か?」
「ええ、そのため一つ提案があります。」
・・・・・・・・・・・
「うむ、わかった。では貴殿を信用しよう。では現地でまた会おう。」
そういってセスたちは夜の闇へと走り去った。
「はやいな。馬に乗ってるみたいな速さだな。」
ローレンはジャイグ人の身体能力に驚いた。
「奴らは自らの拠点の設置解体も得意でな。森の中の拠点索敵などまず不可能だな。さらに奴らは夜の中でも目が見えるかのごとく動くからなサーラスの正規軍でも相手はできんだろう。」
レイオスはローレンに説明した。
ジャイグ人の優れた嗅覚と聴覚は敵の発見速度は人間より素早いためケイオスらが拠点襲撃を狙うも失敗をしたのはそのためである。
「なるほど、とてもじゃないが俺たちの傭兵じゃ敵わんな。」
ローレンは笑った。
次の日サーラス城の大広間にテレステスの姿があった。
「そうか魔物どもはこの国を去ったか。」
サーラス王は安心した表情だった。
「ええ今後は現れないかと。」
「お主らに礼をいわねばならんな。褒美はなにがよいかな?」
「我々は傭兵の身ゆえ兵糧が必要となるときが参ります。そのときは兵糧の援助を願います。」
「うむわかったぞ。もしよければこの国にとどまらぬか?」
「いえ我々にはサミアに拠点がありますので、さらにこの国にはケイオス殿のように勇猛な方がおられます。」
「そうか残念だな。しかしまたこの国が危機に瀕したときは頼むぞ。」
「ええ、そのような状態にならないことを願っております。」
そういってテレステスは城を後にした。
テレステスは城を出て傭兵らに帰る準備をさせた。
「なんで、もう引き払う準備をさせてんだ?」
「おそらく追撃されます。はやくサーラス領内をでます。」
「なんでだ?」
「あくまで推測ですが、後の脅威の排除のためです。ディクス殿の帰りの輸送は諦めます。」
「そんな!テレステス殿、我々の帰りはどうすればよいのですか?」
ディクスは泣きそうな顔になった。
「すでに野盗は殲滅しました。おそらく帰りの襲撃はないでしょうし問題はありません。こちらは命がかかっているのです。」
「...そうですかわかりました。」
ディクスはしぶしぶ了承した。
それから数時間が経過した。
「あの者たちは?」
ケイオス将軍が大広間に入ってきた。
「ああテレステス殿は魔物を退治したのだ。おそらくサミア国の外の拠点にいるとは思うが。」
「あの魔物ども?信じられません。...あの者たちをサーラス陣営に取り込むのですか?」
「いや、彼らはサミアに戻るとのことだ。」
「なんですと!では今のうちに排除せねば!」
ケイオスは憤怒した。
「それはダメだ。」
「なぜです?なぜあのような者どもの味方をするのです。」
「あの者たちはこの国の魔物をはらったのだぞ。むしろ優遇されるべき存在だ。」
「もしそれが本当なら今のうちに叩いておくべきです。」
「なぜだ?」
「所詮は傭兵です。もしあの者らが他の国の味方であったなら後の脅威になります。このサーラスの災いになります。」
サーラス王はしばらく迷ったが同調した。
「それもそうだな。しかしお前の力でどうにかできるのか?」
「所詮は傭兵です。さらに奴らの拠点には数百人程度の傭兵しかおりませんでした。仮に失敗したとしても彼らには私の独断と説明して下さい。」
「....わかった。」
サーラス王は迷ったが決断を下した。
「では騎兵3000を使い奴らを殲滅してみせましょう。」
ケイオスは笑ってみせた。