サミア出立
あれから3日後テレステスとレイオスはサミアから出兵した。
その後野盗に襲われることはなくサミア出立から4日が経過していた。
サミアは乾燥した場所でありあまり雨季というものがあまりないため物資の運搬には最適だった。しかしサーラスは10月から12月雨季であり局地的スコールがあることからぬかるみが非常に多く都市間の移動は難しかった。通常であれば馬車の一台でも見かけるはずだが、サーラス方面は野盗の出没から商人らの物資輸送も減っていたのであった。現在レイオスらが輸送していたものはサミアの工芸品であった。サミアの独自に形成された文化は他国では非常に人気が高く、さらにディアの率いる商人組合は大規模の輸送から大量の資金を稼いでいた。
雨の中で傭兵たちと商人たちは雨に雨に打たれながらもサーラスへ向かっていた。
「あなたがたのおかげで助かりました。」
スキンヘッドの男はテレステスに礼をいう。彼の名はディクス・ゲルマウス。ディアの息子であり、商人組合のサーラス方面への貿易担当でもある。
「我々はローレン傭兵団から傭兵を借りただけですから。」
テレステスとディクスは先頭に立ち輸送団を率いていた。
「父はサーラス方面への貿易を嘆いておりました。、多くの商人は輸送量を減らし、少数の傭兵を雇うことで物資を安全に運ぶことに専念しております。しかし、その結果輸送コストがかさむことで通常より高値で物資が売却されておりサミア、サーラス共に物価上昇が問題です。父はそれを解決するため大規模輸送を重視しているのです。」
「立派な考えですね。ディア殿は実に高い志を持っている。」
「私は父を尊敬しております。だから私はこの輸送をなんとしても成功させねばならぬのです。ところで後ろにいる二人は不仲なのですか?」
ディクスはテレステスに心配そうに尋ねる。
「ええ、だからこそあえて話す機会を設けたのですが..」
そういって後方を心配そうにテレステスは振り返る。
レイオスは輸送団の後方にいたが、もう一人の男の姿があった。
「何故貴様もついてきた?」
レイオスは尋ねる。
「俺はおまえらを完全に信用した訳ではないからな。それに指揮官は少ないより多いほうがいいだろう。」
ローレンはレイオスに向かって剣を向ける。
「俺一人で十分だ。お前の力量はあの決闘で見切った。」
レイオスはローレンに見向きもせず答える。
「お前の武勇はわかった。しかし指揮官として実力は別だ。」
「貴様もついてくるのなら、さらに傭兵を貸せば良かったのだ。」
「よくわからん奴の指揮下で部下を危険にさらさせる訳にはいかねぇんだよ。」
「傭兵はもとから戦地に赴いておろう。輸送の護衛ごときで、なぜそこまで危惧するのだ?」
「敵襲だー!」
傭兵が叫ぶ。右側面の林から騎馬隊が攻撃してきた。200人ほどだろうか。距離は300M。
「ディクス殿ら商人は馬車の中へ!」
テレステスの声掛けでディクスら商人たちは慌てて馬車へ飛び乗っていく。
「歩兵隊は前へ!騎馬隊は俺に続けー!」
そういってレイオスは騎馬隊百人を率いて逆方向の左側面へと走っていった。
「貴様ぁどこへいく!?歩兵隊は右側面からくる騎馬隊に気をつけろー!。」
レイオス率いる騎馬隊を止めるが野盗とは逆方向へと走り去ってしまった。仕方なくローレンは残った歩兵を指揮する。
歩兵隊は騎馬隊を迎撃した。
ローレンは自らの長剣を振り敵を数名、屠った。歩兵たちも近づいてきた野盗の騎馬隊たちと刃を交える。
「突撃開始ー!突撃開始ー!」
野盗の将と思われる男が高らかに声を上げると300M先にいる男の元へと騎馬隊は戻っていった。
「突撃ー!」
野盗の将と思われる男の号令で騎馬隊は隊列を組み歩兵へと突撃したのち元の陣へと戻っていく。
歩兵たちは耐えてはいるが隊列を組んで何度も攻撃をしてくる騎馬隊に翻弄されている。
このままではまずい。ローレンは高らかに号令する。
「敵大将へ向け全軍攻撃開始ー!」
ローレンは敵大将へと向かっていく。
「うおおおおお。」
ローレンの後に続き歩兵たちも敵大将へと向かっていく。
しかしそのとき敵大将左側面から騎馬隊が向かっていることにローレンは気づいた。
同じく気づいた敵大将レイオス率いる騎馬隊に声を上げる。
「右側面から敵襲だー!」
騎馬隊は突撃方向をレイオスの方向へと向ける。
「敵大将は目の前だ!この攻撃で敵大将の首を獲る!」
騎馬隊はレイオスの後に続いて声を出す。
”先ほど突撃命令をだしていたようだが....突撃とは、こうやるのだ!"
レイオス先頭で率いる騎馬隊と野盗の騎馬隊が接触したと同時にレイオス先頭の騎馬隊が野盗の陣形を切り裂いていく。野盗の騎馬隊は木の葉が風に舞う枯れ葉の如く吹き飛ばされていく。
「ひいいいい」
あまりの強さに野盗の騎馬隊隊列を乱し、陣形は崩されていき、あっという間に敵大将の前へたどり着いた。
敵大将はレイオスらの騎馬隊は気づいていたが、この一瞬でたどり着くとは思わなかった。
咄嗟に馬で躱そうとすが、自分の周りを固めていた騎馬隊により身動きができなかった。
「な」
次の瞬間レイオスによって騎馬隊は弾き飛ばされ、敵将の首は宙に舞い地面を転がっていった。
「ひけぇー!ひけぇー!」
わずかに残った野盗たちは叫びながら林の中へと戻っていった。
あとに残ったのはレイオスが率いた騎馬隊によって斬殺された野盗たちの死体のみだった。
レイオスの一度の突撃で兵力の大半を削ったのだった。
ローレンはレイオスの突撃を間近で見て言葉も出なかった。
”グラン奴は何者だ?あの若さであの強さ...”
ローレンはレイオスの方を一瞥した。”返り血を大量に浴びているが先頭にいたにも関わらずほぼ無傷だと?”
「グランさんがいれば楽勝だぜ!」
「あんた一体何者なんだ!?」
傭兵たちは馬に乗るグランの周りを傭兵たちが囲む。
「本当にグランさんについていくだけで勝てるなんてよ!」
「この間のグランさんが訓練してくれたおかげだな!」
傭兵の騎馬隊たちもサミア出立したときよりも士気が高まったようだった。
ローレンはレイオスの様子をうかがいながらレイオスに近づいて自分の抱いた疑問をぶつけた。
「何故、歩兵の指揮を放棄し騎馬隊を率い突撃をしたのだ?」
「奴らの狙いは輸送物資だ。我々の動きはお前の指揮で注意を逸らすことができた。礼をいう。」
レイオスは素直に感謝の意を込め頭を下げる。
ローレンはレイオスの予想外の反応に戸惑いを見せた。
「俺が歩兵を率いて突撃をするとは思わなかったのか?」
「お前が部下思いのことは知っている。そんな男がわざわざ敵陣に切り込む危険な真似はしないだろうと思ったのだ。お前が輸送団周辺で戦うなら敵の目標は輸送団周辺だけになる。そうなれば我々の動きは敵陣の死角から攻めるのみだ。」
”俺との会話で俺の行動を読み、敵の目的から敵の死角をつくとは”
ローレンは次の言葉が出てこなかった。
「ってことはローレン団長とグランさんは信頼しあってるってことか?」
「この二人がいりゃ俺たちは無敵だぜ!」
傭兵たちは騒ぎ出す。
「ローレンすまなかったな、貴殿の指揮は素晴らしかった。」
そういってレイオスは握手を促す。
「いや俺こそグラン殿の力量を見誤っていたようだ。」
そういって二人は握手を交わした。
傭兵たちは今日一番盛り上がったが、ローレンは腑に落ちないことがあった。
”これほどの強さの男なら傭兵団を率いるか、一軍の将であってもおかしくない...”
ローレンは心強い味方としても受け入れつつも完全に信用はできなかった。
その日は野営となり、傭兵たちは見張りをつけていたため、ディクス率いる商人たちとテレステスは安心して眠りについた。
しかしテントの中で眠りにつかない男が二人いた。
「眠らないのか?」
レイオスがローレンに尋ねる。
「部下が交代で見張りをしているとはいえ、敵襲の警戒をせねばならん。グラン殿こそ寝ないのか?」
そういってローレンは剣を研いでいる。
「俺は先ほど仮眠をとったから問題ない。朝の話の続きだが何故、護衛の任務だけで警戒するのだ?」
レイオスはローレンに尋ねた。
「この辺りの野盗は傭兵団には有名でな。昼夜問わず攻撃をしかけてくるのだ。サーラスまでの輸送には12日間かかる。その間に何度も攻撃されてみるといい、睡眠不足で力は思うようだせぬし、軍の士気は下がる。そうなれば軍は崩壊する。」
「そのことなら心配はいらん。あの男に任せておけ。」
そういってレイオスは寝ているテレステスの方を向く。
「あの男が頼りになるのか?」
そういってローレンはレイオスに疑いの目を向けつつテレステスを見た。
警戒心のかけらもない表情でテレステスはスヤスヤと眠っていた。
その時
「夜襲だー!みんな起きろー!」
見張りの傭兵たちが叫んだ。
レイオスとローレンもテントから出て見張りのいる方角を見ると野盗と思わるものたちの松明の灯りと同時に野盗らの大声が響いた。雨が降っているため遠くにいるのか近くにいるのかまで判別することができなかった。
「迎撃するぞー!」
そういってレイオスらは傭兵たちをたたき起こし戦闘態勢へ移った。しかし傭兵らが準備をしたときには野盗の松明は方向を変え夜の闇へと消えていった。
「これが奴らのやり方なのだ。」
ローレンは舌打ちをしてテントへと戻っていった。
その後何度か野盗は野営しているテントへ攻撃の素振りをするも攻撃してくることはなく、何度か傭兵たちはたたき起こされるも朝を迎えた。
朝には傭兵たちは、ぐったりしており士気は下がっていた。睡眠不足ということもあるが夜の雨に打たれたことによる寒気は傭兵たちにも睡眠不足以外の疲労感をあたえていた。
「くそっ!」
レイオスとローレンは地面の石を蹴った。
朝になると曇りではあったものの雨は止んでいた。
すると昨夜から何度も敵の襲撃があったにもかかわらず起きなかった男が早朝に目覚めた。
「グラン様、ローレン殿いかがされた。」
「貴様はよく寝ていられたものだな!」
ローレンはテレステスの胸倉をつかんだ。
「昨夜貴様が熟睡しているとき、我々は何度も野盗どもの襲撃対策のために一睡もできんかったわ。」
レイオスもテレステスに詰め寄った。
「私は寝ないと疲れてしまいますので。仮に起きていてもなんの役にもたちませぬ。」
そういってテレステスは申し訳なさそうな顔をした。
「さすがに私も何度か起きましたぞ。」
ディクスも眠い目をこすりながら呟く。
「テレステス貴様、策があったそうではないか。今その策を使ってみろ。」
「はいグラン様。本日野盗の襲撃があった場合、私に指揮権を一時的にお与え下さい。」
「それでこの問題は解決するのか?」
「はい、野盗どもを一掃してごらんいれましょう。」
そういってテレステスは笑った。