眠れる体
太田が事故にあって2ヶ月。バイトが休みの日は必ず太田の見舞いに行っていた。しかし意識は未だ戻らない。でもひたすら話しかける。心電図のピッピッという音が部屋に響く。ソロ活動になってしまった『FreeMusic』も悲しいが続けている事や徐々に知名度が上がってる事も話した。今では自分たちのサイトも作ってフリー音源の配信をしている。
何かに使ってくれる人が落としていっている。
「お借りします」
というコメントもついている。インストのみを追加している。その方が使いやすいと思ったからだ。ゲームのBGMにでもどうぞ、というスタンスで今は進んで行っている。
もう秋がやってくる。太田の意識が回復したら美味いものでも2人で食べに行きたいなぁなんて考える。
この頃になると気持ちも整理して落ち着いてきた。太田を心配するコメントもたまについてそのたびに太田に伝えている。バイトもまぁボチボチやっている。
太田の部屋は引き払って今は別な人が住んでいる。ご両親とも顔見知り程度の認識にはなっている。
音楽の相方をやっている事も話した。そして俺はギターの練習も始めた。まだまだ稚拙だが自分たちの曲は弾けるようになりたいものだ。時々太田の前でも練習をしている。病院なので当然アンプなどは置けないが、そこそこに壁も厚いらしく奇異な目で見られはしても苦情はまだきていないから平気だと思う。
太田の怪我は完全に治っているはずなのに意識だけが戻らない。神にもすがる思いで回復を祈る。早く意識よ戻れ、と。
バイトに向かう間も曲の構想を練り、どんなシーンで使えるBGMにしようか考えている。ホラーやファンタジーの戦闘曲、甘いラブソング、悲しい曲、日常系。考える事はたくさんある。
太田の意識が戻ったらビックリさせてやるくらいの曲を作って知名度もあげたいと思っている。そうするために今を生きる。
太田は今眠っているけれど必死に生還しようとしているはずだ。俺はそれに応えないといけない。
半分強迫観念にも似た感情で突っ走る。動き続けなければ……。今動きを止めてしまったら、もう動けないと思うから。
「しっかりしろ、俺」
自分に喝を入れる。こんなんじゃ太田にも笑われてしまう。それは避けたい。相方を失望させるような真似はしたくない。
ここで頑張らないと。まぁ自分の体も壊さない程度に酷使して曲作りに励む。共倒れが最悪のパターンだから。
ここで閃いた。今度作る曲は自分も癒やすためにヒーリング系にしようと思う。いろいろな曲を調べてどういう感じの曲がヒーリングになるのか。やはり自然音源なのだろうか。
遅いテンポのピアノ曲やクラシカルな曲でどうにかならないだろうか。ゆったりとした曲を作って寝る時に流すような曲を。
そんなコンセプトで曲を作る。これまでいろいろな曲を作ってきたがヒーリング音楽は初めてかもしれない。出来れば自然音を録音して流したいが。ガンマイクは流石に買えないからなぁ。少し想像を巡らせる。
クラシックの曲を聞いて何かヒントはないかと探してみる。所謂有名どころをパクっても仕方ない。あくまでオリジナル曲なのだ。クラシックの曲を試しに作ってみる。アプローチの方向性を確かめる。これが上手くいけばちゃんと作るが今は骨組みだけ。
とりあえず基本をしっかり作れば肉付けは後から自然についてくる。そうやって試行錯誤を繰り返し、数日かけてヒーリングっぽい曲の骨組みが出来た。後は肉付けをしていく。といってもあまりゴテゴテした曲ではないから化粧程度にとどめておく。こういう時にガンマイク欲しいなぁとは思う。調べて知った事だが雨音などのシンプルなノイズはかえって安眠にいいらしい。実際曲作りをしながら寝る時はそういう音を流してみたりして実体験した。世の中いろいろなジャンルの曲があるものだ。自然音とゆったりとした曲を組み合わせて作ってみたり。果ては脳波まで変えるらしい。まぁ流石に脳波までは本当にそうなってるかは分からないが。
とりあえず曲のタイトルを考える。太田の事をちょっと思い出して考える。『眠れる体』というのはどうだろう?
太田の意識が戻らない。眠ったままだ。そんな太田に聴かせたいと思える曲、そして自分自身や他の人も癒やせるような曲を作ったつもりだ。
サイトにアップロードする。12曲目だ。いろいろ作ってきたがやはり『Block』が一番気に入っている。なんせデビュー曲だし。ダウンロード回数も200を超えてありがたい限りだ。
「――ふぅ……」
一服をして気分を落ち着ける。コンスタントに作曲していくコツはあまり熱を入れすぎない事だと俺は思っている。かといって手抜きもせず。淡々と作り続ける。