悪役令嬢・ベルリア
マリアも転生者だった。
もしかすると、ベルリアもそうかもしれない。————ゲームと違って、社交界に出てこないのは、転生者だからなのかもしれない。
悪役令嬢として死ぬ運命を、回避しようとしているのかも・・・。
そう思っても、知り合うきっかけがないから確かめるすべもない。私は考えあぐね、だめもとでベルリアに手紙を送ってみた。
『二人だけでお話したいことがございます。ぜひ会っていただけないでしょうか?』
陳腐な文面だけど、下手なことは書けない。
返事が来るまで続けてみようと、毎日送っていたら、一週間もたたないうちに、ベルリアからお茶の招待状が届いた。
指定された日にモルディラント公爵家を訪ねる。公爵家は我が家とはくらべものにならないくらい、広大な土地と厳かな屋敷だった。広い邸内を案内され、私はベルリアの専用サンルームで彼女を待った。
ほどなくして現れたベルリアは、園遊会と同じく趣味はいいが地味なドレスを着ている。
私を見て緊張した面持ちで部屋に入ってきた。
「ベルリア・モルディラント公爵令嬢。初めまして。私はカストラル伯爵の娘、リリアーナと申します。会っていただけて光栄です。」
貴婦人の礼を取って挨拶すると、ベルリアは笑顔で対応してくれる。
「初めまして、リリアーナ・カストラル伯爵令嬢。」
メイドがお茶の支度を整えると、ベルリアは呼ぶまで来なくていいといって、二人きりにしてくれた。
「わたくしに、お話とは、どのようなことでしょうか?」
優雅な仕草で、カップを口元に持っていくベルリアを見つめながら、私は小さく深呼吸する。
「ベルリア様。あなたは『王宮恋物語~真実の愛を求めて~』を、知っていますか?」
単刀直入に言うと、カップを持つ手がピクリと動いた。
「ご存じなのですね?・・・あなたは、転生者ですか?」
私の問いに、ベルリアの顔色が見る見る真っ青になっていく。
「・・・何をおっしゃっているか、わかりませんわ。」
わからないふりをするのも当然だろう。現実で”転生”何て言えば、夢の話か気が狂ったかと思われるのがオチだ。
だが、ベルリアは体を震わせ、青ざめたまま手に持ったカップをカチャカチャといわせている。————どう見ても、図星を刺された人の態度だ。・・・わかりやすい。
「・・・ベルリア様、そんなお顔をされていて、ごまかされるとお思いですか?」
私が呆れたように言うと、震える手でカップをテーブルに置くと、突然彼女はわっと顔を覆って泣き出した。
え?え?なに?なんで泣くのよ!?
「あ、あなたはどなたなのです?・・・確かに私は転生者ですわ・・・。でも、なりたくて悪役令嬢に転生したわけじゃないのです・・・。わ、私は死にたくありません・・・!」
そういうと、わんわん泣き始める。
————まるで私がいじめているみたいじゃない。・・・私の方が悪役令嬢のようだわ・・・。
「泣かないでください、ベルリア様。私もあなたと同じです。前世で『王宮恋物語~真実の愛を求めて~』をプレイしたことのある、転生者です。」
そういうと、ベルリアは涙にぬれた顔を上げ、私を見つめた。
「え・・・?・・・でも・・・?」
”誰の転生だろう”と考え込むように、私をじっと見てくる。
「私はゲームの中では名前もないモブキャラです。あなたが悪役令嬢の転生者なら、聞きたいことがあって、あんな手紙を送ったのです。」
「・・・聞きたいこと?」
「あなたは、なぜ、社交界に出ないのですか?」
「だって、社交界へ出たら、ヒロインに会ってしまいますわ。私はヒロインに会って、死ぬ運命になるのが怖いのです・・・!社交界へは出たくありません!」
しゃくりあげながら、ベルリアが言う。
もっともだ。死ぬ運命を回避する一番の方法は、マリアに会わないことだもの。
「でも、あなたはマリアがデビューした舞踏会には来ていましたわ。あれはどうしてですか?」
「・・・だって・・・、リチャード様が・・・。」
「リチャード様が?」
「・・・三か月前に、お忍びで家へいらして、”次の王宮舞踏会に必ず出るように”とおっしゃるんですもの。まさかマリアのデビューの舞踏会だなんて思いもしなかったわ・・・!」
ベルリアがまた泣き出した。
あの舞踏会に出席していたのは、リチャードに言われたからか・・・。社交界に出ないと聞いていたのに、どうしてだろうと思っていたら、そういうわけだったのか・・・。
聞くと、この前の園遊会でも、マリアを見かけたから、ずっと人や物の陰に隠れてマリアをやり過ごし、イベントが起こらないうちにと、早めに帰ったそうだ。
「もう、毎日が怖くて・・・。」
ベルリアはさめざめと泣いている。その姿はとてもゲームの”悪役令嬢”には見えない。気が弱くて、儚げで、守ってやりたくなるタイプの、美しい令嬢の姿だった。
マリア、こんな弱弱しい悪役令嬢に、どうやっていじめてもらうの?
私は、そっとため息をついた。
「ベルリア様、マリアの社交界デビューの舞踏会の時、私もデビューしたので見ていましたが、ハインリヒ様とダンスされていましたよね?あれはどうしてですか?」
「・・・あの時は、・・・ハインリヒ様に誘われて・・・。」
私が聞くと、ベルリアは涙を拭きながら答えてくれた。
ハインリヒが誘った?
ゲームの設定と違う。ハインリヒはベルリアのことを嫌っていたはず。嫌いな相手をダンスに誘うだろうか?
————もしかして・・・。
「ベルリア様、リチャード様とハインリヒ様の印象をどう思われましたか?」
「え?」
「嫌われている、と感じられました?」
「・・・いいえ。そんな感じはしなかったわ。」
ベルリアが頬を染めながら答えた。
”嫌われていない”と自覚していたのだろうか。
————たぶん、そうだろう。
ベルリアの答えを聞いて、確信する。
リチャードも、ハインリヒも、ベルリアのことが好きなのだ。
舞踏会でのハインリヒの表情と、園遊会でのリチャードの落胆ぶりが思い出せる。
ゲームの内容と、違っている・・・。
これは、やっぱり、園遊会で私がマリアに言った通りなのだろう。
「ねえ、ベルリア様。ここは、『王宮恋物語~真実の恋を求めて~』の世界ではあるけれど、ゲームの世界ではないと思うんです。」
「・・・どういう意味でしょうか?」
「・・・私、園遊会でマリアにとお話しました。」
私が言うと、ベルリアの表情が硬くなった。私は、少し迷ったが、説明しやすくするためにも言うことにした。
「・・・マリアも、ゲームプレイした転生者でした。」
「ええ!!?」
驚くのも無理はない。同じ世界に同じような人間が何人も転生するなんて思いもしない。
「私は、ここは『王宮恋物語~真実の恋を求めて~』の世界で、ゲームイベントも発生するけど、対象者の印象も違うし、ヒロインであるマリアがどう行動するかもわからないから、未来の分からない現実世界と同じだと思うんです。だから、必ずしも悪役令嬢が死ぬ運命にあるとは限らないと思うんです。」
「・・・そうかもしれませんけど・・・、でも、そんな保証、どこにもありませんわ。わたくしは、社交界に出たくないといっても”公爵令嬢”だからといって、パーティーには無理やり出席させられるし、王太子妃になりたくないといっても、身分と年齢の近さから妃候補から外してもらえない。マリアにあえば”悪役令嬢”として死ぬんだと思うと、怖くて、いつもびくびくしてしまう。」
「園遊会の時、マリアが言っていました。イベントが思うように起こらないって。デビューのダンスイベントの時、リチャード様とは一曲だけで、ハインリヒ様とはマリアから言わなければ踊れなくて、アルブレヒト様とは踊っていないそうです。これだけでも、ゲームと違うでしょう?」
私は姿勢を正して、ベルリアに向き直った。
「リチャード様やハインリヒ様、アルブレヒト様とは小さい時からのお知り合いでしょう?その時はどうでした?」
「私、小さい頃は体があまり丈夫じゃなかったから、王都からずっと離れた田舎の領地に静養していたの。15歳までそこで過ごして、社交界デビューの準備でこの屋敷の戻った日に、前世の記憶がよみがえったのよ。彼らとは、私の社交界デビューの時が初対面だったわ。」
「え?じゃあ、グスタフ様とお会いになったのはいつですか?」
「グスタフ様とは、まだ一度もお会いしていないわ。お父様が仕事を屋敷に持ち込むことを嫌ってらっしゃるから、グスタフ様がここへいらっしゃることはないんですもの。」
私はあっけにとられる。
「・・・じゃあ、まともにお会いしたのは、王子二人とハインリヒ様だけなんですね・・・。」
「あ、でも、アルブレヒト様とは、きちんとお話したことはないわ。」
慌ててベルリアが言った。
「デビューの時、リチャード様がなぜか私と二曲続けて踊られるので、他のデビュタントの手前、アルブレヒト様とハインリヒ様が注意されに来られて・・・。私、マリアに会うのが怖かったから、三人でもめておられる間に、逃げて帰ったの・・・。」
あとで、マリアがデビュー前だったと聞いて、ほっとしたけど。と、ベルリアが小さく言う。
・・・話を聞くと、まるでベルリアがヒロインのようだ。
————でも、別段、マリアが彼らに嫌われている風には見えなかったし、グスタフイベントは通常に起こったし・・・。
ここは、”ゲームに似た世界”なのだろうか。
「では、ベルリア様がお誘いを受けてられるのは、リチャード様とハインリヒ様のお二人だけなんですね?」
そう聞くと、ベルリアは赤い顔をして頷いた。
アルブレヒトは、ベルリアのことをどう思っているのだろう?
ヒロインがベルリアなら、彼もベルリアに恋しているはずだ・・・。
そう考えると、心が痛くなるが、考えないようにする。————私は、モブキャラ・・・!
「ベルリア様は、どなたがお好きなんですか?」
私が聞くと、ベルリアはますます赤い顔をして俯き、やがて小さな声で答えた。
「・・・リチャード様。・・・私、ゲームでもリチャードが一番好きだったの。」
リチャードはテンプレ王子様だ。キャラクター紹介でもトップに出てきているし、女の子受けする要素がいっぱい入っている。もちろんプレイヤーの一番人気の対象者だ。素直な彼女が好きになるのもうなずける。
ここにいるベルリアは、園遊会の時のマリアと違い、話し方も落ち着いていて、分別のある大人のようだ。
ゲームの悪役令嬢とは、似ても似つかない。