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社交界デビュー

 年頃になり社交界デビューが近づくと、親交のある家のお茶会に招待されるようになり、そこで、よくマリアやベルリアの噂を聞くようになってきた。


 マリアは概ねゲーム通り。ベーゼル侯爵家で淑女教育を受けて、やはり来月のデビューに備えているらしい。

 侯爵家でも美しく淑やかなマリアを実の娘のように可愛がっているし、ハインリヒとも仲がいいらしい。


 「マリア嬢がハインリヒ様にべったりで、ブラコン気味だと侯爵夫人が心配されていましたわ。」


 噂を提供してくれた某夫人が苦笑しながら言っていた。


 ん?ゲームでは心配性のハインリヒがマリアにくっついて回るのでシスコンだといっていなかったっけ?


 「そうそう、この前教会でモルディラント公爵令嬢をお見掛けしましたわ。本当に目の覚めるようなお美しさで。」

 「まあ。社交界には滅多に顔を出さないけれど、教会や施設にはよくいかれるという噂は本当でしたのね。」


 ベルリアの話題になると、その場にいる貴婦人みんなの目が輝く。

 どうやらベルリアは、去年社交界デビューしたが、その後はほとんど出てこないので、噂だけしか知らないという人が多い。

 しかも、慈善活動をしている多くの貴族はたいてい代理人で済ますのに、ベルリアは自ら赴いて奉仕するという。

 外見の美しさとその清らかさで、人気はうなぎのぼり。憧れている貴婦人が多いらしい。


 ベルリアって、派手好きで高慢ちきで、社交界でも陰口たたかれていたテンプレ悪役令嬢だったのに、ここでは印象が違うのね。


 この違和感。————私の疑問は少しずつ膨らんでいく。




 そうして迎えた社交界デビューの日。


 ここでは、男爵位以上の令嬢、またはその縁故の令嬢が17歳になると社交界へデビューする決まりがある。それは、毎月開催される王宮舞踏会で、誕生日月に出席して、国王陛下始め王族の方々に謁見し、王太子殿下とファーストダンスを踊るというもの。(王子がいなければ国王が踊ってくれる。)

 だから、私と同じようにデビューする令嬢は何人かいる。マリアもその一人だ。

 もちろん身分が上の令嬢からと決まっているから、マリアは一番最後。でも、この”一番最後”ってのが曲者で、ここでマリアに恋したリチャードは、一曲だけでマリアを離さず、ハインリヒが止めに入るまで延々マリアとダンスするっていうシナリオなのよね。

 これはどのルートでもあった共通イベントだから、今日、それが目の前で繰り広げられるかと思うと、ちょっとワクワクしてしまう。


 「リリアーナ・カストラル伯爵令嬢。お相手お願いします。」


 イベントの場面を思い出していたら、リチャードに声をかけられた。


 あ、私の番か。


 「・・・よろしくお願いいたします。」


 私が手を重ねると、リチャードは優雅にホールの中央へと誘ってくれる。


 ゲームのシナリオでも書いてあったけど、本当にリチャードってダンスがうまい。

 貴婦人のたしなみで、ダンスは徹底的にしごかれたけど、リチャードがうまくリードしてくれるから、考え事しながらでも踊れる。

 お陰でじっくりリチャードを観察しながらダンスできる。


 グラフィックを人間的にした綺麗な顔。金色の髪はストレートで肩のあたりで切りそろえられていて、水色の瞳は、晴天の青空を連想させるようにすがすがしい。白磁の肌に彫りの深い顔立ちで、童話の王子様のような正装がとてもよく似あっていた。声もゲームの声優さんとそっくり。

 ぶしつけに眺めていても優しく微笑んでくれるし、本当に”王子様”だ。

 

 そんなことを考えている間に曲が終わり、一礼する。

 私はリチャードから離れて、ホールから出る。リチャードは次の令嬢を迎えにいった。


 広間の隅に移動して、改めてホールを見ると、ハインリヒが踊っていた。

 相手は金髪碧眼の美少女。—————ベルリアだ!


 一目見て分かった。グラフィックそのままの美貌で華やかないでたちは、大広間の注目を一身に集めている。

 だが、ゲームではきつい印象だったのに、目の前のベルリアはあまり笑わず、おとなしそうに見える。

 ハインリヒと踊っているのに、嬉しそうにしているのはハインリヒの方で、ベルリアは困惑しているようだ。

 踊る二人を見つめていると、目の前に正装した軍服の胸板が現れた。


 「リリアーナ嬢、踊っていただけますか?」


 ファーストダンスが済めば、広間にいる男性は、気に入ったデビュタントをダンスに誘うことができる。私にも誘ってくれる殿方が来た。と思ったけど、この声は・・・。


 見上げると、第二王子のアルブレヒトが手を差し出している。


 どういうことだろう?

 

 ちらりとファーストダンスがまだのデビュタントたちを見る。マリアの順番はまだ先のようだ。

 たしか、マリアのファーストダンスが終われば、アルブレヒトやハインリヒがマリアにセカンドダンスを申し込む。そしてそれぞれのルートイベントが起こるのだが・・・。


 ああ、そうか。マリアのファーストダンスが済むまでの時間つぶしか。


 私はそう思ったが、表情には出さずにっこり笑った。


 「よろしくお願いします。」


 せっかくの一押しキャラの誘い。断る馬鹿はいないだろう。


 踊りながら、アルブレヒトを観察する。

 リチャードほど上手くないが、それでも観察する余裕ができるほどにリードしてくれる。

 日に焼けた肌に、リチャードとよく似た彫りの深い整った顔立ち。切れ長の黒い瞳で見つめられると、ドキリとする。王太子付き護衛隊の隊長でもあるから正装した軍服姿は凛々しくて、ゲームの何倍もかっこよく見える。癖のある黒い髪は短く切りそろえてあり、意外と柔らかそうだ。

 プレイヤーの人気度で言えば、アルブレヒトは3番目だったが、私は声惚れしていたので、彼が一番好きだった。

 モブキャラの私が、彼と踊れるなんて、夢のようだ。————でも、

 

 お近づきになれるチャンス!


 なんてことは思わない。こっちはただの伯爵家の娘。貴族とはいえ、王族の花嫁候補になれるほど身分が高いわけじゃない。父親も政務補佐官どまり。第二とはいえ王子の妃候補なら、もっと上の身分(侯爵以上)か、親や親戚に大臣クラスがいる令嬢がふさわしい。

 そして、そういう令嬢はごろごろいる。

 これ以上望むほど、愚かなことはしない。自分の立ち位置くらい自覚している。(所詮モブキャラ!)


 「俺の顔に何かついているか?」

 「!!」


 アルブレヒトがいきなり顔を近づけ耳元で囁いた。瞬間、私は腰が砕けてよろめいてしまう。

 

 「おっと、大丈夫か?」


 足から崩れる私の腰をがっちり抱きとめて、アルブレヒトは転倒を防いでくれた。足腰に力が入らなくなった私は、支えてくれる彼に抱きついてしまう。


 声優キャラクター惚れした方には理解していただけるだろうか?

 私は「王宮恋物語~真実の愛を求めて~」のキャラの中ではアルブレヒトが一番好きで、しかもその声に惚れ込んでいたのだ。

 声に惚れ込んだといっても、声優さんが好きになったというのとは、ちょっとわけが違う。声優さんがアルブレヒトの声として当てている、その声質に恋したのだ。だから、同じ声優さんが他のキャラクターを演じていても、恋するまではいかない。


 惚れ込んだ声アルブレヒトが、耳元で甘く囁いたら、その破壊力は半端ない。体に電流が走ったかと思うと、力が抜け、立っていられなくなり、自分でも信じられない思いだ。

 

 「足をくじいたのか?休もうか。歩けるか?」

 

 アルブレヒトは私を抱きしめたまま心配そうに聞き、他の人に気づかれないように、さりげなくホールの端に移動していく。そのままそっとバルコニーに出て、空いているソファに座らせてくれた。

 ソファに腰を落ち着け、夜風の涼しさを受けて、私は幾分か落ち着きを取り戻すが、まだ足がガクガクしている。


 「どこをくじいた?痛むか?」


 人気のないバルコニーで、アルブレヒトが跪いて私の足を確認する。するりと足を撫でられ、ぞくりとした。


 「だ、大丈夫です。・・・くじいたわけではありませんので。」

いたたまれず、足を引っ込めようとしたが、アルブレヒトが優しく握りこんでいるので、むげにもできない。


 「くじいてない?じゃあ、なんで倒れ掛かったんだ?」


 心配そうな眼をして見上げてくる彼と目が合う。


 「・・・あの、それは・・・。」


 好きなキャラクターアルブレヒトが自分を見つめていると思うと、それだけで頬が熱くなる。うまく言葉が出ず、心臓は早鐘のように打っているのがわかった。


 「俺のリードが下手だった?」

 「そんなことありません!!」


 慌てて首を振って全身で否定する。だが、アルブレヒトは困ったような顔をするだけだった。


 「・・・声が・・・」


 ためらいつつ小さな声で言う。


 「声?」

 「・・・アルブレヒト様の声が、あの、私・・・、とても好きで・・・。」


  前世がどうあれ、現世では17歳の乙女。男の人に面と向かって、声とはいえ”好き”だなんて、そう簡単にいえるものではない。私は茹蛸のように真っ赤になり俯いてしまった。


 アルブレヒトが立ち上がるのが、気配でわかった。


 呆れられたか、気味悪がられたか・・・。


 そのまま彼が広間に行くのだろうと思い、心が急速に冷え、チクリと痛んだ。

 だが、アルブレヒトは、両手でソファの背もたれをつかみ、腕の中に私を閉じ込めた。


 え?


 顔を上げると、アルブレヒトがどこか艶めいた微笑みを浮かべている。そしてゆっくり顔を近づけて、私の耳元に唇を寄せてきた。


 「俺の声が好き?」

 「っ!!」


 ダンスの時は、耐性が全くなかったが、今は2回目。しかもソファに座っているから、腰砕けになることはなかったが、ぞくぞくっとしてしまう。


 「本当だ。お前、俺の声に反応しているの?可愛いなあ。」


 真っ赤な顔の私を確認して、アルブレヒトが耳元や頬に唇を寄せて、吐息がかかった。


 「お前が好きなのは、声だけか?」

 

 甘い声で言いながら、耳を甘噛みされる。体の奥がうずき、ジワリと何かが流れ出た。

 

 感じてしまうから、やめて!誰よ、この人?アルブレヒトってこんなキャラだった?私はマリアヒロインじゃないのよ!間違えないで!!


 心の中では叫ぶのだが、声が出ない。


 前世で人付き合いの人生経験が豊富といったが、私が豊富な経験をしたのはあくまで一般的な人付き合い。男女の付き合いはほとんどなく、初めての相手は夫だったし、今世は社交界デビューするまで、肉親以外の男に近づいたことがない箱入り娘なのだ。


 怖くなってきた私は、体が震えだす。

 震えに気がついてアルブレヒトが苦笑した。


 「ごめん、ごめん。怖がらせてしまったのか?」


 アルブレヒトが私から離れた。が、腕の中には閉じ込められたまま。私は震えながらも彼を見つめた。

 私を見つめるアルブレヒトの瞳に、情熱のようなものが見えた気がしたが、気のせいだろう。

 

 「アルブレヒト殿下、国王陛下がお呼びです。広間へお戻りいただけますか?」


 突然だったが、驚かさない程度に気を使った、小姓の声がした。いつの間に来ていたのだろう?

 どこから見られていたかわからないが、やはり”誰にもばれずにイチャイチャ”など不可能だと、改めて実感させられた。


 「ちぇ、リリアーナと二人きりになれたのに、父上も無粋な・・・。」


 アルブレヒトがつまらなそうに言う。


 「リリアーナ。今夜はお前に会えて嬉しかった。ゆっくり楽しんでいってくれ。」


 立ち上がるとき、かすめるように頬にキスされ、私は硬直してしまった。そのままアルブレヒトは小姓の先導で大広間へと向かった。

 私はしばらくそのまま動けないでいた。心臓がうるさいくらいに音を立てている。


 なんでリリアーナにキスするの?私はモブキャラよ。・・・いやいや、勘違いしちゃだめだ!モブキャラは遊びだろう、本命はあくまでヒロインマリアのはず。・・・でも、モブキャラごときにこの甘さなら、マリアヒロインに対してはどれだけ甘くなるんだろう?私がマリアなら、確実に死んでいるな・・・。



 私は、膨らみつつある疑惑を、心の奥に封じ込めた。


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