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~substandard~【Ⅱ】

「……しかし、なぁ……いや、やっぱりなぁ」

 氷魔石と爆魔石を回収し終えたガルドは辺りを見回してから、別のポケットから2本の杭を取り出した。建設用の杭と違い、柄と鍔があり、柄には細い鎖がぶら下がっている。




 まずは鎖を手首に巻いてから、その杭を巨木に突き刺し、それを足掛けにして、ひょいひょいと登っていく。木の高さは50メートルはありそうだが、そこは問題ではない。杭を刺し、足掛けにし、登り、鎖を引いて足下の杭を回収し、また昇るという作業を素早く繰り返すと、すぐに枝分かれする高さに辿り着いた。ここまで来れば楽なものだ。




 巨木の枝は隣接した木々同士で絡まりあっているため、簡単な足場となる。ガルドは枝の上に着地すると、また辺りを見回した。その時、別の場所で爆魔石の音が聞こえた。また誰かが、巨大蛇の引き付け役を買って出たらしい。





(ローテーションが早いな……どいつもこいつも死にたがりかっての。馬鹿が)

 ガルドは苦笑する。




 ファノリス隊は現在、2チームに別れている。採掘した魔石を城へ届ける輸送班と、遭遇してしまった亜獣を輸送班から遠ざける班だ。輸送班のほうには、ファノリス隊の副隊長リーシャ・ザスティンと、エースであるアイリス・マッケンジー。そして期待の新人レビィー・ポーターという、精神的に安定感のあるのメンバーを置いているため心配はしていないが、蛇の引き付け役に回った面子が些か血気盛ん過ぎる。




 引き付けるまではまだ良いが、戦闘など始めたらどうしてくれようかという心配がある。




(特にケイネス! あいつだったらなんかこう……「ひゃっはー! こいつを倒せば蛇肉で一攫千金!」とか言って暴走しそうだ!)

 それだけはしないでくれよ、と、本気で祈りながら、ガルドは枝と枝を飛び回る。そして、視界の隅に人工物を捉えた。遠くのほうに白い城壁と、その出前に巨体な谷。その谷に掛かる、階段のような角度の赤レンガ製の橋。




 あそこがガルド達の帰るべき場所だが、ガルドが探したのはあそこでは無い。




(城が向こうなら、今回の採掘場はあっちか)

 今別の班が輸送している魔石。それわ回収し、巨大蛇と遭遇してしまった場所へ向かうべく、また木と木を飛び移る。その時、どこからともなく、1人の青年が現れ、ガルドの行く手を遮った。




「隊長。どちらへ?」

 まだ若いが、物静かな落ち着いた様子で彼は問う。青に近い黒髪を、長くそのまま伸ばしている。その姿を見て、ガルドは嘆息した。




「クロスト。散開しろっつったよな」

 その呆れは当然だろう。ガルドが出した指示は、巨大蛇を爆魔石を使って引き付けるのはいいが、1ヶ所で引き付け過ぎると発見される可能性が高くなるため、出来るだけ多くに分散し、可能な限り短いローテーションで引き付け役を交代する、というものだった。




 巨大蛇に無駄足を踏ませるためになるだけ離れた場所に陣取りたいところだったのだが、どうやらこのクロストという青年はその命令を聞かなかったらしい。




「失礼。ファノリス隊の事なので、誰かしらが暴走し、亜獣と戦闘に入ると予想していましたゆえ、蛇と共に音を追い掛け、監視していました」

 当然のように淡々と答えるクロストに、ガルドは眉をひきつらせる。




「で、戦闘が始まったら便乗してお前も参戦するつもりだったと?」

「サポートと言って頂きたく。……ちなみに、今亜獣を引き付けているのはフセインですゆえ、安心かと」

「そりゃ安心だ」

 よく把握しているものだ、という呆れと、フセインの安否が取れた事への安堵で、ガルドは複雑な表情をする。




 しかし、クロストは表情や空気を読む男では無い。




「それで、隊長? 方角を確認したようですが、これからどちらへ?」

 淡々とした口調が、逆にガルドを追い詰めた。よもや部隊の隊長が、危険を犯してありもしない希望にすがろうとしているだなどと、恥ですらあるのだ。




 その時、ガルドを手助けするかのように、どこかで爆魔石の音がした。引き付け役が交代したのだ。




「おい、クロスト。監視に行かなくて良いのか」

 言外にここから離れろと言ったつもりだったが、クロストは一切動じない。

「方角的にはケイネスですゆえ、暴走の危険度は高いかと。ゆえに隊長。早急に目的地を教えて下さい」




 ガルドは良くも悪くも馬鹿正直な人間だ。そのため、嘘を吐くことは出来ない。赤面したガルドは恥隠しに舌打ちし、クロストから視線を外した。




「ピクシス、ケビン、リーアの安否確認だ。あのくそ蛇の奇襲を喰らいこそしたが、死んだと確認したわけじゃねぇ。だから確めに、あの洞窟に戻る」

「無駄足でしょう。例え生きていた所で、致命傷は免れませぬゆえ、ファノリス隊の脱退はおおよそ確定かと」

 冷徹なはずのクロストの言葉はしかし、自身の発言を恥じらっていたガルドの心を、逆に燃え上がらせた。




 ガルドは真っ直ぐにクロストを睨み、はっきりと告げる。




「俺は隊長だ。隊員の安否確認は必須の仕事だし、生きてるんならなんとかしてやる義務がある。もしもどうしようもない状況で死にたいと思ってるやつが居たら、ぶん殴ってでも家族の元へ帰してやる責務がある――俺が死んだ後の隊はリーシャに任せると伝えてある。だからクロスト、お前は気にせず、作戦にもど」

「お断りします」

「せめて最後まで言わせろよ」

 やや食い気味で命令を拒否したクロストは、ガルドにはバレないよう、後ろ手を強く握って、漏れそうになった笑みを堪えた。




「隊長の命令を守れないなんざ、とんだ不良隊員だ」

 嘆息しながらガルドが言うと、しかしクロストは表情を変えぬままこう答える。

「隊長を守るのが隊員の役目ですゆえ」

 と。




 ガルドは歯を剥き、ならばどうするかと考えた。隊員達の安否を確認しない、という選択肢は考えていないが、如何(いかん)せん目の前に命令無視を宣言している馬鹿が居る。そもそもガルドには、クロストが何を望んでいるのかが解らなかった。




 ならば、と、ガルドは息を呑む。




 隊長として相応しくない命令かもしれないが、クロストはこう言ったのだ。隊長を守るのが仕事だ、と。そして、洞窟へ戻るのは無謀だ、と。だから。




「クロスト・ホーマンに、隊長として命ずる。これより隊員達の安否確認へ向かう俺の護衛として、共に洞窟へもど」

「お断りします」

「最後まで言わせろよ……」

 かっこよく決まると思ったガルドだが、それは不発に終わった。




 しかし、クロストは無表情のままガルドを真っ直ぐ見つめ、こう提案する。




「わたしは、亜獣を引き付けている隊員達のおおよその居場所を把握しておりますゆえ、これより召集をかけに行って参ります。ファノリス隊屈指の防御力を誇る隊長とケイネスで亜獣を引き付けて下さい。残りの隊員全てでもって、洞窟に取り残された3名の救出を果たしてみせましょう」

「…………」

 クロストの言葉の真意か掴めず茫然とするガルドに、クロストは小さく微笑み、こう付け足した。

「御身ひとつで死傷者3名を運ぶつもりだったのですか? 3名を運び出すなら、護衛含めて5人は必須でしょう」

 ガルドは目を見開き、成る程、と、深く納得する。




「よし、ならそれでいこう。俺が今からあのくそ蛇を誘き出す。お前は隊員達に声を掛けて、ケイネスにも援軍な来るよう伝えてくれ。そっちの指揮はお前に任せる」

「了解しました。状況よりけりで援軍をそちらに回し、救出を終えたら爆魔石を3つ放ちますゆえ、お聞き逃しの無いよう」

 クロストはガルドに背を向けてから、小さく「いつも詰めの甘いお方だ」と呟いて笑ったが、ガルドにその声は届いていない。




 ガルドもまたクロストに背を向けて「任せたぞ」と呟くが、それはクロストには届いていない。




 ガルドは亜獣と対峙すべく、巨木から飛び降りた。

 

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