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~substandard~【Ⅰ】

 その日、ヴァルプルギスの森は(いちじる)しく乱れていた。




「散開散開散開! 1ヶ所に集まんなよボケ共、皆仲良く死ぬ事になんぞ!」

 慌ただしくそう叫び散らしながら、ガルド・ファノリスは森を駆けた。人の体の10倍はあるであろう木々をいくつも避けて、鍛え上げられたその脚は地面を蹴る。




 ヴァルプルギスの森は巨大な木がところ狭しと生い茂り、一切の光が届かないため、常に夜と同じ暗さだ。しかしこの時代では、夜目の利かない者のほうが少なく、さらにガルド・ファノリス率いるファノリス隊は夜間行動のエキスパート故に、それはさしたる問題では無かった。

 問題なのは、ヴァルプルギスの森に潜む巨大生物達だ。




「隊長、このまま逃げ切りますか?」

 ガルドの後ろに続いていた1人の部下が、息を切らしながらそう確認する。

 ガルドは僅かに視線を向けて答えた。

「逃げ切れるならの話だがな! とにかく今はまだ、輸送班からやつを引き付ける事だけを考えてろ!」

「了解しました」

 そして、部下は散開の指示に従い、ガルドから離れていく。




 ガルド・ファノリスはもうすくで40歳になるが、その実年齢に対して、見た目はかなり若く、30歳付近にしか見えない。それは、これでもかというほどに鍛え抜かれた肉体が影響しているのと、今どき珍しい短髪というのも理由に入るだろう。




 現在、ファノリス隊は"Stone Undefinable Break"略称"SUB"という石を森の中から発掘し、それを城へ持ち帰るという任務に着いていた。その石は"魔石"とも呼ばれ、電気等の近代文明の殆どが失われた現代では、最大級の必需品となっている。




 魔石が持つ効果は様々だが、火を起こしたり明かりを着けたり暖を取ったりするのにも使えるし、なにより、戦闘に必要だった。火薬が貴重品で電気も無駄遣い出来ず燃料系統はほぼ全滅に近い現代では、命綱となるのは近接戦闘技術と魔石だけなのだ。だから、なんとしても調達が必要だった。

 しかし、魔石の調達は簡単では無い。




(くそっ、いったい何人が残ってる? ピクシス、ケビン、リーアはもうやられた。アインとリーシャとレビィーは魔石の輸送班だから、変なのと遭遇してなきゃ安全だ。クロストの阿呆はたった今確認した。ザックとケイネスもまだ大丈夫だろう。だが、他は?)

 ガルドが捲し立てるように思い浮かべたのは、ファノリス隊のメンバー達である。




 総員15名の隊員のうち、安否確認が出来ているのは自分を含めて11人。残り4人の姿がさっきから確認出来ない。とはいえ、簡単に確認するわけにはいかない理由もある。




 ガルドは立ち止まり、木々と闇が覆い尽くす静寂を睨み付けた。




 散策服のダボダボとしたズボンにはいくつかの工夫が施されている。不要な切り傷から身を守るのと、色々なものをポケットに収納しても走る邪魔にならないような工夫だ。

 ガルドは6つあるポケットから、小さな銀の筒を2本と、小さな緑色の石をひとつ取り出す。石のほうはB-SUB(爆魔石)という魔石で、湿らせた状態で刺激を与えると、強い衝撃と破裂音を辺りに撒き散らすのだ。




 銀の筒は片方が空っぽで、片方には水が入っている。ガルドは空っぽの筒に爆魔石を嵌め込み、少量の水を入れ、木製のコルクで蓋をした。そして、少し離れた所にある木へ向けて全力で投げ、すぐさま耳を塞ぐ。




 筒の中で、爆魔石が強烈な衝撃と破裂音を生み出す。破裂はコルクを木っ端微塵にし、破裂音は筒の中で共鳴し、自然界には存在しえない甲高い音を轟かせた。耳を塞ごうとその音ははっきり聞こえるし、全身は震動する。だが、それくらいの威力でなければならない。




 震動が止むと、ガルドは耳から手を離して耳を澄ました。音はまだ、どこからともなく残響しているが、それでもガルドは耳を澄ます。甲高い残響の中に、大地を這い、枯れ枝を踏み砕きながらこちらへ近付く音が聞こえてくる。




(さぁ、おいでなすった)

 音がする方角は掴んだ。ガルドはそちらからは見えない位置の木陰に身を隠し、別のポケットから取り出した箱から、いくつかの白い石を辺りに巻いて、ローブのフードを深く被った。それから、未だに僅かな残響を放つ筒が落ちた場所を見る。ぶつけた木が少しだけ抉れている。




 息を殺して待ったのはほんの数秒。巨大な木の死角から、のそりとした動きで、しかし素早く、そいつが姿を現した。




 一見すると蛇のようだった。




 手足は無く、長い胴体だけで地を這い移動し、細長い頭の先には鋭い犬歯を携えた大きな口。時おりそこから、重たそうな二股の舌がチロチロと覗く。




 だが普通の蛇では無い。普通の蛇に、あんな体長は無い。




 人の10倍ある太さの木々。蛇の胴体は、それの2倍は太かった。尾は長すぎて終わりが見えない。二股の舌だけで、人の体よりも大きい。その巨大な舌は今、きーんと鳴いている最中の筒を探るように舐めていた。




(……あんなデカブツ様が出てくるなんざ、運が無ぇ。つーか、寒みぃ)

 と、ガルドは内心でぼやき、左手にだけ革の手袋を嵌める。先程、隠れた際に巻いた白い石が強い冷気を放ち、ガルドが纏っている服の温度を冷ましているのだ。




 あの巨大な化け物は、化け物といえども元は蛇だ。蛇は温度を見る事が出来るため、熱があると隠れても察知されてしまう。

 しかし、ここ、ヴァルプルギスの森は一切の光が差し込まないし、そもそも世界中でどこにも陽の光は降っていない。その都合上、森自体の温度が非常に低いのだ。通年でそこかしこに氷があるほどに。




 つまり、冷たければ擬態出来るのである。




 だから服を氷のように冷やし、ダボダボの服で肌には出来るだけ触れないようにしている。それでも寒いものは寒いが、巨大蛇に丸呑みにされるよりはずっとマシだろう。運よく丸呑みは免れたとしても、その胴体で体当たりでもされれば、人の体など欠片も残らない。




 震えて鳴りそうな歯の音を押し殺すため、強く唇を噛む。そうして待機していると、少し離れた所から金を切るような音が響いた。ファノリス隊の誰かが、あの巨大蛇を引き付けるためにガルドと同じ事をやったのだろう。




 蛇はぎろりと辺りを見回し、しかしガルドには気付かず、滑るようにして音のしたほうへと向かう。だが、その体長の長さのせいで、いつまで経っても尾が見えない。あの土手っ腹に一番大きな爆魔石でもぶちこんでやろうかとも思ったガルドだが、それを堪えて、革手袋を嵌めた手で、冷気を放つ氷魔石(ひょうませき)を集める。




 蛇の姿が完全に消えるまでに1分以上は要したが、安全を確認してから、爆魔石と銀の筒を回収する。




 SUB-standard(サブスタンダード).またの名を亜獣(あじゅう)




 あの化け物達の総称である。




『神が見捨てた日』以降、世界中各地で現れるようになった突然変異種だ。




 天災の数はここ数年でグッと減ったが、それでも人類の危機はまだ去っていない。




 人類は今、あの化け物達と、日夜戦っていた。

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