四天王の思惑
月影と別れた後浅野は警察庁に来た。食事の約束は密会を隠すための嘘だった。浅野は鞄からUSBメモリーを取り出した。
「交換条件よ。あの組織を崩壊に導く悪魔のファイル」
浅野はファイルを渡すとすぐに退室した。
榊原はそのファイルを握りつぶした。
「これを使う日は近い」
その時榊原の携帯が鳴る。相手は井伊尚政。
『いい気なものだよな。そっちは無傷で』
井伊の言葉を榊原は否定した。
「外務省の本多みゆきも無傷でしょう」
『いいえ。遠藤昴は十年前まで外務省に勤務していた。十七年前の日本アルプス登山ツアー殺人事件は時効ではない』
「気になって調べたら彼は海外に二年間海外にいた。つまり時効が成立するのは来年」
『無傷なのはあなただけ。ポジティブに考えれば月は回ってくるというあなたの言葉は正しかったということだ』
「皮肉ですね。それよりよいニュースだ。浅野公安調査庁長官から面白いプレゼントを受け取りました」
『あれで組織の幻想を壊すことが出来る』
その頃警察庁の近くで黒い車が路上駐車していた。その男の車ではラジオが流れている。それは榊原と井伊の会話だった。盗聴。男は呟く。
「あんなもので我々の幻想は壊せねえよ」
そして男は電話で報告する。
「ラグエル。四天王が動き出したらしい。そろそろ帰ってこい」
『そろそろ帰国しますよ。そろそろあなたも動き出した方がいいでしょう。レミエル』
「実践練習か」
『そろそろ暗殺したい頃でしょう』
ジョニーは灰皿に煙草を捨てる。
「ハニエルが井上涼を暗殺したそうじゃないか。なぜ俺にしなかった」
『ただの実戦練習ですよ。彼は我々の組織にとって邪魔な存在。だから暗殺を依頼しました。彼女の実戦能力を試したかっただけです。ではさようなら。ジョニー』
ジョニーの車は満月を背に発進する。
原作者山本正純です。山本正純生誕19年記念作品として掲載した16年後の告白者。いかがだったでしょうか。
今回は第五弾隠蔽以来の社会派推理小説です。
推理小説を書くには刑法くらいは勉強した方がいいだろうと思い学んだ結果この作品が生まれました。もしも時効間近の殺人犯が自首してきたらどうなるのかを妄想しながらプロットを作成。
それだけだと面白くないので刑法上完璧な自首を描くことにしました。つまり殺人事件の存在を警察が把握していなければ自首が成立するということです。
今思えば時効間近に完璧な自首をした犯人を被害者遺族は許せるのかというテーマでもよかったと思います。このあたりがあまり描けなかった。
ここからネタバレコーナー。外務省職員が虚偽の交換殺人を持ちかけたという事実は裏を返せば殺人教唆になると思う。彼が自首すれば不祥事が浮き彫りになるということ。しかしその証拠はない。証拠があったとしても法務省が隠蔽するだろう。
だから彼は法務省職員を殺したのか。それもあるかもしれない。しかし彼は暗号文を公安調査庁長官あての手紙に入れて暗号の示した場所に死体を遺棄している。そんな回りくどい方法をしなくても警察で余罪についても自白すればよかったのではないだろうか。そう考えると公安調査庁長官秘書遠藤を苦しめたかったから殺したという動機が正しいかもしれない。それが真相なら大橋陽一は非情な殺人犯だ。そんな男が自首するだろうか。
これは矛盾だ。大橋が優しい男なら余罪も自白する。非情な男なら自首しない。16年前の殺人が彼を変えたのか。それとも……
最後に彼は堕天使という文言を呟いたことから退屈な天使たちの幹部説を考えた人に一言。大橋が幹部なら自首した時点で殺されます。隠蔽で描いた捨て駒システムを覚えていますか。彼らならホテルに潜入して暗殺できたでしょう。それをしなかったなら彼は退屈な天使たちのメンバーではない。
では12月10日から連載開始する密室の芸術家をお楽しみください。それまでしばらくお待ちください。
16年後の告白者は井伊尚政法務大臣だったのか。それとも大橋陽一なのか。




