レッテル
その頃合田と月影の二人は井伊尚政の家にいた。リビングには井伊尚政と義理の息子の井伊晴彦がいる。
「それで捜査の進展はあるのか」
「犯人は逮捕されました。今日はその晴彦さんにこの事件の真相を伝えに来ました」
井伊尚政は驚く。
「本気か。本当に被害者遺族に真相を話すのか。真相を話せば彼は復讐するだろう。自首をすれば罪は軽くなる。それが不服なら復讐殺人が発生する動機となる。それでも警察官か。警察官の役目は犯罪を未然に防ぐことではないのか」
その言葉を待っていたかのように合田は微笑む。
「そうだな。被害者遺族に真相を話すことは警察官の役目ではない」
「本当はその言葉が聞きたかっただけです。十六年前の夜何があったのですか。合田警部の行動を非難したあなたなら説明できるはずです」
井伊尚政は煙草に火を付ける。
「負けたよ。さすが菅野聖也君が認めた警察官だ。そろそろ話す時が来たのかもしれないな」
井伊尚政は義理の息子の顔を見る。
「十六年前の夜私は小松原正一君に会おうとした。約束の時間になっても現れない彼を心配して自宅に向かった。彼は時間だけは守る男だったからね。そこにはすまなかったと置き手紙が置いてあった」
「その時あなたは小松原正一の息子が孤児になってしまうことを恐れた。彼に任期中に失踪した国会議員の息子というレッテルだけは張りたくない。そう考えたあなたは晴彦君を養子にしてこの事実を隠蔽しようとした」
「このことを酒井忠義君に相談しようとした私は怒られたよ。そんなことをして彼に恩を売る必要はないというのが彼の言い分だ。この意見に私は反対した。国会議員の息子も国民の一人。国民を守るのが国会議員の役目ではないのかと言って反対を押し切り晴彦君を養子にした。これが真相」
十六年前の夜のように空から激しい雷雨が降っている。十六年後の告白者が大粒の涙を流したように。