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はまってワンだふる。〜夫婦二人の過ごし方〜  作者: 朝野とき
第一話 私がネット小説にはまったら。
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第一話-9

 月曜日なのに店内は満席の、和食ダイニング。

 和紙で飾られた間接照明によって、店内はあたたかなやわらかい光に包まれている。

 岬さんと真理ちゃんと私は店内の奥のテーブルで話していた。

 私はここ数日の数巳のことや、ネット小説にはまって数巳との時間が減っていたことを話した。


「うーん、それは、旦那さん、きっといろいろ誤解してると思うよ」

 岬さんは、困った顔でうなった。

「誤解…」

 私が呟くと、真理ちゃんが頷いた。

「東条さんは、あんまり自覚なかったようですけどぉ、今までダブルベッドに二人で寝てたのに、新居でシングルにしたがるのって、コレといった理由がない場合、不自然じゃありませんかぁ。」

「う~ん、まぁ、実際は夫婦によっていろいろだとは思うんだけどね。ただ、東条さんとこに関していえば、あきらかに旦那さんは『妻の気持ちが自分から離れていった』と思ってるんじゃないの?」

「そ、そんなこと…」


 岬さんは、ちょっと言葉を切ってから、ゆっくり言った。

「あらだって、あなた、旦那さまよりネット小説の数多くの恋愛話を『ベッドのパートナー』に選んじゃったってことでしょう?そのためにシングルにしたわけだし。」


 …え。えぇぇぇっ。


「岬さぁん。その表現って、言い換えたら『おかず』にしてた…うぷぷぷぷ」


 岬さんの言葉に反応した真理ちゃんの言葉は、もうあんまりにもあんまりで、私は思いあまって、真理ちゃんの口をふさいでしまった。

 そして岬さんにむいて、周りのテーブルを気にしつつも、強く言った。


「わ、わ、わたし、ネット小説読んでやましいことしてたわけではありませんからっっっ」


「あら、そんなのわかってるわよ。脳内乙女の東条さんだもんねぇ。『おかず』に利用できるような濃~い内容を読んでたとは思えないわ~」

「…」

「私がパートナーっていったのは、心地よい眠りにつくまでの時間を、夫と語らうことよりも、ネット小説にはまって使うことにしたんでしょ…ってこと」


 岬さんのことばが、胸にストンと落ちてくる。


「つまり、それってぇ。東条さんは、恋をしてたってことですかぁ?ネットの海の向こう側の、数々の妄想の王子様たちにぃ」


 真理ちゃんの言葉に、岬さんはちょっと息をつきながら、


「真理ちゃん…、あなた時々鋭すぎて、キツいわ。でも、そうね、私が言いたかったのはそういうこと」


と、言った。


『恋をしてた』

と、言われて私は胸がドキっとした。

 小説の中にたくさん登場する、かっこいい男子に、やさしい男性。

 ヒロインを守ってくれる存在。

 小説の中では、ヒロインを一番に考えてくれて、優先してくれて、いじわるなことを言っても、本気で傷つけるものではなくて。

 生活感のない、男女の絆にドキドキして。

 それは、思春期時代にちょっと遠い存在のかっこいい先輩に憧れたような。

 淡い恋。

 憧れ。


 ぼんやりと想った。

 今、連載をおってる一番はまっている小説、ガイルとリリアのファンタジーを思い出した。

 ファンタジーなんて、それこそありえない世界なのに。

 いつもどきどきしてストーリーを追ってるのは…


「そっか…」


「「え?」」


私のつぶやきに、岬さんと真理ちゃんが同時に聞き返した。


「私…恋をしたかったんだ…もういちど…恋、してみたかったんだ…」


 結婚して2年半。つきあいのころもいれたら5年。

 穏やかでやさしい数巳との生活は、平穏で。

 仲良くて。

 でも、だんだんと消えゆくものが確実にあって。

 それはときめきとかドキドキとか目にははっきりとは見えないものだった気がする。


「取り戻したかったんだ…。恋する気持ち…もう一回、あじわいたかったんだ…」


 言葉にすると、私の中で急速に整理がついてくる。


 いつもそうだった。

 何かに集中するとき。

 ビーズも小説も。ちいさなころの折り紙も。

 その世界に「はまる」っていうのは、私にとって「恋をする」と同異義語みたいなもので。


 思い出したら。

 数巳と出会ったころ。

 つきあったころ。

 四六時中、離れていても、数巳のことを考えていた。

 一人でデパートで買い物にいっても、次に会う数巳と過ごす時に着る服を選んで歩いた。

 「夢中」で。

 本当に夢中で。

 そのまま大好きで。結婚した。


 新しい出会いが欲しいわけじゃない。

 「誰か」を新しく好きになりたいわけじゃない。


 でも「恋心」は失いたくないって…私、そう思ってるんだ。


 私のひとりごとみたいなつぶやきを、黙って聞いてくれていた二人。

 真理ちゃんが、私の手にそっと触れていった。


「東条さん、恋したらいいじゃないですかぁ~」

「え?」

「旦那さんと、もう一回~」

「そうよ、東条さんは、これからも仲良くやっていきたいんでしょう?旦那さまと」

 岬さんは、微笑みながら聞いてくる。

「はい。それは、そうです。」

 私はうなづく。


「…わたしはぁ、恋したいなら、結婚してたって別の男性探すのもアリかなって思いますけど~。東条さんだし、不倫は似合わないですよねぇ」

「真理ちゃん、不倫が似合う似合わないの判断基準が気になるんだけど、まぁ、それはおいといて…」

と、岬さんが真理ちゃんの問題発言に突っ込みをいれつつ、私に続けて話をふった。

「旦那さまとのうまくやっていくには、まず、誤解をきちんと解かないといけないと、私は思うのよ。それが先決。さっきも言ったけど、たぶん、絶対、東条さんの旦那さまは誤解してる。」

「してますよねぇ。」

 岬さんと真理ちゃんは、うんうんとうなづきあってる。


「え、私の気持ちが数巳から離れていってると思ってるってことですか?」

 私がたずねると、

「それで済んでいないと想うのよね…」

と、返事がくる。 

「え?」

私が聞き返すと、横から真理ちゃんがぼそっと、

「男の嫉妬はぁ、なかなか怖いですよぉ~」

と言った。


…え?えぇ??



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