第一話-7+8
7と8は別々にUPしてましたが、キリが悪くダラッとしたので、統合して一部書きなおしました。(大筋は変更していません)
真理ちゃんの、セックス・レス発言によって、驚きのあまり落っことしてしまったサンドイッチ。
気付くと岬さんがナフキンで散らばったパンをひろってくれていて、
「私の半分をわけてあげるわ」
と、岬さんのサンドイッチをケースにわけてくれていた。
私があまりに茫然としたままだったのが、さすがの真理ちゃんも心配になったのか、
「大丈夫ですよぉ、東条さん。東条さんご夫婦があったかい仲良し夫婦なのも伝わってきてるんですよ?セックスの回数だけが夫婦のきずなのバロメーターじゃないんですからぁ」
と、フォローにならないフォローが入る。
「……」
「ただ単純に、セックスした後のとろんとろん幸せオーラみたいなのが、ないなぁ、って。お引っ越しもあったし、きっとそれどこじゃなかったんですよねぇ。荷物詰めも大変だし…」
さらにフォローを重ねる真理ちゃん。
私も少しずつ何か言わなきゃと思い始めるものの、衝撃が大きすぎて言葉にならない。
私たち、せっくすれす…?
自覚なかったけど…。
え、まさか、私たちが?…あ、でも、たしかにここずーっとしてないけど。
数巳……。
数巳の態度が変だったのって…?
それを気にしてた?
頭の中がこんがらがっているうちに、岬さんが食べ終えたサンドイッチの包み紙を片付けながら、
「あら、引っ越ししたてだからこそ、熱くなるものじゃないかしら」と言った。
……え?
「ああ、たしかにぃ。環境かわると、なんだか非日常的に思えて燃えるかもぉ」
真理ちゃんがウンウンと頷くと、
「でしょう?しかも、引っ越しで寝具や特にベッドなんか新調したりなんかしたら、どんどん熱くなりそうよ~」
と、岬さんは足を組み直しながら言った。
岬さんと真理ちゃんから紡ぎ出される言葉の数々に、頭と心がおっつかない。
そうこうしているうちに、
「東条さんのところも、ベッド新調したんでしょう?良い家具店をたずねてたものね?」
と、岬さんが話をふってきた。
「え……はい。新調しました……」
と、答えつつ。
私の答えに、岬さんと一ノ瀬さんは「あら、あなたのオーラ判定がまちがったんじゃない?」「そうかもですぅ。アツアツですねぇ!いいなぁ新築マンションで新しいベッドなんてぇ~」とこそこそ話している。
それらの会話が耳を通り過ぎる中、私は明らかにふたりに想像されている「ベッド」はシングルじゃないような、気がしていた。
そして、金曜日の不可解な数巳の様子が想いだされてきて……。
自分たちがもしかしたら「せっくすれす」問題を抱えた夫婦なの?
…わ、私の…認識不足??
数巳はもしかして、すっごく深刻に捉えてる?
そんな思いが、頭の中をぐるぐるまわりはじめる。
不安が不安を呼び、恐る恐る口を開いた。
「あの、新調しました…けど、、、」
「え?」
「けど?」
岬さんと真理ちゃんがこちらを向く。
「あの…シングル二つ…なんですけど」
私の返答に、二人の目が点になった。
「……」
しばらく私たちのテーブルに沈黙が降りた後。
一番に口を開いたのは岬さんだった。
「ね、今晩、一緒に食事しましょ?」
「え?」
唐突な申し出に、私はうまく返事できずに岬さんの顔を見返した。
岬さんは、ちょっと心配そうな眉をよせた顔で、私のかおをのぞきこんだ。
「…東条さん、あなたの顔、今、真っ青よ…」
そうなのか。
わからないけど、私、いま、真っ青なんだ…。
心配されるぐらい…。
「昼休みも終わるし、今は仕事にいったん戻らないといけないけど。…でも、いまの一言とあなたの顔色…お節介承知で聞くけど、何か困ってることあるんでしょ?」
岬さんが真面目に私に語りかけてくれる。
心がほっとしてくる。
「私…いま、頭の中こんがらがっちゃってるんですけど…。せっくす・れすって…」
「うん?」
「数巳が…夫が、なんだか最近、変な態度だっておもってて…。もしかしたら、夫は気にしてたのかもしれなくって」
「……夫婦っていろいろあるものよ?大丈夫、何かすれ違ってるのかもしれないし。まずは、夜、ゆっくり話を聞くわ?」
岬さんは、安心させるように私の肩をかるくたたいてくれた。
***************
カタカタカタカタ・・・・
午後、私はパソコンで入力業務をしながら、昼休みのことを考えていた。
数巳の態度が変だとか、冷たいまなざしが怖かったとか。
はっきりいえば、初めての数巳の状態にショックをうけた私だけど…。
私が一番、数巳に冷たい態度をとっていたのかもしれない。
新居のマンションに引っ越すときは、ネット小説に夢中になっていて、それが思い存分読めたらいいな、なんてこと考えていたし。
カタカタカタ・・・・
パソコンの画面を見ながら、各部署のメンバーの労務日数や時間、備考を入力していく。
入力を頼まれた書類の数字とパソコン画面を往復しながら、キーボードを打つ手元はもちろん見ない。
私は、総務課の人たちに「超高速にブラインドタッチで入力をする者」を略して「超入力者」とからかわれている。
ま、その縁あって(?)データ入力に関してはたいてい私にまわってくるんだけど。
いろいろと入力業務の多い総務課では、この超高速ブラインドタッチは総務課メンバーに重宝してもらってる。
私の「能力」として扱ってもらって、すごくうれしい。
でもその反面、この能力って、自分の欠点が形になっただけのことだなぁとも思うんだ。
…私は、集中してしまうと、本当に「没頭」してしまうんだ…。
ネット小説もそう。
子ども時代から、折り紙、ミサンガ作り、児童文学の読書も、ビーズアクセサリー作りも、数々の手芸やらゲーム…。
その世界が気にいってしまうと、離れられなくなる。
ブラインドタッチも、高校時代にキーボード入力ゲームというのを友達がしていたのを貸してもらったのをきっかけにはまってしまったものだし。
折り紙もミサンガも、ビーズアクセも、早く作れるほうだし、結構周囲に綺麗な仕上がりと言ってもらえるんだけど
…でも、それは本どおりに作ったもので。
手芸作家さんがデザインしたものの中で、私が気に入ったデザインを「借りて」つくらせてもらってるにすぎなくって。
自分でデザインとか、自分で何かを考えだすオリジナルというのは、すごく弱いんだ。
キーボード入力ははやくても、ブログひとつ、何を発信していいかわからなくて書けない。
自分で発想する世界が……。
私には、ないんだ。
そう思うと。
ネット小説こそ、どこかの誰かがつくった「世界」のかたまり。
本当にすごい世界だと想う。岬さんなんて、それを何作も書いているんだもの…。
尊敬とうらやましさで見てしまう。
ネット小説の、それぞれの世界。
作者さんが作った世界に、私はパソコンをつかって、訪れることを許される。
自分で作り出せないけれど、好みはあるから、必死で探す。
そして好みに合ったら、お話の「世界」にひたれるのがうれしくて、楽しくて。
クリックする手をとめられない。
よりもっと面白いお話を求めて、どんどん知りたくなって、検索する手をとめられない。
でも、はまりすぎて…。
今ある世界の周囲が見えなくなるのが…わたし。
一緒に住んで、共に生きていこうって結婚した相手の数巳が見えなくなってしまうなんて。
私はなんて。。。
私はなんて、こども、なんだろう。
皆にほめられるブラインドタッチで入力を進めながら、自分のこどもさ加減に、目がちょっとうるんできて、画面が揺れる。
小さなボタンの掛け違いで、心がすれ違うなんて、いっぱいあるかもしれない。
でも、数巳とは何か大きくすれ違うなんて経験がなく、穏やかにきちゃっていたから、もしかして「セックスレス」だとかを抱えた夫婦になり始めてて数巳が悩んでいるんだとしたら……今更、私、どうしたらいいんだろうって思う。
めずらしく、仕事への集中が切れそうになるのを必死に踏みとどまりながら、指を動かす。
駄目。
人生のパートナーも大事にできなくって。
その上、仕事も集中できなくったら、ただの本当の『お子ちゃま』だもの。
仕事は大事だもの……。
カタカタカタ……。
でも…どうしよう。
数巳との間に、これからもずっと膜がはったようなままな関係になったら、どうしよう……。
「東条さぁん」
……ポンと、肩をたたかれた。
瞬きして、ふっと現実に意識が戻ると、柔らかなマシュマロみたいな白い手が私のパソコンの横に、小さな銀の包みを2つ置いてくれるのが目に入った。
「なんとスイスのチョコレート、今日のおやつおすそわけですぅ。」
私がたたかれた肩の方を見上げると、そこには真理ちゃんのほんわりした笑顔。
どうやらコピーに行く途中、私の席に寄ってくれたみたいだった。
「東条さんが、いっつも集中しすぎてまわりも自分も見えなくなることなんて、『みんな』承知なんですからぁ。」
「……」
「ほらおやつ食べて、自分をいたわってくださいねぇ?」
そう声をかけてくれると、真理ちゃんはにこにこしたまま、コピー機のところへと去って行った。
……あぁ、励ましてくれたんだな、と思う。
やり終えなきゃ。
今、目の前の仕事をやり終えよう。
ひとつひとつ、解決していかなきゃ。
あせったって、仕方ない。
「ありがとう」
聞こえないだろうけれど、真理ちゃんにそっとつぶやいた。
10/12 誤字訂正。段落変更。
文章表現を少しかえました。