第一話-6
……結局。
金曜の夜は、そのままシャワーからあがった数巳と私は気まずい雰囲気のまま、でもお互いに何も言いだせず「おやすみ」と行っただけで各自のベッドへ(もちろん、二人の間にベッドの行き来はない)。
翌朝は何もなかったかのように二人で朝食を作り、一週間にたまっていた掃除や洗濯をふたりで分担してやりおえ、午後は作りおき食材のために買い物、調理……という、いつもの週末の二人に戻っていった。
日曜の午前は数巳は隔週で通っているビジネス英会話の教室へ行き、私はその間いつものネット小説を読んで家ですごし、午後はふたりで買い物がてら外出しレストランで食べて帰った。
その間、数巳はおだやかないつもの数巳。
さっと私の買い物の荷物をもってくれるのも、苦手なたまねぎ剥きは私に頼むのも。
夜はそれぞれがお風呂に入ったら、テレビを見て、11時ころには「おやすみ」といって各自のベッドへ…。
今日、月曜の朝はバタバタと私の方が先に出勤して、今にいたる。
う~ん、金曜の夜の冷ややかな態度はなんだったんだろう。
仕事しているときには脇においやっている思いも、ちょっと手をとめた折にふと心を覆い始めてしまう。
この週末だって何も仲がわるかったわけではないけれども、どこか膜をはったような距離も感じているわけで…。
こうなって初めて、数巳がマンションを引っ越すときにダブルベッドを使いたがったときに、素直にそうしておけばよかったのかなと思ってくる。
考えてみると。
結婚当初から先々月まで住んでいたマンションではダブルベッドを使っていたから、おやすみと言ったあと、ぼそぼそと話をしつづけたり、まぁ時には夫婦仲良くしたり、なんてこともあった。
そのダブルベッドは寝相があまりよくない私が、独身時代の一人暮らし時につかっていた安物。もうスプリングも土台もギシギシと悪くなっていたから、引っ越しを機にベッドは新調して、シングル二つにしたんだけど。
新しいマンションに引っ越してシングルを並べるようになって、それぞれ好きなときにベッドに入れるようになったし、私はベッドの中でごそごそとスマホでネット小説よめるし、自分の寝相で相手を起こしちゃう心配とか気遣いとかも必要なくなって良かったと思ってた。
そう、本当に心おきなく恋愛小説を読めてドキドキできて幸せだったりした。
数巳も、家で仕事することが多いし、趣味の読書をベッドサイドの電灯をつけてゆっくり読んでいるときもあるし。
不都合があるなんて、ここ一カ月思っていなかった。
でも、たしかにふたりでとりとめもなく話したりすることが減ったなぁとは思う。
暮らしとしては一緒に外出したり買い物したり、食事したり…と同じなんだけど。
夫婦仲は良いと思うんだけど。
でも、今こうしてみると、何か私と数巳の間に不可解なものが横たわっている気がするのに、明るい部屋の中でそれを堂々とたずねたりできない私がいて。
夜も別々のベッドで。
心を見せる接点をあえてつくるのが、難しいというか…。
・・・・・
そうして、昼休み。
私は、会社近くのベーカリーのサンドイッチを会社のランチルームに持ち込んで食べていた。
私が勤める会社には社食はないので『床のほら穴』みたいな近くのレストランに食べにでたり、ここ「ランチルーム」に…といってもコーヒー、ジュースの自販機とテーブルが並ぶだけのフロアなんだけど…社員がお弁当などを持ち込んできて食べるようになってる。
今日も適当に賑わっていて、私はランチ仲間の岬さんといつもお手製弁当でランチルーム利用の後輩一ノ瀬真理とテーブルを囲んでいた。
「東条さん、なんか今日暗いですよ~。食べるの遅いし…生理ですかぁ?それともお腹ピーッですかあ?」
……あんた、心配してくれるにしても、お腹ピーッはないでしょ。食事中なのよっ。
私は前に座る後輩、一ノ瀬真理をたしなめるように軽くにらんだ。
「こわ~いっ。その眉間のしわがとれなくなったら、一大事ですよ~。」
と、言いつつ、真理ちゃんはケタケタと笑いながら、おいしそうに焼けた玉子焼きを口に運ぶ。
ゆるく巻いたかわいらしい髪をゆらして笑う、砕けた明るい雰囲気に、私もにらむ表情をしつつも、心にあたたかいものが流れこむ。
総務課のデキる女が岬さんなら、潤滑油存在が一ノ瀬真理ちゃんだ。
一ノ瀬真理ちゃん…通称「真理ちゃん」可愛らしいお顔に、体型はぽっちゃりふくよか。美白を徹底しているから、全身が透き通るようなもちもち真っ白肌。 マシュマロみたいな女の子。
なのに、
『わたし、いわゆるデブ専(ふくよかさんが特別大好きな方々)の男性にはもてるんですけど、一般男性にはからっきしなんですぅ~』
と、自分から言っちゃう子だ。
明るくてのんびりしているけれど、ところどころ鋭い子でもある。
「デブ専」は言いすぎにしても、たしかにコンパなどでは「ご指名」くることが少ないタイプなのかもしれないけど……実は、とっても格好いい彼氏に溺愛されちゃってる真理ちゃん。
ともかく、その真理ちゃんに心配かけるぐらい重苦しい雰囲気だった自分を自覚して、私は「心配ありがとう」と声をかけようとした。
と、そのとき、横から岬さんが、
「真理ちゃん、東条さんは生理のはずがないわ」
と、口をはさんだ。
……もしもし岬さん?
私が言葉を発するまもなく、
「だって、東条さんは、先週に終わってるはずだもの」
と、次の言葉がとびだす。
……もしも~し、岬さ~ん!
「なんで岬さんが、私の生理周期しってるんですかっ」
と、まっとうに突っ込んでみる。
すると岬さんはきょとんとして、
「同じ職場で毎日すごしてたら、だんだんわかってくるものじゃない?」
と、言った。
「そ、そんなもんですか…」
あまりに当たり前顔されてしまい、私がたじたじしてしまう。
「そうよ~。だってポーチがいつもより大きかったり、トイレ回数が増えたりするでしょ。私服のスカートの色も濃い系になることが多いし。」
岬さんの説明に、
「さすが岬さんですねぇ。わたし、うっかり見落としてましたぁ」
と、いう真理ちゃん…。
いや、それ変だし。
「わたしぃ、人を見つめてると昨晩せっくすしたかどうかのオーラ判定はたいてい当たるんですけどぉ、これは勘だからぁ、岬さんみたいに行動観察で立証しなきゃですよねぇ」
いやぁああ、真理ちゃん!ランチルームで「せっくす」とか言わないの!
岬さんの生理発言のショックを塗りかえる真理ちゃんの爆弾発言に、私はおたおたと、
「((真昼間から、何いってんのっ!))」
と、小声で真理ちゃんをたしなめた。
すると真理ちゃんはにんまりと笑って、
「ふふふ、もう東条さんは新婚さんなのに『うぶさん』だから、かわいいですぅ」
と、のたまった…。
駄目だ、新人類とはつきあえん…、と思い、隣の岬さんに視線をうつす。
すると岬さんは、真理ちゃんではなく私の方をあきれ顔でみていた。
「…いまどきセックスの言葉くらいで、全面赤面って処女じゃないんだから…。あなたどんだけ脳内乙女なの…」
「…」
私が絶句していると、岬さんはパールピンクのマニキュアを綺麗に塗った指先を私にくるくるとまわしむける。
「そもそもこのランチルームは、全員が成人している社会人のランチルームであって、18禁用語を羅列したってレイティングにひっかかる人はいないのよ?なあんにも問題ないじゃない……東条さん、ネット小説の読んでる傾向が純愛傾向だとは思ってたけど、リアルでも純情路線思考なのねぇ」
「わたしはR18専門ですぅ。小説よりグッズ販売サイトですけどぉ」
うひゃぁぁ。
もう、なんなのっなんなのっなんなのっ。
たしかに岬さんの言っていることは、正しい(部分もある)。
私はどうも結婚までしているというのに(当然非処女だ)、どうも思考が乙女かもしれない。
でも、ランチルームでどうどうと「そういう話」ができちゃう岬さんと真理ちゃんが、私には宇宙人すぎますっっ。
私は、頬に熱が集まるのが自分でもわかった。
高校時代とかでも下ネタとかにたいそう弱かったのだし。
どうもそういう性や体に関することは、秘め事という感覚が強く、明るい人が多いところで話すのはすごく気がひけるのだ。
「まぁ、東条さんの乙女ちっくさは、わたし好きですよぉ。からかいがいあるし。でもぉ、今日はちょっと元気がないんですよねぇ。さっきも言ったんですけどぉ」
助け舟なのかなんなのか、真理ちゃんがそっと話題をかえた。
コーヒーを飲んでいた岬さんは首をかしげて、
「たしかに、あの東条さんの神業的、超高速データー入力ブラインドタッチが、高速程度に落ちてたわね」
はあ。
私の顔をのぞきこんでくる岬さんと、真理ちゃんの顔を交互に見つめると、
「あぁぁ、わたし、わかりましたっっ。元気ない原因!」
と、いって真理ちゃんがぽんと手をたたいた。
なあんか、イヤな予感…と思った瞬間。
「東条さん、パートナーさんとセックス・レスで悩んでるんですね?新婚さんなのに、ここ数カ月、セックスしたオーラ感じませんもん~」
あぁぁぁっ。
私はあまりの真理ちゃんの言葉に、ぼろりとサンドイッチを落としてしまったのだった。