第二話-11
駅で電車を降りると、駅前の果物屋さんで、数巳の好きな梨が並んでいた。
数巳は二十世紀梨が好きだ。
新山さんからもらったお土産だけなのも私の気持ちが欠ける気がして、数巳の好きな梨を二つ買って帰る。
駅からマンションのエントランスまで続く街頭が、夜道を照らしている。
まだ6時前なのに、空は暗い。
そういえば、ネット小説に夢中になって浮気と誤解されたとき、数巳がマンションのエントランスの前に立ってたんだよね。
……今日は、いない。
数巳の姿が見えないのが、ちょっとさびしい気がした。
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「ただいま」
インターホンをならしてから、ドアを開ける。
「おかえり」
数巳は笑顔で出迎えてくれた。
やわらかな照明の下、毎日みているはずの数巳の柔らかな茶色の瞳が、すごく懐かしく感じた。
「あ、これお土産・・・」
「ありがとう」
「…うん」
なんだか、ほわん、と気持ちがゆるくなった。
「楽しかった?」
「…うん」
数巳と、玄関を通り抜けリビングに入ると、英語の雑誌や本がソファまわりに散らばっていた。
「あ、ごめん、すぐ片づけるよ」
「…うん」
数巳はてきぱきと、本や雑誌をわけながら書棚やマガジンラックになおしていく。
「今日はあまり予習せずにレッスンにいって散々だったからね。真面目に復習してたんだ」
そんな風に話しながら、片づけている数巳に、私はいつのまにか寄り添っていた。
「ん?理紗どうした?」
近づいてきた私に、数巳は振り返る。
私は彼を見上げた。
黙ったままの私に、数巳はそっと指をのばして、頬をかるくさすった。
「…疲れた?」
優しい茶色の瞳。
包まれて。
胸がぎゅーっとしてきた。
「ただいま」
「…?…おかえり」
私の二度目の『ただいま』にちょっと戸惑いつつも、返事してくれる数巳。
そんな数巳に、今日はこんなことがあったんだよ、あんなことがあったんだよって。
いっぱい話そうと…帰りの道中は思ってたんだ。
……セージさんとのこととか、どうやって話そうとか、どんな風に伝えたらいいんだろう?
……セージさんはアドレスをくれたけど、連絡は取り合わないって言った…その意味は、なんだろう…?
……言えないままだったけど、ハンドルネームは「向日葵」だったんだよ…って話したら、数巳はどう思うだろう?
あたまの中がほんとはほんとは、うずまくようにぐちゃぐちゃする部分があって…。
でも、オフ会が楽しかったのも本当で。
ハイテンションな楽しい気持ちと、戸惑いと、不安と、嬉しさと、まざりあった気持ちのままま、電車をおりて、そして、数巳が好きな梨を買って、一人、エントランスを通って帰ってきたら……。
数巳はいつもの穏やかな瞳。
家の匂い、あたたかさ。
「ただいま」
「おかえり」
という、何気ない会話。
すごく、ホッとした。
自分自身でびっくりするくらい、安心した。
あぁ、私、数巳と夫婦なんだ、家族なんだって、心の底から思った。
ここが、帰る場所なんだって。
そう思った途端、私は、数巳にぎゅっとしたくなった。
明るいリビングの下なのに、どうしようもなくて、私は数巳に抱きついていた……。