表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はまってワンだふる。〜夫婦二人の過ごし方〜  作者: 朝野とき
第二話 私がオフ会にはまったら。 
27/31

閑話~『それぞれの道』(オフ会メンバー)

オフ会メンバーの帰宅後、それぞれです。

オフ会時の描写とはキャライメージが異なり、悲しみ・暗い感じ・死をあつかった部分も少しですがありますので…苦手な方は避けてくださいませ。(ただし、基本は前向きです)



*******


「今日はなかなか興味深い時間だったよ」


「あら、あなたにそういってもらえると、来てもらってよかったわ」


 カイトは夫にほほ笑みかける。


 夫妻の家は、郊外の一軒家。

 オールドローズに囲まれたレンガ造りの家は、夫が設計したものだ。

 夫妻は、ここで二人で住む。


「新山斎くんに会って、なるほどと思ったよ」


「何が?」


「外見はガイルだが…中身はアルザス、だろう?」


 カイトの書く小説の登場人物の名を上げて、夫は笑う。

 カイトは、「正解」と答えて、夫にブランデーの入ったグラスを渡す。


「友人の設定だけど、モデルはひとつなの」


「君の書くものがたりの登場人物は、いつもモデルがあるなぁ」


「そうなの。世界は想像が広がるんだけど、人間を考えるのが苦手なのよね」


「じゃあ、リリアは誰なんだい?今まで、いつもヒロインのモデルについては、君は話してくれないが…」


 カイトは夫の質問にほほ笑む。


「秘密よ」


「気になるなぁ。君自身なのかな?」


「どうでしょうね?」


 カイトは、夫の言葉に魅惑的な笑みで答えながら、ブランデーのグラスに口をつけた。

 それ以上質問しても答えないわよ、というつもりで。

 カイトの姿に、夫は了解という表情をつくる。


「まぁ、小説のことは、君の世界だから侵しはしないよ。でも…これからの時間は僕の妻に戻っておくれ」


 夫の言葉に、カイトは魅惑的な笑みで答えた。

 目をつむって夫と唇を合わせる。

 その眼裏に、自分の物語のモデルが通り過ぎる。


 ヒロインのモデルは……こどもの頃に病で亡くした、妹。

 カイトの世界は、妹に命を吹き込むために生み出したもの…。


 幼かったカイトが、天に召された妹をどうにか生かしてあげたくて。

 ……忘れてしまいたくなくて、考え付いたこと。

 ……妹が生きる世界をつくる、ということ。


 いつもいつも幸せを願って物語を紡ぐ。

 克明に世界をつくりだして、妹を、「王女」に「姫」に変化させながら、物語のヒロインとしてたくさんの命をふきこむ。


 私は妹の喪失を埋めるために、物語をつくるのだ。

 その世界は、最愛の夫にも明かせない、心の秘密。


 ……明かせないのは、やましいことがあるからではなく。

 ……言葉にしたとたん、軽く吹き消えてしまいそうで、怖いから。


 ネットにアップするもっと以前からの、あの「設定資料」と呼ばれるノートやスケッチブックの束が……。

 「私のかわいい妹の生きる世界」なんだと、私だけが知っていればいいことなのだから。



************



「今日は楽しかったね」


「うん」


「いっぱい話したね。あ~疲れた!気持ちいい疲れだぁぁ!」


「うん」


 狭い台所で湯をわかす。

 姉はテーブルで、カップめんの蓋をあけて待機してる。

 お箸をだして…、湯をそそいで、二人でむかいあって、待つ。


「出費したから、当分は節約だね、お姉ちゃん」


「うん」


「カイトさんとジョージさん、すごくお似合い夫婦だったねぇ」


「うん」


「新山さんとセージさん、眼福だったね、お姉ちゃん」


「ん。」


「ひまわりさん…大人しい人なのかなって最初思ったけど…、新山さんへのお兄ちゃん発言とか…なんか、全部『素』で面白い人だったね」


「うん」


「あぁいう人とお友達だったら…自然にふるまえそうだよね」


「ん」


「わかな姉さん、やっぱ綺麗だったね。わかな姉さんと新山さんがならんでも、目の保養になったなぁ」


「楽しかったな」

「楽しかったね」


 ハモりは、やっぱり、リアルだとずれる。

 不思議だけど。

 YUKⅠとミオのときは、はずれないのに。


 二人で、ずずっっとラーメンをすすりだす。


 狭い1DKに二人住まいは、少々不便だ。

 でも仕方ない。

 家にいると、お父さんはいつ暴れるかわからないし。

 再婚したお母さんにひっついていくわけにもいかないし。

 なんとかバイトとお母さんからの時々の助けと、奨学金で、学校はいけてるし、生活もなんとかなってる。


 家にいたときから、姉妹にとっての心の支えだったサイト運営は、やめられないから。

 お金のやりくりが大変でも、インターネットの接続とパソコンを手放すことはできない。


「また…行きたいね」


「うん」


「お姉ちゃん、食後、薬のむの忘れちゃだめだよ」


「ん」


 リアルはいろいろ大変だ。

 でも、心はいつだって、自由。

 ありがたいことに、脳内妄想の力が、私たちにはあるし。


「「ごちそうさま」」


 あ、ハモった。

 二人で顔を見合わして、笑う。


 ごちそうさま、おいしいイタリア料理!

 ごちそうさま、おいしいコーヒーにケーキ!

 ごちそうさま、嬉しい作品への感想!

 ごちそうさま、楽しい時間!

 ごちそうさま、良い疲れで食べるカップ麺……


 今日一日の幸せが詰まってハモる、ごちそうさま。

 きっと、YUKIとミオの余韻なんだ。


 明日からも、頑張れるよ。

 バイトも学校も通院もサイト運営も。

 また、いつか楽しい時間を送るために。一生懸命、頑張るよ。


 ……たくさんのちから、ありがとう。おやすみなさい。



***********



「おまえさ、ワザとだろ」


「ん?」


 ここは、セージ……前島誠司の実家の客間。

 風呂を借りたあと、部屋に酒瓶もって現れた誠司。

 結局、一緒に飲んでいた。


 オレの質問に、誠司はとぼけたふりをする。


「理紗ちゃんとの別れ際、実家に泊まるって、言ったの。あのタイミング、わざとだろ?」


 オレが丁寧に言うと、


「理紗じゃなくて、ひまわりさんと呼べよ」


と訂正してきた。

 ……突っ込みどころ、そこじゃないから。


「ったく、わかなさんが、『旦那さんによろしく』って言って牽制して、理紗ちゃん…ひまわりさんに旦那のこと思いださせてやってるのに、おまえなぁ…何やってんの」


「別に」


「未練ないだろ?この10年、いろいろオンナとつきあってただろ。本気も本気じゃないのも、どっちも。今さら10年まえの既婚者の元カノと…どうこうしたいってタイプじゃないだろ?」


「未練じゃないよ」


 日本酒のグラスをあけながら、誠司は言う。

 こちらは見ない。


「じゃ、なんなの。メアドまでわたしてるし。わかなさん、すんげー形相でこっちみてたぞ!」


「メアドは、『新山』だってわたしてただろ」


 誠司はあくまではぐらかそうとする。

 ……おまえなぁ。そうやってはぐらかすから、大事なもん手放しちまうんだよ。

 言葉にしないが、心ではイライラがつのる。


「オレだってわたすつもりなかったさ!でも、おまえだけ渡したら不自然だろう。トイレに行ったときも、二人で帰ってこないから、わかなさんハラハラしてたみたいだし。たぶん、ひまわりさんの旦那さんとも知り合いで、今日のことまかされてたんだと思うけど」


「わかなさん、責任感強そうだもんね」


 ひーとーごーと、かぁぁ!

 おまえの素行が、ハラハラさせたんだよ!


「…いいなぁ」


 誠司がこちらを見た。

 目がうるんでる……って、酔ったのか?


「いいなぁ、いっぱい褒められてて。綺麗な顔だと、特だよなぁ」


「なんだ、それ!」


 オレは一瞬でつっこみいれた。


「お兄ちゃん、とか言われて…いいなぁ」


 誠司がオレの顔をのぞきこんでくる。

 しまった、こいつ、日本酒には弱いんだった。芋焼酎もビールもワインもカクテルもいけるのに、日本酒だけが弱い!めんどくせーっ!

 ……からむなよ!


「やっぱ、未練あるんじゃねーの?」


「違うよ…」


 誠司は開けた障子の向こうの月明かりに照らされる庭を眺めながら、ポツリとつぶやいた。


「……初恋、だったんだ」


「……」


「メアドわたしたのは…あまりに平然と名刺わたしてくるから…ちょっとイタズラ心を出しただけ。…まぁ、うまくいけばメールのやりとりしても楽しいかな、と思ったのも少し」


 誠司はグラスを床において、足を投げ出した。


「でも…二人で廊下で水槽ながめながら話したとき…。駄目だって思ったから、ちゃんと言ったよ」


「なにを」


「連絡は取り合えないって」


「それって…」


「ん……まずいなって。これ以上関わったら、僕の中で、再燃、あるかもって思ったから。だから、火は小さいうちに消さないとね」


「……」


 オレは、黙る。


「初恋で……セックスどころか、キスも『触れただけ』だったんだ」


 誠司は、前髪をもてあそびながら、庭を眺め続ける。


「そういうのってさ、綺麗すぎて…大事だろ」


「…あぁ」


 オレも、うなづく。

 壊したくない思い出というのは、ひとつやふたつあるものだ。

 綺麗なまま残しておきたいもの。


「でも、やっぱりオンナは逞しいから。過去として、忘れ去られてしまいそうだったからさ」


「だから、最後に実家にいるとか言ったわけ?思い出さそうとして?」


「まあね。……『帰ります』って幸せそうに言う初恋の女の子、素直に男のところに帰すのも癪じゃない?」


 おまえ、微妙に腹黒だな?


「……でも、まぁ、ありがとう」


「はあ??」


 突然の感謝の言葉に、オレはわからずに疑問の声をあげる。


「お菓子渡してたの。あれ、気をそらすためでしょ?」


 バレてたか。


「ここへの手土産、無しになったけどな」


「いいんだよそんなの。……実家に帰省も久々だけど、相変わらず自分の家ながら良い庭だよなぁ」


 話題をかえるように、誠司は伸びをしながらたちあがって、障子を完全に開け放つ。

 月明かりに庭の玉砂利がきらきらとひかり、剪定された木々の陰が重なる。

 そこに灯籠のかげも色濃くうつって、闇の深さを増していた。


 人の心はいろいろ折り重なってできている。


 黒と白。

 イエスとノー。

 二者択一。

 そんな二つで割り切れる世界ではない。


 光りなのか、影なのか。

 揺れるようなあいまいなものが、漂っている。


 オレは、庭を眺める誠司の背中をみながら、思いだす。

 10年前の。

 誠司の一人暮らしのアパートで聞いた、留守番電話の声。


『理紗です。こんばんは。ひまわりの芽、どんどん大きくなってきました。勉強がんばってくださいね。おやすみなさい』


 再生される声を、愛しそうに聞く、誠司の背中。

 机に置かれた、誠司と一緒に制服姿でならんだ写真の女。


 友情というのも気恥かしいが……。やっぱり、友人が想う大事な女。顔は写真でしか知らないが、「長く続けばいい」「いつか、遠距離恋愛が終わって傍で笑い合えてるといいな」と思ってた。


 だから、いつのまにか机の写真がなくなり、時々あそびにいったときに聞こえてきた留守電メッセージもまったく無くなったとき。


 ……寂しさが、オレにもあったんだ。


 今日のまさかの偶然。

 オフ会で、あの写真の女の顔を見るなんて。

 写真の制服姿から、10年。大人の女の顔だった。

 左手の薬指には、結婚指輪。


 まさか?

 他人の空似?


 でも、名乗った時……「向日葵」といったとき、確信した。

 このひとが、「理紗」だ。


 リアルでは連絡もとっていないのに、インターネットの仮想空間でつながる不思議。


 ……夢かうつつか、幻か?



「……もう、会うこともないね」


 誠司が、つぶやいた。

 アドレスはもらっている。

 でも、「理紗」に通じる道は自分で断った誠司。

 波乱に満ちるであろう道も選べた。

 泥沼にはまるかもしれない道も。

 でも、誠司はそうしなかった。


 しばし逡巡してから、オレは言った。


「……オレは、そういう…誠司の名前どおりに誠実なところ、良いと思う」



 ちょっと沈黙があってから、ゆっくり誠司がふりむく。


 微苦笑をうかべながら、誠司は口を開た。


「BLは、勘弁」


「!」


 ……ちげーよっっっ!!!!


 オレは眼鏡をはずじして、眉間を揉む。


「まったく。この顔で、どんだけ苦労するんだ。」


「綺麗な顔なのに」


「女にBLの妄想ネタにされるんだぞ?うれしかねぇ!」


「まぁそうだな。その顔に寄ってきてつきあう女もいるのに、結局友達になってしまうね」


「オレは恋はできん」


「そう?」


「そうだ。オレには待ってる奴らがいる」


「仕事人間…」


「なんとでも言え!」


「飛行機でわざわざこちらに来たのだって、今回の事件に関連する情報を集めたかったからでしょう?僕まで誘って。」


「弁護するにも、今回は難しい案件なんだ。ちょっと多方面から資料を集めたかったしな」


「なんか、腐れ縁って本当に腐ってるよね」


 九州の大学の法学部で出会ったオレと誠司は、結局紆余曲折あって、同じ弁護士事務所で働いている。

 今回オフ会に参加したのは、もともと関東に資料をそろえるために来る必要があった日程にうまくはまったからだ。

 ついでに、誠司も誘った。仕事で手伝ってほしいのと、宿の確保。

 オフ会は息抜きに近い。


「休日なのか出張なのかグレーゾーンなのに、有給休暇扱いになってるんだけどね…」


「ボスの采配さ」


「……まぁ、いいけど。今回に関しては、僕にとってもいい時間をもらったから、明日からせいぜいがんばるよ」


 明日に向けて、気持ちも目線も切り替える。

 見つめなければならない現実世界がある。


「ありがとう」


 それは、どちらの言葉だったのか……。



***********



「母さん、メールの着信音してた」


 電車の切符を買う間、バッグをもたせていた息子が言った。


「ありがと」


 メール着信を確認すると、ひまちゃん…東条さん…だった。


『件名:ありがとうございました』


 内容は、家に無事に到着したことと、今日の礼を書いたもの。


「良かった、ちゃんと帰れたわね」


「どうしたの、母さん?」


「ん、今日いっしょだった子が、寄り道せずに帰ったみたいだから、よかったなって」


「母さん、今日会っていた人たちって、大人でしょう?寄り道って、そんな子どもみたいに…」


 息子の『なにいってんの?』という表情に、笑って返事する。


「あのね、大人は大人の寄り道への誘惑があるものなのよ」


「ふうん?よくわかんないな」


「当たり前、あなたには、まだ早いわよ。いつかわかるわ」


「……あ、父さんが来たよ!」


 遠くから、スーツ姿で手を振る夫の姿が見えた。

 私の会話を切り上げ、息子が嬉しそうに駆け寄って行く。


 ……それにしても、セージさん、なんだか危うい香りが時々したなぁ…。

 ……あくまで、女の勘、なんだけど。

 ……かといって、手出ししようっていう雰囲気でもなかったから、杞憂だったのかしら?


 ま、東条さんは無事に家に着いただろうし。

 あの東条さんが可愛くって仕方がないと見つめてた旦那さんのところに、無事に戻ったわけで。

 私もなんだか肩の荷がおりた気がした。


 ……だって、朝のあの旦那さんの寂しそうな瞳が、なんだかしょぼ~んとした子犬みたいで、放っておくのがしのびなかったんだもの。


『RE:ありがとうございました』

『こちらこそ、ありがとう。東条さん、また明日ね!こんばんは、ちゃんと旦那さんを可愛がってあげなさいね~ 岬』


 返信メールが送付されたことを確認して。


 私は、夫と息子の元へ…歩き出した。



新山斎は別作品・短編『眼鏡はずした男子』でも登場しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ