第二話-9
カフェ『楓』移動してからも一部始終、私たちはワイワイとにぎやかだった。
サイト運営の話し、キャラ作りの話し。
それから、私やジョージさん、セージさんに、小説のどのシーンが好きだったか……との質問がでたりもした。
同じ小説を読んでも、感じ方の違いがでる。
そして、読者が思っていたものと、書き手が思っていたものと違う部分もでたりして、話題がつきなかった。
しかも、カフェはケーキもおいしい店で。
甘いもの好きのYUKIさん、ミオさん、私で大いにスィーツの話しでも盛り上がる。
そこで、新山さんがお菓子作りまでできるという話しになり、セージさんの誕生日に新山さんが作ったケーキで祝った過去話が浮上してきて、YUKIさんミオさんがますますテンションがあがりっぱなし。
私はBLサイトに手を出したことがなかったんだけど、話しの流れから、
「これよかったら、BLサイトの方のアドレスです!」
と、サイトのアドレスとメアドも書かれたカードを渡された。
自然に、私も手作りしてきた「向日葵」のフリーメールのメアドの名刺を差し出す。
YUKIさんとミオさんにだけ渡すのも変だし、そのオフ会は集まった面々がとても楽しくて居心地がよかったから、もし今後交流もてるならと、深く考えず持ってきた枚数を流れで配る形になった。
セージさんの手に「向日葵」のカードがまわったときには、再会で「ひまわりです」と名乗ったときのように、もう何も気おくれしなくなっていた。
皆に「ひまわりさん」「ひまちゃん」と呼ばれているうちに、慣れてしまったのかもしれない。
雰囲気で皆がおのおのアドレス交換をしあっていく。
「ひまわりさん、これ」
セージさんからも、メモにメアドを書いたものをもらった。さっと書いた字のはずなのに、綺麗に並んだ文字。やっぱりセージさんのアドレスもフリーメールだ。
「……ありがとう、ございます」
受け取ると、セージさんは少し会釈してジョージさんの方にもアドレスを渡しに席を移っていった。
私は、受け取ったメモを眺める。
何処に住んでるかもわからないけれど、連絡がとれるんだよね。
なんか変な気分。
すると横から新山さんが空いた私の隣に、少し隙間をあけて座った。
手にはアドレスを書いてあるメモ。
「オレのもわたせるけどさ……いいのか?」
ちょっと眉根を寄せて、私の顔を見る。
綺麗な顔って、眉をよせてもそれがキマるんだからすごいなぁ……。
そう思って見上げてると、ちょっと小さな声で新山さんは言った。
「……さっきわかなさんの言葉にあったけど、既婚者だろ?旦那とか気にしないわけ?」
「え?」
「……お、まえ……いや、ひまわり、さん。あんたもうちょっと、危機感とか持った方がよくないか?」
「危機感?」
「ほいほいアドレス渡したり、もらったり。何かあったらどうすんの?」
「……」
「わかなさんがいるから安心してるのはわかるけど、実際、このメンバーはつきあい長い奴らだし、面倒ごとは起こらないとおもうけどさ。でも、初対面で男にもアドレス配るのは無防備すぎじゃないのか?」
新山さんの言葉、もっともかもしれない。
私は、この数時間で、みなとすごく楽しい時間を過ごせて、仲良くなれた気がして。
アドレス伝えるのも、抵抗がなくなっていた。
たしかに今回は岬さんのいるし安心してるところがあるにしても…私はすぐに夢中になってちゃんと冷静に考えることができなくなるから……。
この忠告は、すごく大切なことなんだって思った。
やっぱり、新山さんて。
「新山さんて、親切ですね」
私が感謝の気持ちを込めて新山さんに言うと、新山さんはまた眉をピクッと動かし、こちらを軽くにらんだ。
「やっぱり……おまえ、無防備だ。さっき、わかなさんにも言われてただろ、安易に褒めるんじゃねぇ!今回は、集まったメンバーが良かったと思えよ!次から気をつけろ」
「はい、ありがとうございます」
「……オレのアドレス。でも、変なことにならなかったとしても、置いておかれる旦那の気持ち、考えろよ。おまえ、鈍そうだから」
「やっぱり……新山さん、人の良いイケメンお兄ちゃんキャラですね……」
私が新山さんの洞察力に感心しながら言うと、新山さんは心底うんざりした顔になった。
それでも、やっぱりカッコいいんだけど。
*******
それは、私が化粧直しにお手洗いに立ったときだった。
カフェの個室は離れのようになっていて、お手洗いまでの廊下には熱帯魚の水槽が置いてある。
ひらひらと泳ぐ魚がキレイでちょっとのぞきこんでると、セージさんが来た。
「熱帯魚?」
「はい」
彼も隣に立つ。
しばらく泳ぐ魚を見つめる。
互いに沈黙。
他の人はいないし、「先輩ですよね?」と言ってみるのもアリなんだろうか。と、一瞬思う。
同時に、もう最後まで初対面の振りをしつづけた方がいいんじゃないか……と思う気持ちもある。
沈黙をやぶったのは、セージさんだった。
「……ひまわりの花は咲いた?」
微かな声だった。
これは、私と「せーじさん」だけがわかる話だ。「セージさん」ではなく。
「……はい。大きな花、咲きました。タネもいっぱいとれました」
10年前の夏を思い出す。
せーじさんと、遠距離恋愛の末、別れた後、咲いた花。
大きな大きな花は、青空の下、明るく咲いた。
私は泣きはらした目でそれを見つめたのを覚えてる。
お互い、どうしたらいいかわからなくて。親につきあいを反対されて、不安で孤独で。
でも彼は遠くって。学生には、互い簡単に会いに行ける距離ではなくて。
公衆電話を探して電話するのも疲れ果てて。
……理由を上げようとすれば切りがないけど、とにかく、「別れる」「もう連絡を取り合わない」ということを決めた後、咲いた花。
あのとき思った。
「せーじさん、咲きましたよ」
って、ひとことでいいから、伝えたかった。
それを思い出して、同時に今、せーじさんからそれをたずねられたことで、彼も気にかけてくれていたことがわかる。
胸がきゅぅとした。切なくなった。
私は、遠距離恋愛中、ずっと向日葵の成長を電話で報告していた。
せーじさんが不在のときは、一人暮らしの彼のアパートの留守番電話にメッセージを残したこともある。
……『もらった向日葵のタネ、植えました』
……『芽が出てきたんですよ』
……『どうしよう、ぐんぐん伸びてきたけど、添え木とかいつしたら??』
ケイタイだとか写メールとかなかった時代。
デジカメだって、すっごく高価だったころ。
今だったら、ひまわりの成長を写メにとってすぐに送れるようなこと、ひとつひとつことばにして電話していた、あの頃。
私にとっても初恋、そして彼もたぶん初めての恋愛で。不慣れな私たちは、沈黙を味わえるほど慣れた恋人ではなく。
かといって甘いささやきを電話で伝えあえられるほど、オープンでもなく。
行きついた話題が、学校のこと、向日葵のことだったんだもの……。
私たちは、並んで熱帯魚を眺めながら、心は遠い学生時代の日々を見ていた。
「……ごめん」
ふいにセージさんが言った。
「え?」
「別れることになって……守れなくて、ごめん」
また、胸がきゅっとした。
……つなぎ続けたかった心。
……寂しかった心。
今、わたしの心は10年前の遠い日々を見てるから、だからこんなに胸が痛いんだ。
「セージさんの、せーじさんだけのせいじゃありません……。私とせーじさん、どちらもが……若かったんです」
私が言うと。
「若かった……かぁ。そうだなぁ」
そういって、軽く笑った。
となりを見上げると、優しい瞳をしたせーじさんが、
「今日は会えてよかったよ。本当に偶然の偶然だろうけれど」
「はい」
「結婚、おめでとう。……って、だいぶ前に結婚したのかな」
彼の視線が、私の左手に行く。
私も自分の左手の薬指に目を向ける。
ちょっと互いに黙った後、
「さっき、名刺くれたけれど……」
「はい」
「たぶん、連絡は取りあえない、と思う」
「……はい」
「君は……きっと何も考えずに配っていったんだろうけどね」
そういって、くすっと笑った。
「ごめんなさい?」
「わかってないのに、あやまっちゃ駄目だな」
「……はい」
「別に心残りがあるわけじゃないけど……僕は、器用じゃないから……」
私が返事ができずにいると、
「旦那さんにも、あまり心配かける行動とっちゃだめだよ?」
と、セージさんが言った。
「それっぽいこと、新山さんにも言われたんですけど……。あの、私って危機感なかったり、心配かけるタイプでしょうか?」
ちょっと意識して明るい声で返事してみると、
「そうだね。僕は、つきあってた頃、心配でたまらなかったよ。誰かにとられちゃうんじゃないか、僕の知らない間に他のヤツに夢中になるんじゃないかってね」
「……そうなんですか」
……信用ないな、私。
私自身は、こんなに一途なのになぁ。
……ちょっと悲しい。
「まぁ、男は独占欲強いから、ね。だから、君が思う以上に、ハラハラしてるかもしれないってこと」
「はい」
元カレに言われちゃ……もう、どうしようもない。
私は素直にうなずいた。