第二話-8
私が「ひまわりです」と名乗ったとき、一瞬その瞳が揺れた気がしたけれど……先ほどと同じようにその目は伏せられた。そのまま向きをかえて周りの人をみまわすように自然に流れていく。
そして、
「セージです。新山とは、かれこれ10年の腐れ縁です」
と言って会釈した。
その後『セージ』さんは、新山さんの隣に座ってから、静かに皆の会話に耳をかたむけるか、運ばれてくるパスタやピザやシーザーサラダなどの料理をゆったりと食べてるかのどちらかで、ほとんど口を開かなかった。
かといってそれが周囲に不快をあたえるような沈黙ではない。
ときどき頷き、応答するかのように目をしばたたかせ、個性の強い面々の話を興味深げに聞いているのは伝わってくる姿だった。
先輩の『セージ』さんは、10年前も、基本的に静かな男の人だったというのを思い出す。
今もそこはあまりかわらないらしい。
でも外見は、当たり前なんだけど……「大人の男性」にかわっていた。
もちろん18、19歳の先輩だって立派な男性の姿ではあったけれども、そこにはまだ学生の青少年っぽさが満ちていたんだと思う。
今は……。
ちらりと視線をむけると、そこには落ちついた29歳の男性がいる。
首から肩にかけてのライン、フォークを持つ指先。記憶にある先輩よりも、もっと節々がしっかりしていた。
新山さんのとなりで食事していた先輩が、暑くなってきたのか羽織っていたブルゾンを脱いで椅子にかけて黒の長Tシャツになった…その仕草が、昔の記憶のかわらず優雅というか綺麗な動作で。
……あぁ、やっぱり「せーじさん」なんだ……と思った。
*********
「新山さ~ん、そろそろサイト作りましょうよ!投稿サイト利用するばっかりじゃなく~」
YUKIさんが、新山さんに話をふっている。
そういえば、新山さんの作品はいつも投稿サイトで掲載されていて、独自のサイトやブログもない。
「やだね。管理するのが面倒」
新山さんは、美しい所作でパスタをフォークに絡めながら即答する。
「そっかぁ。けっこう感想とかもらえるし、書き続ける元気もらえるんだけどな」
YUKIさんがそうつぶやくと、カイトさんが横でほほ笑んだ。
「新山さんは、きっと感想をもらってももらわなくても、淡々としてるでしょう?」
カイトさんの言葉に、新山さんは片眉をあげた。
そして、ちょっと息をつきながら言う。
「もともと発表したいという気持ちがあったわけじゃないですからね。友達にすすめられというか、勝手な善意により、知らぬ間にUPされてたというか。まぁ、下げないのは、やっぱり読んでくれるありがたさは感じるからなんですけど、読み手がいなくて一人でもオレは書きますね」
「なるほどねぇ。じゃあ、新山さんが書き続ける原動力って?」
岬さんがたずねた。
その質問に、新山さんはしばらく考えたのち、口を開いた。
「文章を書くのは頭の中の整理に近い。書き続けるのは……はっきりいって、自分の為ですね。オレの場合。」
「ふ~ん。わかな姉さんの青春時代の欲求不満で学園小説書いてるっていうのに、似てるのかなぁ?」
ミオさんが、可愛らしく小首をかしげて聞いた。
「どうだろ?私は、『頭の中の整理』というより『心の整理』かしらねぇ」
と、岬さんが答えたときに、それまで黙って聞いていたセージさんが口を開いた。
「……新山は、いろいろ物事を見つめて分析しすぎるんだ。人とのやりとり、会話、物事がどうして起こったのか、どう解決したのか。普段の生活でも、じっくり見つめすぎるから、頭の中に情報が入りすぎるんだろうな」
セージさんの言葉に、新山さんは頷いた。
「そうだな、文章を書いて自分の考えた物語を構築しながら、生活で入ってきた情報を整理してるんだろうな。ある意味、オレはそれでストレス解消してるんだろう。……セージ、良く見てるな」
「まぁ、10年来のつきあいだから」
セージさんの返答に、新山さんは「……ふん」と照れたように、そっぽを向いた。
二人はオフラインで良い友人関係なんだろうな、というのが伝わってくるものがあった。
……10年かぁ。
ちょうとセージさんが大学に入学してからのつきあいなのかな。
私とつきあっていたときが10年前だから、遠距離恋愛の向こうの世界に新山さんがいたのかもしれない。
そんなことを思いながら、私が運ばれてきたデザートのアイスクリームを口にしていると。
「うわぁぁぁ、なんか、カッコいい!」
突然ミオさんが叫んだ。
え、な、なに!?
そこにYUKIさんが
「萌えだよね!!!」
と、きいぃぃんとする叫び声をあげる。
……は?
……萌え??
新山さんが「げっ」という美男にあるまじき反応をし、イヤそうにYUKIさんとミオさんのことを見た。セージさんは、わからないという顔をして、小首をかしげている。
だが、岬さんとカイトさんは「ふふふ」と笑ってる。
私は何が何なのかわからないでいると、YUKIさんとミオさんが、不思議な顔をしていた私に気付いて、
「「あたしたち、別サイトでBLもやってるんで!」」
と、ハモってくれたのだった…。
BL……つまり……。
「新山さんとセージさんのカップリングを想像したってこと?」
と、私が聞くと、ゴフッッと横で水をふく音が聞こえた。
となりを見ると、新山さんが手の甲で荒々しげに口元をふき、セージさんが私のことを凝視していた。
手をナフキンでぬぐった新山さんが、私を睨むようにしながら、
「オレとセージは、ただの友人だ。YUKIとミオもわかってるだろ?目の前の人間つかって妄想ひろげるなっ!」
と言って、ついでにYUKIさんとミオさんのこともたしなめる。
すると、
「え~っ。でも新山さんは綺麗だし、セージさんは大人な色気あるし、妄想とめるのは難しいですよ~。脳内の活動なんで!」
とYUKIさんが返した。
「……オレは、おまえらのノリに慣れてるけど、セージは初対面なんだ。気をつけろ」
YUKIさんの切り返しに対して、新山さんは眉をよせつつも、再度たしなめる。
そしてため息をついて、「おまえらの創作の趣味については、アレコレ言うつもりはないけどな」と付け加えた。
その姿をみて、私は思ってしまった。
……なんだか、新山さんて……。
「……良いお兄ちゃんみたい」
あっ!しまった!
私は咄嗟に口を手でとじる。
いつのまにか、私は思ったことをポロリと口にしていた。
あわわわ…。
ちらりと新山さんの方をみると。
「ひまわりさん、『お兄ちゃん』って何ですか…」
げんなりした顔で、新山さんは私にたずねてきた。
やっぱり、聞こえてたか。
「ゆ、YUKIさんの言動に注意してあげてるのが、なんか面倒見の良いお兄さんみたいだなって思って……」
と、私が素直に答えると、
「ひまわりさ~ん、ぴったりな指摘です!そうそう、新山さんのポジションって、面倒見の良いイケメン兄ちゃんって感じです!!」
とミオさんが声をあげた。
YUKIさんも「だね~っ!」と同調すると、横からカイトさんが落ちついた声で、
「私もひまわりさんの指摘、同意するわ。新山さん、クールに決めたいのはわかるけれど、無理よ、あなたの繊細で不器用な優しさは、にじみでちゃってるから」
と、にっこりとほほ笑んだ。
*******
カイトさんの笑顔のつっこみの後、もうあきらめたのかなんなのか、新山さんは眉をピクッと動かしただけで、返答はしなかった。
そして、食事そのものもデザートを皆たべおわったことで、いったんこのイタリアンレストランを出ることになった。
次は個室のあるカフェを予約しているらしく、そこに移動みたいだった。
会計幹事は、岬さんがやってくれたので、先にみんな荷物をもってレストランの外にでる。
店外にでた途端、秋の風が通り抜けていっきに冷気が身体にしみた。
ジョージさんが、カイトさんにジャケットをはおらせている。
私も念のための防寒具としてもってきていたショールを肩にかけようとした。
でも、大きなショールを広げるのは手にもったバッグがじゃまで、いったんどこかに置きたいと思ってきょろきょろしていると、スッと隣にたつ人がいた。
みると、セージさんだった。
「バッグ、もとうか?」
自然に聞いてくれるので、私はコクンと頷いていた。
「お願い……します」
私は差し出された手にバッグを渡して、ショールをひろげ羽織り、もういちどセージさんを見上げた。
「ありがとうございます。もう大丈夫、です」
「うん」
そっと返される、バッグ。
……記憶がよみがえってきた。
高校時代、彼はわたしの家まで自転車を押しながら歩いて送ってくれた。
そのとき、彼はいつも私のかばんを自転車かごに入れてくれるのだ。
二人乗りしたら、早いんだろうけれど。
そんなの、お互いわかっていたけれど。
……そこはお互いに気付かぬふりして、自転車を押して歩いた夕暮れの道。
そして、私の家の近くまで来たら、返される、学生鞄。
夕暮れの伸びる二つの影の記憶。
それらを懐かしく感じながら、私は返されたバッグを受け取った。
もういちど「ありがとう」と言ってうつむくと、ちょうど岬さんが店の精算を終えて出てきた。
「じゃ、次いこうか~。店はいつもの『楓』だからね。あ、ひまちゃん、はぐれないように着いてきて~」
「あ、はい」
岬さんに言われて、顔をあげる。
同時に、新山さんが「セージも、行こうぜ」と呼びに来た。
YUKIさんとミオさんが「うわぁ、『行こうぜ』って誘ってる!」と黄色い声をあげる。
「おまえら、な……」
またまたげんなり、した顔の新山さんに、私はクスっと笑ってしまった。
私の笑い声が聞こえたのか、新山さんはピクっとこちらを見て軽くにらんだ。
あ、やっぱり綺麗な目をしているなぁ。
銀縁眼鏡越しの、切れ長の目。
YUKIさんとミオさんのからかい、私の笑いにイラっとして険しさを増してるのが、余計に鋭さがあってカッコよく感じる。
新山さんはこちらをにらんでいるし、私はそれがカッコよくて見つめていると、先に口を開いたのは新山さんだった。
「なに、見てんの?なに、笑ってんの?何かオレの顔についてる?」
ちょっと意地悪く言うことばも、サマになってしまうから不思議。
私は素直に、
「新山さんの顔、綺麗だなと思って……」
と言った。その途端、ぶっと吹きだすような笑い声が聞こえて隣を見ると、岬さんが笑ってる。
「……ひまちゃん、素直さ炸裂ね。失礼にならない程度に素直な、そのベストバランスがやっぱり素敵よ」
と言った。
すなお……かなぁ?
本当に私が素直なんだったら、セージさんに、「おひさしぶり」ってあいさつできただろうに……。
「男が綺麗と言われたって、何もうれしくないね。変な誤解されるし」
新山さんは不満顔で言った。その隣でセージさんも苦笑している。
その穏やかさに安心して、私は言った。
「でも、本当に綺麗だなって思ったんです。私の夢のガイルにそっく……」
あっっっ!
私はまたしても自分の失言に気付いて、口を手でふさぐ。
……でも、時すでに遅し。
新山さんは、眉をピクピクさせるだけでなく、そのすべらかな頬のラインまで今はピクピクさせている。
「お~、ひまちゃん、新山さん見て、カイトさんの作品のガイルを思い出したの?」
と、岬さんが私の顔をのぞきこんできた。
私は仕方なく、うなづく。
「そうです……。黒髪で目鼻立ちそろっていて綺麗だけど、ちょっと仏頂面で、でも優しくて……」
私の夢に出てきたガイル、そっくり……。
そう続けたいけれど、さすがにやめた。
……あいたたた、痛い女だな、私。
わかってる、そこは哀しいけど、わかってるとこだった。
そもそもネット小説にはまって、夢にまで出て、寝言で名前だして夫に嫉妬されている時点で、もう「イタイオンナ」でしかない。
わかってる、わかってるの。
でも、やっぱり、大好きなキャラの想像上ぴったりな姿が目の前にいて、しかも私も大好物な「銀縁眼鏡」かけてしゃべってたりなんかしたら、一生懸命失礼にならないように……って自制していても……見ちゃう。
目が追ってします。
だって、きっと大好きな芸能人が街角にいたら、見ちゃうでしょう?きっとみんな、そういうものだと思う……よ……。
と、頭の中でぐるぐるおもいつつ、岬さんにすがる目を向けると。
「はいはいはい、そこまでよ、ひまちゃんっ!既婚者が他の男性を褒めすぎるのも問題がでるからねっ!はい、そこ、新山さんも照れないでいいから!」
岬さんは、私の発言をさらっとさばき、重ねて新山さんにつっこみをいれた。そこに「照れてなんかない!」と間髪いれず返事が飛んでくる。
それすら「はいはい」とあしらって、岬さんがカイトさんのそばにかけよった。
そして、ジョージさんとカイトさんにならびながら、
「ひまちゃんがですね~、新山さんをガイルそっくりだと思ったそうですよ~」
と話した。
ぎゃぁぁぁ。何、ばらしちゃってるんですかっ!作者さまに!
と思って、いそいで弁解しようと、私もカイトさんの方に駆け寄ったら、カイトさんが、私の方に向き直って。
「ピンポンピンポン!ひまわりさん、鋭いわ!」
「へ?」
「ガイルはね、新山さんから想像を広げて作ったキャラクターなの」
「えぇっ?」
「私、世界観やストーリーを考えるのは好きだけど、男性キャラの描写が下手でねぇ。現実にいる男性を参考にさせてもらうことが多いの。ガイルは新山さんの姿を参考にさせてもらったの。だって、とても綺麗なんですもの」
カイトさんは、おっとりとほほ笑む。そんなカイトさんに、横のジョージさんは、
「おいおい、あまり他の男をほめすぎないでおくれよ」
といいながら甘い瞳でたしなめている。
私が新山さんの方をうかがうと、すーごーく、イヤそうな顔をした新山さんがいた。
「話し作りとして尊敬するカイトさんの頼みだからOKしたが、あくまで参考なだけだ!」
「新山、長いつきあいになるが、これは初耳だな。これからカイトさんの小説を読ませてもらう時に、楽しみが増えるよ」
セージさんがにんまりと、新山さんに笑いかけていた。
その二人のやりとりに、私はつられて笑ってしまう。
ちょっと、「元カレと再会」なんて気まずいタイミングすぎたけど。
それを抜きに考えるなら、今日の7人の皆との出会いは、すっごく楽しいなぁ……と、お気楽に考えていたのだった。
本当に、お気楽に。