第二話-6
会場のイタリアンレストランは、薄いオレンジいろの壁にレンガをところどころにあしらった、すごくかわいいお店だった。
ドアを開けると普通のレストランのようにテーブルが並び、昼時なのか賑わっている。
岬さんである『わかなさん』が、「個室予約のものですけれど……」とウェイターに声をかけると、「こちらでございます」と、奥に通された。
可愛らしい木のドアの前で、ウェイターの歩みが止まる。
とうとう、きちゃったんだ!
どきどきどき……。
私はひまわり、ひまわり、ひまわり……。
「開けるわよ、ひまちゃん?」
と、岬さんに声をかけられ顔をあげると。
ウェイターがノックしてドアを開けるところだった。
一瞬、まぶしく感じる……。
ぎぃばたん……、
「「わかな姉さぁぁぁぁん!!!!」」
えぇぇえ???
甲高い女の子の声が二重奏になりながら、なにか白いふわふわの塊が部屋から飛び出してきたかと思うと、私の前にいた岬さんにガシガシガシとのりかかった。
「きゃあぁっ!ひさしぶりですぅっっっっ!わかな姉さん、会いたかった!!!」
よくみると、白いふわふわは、「人」だった。しかも、ふたり。
薄茶色の綺麗に編みこみされている頭が二つ、岬さんにすりよっている。
ウェイターさん、ドン引きしてます…。
というより、背後、レストランの通常のお客さんの視線が痛い。
「YUKIちゃん、ミオちゃん、おひさしぶり。まぁとにかく中へ、ね?」
岬さんは慣れているのか、落ちついた口調でみんなを中に促した。
*****
「おひさしぶり~」
岬さんは中に入ると、白いふわふわ二人を腕にしがみつかせたまま、器用に手を振った。
その先には、40代くらいの女性。
白のブラウスに深緑のロングスカート、ニットのカーディガン、首元には琥珀のロングネックレス。眼差しが優しくきらめいていて……。
あぁ、きっとこの方が「カイトさん」だ、とすぐに思った。
「わかなさん、お久しぶりね。新山さんとお連れの方は、飛行機の到着が遅れたから少し遅刻するって連絡があったわ」
その女性は岬さんに伝え終わると、私の方にも目を向けて、
「初めまして。カイトです。よろしくね」
と、挨拶してくれた。
その柔和なほほ笑みにドキドキしてしまう。
「わ、わかなさんに連れていただきました、向日葵です。今日はよろしくお願いします」
なんとか、挨拶した。
「あ~、カイトさん、抜け駆け~!!!あたしも自己紹介する!!!」
という言葉と共に、岬さんにしがみついていた白いふわふわの一人が、ぴょこんと私の前に立った。
「『さよな、さよなら、さよなら?』のミオです!四コマ描いてます~!」
にこっとほほ笑んでくれた、女の子。
色白に、薄茶の綺麗に編みこんだ髪。髪にはふわふわの羽毛のような飾りもあみこまれている。服も白いふわふわした生地のセーターワンピース。
身体の線にそったワンピースのはずなのに、小柄で華奢な身体のラインと幼いエクボの笑顔のせいか、肉感的な嫌味がまったくなかった。
……なんか、子ウサギのような感じで、むっちゃくちゃ可愛い……。
「ひまわり、です。よろしくお願いします」
私が挨拶すると、ミオさんのとなりに、もう一人の白いふわふわが飛び込んできた。
「ミオの姉のYUKIです!小説書いてます!!よろしくぅ!」
ミオさんより大人びた顔をしているものの、ミオさんと同じく小柄で華奢な身体でおそろいのワンピースを着ているYUKIさんは、とうてい20代には見えなかった。
ミオさんと並んでいると、二人の子ウサギの妖精みたいだ。
な、なんかまぶしすぎる……。
「ひまわりです。サイト、楽しませてもらってます」
と挨拶すると、YUKIさんとミオさんは、「「うれしい!!!」」と二人でハモッて返事をしてくれた。
「ほんと、YUKIとミオは元気ねぇ。YUKIの連れてきた『読み手さん』、ミオなんだよね」
岬さんが、にこにこしながらこちらに来た。
岬さんの言葉に、YUKIさんがちょっとしかめっつらして言った。
「だってぇ、私、ミオ以外にだ~れにもサイトのこと話してないんだもん」
「そうそう!」
ミオさんがあいづちをうつ。
そして、
「……でも、わかな姉にもカイトさんにも、新山さんにも会いたかったんだもんね!」」
と、二人でハモッた。
すごいなぁ、このベストタイミング!
「カイトさんの読み手さんは~?」
岬さんがカイトさんを振り返ると、カイトさんは、ちょっと離れたところで席についていた男性に向かって、「ジョージ、来て」と呼んだ。
立ちあがって、集まっている私たちのそばに来たジョージさん、すごく背がたかい。190センチはありそうな男性だった。
「ジョージです」
はにかむようにほほ笑んだジョージさんは、近くでみると、彫の深い顔立ちをしていた。
目は薄茶色で、髪も茶色。
カイトさんが、「ジョージの祖父はイギリス人なの」と言った。
そして、ちょっと頬をそめながら、
「そして、私の夫であり、私の書くものの最初の読者でもあるの。」
と付け加えた。
夫婦なんだ……。
私はドキンとした。
……数巳、どうしてるかな。
なんだかちょこっとだけ、胸が痛む気がした。
そのときちょうど岬さんである「夕月わかなさん」が、
「ネット小説で夜更かし確実な友人の『向日葵』さんよ。純情路線確実なひまちゃんを、よろしくね~」
と、よくわからない紹介をしてくれて。
私は、ふたたび、みんなの前で礼をしたのだった。
・・・・
・・・・
・・・・
それぞれが、名乗った後は席に着いた。といっても、YUKIさんとミオさんは岬さんにじゃれつきにいっている。
大きな木製のテーブルは、ゆったりしていて、椅子もすわりごこちがいい。
新山さんとお連れさんは遅くなるとのことだったので、食事は先に初めようということになった。
みなさんの顔を失礼にならないていどにそっと見てみる。
なんかなんかなんか……。
それぞれ個性があるっていうか。オーラがあるっていうか、作品のイメージ通りで、私は感動していた。
カイトさんの、落ちついた輝き。寄り添うジョージさんの木漏れ日のような柔らかさ。
二人には、あたたかく包み込むような雰囲気があって、ものごとを深く見つめるような静けさがあるたたずまいだった。
隣には、YUKIさんのハイテンションな明るさと、ミオさんのキラキラした若さ。
見ための可愛さと明るさは突き抜けてるのに、岬さんにじゃれ付く勢いにはどこか不安定なアンバランスな神経質さもあって、胸がどきどきして目が離せない吸引力がある。
YUKIさん、ミオさんにじゃれつかれている岬さん……夕月わかなさんは、ふたりをあしらいつつカイトさんとジョージさんに近況を話したりしている。
その姿は、会社での総務の頼れる先輩としての岬さんと変わりはないんだけど、もっと勢いと明るさがあるように感じた。
私が黙ってるのに気付いた岬さんが、
「ひまちゃん、カイトさんにエルディバラン王国の設定資料みせてもらったら?」
と声をかけてくれた。
一瞬、言葉の意味がわからなくって、首をかしげた。
せっていしりょう?
岬さんの言葉をうけてか、カイトさんが大学ノートとスケッチブックを数冊そっとこちらの方においてほほ笑んでくれる。
「恥ずかしいけれど、私なりの世界観みたいなものの資料なの。どうぞよかったら、見てみて?」
「い、いいんですか……」
私がおずおずと返事すると、カイトさんは優しく頷いてくれた。
設定資料っていうのがよくわからないもののノートとスケッチブックに手をのばして、そっと開いてみる。
……びっくりした。
ノートの中に、手書きの地図があった。
書きこまれる、山脈や海の名、国名、地名。
でも、その形は私が知っている世界地図とは違った……そう、きっとエルディバラン王国周辺の地図。
ページをめくっていくと、地図の国境が変化した地図がいくつも変わっていく。
そこには、年代表記があって……。
あぁ、歴史なんだ、国境が変遷して言いってるんだ……と、歴史が苦手な私にも伝わってきた。
別のノートには、歴史年表もある。。
「カイトさんはね、すごく細かく世界を構築しているの。歴史も地形も風土も。別の地球があるみたいよ」
私が開くノートにそっと寄り添うようにして、岬さんが説明してくれる。
スケッチブックを開くと、そこにはデザイナーの服のイラストみたいないろんな衣装の絵があった。
「これは…服?」
「そう、風土によって服装もかわってくるでしょう?採れる植物などによって、布を編む材料もかわってくるだろうし、人種や体型もね」
カイトさんも説明に加わってくる。
「エルディバラン王国を中心に、その周辺もあるんですか?」
私が顔をあげてカイトさんをみると、ほほ笑んでいた。
「そう。私、ちいさなころからね、違う世界を思い描くのが楽しみだったの。だから、これは私の40数年分の蓄積」
「カイトは小説を書いているけれど、それは、この自分が思い描いた別世界のほんのちょっとの表現にすぎないんだよ」
隣からジョージさんが、慈しむような目でそのノートを見てから、私に語りかけてくれた。
「ふふふ、私、文章書くの苦手だし。キャラクター作りとか、若い感覚がないから抜け落ちてしまって。表現力がおいつかないの……。私の心は夢ばかりみてるのに」
カイトさんは、そういって笑ったけれど、私は圧倒されていた。
すごい……。
私はガイルとリリアの恋とかそういうのに夢中だったけれど、その向こうにこんなに広い世界があったんだ……。
「まぁ、だからねぇ、書籍にならないのよね」
と、岬さんが横でため息をついた。
「世界が広すぎて、しかもそれがオリジナルすぎて、ネットでしか公開できない……でも、そこが魅力です!!」
よこからYUKIさんがキラキラした目で言った。
カイトさんのことを尊敬しているっていう瞳。
「あたしは、そういう世界をつくりだせる知識もないし、心意気もないし。どっちっていうか、コメディのどたばた書いてストレス発散している感じですね」
YUKIさんが語る。
「メールや拍手で『面白かったです!』『元気でました!』ってコメントもらったら、よし次もやるか!って元気でるよね」
と、ミオさんが続ける。
YUKIさんは、そんなミオさんにうなづきながら話してくれる。
「あたしもミオも、サイト始めたころはまだ中・高生だったんですよ~。学校生活では悩み多くて……。っていうか、病気のこととか人間関係で、実際のところ登校できない日も多かったっていうか。親にも申し訳なかったよね」
「そうそう。姉妹そろって、どんよりしてた時期もあって心配かけてね~。だから、ネットをつかって、画面のむこうにいる人に、『面白い世界で一緒に遊ない!?』みたいな誘う気持ちで書きはじめたんだよね!私は絵が好きだったから、四コマで!」
YUKIさんとミオさんは、
「だから背景の設定資料とかはほとんどない!」
「そのぶん、キャラクターづくりに力入ってます!やっぱりカッコイイ子とか、可愛い子とか、なんか特技とか突き抜けたスゴイ力もってるとか……楽しい世界で楽しみたいから、キャラはふたりでいろいろ話ますよ~」
と笑顔で話してくれた。
そっかぁ、いろんな書き方があるんだなぁ。
「わかな姉さんは、学生時代の欲求不満の解消でしたっけ?」
YUKIさんが岬さんに話をふると、岬さんはうなづく。
「そうよ~。受験勉強一心の、灰色の青春時代だったからね。ネットで青春時代を取り戻す感じで、学園恋愛モノをとにかくいっぱい妄想して書いたの。」
「学園の設定とか、けっこう細かいけど、やっぱりノートとかあるんですか?」
私がたずねると、岬さんは首を横にふった。
「矛盾がでてこないように、いちおうテキストファイルでメモは残しているけどね。正直なところ、学校に関してはけっこう実際の学校をモデルにしてることも多いから、あまり困らないの。キャラクターがまきこまれる事件や物語の伏線は……」
「「アタマにはいってる!!!」」
岬さんが言う前に、YUKIさんとミオさんがはもった。
「わかな姉さんは、ほんと賢いの。記憶力すごいんだよ~。あんなにたくさんの作品かいているけれど、矛盾とか設定ミスとかないの。アタマの中で整理されてるんだって!!」
私も驚いて、岬さんをみた。
会社でも、デキる人、ではあるし…本当に頭の回転もはやくて、気がきいて、すごい人だと尊敬してきた岬さんだけど。
……本当にすごい人だったんだ。
みんなの眼差しに、岬さんは照れたように頬を染めた。
「もう!持ち上げすぎはやめて!これから設定ミスしたら、恥ずかしくなるじゃない!それに、書籍化するときなんかは、改稿・改稿・改稿の連続だったのよ、ミスはいっぱいあったわよ」
「まぁ、本に売るとなるとねぇ、そうでしょうね」
「自分の思い通りに書くのと、読み手や『売れ行き』考えて書くのとは、やっぱりちがうとこもあるんでしょうね」
カイトさんやミオさんがうなづきあう。
「あぁ、でも、設定でいったら、まだ来てない新山さんもすごいんだけどなぁ~」
というYUKIさんのつぶやきに、カイトさんも同意した。
「そうね。新山さんは、情報収集も徹底的だからね。推理モノも書くくらいだから論理的だし、彼の知識量と物事の考察の深さには毎回驚かされるわ……」
ジョージさんが、
「そろそろ新山さんたちがつくころだろうね」
と声かけた。
そのとき、ちょうどトントンとノックの音が響く。
「あ、きたかも~」
「は~い」
YUKIさんとミオさんが明るく返事すると……。
キィィィィとドアが開く。
先ほどのウェイターさんがトレーに二つの水を持ち、姿を見せ脇によりながら「お連れ様がいらっしゃいました」と声をかけてくれる。
私たちが顔を入口にむけると、ウエイターの横を通って、二人の男性が入ってきた。
最初に入ってきたのは、長めの黒髪に、銀縁の眼鏡。
濃いグレーのシャツにジーンズに大きめの黒のボストンバッグを持った男性。
荷物を床に置いて顔をあげたその人と眼鏡越しに目があった。
……ゾクっと、した。
切れ長の目は涼しげで整っていて、冷たさがあって。
繊細な輪郭の姿は、細身なのに華奢な印象はなくて。
すごく……綺麗……だったのだ。
そして……ガイルに。
驚くくらいに、私が想像していたカイトさんの小説の……「ガイル」にそっくりだった。
め、が、ね、をかけた、ガ、イ、ル、が、こ、こ、に……!
私は固まった。
……が、が・い・る、い・る・よ!!!
……あたしの夢にでてくる姿がそこにあって。
しかも。
「銀縁眼鏡」かけてるなんて……。
……だめ、もう脳内が、と、とけてしまいそう。ぶっちゃけ、鼻血で、そうなくらい、眼鏡にあってます!
と思ったら。
「「新山さ~ん、今日もかっこいいいいいいい!!!」」
YUKIさんとミオさんのハモりがキィィィィんと室内に響いた。
と、同時に合っていた視線がずれて、「ガイル」はかけよってきてYUKIさんとミオさんに「おまえら、うるさい」と突っ込みいれていた。
その声にハッとする。
あ、だめだ、ここは現実だ。
引き戻された私は、自分を叱咤激励しつつ、新山さんと呼ばれた「ガイル」姿から視線をそっとはずして、その後ろから入ってきた新山さんのお連れさんに目を向けた。
そこで。
わたしは、今日、二度目に、かたまった。
生身「ガイル」を見てしまった以上の衝撃……。
新山さんの後ろからはいってきたのは……。
高校時代につきあって、遠距離恋愛の末、別れた人。
ひまわりのタネをくれた先輩、だったのだ。