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はまってワンだふる。〜夫婦二人の過ごし方〜  作者: 朝野とき
第一話 私がネット小説にはまったら。
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第一話-2



「うわぁぁ、あなた、また目が血走ってるわよ」

 

 岬さんに言われて、私はうなった。


「そんなのわかってますよ…。もう、データ見てても目がしょぼしょぼするったら」

「また、ネット小説?ほんと、好きね…」


 岬さんは、あきれつつカルボラナーラをほおばっている。でも飲み食いしても岬さんのレッド系のルージュは全然くずれてない。…どこのメーカーか、あとで聞かなきゃ。


 ここは、職場近くのパスタの店『床のほら穴』だ。

 有名パスタ店「壁の○」…に対抗したのかどうかわからないけど、まったくセンスのない店名。狭い店内。古びたテーブルとイス。還暦近そうな店主が奥さんとふたりで切り盛りしているけれど、どちらも無口で必要最低限しか話さないという静かな店内。

 職場の2年先輩の岬さんに連れてきてもらったときは、(おいおいおい…)と思ったけれど、これがパスタはおいしくて。

 結局、ランチにゆっくり時間がとれるときはよく来るようになったお気に入りの店。


「ほんと、ネット小説よみすぎて徹夜とかってね。AV見すぎて世が明けちゃって、一人のむなしく朝焼けコーヒーしてる青少年と違うんだからさ…いいかげんにしないと」

 

 食後のコーヒーを飲みながら岬さんは、こちらをちらっとみた。


「いいかげんにしないといけない自覚はありますけど……。それで岬さんは、進んでるんですか…執筆」


 私も遅れてアラビアータを食べ終えて、ついでに話題をかえようと岬さんに話をふると、彼女はちょっと眉根を寄せた。


「う~~ん、あんまり。こう『書きたい』と思えるシチェーションとかキャラが脳内に降りてこなくって。まぁもともと趣味で書いてたものだからね…。気がのるまでは、あたためとこーかな、と」

「そうですか。岬さんの恋愛小説好きなんですけど…乙女乙女してて。女子高生とか部活の恋愛とか…胸がきゅんきゅんしますよねぇ」


 私がぽそっというと、いっきに岬さんは頬を真っ赤に染めた。


「そーゆーこと面と向かって言わないの!ネット小説書きは、メールや拍手で褒めてほしいのよっ!」


 ぷりぷりしつつ、照れている岬さんは可愛い。

 ご本人が有名国立大を出て、一部上場企業のエリート営業マンの旦那さまもいて、可愛い小学生の息子さんがいて……。本人はさらさらな黒髪に長いまつげ、唇の形はよろしく、手足もすらっと長い…大人の女性。


 すばらしくデータ処理は早く、ややこしいクレームをつけてくる各課の課長やリーダーさんとの交渉も巧妙なやりとりで、うまあくのりきるという…総務課にとってはなくてはならない存在が岬さん。


 ……なのに、もう一つの顔はネット小説書き…って。なんか、ギャップ萌え?


 しかもテーマはいつも女子高生の恋愛。部活とか生徒会とかバイト先とか先輩後輩とか……の恋愛もの。

 本人いわく「私は受験勉強一色の高校生時代を送ったからね。憧れと欲求不満と夢と野望が10代に消化しきれなかったのよ」ということらしいけれど。


 でも、にやにやとネット小説読んで徹夜して、お肌も目もボロボロになってる私と明らかに違うんだ。


 岬さんはネット小説書きだけれど、ちゃんと自分の生活と趣味の領域をコントロールしている。

 しかもサイトの方もクオリティが高く、昨今の電子書籍ブームが始まる少し前から書籍化の話が出て、今は2作品が紙の書籍化され、3作品は電子書籍にもなっている。「そんなに売れてるわけじゃないし」と岬さんは言うけれど、着実に読者層をのばしているからこそ次々に書籍化につながるんじゃないかなあと思う。


「はいはい、私のことはいいからね。とにかくネット小説の読みすぎはお肌が荒れるもとよ?三十路の衰えは尋常じゃないんだらから」


 岬さんは、そう言いながら最後のコーヒーを飲み干す。…やっぱり、口紅きれいなまま。ほんと、選ぶのうまいなぁ…。


「それにね…おせっかい承知で言うけれど」

岬さんは、少し困った顔をして言った。

「ネット小説読みすぎて、旦那さんのことほったらかしにしたら駄目よ?小説内の王子様はあくまで、妄想の形なんだから…って、その妄想をダダ漏れて書き連ねてる私が言うのも変だけど…」

「はい…」


 岬さんは、なんでもお見通しだなぁと、こういう時に思う。

 私がストレス解消程度の小説はまり具合から…だんだん現実逃避になってきているの、気付いているんだろうな…。

 昨日だって、ノックなしに部屋に入ってきた当てつけのような態度をとる旦那になんだかイライラして、ネット小説に没頭することですべてを忘れようとして、結局はまって、2時になってた。


 ……だんだん小説を読んでる時間が、生活時間を蝕んできてるのかもしれないと思う。

 ……でも、おもしろいんだもん…これくらい楽しんで、何がいけないのって同時に思う。


 いろいろ思いつつ口元をぺーぱーで拭うと、ルージュがうっすらペーパーについた。

 それを見て、一瞬醜い自分と重ねる。

 濁ったようなペーパーナフキンについたピンク系のかすれた口紅。

 岬さんみたいな綺麗な口元の憧れるけれど。新色の広告にドキドキし、素敵なルージュは品番までは確認するけれど…買いに走ることは、たぶんない。

 それが今の私なんだ。こういう濁った感じの色みたいな。


 その心の根底に。


 ……だって、綺麗な新色にしたって誰が見て褒めてくれるの?

 ……今までのまだ残ってるので十分だよ。ってヒネた気持ちがうずまいてる。

 仕事も家もネット小説もお化粧や爪の先まで。その場その場で全力を出し切る岬さんと、大きく違うのは、このヒネた醜い卑屈な気持ちだと……わたしはあきらめと寂しさともちながら、自分の心をのぞきこんだ。



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