第二話-4
第一話でも登場しました、ガイルとリリアのファンタジーの話からはじまります。突然のファンタジーからのスタートですが、驚かないでくださいませ。
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その情報は、ガイルはエルディバラン王国の第2騎士団の副団長という意外なルートから入った。
「貴国…セルディ聖国の前聖女リリア様が……、このエルディバランにいるとの情報が入っているのだが」
旧友でもあるエルディバランの精鋭とうたわれる第2騎士団の副団長アルザスからの情報に、ガイルは返事どころか身動きもとれなくなっていた。
人払いされた副団長の私室とはいえ、いつだれが潜伏して見聞きしているかもわからない。
危うい立場のガイルが、このような言葉ひとつに強張ってしまうというのは、不覚にほかならなかった。
しかし、五年もの間。求めていた情報が。
皆無といえたリリアの消息が……。
まさか思いがけず旧友の口から出て、それは秘めた思いと、五年の苦い日々が混じり合ったものとなって、ガイルの心身をからめとってしまっていた。
今回ガイルは、「純白の騎士」として、セルディ聖国第4王女の護衛でエルディバラン王国に赴いている。
セルディ聖国第4王女とエルディバラン王国第3王子との婚姻の式があるためだ。
そして、旧友であるこエルディバラン王国に住むアルザスと数年ぶりに会う機会を得た。
まさか、ここでリリアの名を聞くとは。
しかも、このアルザスから。
まだセルディ聖国でも内乱が起こっていない平和なころ……かれこれ10年ほど前、ガイルはエルディバラン王国のアカデミアに15歳から17歳の2年間留学していた。
今まさにリリアの消息の情報を告げた騎士団の副団長アルザス・フランディールとは、そのアカデミアで同級だったのだ。
エルディバラン王国では、騎士団見習いの学習の一環として3年のアカデミアでの就学を義務付けられているらしい。エルディバラン王国の騎士団見習いのアルザスはその義務により、騎士団見習い寮からアカデミアに通学している青年だった。
ガイルとアルザスは良き友であり、アカデミアでの成績では良きライバルでもあった。
アルザスは、銀というよりも灰色に近いくせ毛を一つにたばね、顔のつくりも男らしいといえば良い言い方だろうが、仏頂面ともいえるいかつい顔をしていた。
アカデミアで出会ったころはまだ10代後半だったはずだが、すでに体格は大きく、ごつごつした肩から腕のラインには、騎士としての鍛錬の結果として細かな傷跡が連ねていた。
騎士団見習いの中でも大柄な方に入るであろうアルザスは、この外観からは大雑把な男にとらえられがちだった。
だが案外、剣のさばきは繊細で丁寧。
剣の使い方は精神性と共にあるようで、アルザスはその屈強な外観に反して、細やかな心配りを見せる男だった。
実のところ、一般的に麗しい見目と評される黒髪で鍛えられていても優美さを失わない肢体を持つガイルの方が、大雑把なところが多々あった。
そもそもガイルにとっては、留学してアカデミアにいることは昇進のための一つの過程であり、目的は聖女リリアのそばにいくこと。
アカデミアに留学当初は常にそれを思って突進するかのように行動し、リリアや母国に関すること意外に無関心に近かった。
同級どころか教授陣にも心を開かない。なのに学術も武術も成績だけは良いガイルは、アカデミアの中でも協調性に欠け、荒波がたちがちだった。
……それを、このアルザスがうまく間を埋めてくれたといって過言ではない。
孤立していたガイルが、アルザスという友人を介して世界が広がり、大きな問題に発展することなく二年の留学期間を過ごせたのだった。
ガイルがエルディバランを離れ、セルディ聖国に戻り今や十年たつ。
この間に、セルディ聖国では飢饉が続き各地で内乱が起こり始めた。
そこに、もともと聖国の祖である聖女・純白の騎士を筆頭とする聖騎士の「聖殿」の勢力と、実質的政権を担う王侯貴族との勢力争いがからみ……内乱は国内にいっきに広がった。
セルディ聖国内は荒れに荒れた。
他国からの干渉を受けるかどうかという瀬戸際まできて……当時の聖女であったリリアが王の一括統治に反対する部族とともに国外逃亡をはかったことにより、表面的には落ちついたのだ。
王が政権と聖なる利権を得たとして。
……リリアとガイルの別れとなる五年前のことだ。
……爆音が轟く聖殿の中。
ひきよせたかった細い身体、きらめく銀の髪。
でもその青い目には、未来を民とともに歩く決心を秘めていて……。
……別れた、あの眼差し。
ガイルは、忘れたことはない。
国外逃亡したリリアが、諸外国の勢力をつけてセルディ聖国に舞い戻ることを恐れた王は、早々に新たな聖女を王族の中の未婚の女からすえおいた。
それにより、聖女直属とされる聖騎士たちも王の権力下におさめられた。
今や聖女直属のはずの「純白の騎士」が聖女でなく『王女』の護衛のために国外に赴くまでになりさがっていた。
王の犬になりさがったやつら…と聖騎士を笑う輩も多くおり、その聖騎士を束ねるものとして「純白の騎士」のガイルをなじり、嘲笑し、失望する者も多くいた。
だがガイルは、王の犬といわれようとも、決して王の反勢力となるような身の振り方はすることがなかった。
それは、五年前のリリアとの別れがあったから。
ガイルにすれば幼いころからリリアを守るために強くなろうとしてきたのだ。命すら惜しくはなかったし、聖騎士とともに、聖女とともに聖殿側として生をまっとうするつもりでいた。
だが、リリアはガイルの手を取らなかった。
リリアは戦乱が続くことを望まなかった。
屈辱の「逃亡」の烙印を押されようとも、真っ向からの「王」対「聖殿」との戦いになることを避けた。
それは、背後に聖女が歴代まもってきた「聖地」が国内にはあり、それが戦乱に乗じて諸外国によって聖地を踏み荒らされるのを避けるためでもあった。
ガイルがリリアについて共に国外逃亡に加担することもできたが、それでは、セルディ聖国の聖騎士のもう一つの役割である聖地の守護が空になってしまう。
リリアは、ガイルとの別れを選んでも、和平を望み、聖騎士としての役割が果たされ聖地が守られることを望んだ。
それなのに、今またガイルをはじめ聖騎士が聖女直属の権利を主張しはじめれば、再度「王侯貴族」対「聖騎士・聖殿」の対立が生まれてしまう。
聖国の古くからの民は、国外逃亡まではおこさなかったものの、今の王の一括統治に反対する意見のものも多い。
まだ内乱をおこす可能性を含む現状で、聖騎士…純白の騎士であるガイルが王に反するような言動や行動をすれば、それは大きな戦乱へと発展する可能性がある。
……戦乱を許せば、リリアとガイルの別れの意味がなかったことになる。
そう思うガイルにとって、今は、セルディ聖国の聖地を守護すること…戦乱を起こさないことが、生きるすべてだった。
そして、いつかリリアと再会できれば……という望み。
だが、リリアの消息は見事に消えてしまっていた。
王の目をくぐりぬけ独自の密使を放ち、諸外国にも潜ませた闇のモノたちも、すべてが情報が断たれていた。
リリアと共に国外逃亡したものの中には、国外でうまく新たな土地に根付いたものもおり、反勢力を企てながら闇の活動をする者たちもいたが、リリアの消息は追えなかった。
彼女はどこへ消えたのか。
この五年、王の犬となりながら、胸のうちにずっと抱えてきたガイルにとって……。
アルザスの「エルディバランに前聖女がいる」という情報は…あまりの驚きと重さを持っていたのだった。
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「う、うわぁぁぁぁ~」
私は、絶叫してしまった。
あ、と気付くと、ソファの横で本を読んでいた数巳がびっくりした顔でこちらを見ている。
私は照れながら「ごめん」とあやまり、スマフォをローテーブルに置く。
「連載物がすごくいいところで終ってて……。大声だして、ごめんね」
「いや、本当に熱中してるんだな、と思って」
「はは……。あ、数巳、お茶いれるね。今日はミルクティにしようか?」
「うん、お願い」
私は牛乳パックを冷蔵庫から取り出して、鍋も用意する。
茶葉を用意して、水を沸かす。
お茶の用意をしながら、小説にトリップしていた頭の中を現実に引き戻そうとする。
私がもくもくとお茶の用意をしていると、すっと隣に数巳がたった。
カップを出してくれながら、
「でも、あした、その作者にも会えるんでしょ?続きも聞けるんじゃないの?」
と話しかけてくれる。
「う、う~ん。続きをたずねるのは、やっぱりマナー違反だと思うんだよね。続きが気になるのは皆そうだと思うし……うん……。書き手の方にとっても、そういう質問は答えづらいだろうし」
「……ま、そうだろうね」
私の返事に、うなづきながら数巳が「そういや、結局何人ぐらい集まるの?」と話しをうながしてくれる。
とうとう明日に迫った初めてのオフ会は、岬さんとまず待ち合わせてから、会場となる個室のあるイタリアンレストランに一緒にむかうことにしている。
いちおう、一昨日の金曜日に岬さんが最終的な出欠確認をしてくれて、今回、予定通り書き手4人とその各自の連れが4人の合計八人となることになっていた。
「えっと……。八人かな」
私が、数巳の質問におずおずと答えると、
「そのうち男は?」
矢継ぎ早の質問をしてきた。
「う~ん、岬さんの話では、新山さんとその連れの方と、カイトさんの連れの旦那さんでもあるジョージさんで、三人かな」
と、あせりながら答える。
そのときふと、私はまだ自分がここで「向日葵」と名乗るつもりだということを数巳に話していないことに気付いた。
だって、「私、ひまわりって名前で呼んでもらうつもり~」とか言いづらいし……。
いや、そもそもオフ会は楽しみだったけれど、どんなハンドルネームを決めたかまではすっかり忘れてた。
もう明日だし、なんとなく以前の「ひまわり」のすれ違いもあるし、いちおう話しておこうかなぁ……と口を開こうとした途端。
数巳が顔をぐいっと近づけてきた。
「ね、首元に所有印、つけていい?」
「え?しょゆういん??」
私が疑問符いっぱいでたずね返すと、「うん、キスマーク」と返事してくる。
「え、えぇぇぇ!?ちょ、ちょっとそれは……困る。別にやましい集まりじゃないんだし、見えるとこにしなくても。……そもそもいつもしないじゃん!」
「うん、わかってる。でも、今日はなんとなく。」
「……」
私が困って数巳の顔を見上げていると、数巳はふっとため息をついていった。
「困らせちゃったね。俺、わがまますぎたな。」
「わがままじゃないけど。うん、困る……恥ずかしいよ」
「うん。じゃ、見えないところにする。でも、結婚指輪をはめていくのは忘れないでね」
数巳は、指をからませて私にキスをしながらそう小さくつぶやいた。
それに頷きながら……キスに没頭してしまって、私は自分の「向日葵」のハンドルネームのことを伝えるのをすっかり忘れてしまっていたのだった。