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はまってワンだふる。〜夫婦二人の過ごし方〜  作者: 朝野とき
第二話 私がオフ会にはまったら。 
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第二話-3

 昼休みのランチルーム。あたたかな日差しが、大きな窓から差し込んでいる。

 残暑の熱気は過ぎ去って、カラッとした秋晴れが窓のむこうに広がっている。


 ランチルームのいちばん奥に座った私が、ひまわりの種のはいった袋をつめた紙袋を隣の席の岬さんに手渡すと、岬さんはにっこりと笑った。


「いつもありがとう」

「いえ、私ももらっていただけると助かります」


 私と岬さんのやりとりを見ていた真理ちゃんが、「あぁ、ひまわりの種~。岬さん、ハムちゃん元気ですか~」とたずねた。


「うん、元気よ。よくタネも食べてる。ほんと、殻の掃除が面倒なんだけど」

「あれ?ハムスターのお世話は息子さんがしてたんじゃ?」


 私が尋ねると、


「もちろん息子がやってるわよ~。でも、視界にはいってくるじゃない?そしたら、餌がたりてるかしら……とか、あ、掃除しなきゃゴミがたまってるわ……とか、いろいろ思っちゃって気ぜわしいのよね」


と、岬さんはため息をついた。

 そんな岬さんに、真理ちゃんは、「岬さん、面倒見がいいですもんね」と、ほほ笑む。

 その言葉に私もうなづいていると、真理ちゃんは私の方を見てきた。


「な、なに?」


 じっと見透かすような視線にたじろいでいると、ふっと真理ちゃんは視線を和らげ、


「東条さん、オーラが満たされてますね~~」


と、言う。


「お、オーラって……」

「そりゃあもちろん、せっく…んぐっ……」


 私は慌てて真理ちゃんの口を手で閉じた。


「ごめん真理ちゃん!オーラのことはわかったから!せ、説明しなくてもいいからね!」


 私が必死に言うと、こくんこくんと真理ちゃんは頷いてくれたので、私は手をはずした。


「ぷは~っっ。東条さ~ん、びっくりしましたぁ!思わぬ形で責められるのも、けっこう、か・い・か……んぐっっぅ…」


 私はふたたび真理ちゃんの口を閉じる。


「ごめんね何度も。責めてないから!口、閉じてるだけだから!」


 私の必死のことばに、また、こくんこくんと頷く真理ちゃん。

 真理ちゃんはとってもいい子なんだけど、発言がR15指定を超えてR18に入っていくから、私はドキドキしてしまう。

 岬さんも真理ちゃんも、そんな私を「脳内乙女」だとか「初心うぶ」だとか言うんだけど、そんなもんだろうか……。


 もちろん私だって、数巳と夫婦として「いたして」いるわけだし、R15だろうがR18だろうが「どどど~ん」と大きく構えていたらいいんだろうけれど、それができないんだな。


「ほらほら東条さん、そろそろ真理ちゃんの口の手どけてあげなさい」


 岬さんの言葉にハッとして、いそいで真理ちゃんから手をはずす。


「ぷは~。『快感』の言葉くらいで頬そめて、東条さんて、本当にかわいいですぅ~。旦那さんも、可愛がりがいがありますねぇ~」


 手を離したとたん、真理ちゃんの声が響く。

 ……一瞬、数巳に可愛がってもらってる夜を思い出し、ここはランチルームというのに自分の頬に血が集まるのを自覚した。


「こらこら真理ちゃん、からかわないの。食べ遅れちゃうわよ~」

 

 岬さんがさらっとさばいてくれて、私と真理ちゃんは「はあい~」と返事をしてランチを広げた。

 相変わらず真理ちゃんの彼氏作のお弁当は、凝った作りになっている。

 (今日は竜田揚げかぁ……!ほんと、おいしそう)

 私は出勤時に買ってきたベーグルサンド。今日はアボカドとチーズの取り合わせに初挑戦。

 大きな口をあけて食べようとしていると、岬さんが私にたずねてきた。


「そういえば、今度のオフ会なんだけど、参加できるようで良かったわ!そうそう!東条さんもハンドルネームきめとかないとね~」

「ハンドルネーム?私もですか?」


 私がたずねると、岬さんは頷く。


「私たち書き手も、みんなサイト名やハンドルネーム、ペンネームで呼び合ってるの。本名は一人の方しか知らないわね。いちおう、あなたも本名じゃなくハンドルネームで紹介する方がいいと思うのよねぇ」

「そうですか……」


と、返事したものの、私は今まで別名をつけたことがない。 

 ネット小説さんにコメントや拍手を送ったことはあるけれど、それはいつも空欄か、名前表記が必要なときは、「R」だけで来た。

 ツイッターに登録したからアカウント名もあるにはあるけれど、それは「RISA」と誕生日を組み合わせたもので、はっきりいって数字も組み合わさって呼び名にはふさわしくない。


 (どうしようかなぁ~)


 私が思いつかずに、小首をかしげていると、真理ちゃんがさきほど岬さんに手渡した紙袋を指さした。


「東条さん、これがあるじゃないですか~!ハンドルネーム!」

「これ?」

「ひまわり、ですよぉ~」

 

 真理ちゃんは、私はにっこりとわらいかける。


「ひまわり?」

 

 私が再度、首をかしげると、隣で岬さんが頷いた。


「あぁ、ひまわり……向日葵。いいかもね!花は季節はずれだけど、東条さんの明るい感じに合ってる名前だわ」

「でしょ~。それに、岬さんも何か東条さんで連想できるものが名前の方が、咄嗟に呼び間違いしにくくなるかもですよ~!」


 岬さんと真理さんは、すっかり意気投合している。

 私も、「ひまわり」という語感はかわいいなぁと感じる。

 「向日葵」の漢字にしても綺麗だし。

 まぁ仮の名前だしね。


 一瞬、ベランダのひまわりのことを思い出す。

 10年引き継いできた命のタネ。

 引っ越す前に、数巳がひまわりの種の出所を知ったときの、どこか責めるような視線。

 ……でも、あれは誤解が生じる前のことだもの。

 数巳もひまわりのこと、受け入れてくれたようだったし。

 今は誤解も解けて仲の良い夫婦だと思うし。

 ちゃんと話してオフ会参加するわけだし。

 ハンドルネームが「向日葵ひまわり」だったとしても、たいしたことじゃないか。

 こうして、私はオフ会での呼び名を「向日葵ひまわり」にしたのだった。


 ……それが悔やむことになるとも、少しも知らないままに。




「ひまわり」についてのエピソードは、数巳視点の「ひまわり上・中・下」のことです。


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