『ひまわり(中)』(数巳視点)
「ひまわり(上)」の続きです。本編より以前です。
朝食のテーブルにつき、いただきますと声をそろえる。
理紗のハムエッグ。卵の黄身がとろりとしていて、うまい。
俺はフォークでとろりとした黄身を白身にからめながら、口に運ぶ。「おいしいよ」と声をかけようとして、理紗をみて、俺は口ごもってしまう。
目の前のテーブル越しの理紗は、さきほどからなんだか元気がないのだ。
「さきほど」というのは、たぶんひまわりの話題からなんだろうけれど…。何 がどう理紗から元気をとりさってしまったのか、俺にも検討がつかない。
……気になるけれど。聞くタイミングをつかむのが難しくて。
と、思っていたら、理紗がすっと俺をの方をみた。
その一途な瞳に、どきっとする。
こういう一心に見つめるような目をしてくるときは…何かある時、だ。
「あの、ね、数巳。ひまわりのこと…なんだけど」
「うん」
「別にね、たいしたことじゃないんだけど。だけど…」
「だけど?」
理紗はいったん口ごもって、俺から視線をはずした。
「高3から育ててるって言ったでしょ?」
「うん」
「あれ、タネをもらったんだ…その…当時、つきあってた人に…」
「……」
……そう来たか。
「一つ上の先輩で、私が高2で彼が高3の時。委員会で一緒になったのがきっかけで仲良くなってつきあいはじめたんだけど」
「……」
「園芸部の人で、夏休みに花壇の手入れをするんだけど、その日は先輩以外に人手がないって言うから…私も手伝いにいったの。そのときに、彼が世話していたひまわりが大きく咲いていてね。私がひまわりが好きだっていったら、秋になったらタネをくれて…」
「…う、ん」
俺は正直、動揺した。
……ただの思い出語りのはずなのに。
俺と理紗がつきあいはじめたのは、理紗が23歳、俺が24歳の頃で。
お互い昔の恋をふと話すときは、それは小学生くらいの「初恋」か、もしくは俺と理紗がつきあう前の「20代に入ってからの恋」であって…「高校時代」の恋愛の思い出を話題にすることってほぼなかった。
だからか、どんな顔したらいいのか、わからない。
やきもちやくほどの…ことじゃない…だって、ただの高校生の恋愛だぞ?
でも、平然とするには、なんだかモヤモヤするような…。カラっともしない気持ちが確かにあって。
俺は自分の中に湧きあがる気持ちに戸惑いつつも、理紗の話に耳を傾ける。
「先輩は卒業してね、九州の大学に進学して、いわゆる遠距離恋愛になって。私は高3で、受験もあったから、長電話も親にいい顔されないし…もちろん、お金も時間もなくって会いにもいけないし。そのもらったタネを育てることで、遠距離恋愛の寂しい気持ちをなぐさめてたんだけど。結局、花が咲くころには…別れちゃった」
理紗が哀しそうに笑った。
……なんだろう、イライラする。
「…見る目ないな、そいつ。理紗を放っておくなんて」
俺は自分のイライラを隠すために、すこし乱暴な口調で言って、コーヒーを飲み下す。
理紗は首をふって、目を伏せた。
「ほっとかれたわけじゃないの…。当時はほら、ケータイだって今ほど広がってなかったでしょう?受験生はまだ駄目だって親も買ってくれなくて。自宅の電話にかけてくれたけれど、親が出たときにひどい言葉を…」
「でも、結局は別れたわけだろ?」
理紗がその「先輩」とやらをかばうように話すのが、鼻についた。
俺の中に、モヤモヤとするものがどんどん広がる。これ以上広がるのは、絶対に良くないものを生み出していくと思い、理紗の言葉を遮ってしまった。
しまった、と思ったときには遅い。
目の前の理紗は傷ついた瞳で俺を見ていた。
次回 ひまわり 最終です。