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『ひまわり(上)』 (数巳視点)

本編第一話より以前を含みます。

 日曜の朝。

 目を覚まさせるために熱いシャワーを浴びてからリビングのドアを開けると、理紗の姿がなかった。

 テーブルには朝食が並ぶ。コーヒーメーカーからお湯の音が聞こえ、コーヒーの香りが漂いはじめている。

 さっきまで、ここにいたはず。

「理紗?」

 ……返事がない。

 見渡してみると、リビングから続くサッシ窓の向こうのベランダに理紗の後ろ姿が見えた。

 騒ぎかけていた心が静まり、ふっと落ち着く。



 ベランダに近寄って、再び声をかける。


「理紗、水やりしてるの?」


 俺の声に振り返った理紗は、にっこり微笑む。その手には、ジョウロ。


「うん。もうすぐ咲きそう」


 理紗は、自分の首元くらいにまで伸びて大きく広げている緑を愛おしそうに見つめる。


 ……ひまわりだ。

 理紗は、毎年春になるとひまわりを種から育てて、夏に大きな花を咲かせている。

 そうか、もうそんな時期か。

 ベランダにはギラギラとした夏の日差し。ムッとする熱気がベランダにこもっている。


 俺と理紗の結婚して借りたこの部屋は、賃貸マンションの2階。ベランダも狭い。

 もうしばらくしたら引っ越す予定の分譲マンションは、ベランダも広く、風通しもよくなるだろう。


 理紗は、ひまわりの添え木をとめる紐をむすびなおしている。

 その額には、小さな汗の粒。瞳は集中するように、手元の一点を見つめている。


 ……いつも、何かに没頭してしてしまう、理紗。

 ……そこが可愛いし、その生真面目さは長所だと思うけれども、隣にいる俺のことを忘れてしまってひまわりに気をとられているのが、なんとも…。

 …(駄目だ駄目だ。)

 俺は、小さなやきもちをやきはじめる自分に、呆れつつ、自制をはたらかせた。


 気持ちをきりかえよう…。


 そのときふと思った。

 そういえば、理紗は観葉植物や切り花は部屋に飾るけれど、ベランダで育てるのは毎年ひまわりだけだ。


「毎年、ひまわり、育ててるね」

「大好きなんだ。実家にいたころは、庭で育ててたから、私の背丈より越すくらい大きく成長して花をつけたんだよ」


 そういえば、つきあっている頃に、理紗の実家に寄ると、庭に大きなひまわりがあった気がする。

 あれは、理紗が育ててたのか。


「え、じゃあ、毎年タネは引き継いでるの?」


 ふとたずねた。


「うん。タネは残しておいて、翌年まくの……」

「すごいな。続いていくわけか…。いつから育ててはじめてるんだ?」


 俺は、なにげなくたずねた。

 そのとき、理紗の手がとまった。

 あきらかに、びくっと震えた肩。


 ……ん?


 何かある、と思って、理紗の顔をのぞきこむようにして聞く。


「どうした?いつから育ててるの?」


 理紗の目はさまようになって、俺と目をあわさない。

 俺は答えを待つ。

 理紗と俺の間に微妙な沈黙があってから、


「高3の時から…」

と、小さな声で返事が聞こえた。


「高3…すごいな。もう10年になるのか」

「う、ん…」


 理紗は、頼りなげに返事をする。

 どうしたのだろう。

 高3からひまわりを育て続けていることに、何か変なことでもあるだろうか?


「理紗…?」

「……手、汚れたから、洗ってくるね。朝食にしよ?」


 理紗はするりと俺の横を抜け、洗面所へと小走りに行ってしまった。

 俺の視線の先には、膨らみかけたつぼみのひまわり。


 ……ひまわりに何があるっていうんだ?




細切れですみません。全三話です。

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