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はまってワンだふる。〜夫婦二人の過ごし方〜  作者: 朝野とき
第一話 私がネット小説にはまったら。
10/31

第一話-11


 ……ウワキシテルンダ?


 数巳の言葉。

 岬さん&真理ちゃんの予測は正しかったよ、誤解してるよ~っっって叫びたい気持ちをいったん抑えて。

 数巳の言葉の真意をちゃんと汲み取らなきゃと思う。

 抱きしめられながら、この言葉をなんども心の中で反芻する。


 そして…気付く。


 もし、これが。

 言葉の最後に「?」がなくって、語尾があがってなかったとしたら?

 断言するように、


「浮気してるんだ。」


 ……って、もし数巳に言われたら。


 ……ボクハ、ウワキシテルンダ…

 って言われたら。


 ショックだ。

 怖い。

 かなしい。

 怒り。

 きっとたくさんの想いがあふれでてくる…。


 つまり、これは…いまの数巳の気持ち…だといえるんだよね?


 かすかな途切れる声で、私の首筋に添うように数巳が言った言葉は。

 私に対する、抗議と痛みとが含められた痛々しいもの。


(……ウワキシテルンダ?)


 私、彼に、こんなかなしい言葉を言わせてしまったんだ。


 ……後ろから、数巳に抱きしめられながら。

 玄関のひんやりとした床石に座り込んで。


 私は、よくやく悟った。

 私、数巳をすごく傷つけてたんだ……。


 理由はどうであれ。

『すれ違い』『誤解』『言葉足らず』

 いろんな表現ができる、ほんのささいな夫婦の心のズレかもしれなくても。

 ……重なって生きる。

 一緒に生きていこうって決めた人を、私は傷つけた、という事実はここにあるんだ。


「ごめんね……」


 私は抱きしめてくる数巳の腕に両手を添わせた。

 私の言葉にいっそう数巳の力が強まる。


「あやまるな。…あやまられても…」


(……ゆるせないかもしれない)


 音にならない言葉でギュッと言われて。

 私は誤解だとしても、その重みに胸がすくむ。


 誤解だよって。

 誰ともウワキなんてしてないよって。

 ちゃんと伝えても…ゆるしてもらえるんだろうか。


 傷つけた事実はここにあるのに。


「…ウワキって。どういうの言うんだろう?」


 私が数巳の腕に添えた手に力を込めながら言うと。


「そんなのっ…俺以外のヤツに気持ちがうつることに決まってるだろっ?」


 いつにない、荒々しい口調に数巳の傷の深さがにじみでていて…。

 私は心を決めるために、一度深呼吸する。

 通じますように。

 気持ち、届きますように。


「……浮気なんて、してないよ」


 私の言葉に、

 私の首筋にかすかにかっていた数巳の吐息が一瞬とまるのがわかった。

 息のつまる沈黙が私と数巳の間におちる。


「ほかの『ヤツ』なんて、いない。数巳だけだよ。」


 数巳の腕に添えていた左手を伸ばして、後ろからうずめてくる数巳の髪にふれる。


「俺は…俺は、セックスやキスしてないから浮気じゃないとか…言われたくない…」

「……うん」

「ほんとうにわかってる?気持ちがうつっても、他に心を奪われても浮気だって思うって、俺は言ってるんだっ」

「……うん」


 厳密にいえば、岬さんや真理ちゃんが指摘したみたいに、私はネット小説の数々の王子様やたくさんの恋人たちに憧れて、「浮気」したのかもしれない。

 夢物語に恋をしたのかもしれない。

 おいてけぼりにしちゃったんだと思う。


「…数巳、寂しい思いさせてごめん。ごめんね。私…」

「……」


 数巳は、もう「あやまるな」とは言わなかった。

 ただ黙って私の言葉の続きを待ってる。


「たしかに、夢中になってるものがあったの…。夢中になりすぎて、いろんなこと後回しになって…」


 私が続ける言葉を聞いていた数巳が、かすかに首を振った。


「ごまかすなよ…俺だって信じたいんだ…でも、真実が知りたい。」


 え?

 真実?

 何を……


「『ガイ』って…誰?」


 ……はあ?

 ……って、え、えぇぇ??


「最近、何度も寝言で呟いてた。オンナの名前じゃ…ないだろ?…ごまかさないで欲しい。もう、いやなんだ。苦しいんだ。」


 へ?


 ガイ?


 害?慨?涯?該?概?凱?…???


 ……って、まさかっまさかっまさかっっっ。


『ガイル』?


 ガイルのこと?

「ガイル」なんて名前、普通ないから…寝言で呟いているのを聞いて…「ガイ」と聞こえたとか?


 まさかっ?


 ……あぁぁぁ。でも、でもでも。

 私はかあああああっと赤面した。頬の温度が上がるのが自分でもわかる。


 だって……夢に出てきたことあるんだものっっっ。

 あくまでネット小説のキャラだから、私の想像上の姿ではあるのよ?

 ガイアもリリアも!!

 ……格好よかったわ。私好みだったわ。当然。だって、私の想像だもの。

 だってはまってるのよ。

 私、とことん、はまっちゃうのよっっっ。


 私の大きな動揺が体を通して伝わったのか、数巳がため息をついた。

 そして、まるで脱力したかのように数巳もどっかりと玄関に座り込んだから、彼の足と足の間に私はしゃがみこんでいる形になっている。


 相変わらず背中からだから、数巳の顔はみえないけれど…

 赤くなって、青くなってる私の顔が見えていないことが…よかったような。悪かったような?


「ち、ちがうのよっっ。それは、それは…その名前は…」

「……」


「……ット…せつ…の…」


 私はポソポソとしか言えない。


 ……岬さん、真理ちゃんっっ。誤解を解くのって、本当に難しくって……く、苦しいことなんですねっっ(大泣き)


「……聞こえない。はっきり言って。覚悟、してるから」


 数巳はきっぱり言う。

 数巳の声はさっきよりも、なんだか気持ちを定めたかのように力がある。

 何を思い定めたのかは知らないけれど、誤解の上にたったものなことだけはわかる。


 私は勇気をふりしぼっていった。



「あのね、それね。ガイって…ネット小説のキャラクターの名前なの……」


「……」


「……か、ずみ?」


「……」


 沈黙が怖い。

 これは、真実。

 たしかに真実直球勝負…なんだけど、なんでこんなにややこしいことになってるんだろう。


 単に、これって。


『結婚生活に慣れてきてしまった主婦がネットの恋愛小説にはまってケータイいじるのに夢中になって、旦那がそれを浮気と誤解した。』


 たったそれだけのこと、なの。

 文章にしたら、なんて簡単。


 なのに、人の心はさまざまで。

 その「誤解」を解くのに、私…青くなったり赤くなったり。

 数巳も、苦しいくらい、傷ついたり、イライラしたり。

 友達まで巻き込んで…。


「私、ネット小説に、はまったの。3,4か月前くらいから。ちょうど、スマートフォンに機種変更したでしょう?…あれから。…それで…」


「それで、ずっとケータイいじってたの?」

 数巳が言った。


「…うん」

 

 私はうつむく。

 数巳の腕がゆるんだのがわかった。私はもぞもぞと身動きして、ひざを抱えてすわる。


「ごめんね。。。」


「じゃあ、どうして引っ越しのとき、ベッドシングルにしたがったの?」


「それは…」


「それは?」


 数巳の追及は逃げることを許さない声音で。

 私はあきらめて言った。


「ケータイって夜電源つけてると、明るいでしょ?ダブルベッドじゃ…ゆっくり読めなくて。隣にあなたがいると思うと…夢中になってる顔見られるのもいやで…」


「……どんなの、読んでるの?…やましいの読んでるわけ?」


 数巳の声に、少し笑いが含まれてきた。

 背後から抱かれていてもわかる。

 数巳が、すこしやわらかい雰囲気になっていた。


「まさか…恋愛小説ではあるけど、なんていうか少女小説というか…その…大人が読むには幼いというか…」


「ふぅん?」


 あきらかに。

 いまの『ふぅん?』は笑っていた。

 私は勇気を振りしぼって振り向いた。



 あたたかな、数巳の瞳と…目があった。

 笑いを含んだ、瞳。



「……信じてくれる?」



 私がおずおずと言うと。


「……うん、信じるよ…。というか……つじつまがあった」

「つじつま…?」


 振りかえりながら、私が首をかしげると。

 数巳は私にまわしていた腕をうごかし、私の体を抱え、数巳自身の方に向きなおさせた。

 数巳の腕の中で向かい合って座っている状態になる。


 ……玄関先なんですけどねっっっ。


「こんな夜になっても…ネット小説のキャラクターでは、家まで見送れないよな」


 え?

 私が数巳の顔をのぞきこむと。

 数巳は自嘲的に笑った。


「エントランスで待ってたの、あれ、もし…男が送ってくるなら、顔をみてやろうと思ってたんだ」

「かずみ…」

「今日だけじゃない…抜き打ち検査みたいに、ノックせず突然寝室のドアをあけて反応みたりして…誰かと連絡取り合ってるんじゃないかって…」


 唖然として数巳の顔をみつめていると、数巳は両手で私の頬をかるく抑えて、そっと顔を寄せてきた。


「ごめん。俺、疑ってた。信じたいって言いつつ、俺自身が…裏切られるのを怖がって、信じてなかった。ごめん」


 茶色の瞳の中に、私が好きになった誠実な数巳の姿があふれているようだった。

 疑われるような行動したのは、私だったのに。

 自分の非を心から詫びる数巳。


「ちゃんと尋ねたらよかったな。…でも、もう寝言にまででてきて…駄目だって思って」


「…数巳、ごめんね。まぎらわしくって…」


 私がうなだれて謝ると、


「たしかに、もう放っておかれるのはごめんだ」

といって、数巳がそっと顔を寄せてきた。


 私は自然と目を閉じる。

 やわらかな唇の感触が、私の上に落ちる。


「ん・・・」


 ゆっくりと頬を撫でてくる数巳の大きな両手。

 味わうようになんども角度をかえて唇を寄せてくる数巳。

 穏やかだった唇はどんどん荒っぽさを増してきて、私のそこをこじ開けてこようとする。

 息がつけなくて……


「……ふっんぁっ…」


 唇の隙間から、声にならない息がもれでる。


「…り、さ…」

「…ん、かずみ・・・」


 話した唇から絡まった唾液がやらしく垂れて、玄関の照明にぬらりと照らされた。

 数巳は、いつもは穏やか茶色の瞳に、久しぶり見る熱を孕んだ色を浮かばせて、しっかりと伝えてきた。


「理紗…、愛してる」

「…っ…」


 熱く呼ばれた名前に。

 私は胸がきゅんっとしめつけられた。


 …ガイルにリリアのファンタジー…その他のたくさんの小説たち。いっぱい、胸を震わせた物語があったけれど。


 こんなに切なくて気持ちよくて、心に刻まれる痛みはなかった。


「か、ず、み…」


 私が焦がれるように名を呼ぶと。

 熱を注ぎ込まれるように、キスを浴びせられた。

 その合間に数巳に熱く求められるように名を呼ばれる。


「理紗…」


 数巳のソフトな棘のない声が私の名を紡ぐ。

 愛を込められて。

 欲をからませて。

 吐息にのるように、唇を合わせる合間に幾度も呼ばれて。


「理紗…り、さ…」


 ……こんな溶けてしまうような胸をときめかすものなんて…本当は何もなかったんだ。



 私は求めてくる数巳の瞳に、


「私も、愛してる」

と素直にこたえた。



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