覚悟だけは認めましょう
「カルミナ、申し訳ない」
カルミナに対してそう頭を下げるのは、このニサップ王国の第三王子、ボリバル・クストディオ・デ・トラスタマラだ。
カルミナの婚約者である。ボリバルはカルミナの生家スニガ公爵家に婿入り予定なのだ。
夕日に染まったようなストロベリーブロンドの髪とタンザナイトのような紫の目は紛れもなくトラスタマラ王家の見た目である。
「カルミナ、俺はここにいるマトロ男爵令嬢フアナを愛しているんだ。この気持ちに嘘を吐くことは出来ない」
「カルミナ様、本当に申し訳ございません」
ボリバルの隣にいるフアナも、心底申し訳なさそうに頭を下げる。
フアナ・ルシンデ・デ・マトロ。ふわふわとしたブロンドの髪にアズライトのような青い目で、可愛らしい顔立ちだ。
カルミナとは正反対の見た目である。
公爵令嬢カルミナ・エミリアナ・デ・スニガは、艶やかな黒褐色の髪にペリドットのような緑の目。そして大人びた美しさを持っている。
「それで、ボリバル殿下とフアナ様はどうなさるおつもりで?」
内心ため息をつくが、それを表情に出さずミステリアスな笑みを浮かべているカルミナである。
「俺との婚約を解消して欲しい。もちろん、カルミナに瑕疵はない。これは俺の勝手な都合だ。だから王家から賠償金も払うし、君の次の縁談も王家でサポートする」
ボリバルのタンザナイトの目は真っ直ぐで真剣だった。
本心であることは間違いないようだ。
(王家からの賠償金……ね)
カルミナはその言葉に少しだけ引っかかりを覚えたが、放置することにした。
「左様でございますか。それでは、婚約解消の件、承知いたしました。それで、ボニバル殿下は私と婚約解消し、フアナ様とご結婚なさると」
「ああ」
「フアナ様はマトロ男爵家の次女ですわ。マトロ男爵家を継ぐご長男はいらっしゃるのですが、フアナ様と結婚した際はどうなさるおつもりですか?」
「平民になるつもりだ。君と俺の婚約は王命によるもの。それを俺は身勝手な理由で解消するのだから、その覚悟は出来ている」
ボリバルのタンザナイトの目は、どこまでも真っ直ぐだった。
カルミナはフアナに目を向ける。
「私も、平民になっても構いません。私は元々身分にはこだわりがなくて、ボリバル殿下が王子という立場だから好きになったわけではありません。殿下の真っ直ぐな中身に惹かれたのです」
ふわりと微笑むフアナにも、覚悟が感じられた。
「そこまでの覚悟がおありですのね」
カルミナは軽くため息をついた。
(それならばもう良いわ。私も好きにして、責任はボリバル殿下達に取っていただきましょう)
カルミナはほんのりと口角を上げた。
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数日後のこと。
カルミナはスニガ公爵家の王都の屋敷でとある令息と話をしていた。
「それでまさか僕が貴女の新たな婚約者になるとは」
「あら、ナタリオ、私が婚約者では不満かしら?」
「まさか。カルミナ嬢の婚約者になれて光栄ですよ。ずっと想いを寄せていたのだから」
「嬉しいことを言ってくれるじゃない。私も、昔から貴方と結婚することが夢だったわ。ボリバル殿下が他の令嬢に目移りして婚約解消までしてくれて好都合だったのよ」
カルミナはふふっと悪戯っぽく微笑んでいた。
カルミナの新たな婚約者になったのは、ナタリオ・マルシアル・デ・サーベドラ。アッシュブロンドの髪にアンバーの目の、柔らかな見た目の青年である。サーベドラ侯爵家次男で、年はカルミナと同じ十八歳だ。
ボリバルと婚約を解消することになり、ナタリオをスニガ公爵家の婿として迎えることになったのだ。
ナタリオはカルミナの幼馴染である。
「それに、ボリバル殿下との婚約解消の件でトラスタマラ王家からの賠償金はスニガ公爵家の新事業の資金に充てられるわ。これで事業が一気に進むわね」
「事業のことになるとカルミナ嬢は生き生きしていますね。僕はそういうカルミナ嬢も好きですよ」
ナタリオのアンバーの目は、優しげで柔らかだった。
「ありがとう、ナタリオ。嬉しいわ。私もナタリオのことが好きよ」
カルミナはペリドットの目を輝かせた。
(ボリバル殿下とフアナ様も幸せだと良いのだけれど、どうなるのかしらね?)
カルミナはフアナとの婚約と平民になることを発表したボリバルの行く末に思いを馳せた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数ヶ月後。
カルミナがナタリオと結婚し、穏やかな日々を送っていた時のこと。
「カルミナ、今日の新聞を読みましたか?」
夫となったナタリオは眉を八の字にしてほんの少し困り顔だ。
結婚したことで、『カルミナ嬢』から『カルミナ』に呼び方を変えていた。
「いいえ、まだよ。何か大きなニュースでもあったの?」
カルミナはきょとんと首を傾げていた。
「読めば分かりますよ」
ナタリオは困ったように苦笑し、カルミナに新聞を渡した。
「まあ……!」
ナタリオから新聞を受け取り、一面記事を見たカルミナはペリドットの目を大きく見開いた。
『ボリバル元王子殿下とその妻フアナ氏、殺害される』
カルミナと婚約解消後、ボリバルはフアナと結婚して平民になった。
その後は王家からの持参金で生活をしていた。
王家からの持参金は何と平民の十年分の賃金と同程度の額だった。
その持参金で王家よりは慎ましく暮らしていたみたいだが、それでも平民や貧しい貴族から見たらかなり贅沢な暮らしだったようだ。
その暮らしぶりを見た平民達は、ボリバルとフアナに嫉妬し、憎悪を抱いた。
それもそのはずである。
ボリバルの王家からの持参金は、元を辿れば平民達の税金なのだ。
平民達からしたら、自分達の税金で働かずに悠々自適に暮らしているボリバルとフアナが許せなかったのだ。
二人を殺害した犯人はまだ捕まっていない。おまけに犯人はボリバル達の資産を全て奪って逃走中のようだ。
「遅かれ早かれ、こうなるとは思ったわ。平民になった元殿下達の暮らしは近所の平民にも見えていたのだもの。持参金の出どころは平民達の税金。つまり、ボリバル元殿下とフアナ様は平民の税金で裕福な暮らしをしている。もちろん、王族や貴族も平民の税金で暮らしているけれど、普通は民を守る、国を発展させるという義務を果たしているわ」
カルミナは軽くため息をついた。
「元殿下達は義務も果たさず平民達の税金で贅沢していたようですからね。確かに怒りを買うでしょう」
ナタリオはフッと苦笑した。
「でも、全て元殿下が責任を取ってくださって良かったわ。婚約解消時の賠償金も、元を辿れば平民達の税金だもの」
「確かに、僕達に火の粉が飛んで来なくて良かったですよ」
「まあ、事業で領地を発展させて民達の生活に還元しているのだから、言い訳にはなるでしょう」
カルミナはクスッと笑った。
「何はともあれ、平民達の税金で贅沢するのならば、その分還元しないといけないわ」
「カルミナの言う通りですね」
カルミナとナタリオは、そう笑うのであった。
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